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13-25 魔王フランシスコ立つ

これにて13章、完結です。つぎから14章始まります。

 牢屋に入れられたポリデウケス先生も実はまんざらでもないらしく、ジュリアさんと39年分の空白を埋めるべく、仲良くやっている。兄で町長のメルキオールさんが言うには、身内だからといって特別扱いは出来ないと言ってたが、牢屋に入れられているというだけで、メシは腹いっぱい食わせてもらってるみたいだし、外出許可も出るそうだから感覚的には入院しているようなものだ。


 アリエルたちはというとサマセットでの用を済ませると急いでノーデンリヒトの屋敷へ帰り、両親とグレイス、サナトスたちにイトコのエアリスを紹介した。とりわけ大喜びしたのはビアンカだった。幼かった可愛い妹ジュリエッタが結婚したことは知っていたけれど、まさかこんなに可愛らしい姪っ子が居るとは思ってなかったらしく感動の涙を流していた。その翌日にはジュリエッタが転移魔法陣を使って遊びに来たのだが。


 エアリスはというとカッコいいカッコいいと噂にだけは聞いていたサナトスが本当にカッコよかったらしくドン引きだった。この世界にも美しい筋肉を好む女は相当数いるらしい。


「どうしよう本当にかっこいいわ! サオ師匠、わたし感激です」

「エアリス、レダを見て、ほらあんなに微笑んでるのに目が笑ってないでしょう? これはマズいということですからね、気を付けるように。レダにライバル認定されたら面倒なことになるから注意すること。なにかと突っかかってくるから」


 サオの影から炎が立ち上がりイグニスが顔を出して言葉を重ねた。

「エアリス、あのちっこいエルフには怖い悪霊が憑いてるから気を付けてね。近付いちゃダメ」

「ちっこいは余計です!」

 レダの背後からアスラが出てきてイライラしたような満面の笑みを見せた。

 まるで溺死体が笑っているようだ。


「へー、イグニスったら調子に乗っちゃってまーたワタシにケンカ売ってるのよさ。ワタシはイグニスをぶん殴ってやるからレダはサオを……」


「あらー? 私の相手をするのにレダじゃあちょっと力不足かもしれないですよ?」

「ちょーっとそれは聞き捨てならないわねサオ……ハイペリオンとかいうチートがなければ私きっと負けないと思うんだけど?」


「ふふふふ……、試してみますかレダ? 私このまえ師匠から一本取っちゃいましたからね、いまのところエルフ族最強は私です」


 二人とも笑ってるようで目は笑ってない。

「ほーっほほほほ、エルフ族最強ですか? それは私のことだと思ってましたけど……」


 ボキボキボキッ……。

 ものすごい音で指を鳴らすサオとレダの二人……。

ちなみにサオは指を鳴らしてない。フリだけ。


「「フフフフフフフ……」」


 サオがアリエルの弟子に入った頃、レダとやたらに張り合っていたのが再燃したようだ。


「師匠! 工房の広場を貸してください。この生意気なチビッ子をかるーくヒネって誰がエルフ族最強なのかってことを思い知らせてやります」


「エルフ族最強? 誰がだ?」

「私ですっ。もちろん純血のエルフじゃないとダメですからねっ、パシテーもカンナもダメです。対象外です」


 自分より強そうな混血エルフを最初に排除して自らをエルフ族最強と言ったのが聞こえたのか、アリエルの影からてくてくが音もなくすーっと出てきて、サオのほうを見た。


「サオ? アタシを呼んだのよ?」


 確かにてくてくも純血エルフだった。サオは噴き出す汗を軽く拭いながらレダに目配せを送り、サインで会話を試みる。

「てくてくは死体だし、純血のエルフかと言われたら、ちょっと違いますよね」

「そ……そうね、闇の触手とかズルいと思うし」


「マスターなに話してたのよ? サオもレダも失礼なのよ」

「ああ、久しぶりにケンカしたいってさ。純血エルフ最強は誰だって話だろ?」


「そうです師匠! 私負けません!」

「あら私サオの爆破魔法なんて屁でもないのだけど? そもそもあんなハエみたいなのに当たらないし」

「チビッ子に目にものみせてあげますよっ」

「アタシには興味のないことなのよ……」


「そっか。じゃあゾフィー、相手してあげて」

「まあ、 私をご指名? 嬉しいわ、だってジュノーも相手してくれないし、腕が鳴るわ」


「師匠! ゾフィーはダークエルフじゃないですか。私は……」

「間違いなく純血のエルフ族だぞ? ちょっと肌の色が違うだけだ。そこを違うと言うと差別になるからなサオ。差別はダメ」


 サオは噴き出す汗が脂汗に変化して表情にはただ1ミリの余裕もなくなってしまった。そうだった。言われてみればゾフィーも確かに純血エルフだった。

「うー……ピンチです……」


 レダもノーデンリヒト前の戦いでゾフィーのデタラメさを見ていたので、サオが何を考えているのかはだいたいわかる。二人は目配せしながら多くを語り合った。長年ライバルでもあり、共に帝国軍からマローニを守り、ノーデンリヒトで戦った戦友でもあった二人だからこそできる視線の会話だった。


 サオの見立てで、ゾフィーの強さは魔法効果をなかったことにするフィールド。どうやらマナの効果を外に出さないことでアンチマジックの効果を実現した範囲フィールドと、あと時空魔法という、なにやら訳の分からないチート魔法によるものだと分析した。

 対してサオとレダの二人はドーラ式とエルダー式の違いはあれ、共通して拳闘術の使い手だ。それもお互いがお互いをライバルと認め合う相当な腕前だった。


 ゾフィーに勝つためには、剣を持たせたらいけない。剣を持たせると空間そのものをスパッと斬られてしまうし、間合いの概念を無視されると視覚も感覚も役に立たない。だから素手縛りでしかも魔法は強化魔法のみというガチンコのルールで戦う必要がある。これが二人の共通認識であり、結論だった。


 ゾフィーと言う世界最強の敵を得て、サオとレダは奇妙な共闘関係になった。


「いいでしょう。師匠! いま話が決まりました。いい機会です。私たちはゾフィーさんを倒して、つぎはまたジュノーさんに挑戦します」


「アホか。サオおまえジュノーとゾフィーのケンカ見てなかったのか? フェイスロンド領主んトコで派手に防護壁吹き飛んだろ? ジュノーが何度泣かされたか……」


「大丈夫です師匠。エルフ同士の戦いは素手のみ! 魔法は強化/防御以外使用禁止とたった今ここで決まりましたから! 正々堂々、拳闘術で勝負ですっ」


「やった! その条件なら私誰にも負けないわ」

「サオ、墓穴掘ってるわよ? その条件ルールだとアリエルはおろか、神々がぜんぶ集まって束で掛かってもゾフィーに勝てないから」


「サオ、ジュノーの言う通りだと思うが……。まあ頑張れ。ゾフィーのゲンコツは痛いぞ。レダも頑張ってな。ジュノー、死なない程度に回復してやってくれ」


 ここまで話を聞いていて、奥のソファーで孫をあやしていたトリトンが口を挟んだ。どうやら提案があるらしい。

「なあアリエル、そのエルフ最強を決める戦いはちょっと延期しないか? 実はドーラからの客が今夜にもくる事になっていて、ハリメデどのも相当な腕前だと聞いた、彼らが来ることが分かっていて先にそんな面白いことをやってしまうと血の気の多いドーラの連中が残念がると思うんだ」


「父さん? もしかして面白いことって言った?」


 つまりこういう話だ。

 ドーラの偉いひとが来るから余興がてらゲンコツ祭を開催しようじゃないかと。

 ノーデンリヒトは何もないから派手な見世物にはみんな飢えてるということだ。


「って、父さんちょっと待って。もしかして魔王フランシスコがくるのか?」

「ハリメデ氏が来るということは、そういう事だ」


「ヤバいよそれ、俺ぶん殴られるかもしれないし……」

「あはっ、兄さまは殴ったりしないわよ。もし殴られてもジュノーがいるから死なないし大丈夫。ついでだからあなたも参加しなさい」

 やっぱロザリンドも久しぶりに会うから楽しみなんだろうけど……。


「俺が参加するって、祭の余興にか? ダメだろ、エルフ族最強を決めようと言う趣旨が飛んでしまって闘技大会になってしまうじゃないか」

「じゃあエルフとは別口で。こっちは木剣と爆破魔法以外の魔法ありでサナトスもきっと出たいに決まってる」


「出ねえってば」

「何気に爆破魔法だけ禁止すんな」


「師匠! 私召喚魔法が使えます!」

「ハイペリオンは召喚魔法じゃないからな! ダメ。ハイペリオンは禁止」


「武闘大会? ……それはいい考えかもしれんなアリエル。ノーデンリヒトが独立国になったことを王国に知らしめるいい機会だ。それちょっと私に仕切らせてくれ。ノーデンリヒトはずっと戦争してたから住民たちに娯楽がないんだ、帝国軍が撤退した記念にカーニバルを計画してたんだが、カーニバルの目玉が思いつかなくてな。闘技大会を開催すればセカを巻き込めるし、賭けの収益も見込める」


「ギャンブルにする気かよ」

「……セカ港が吹っ飛んだと聞いたが? 噂では跡形もなく、大穴が空いたところに水が流れ込み、無視できない大きさの湾になってしまったと聞いたが? ノルドセカからの定期便も使えなくなったし、魚市場もなくなってしまって、セカ名物の魚料理も食えないらしいぞ? もちろん賭けの収益はもちろん復興に当てられる」

 アリエルは反対することができなくなってしまっただけじゃなく、チャリティー参加も強制されたようなものだ。つまりジュノーも真沙希まさきも、回復役として駆り出されることが確定的となった。


「あははは、何それすっごく面白そう……」

「ほらロザリンドが乗ってきた。ロザリンドしか喜ばないよそれ。だいいち対戦相手によってルール決めないとダメじゃん」


「なあに爆破魔法も相手が納得すれば使っていい事にすりゃいい。だけど観客にケガをさせない程度にな。ハイペリオンは禁止。市民や兵士からの参加希望者が多かった場合はトーナメントで決めるか。まあ参加者がどれだけいるか分からんし、アリエルが出ると言ったら誰も出ないかもしれんから、おまえは挑戦者が居たらということでいいだろ?」


 エアリスの顔見せのつもりで屋敷に寄ったらいつの間にか祭の主役級に抜擢されてしまった。

 セカは市街戦があったばかりだ。祭なんてまだ考えられないだろうとは思う。

 こりゃ企画倒れになるだろうなと思ったところでノックの音がしてガラテアさんが入ってきた。

 ガラテアさんはトリトンの補佐役をずーっとやってくれてる。たぶんノーデンリヒト最大の功労者だ。


「ドーラのお歴々が到着したぞトリトン。それとな、外交官は綺麗なエルフ女性だ、胸が高鳴るな!」


「ガラテアおまえ、そんなだから奥さんに愛想尽かされるんだ。しかし早かったな。さてと、アリエル。お前たちも出迎えに出るんだ。外交官のひとがいるから粗相するんじゃないぞ」


 アリエルたちが出迎えに行くと、屋敷の玄関先に馬車が2台ついていて、ちょうど先頭の馬車からVIPが降りてくるところだった。

 黒塗りの馬車のドアが開き、タラップに足をかけて降りてきたのは魔王フランシスコ、前会ったのは15、いや16年ほど前か。さすが魔人族、昔のまま若さを保っていて、外見で変わったところはと言うと偉そうな髭のせいで無駄に貫禄がついたことぐらいか。


 外交官のひとがいるから粗相するなって言われたアリエル。普通なら魔王が来るから粗相をするなと言われるはずなのに。


 実は魔王フランシスコ、気配で人を嗅ぎ分けることができる。エテルネルファンの朝を襲った銀龍の襲撃のときもその気配でハイペリオンだと分かったぐらいだ。もちろん外見だけ別人でもアリエルやロザリンドを見間違えるわけがない。「フン」とアリエルを一瞥しただけですぐ隣にいるロザリンドに目を奪われた。


 一方アリエルが感じる気配では、馬車にあと3人乗ってることが分かった。親父さんでも乗ってるのかと思いきや次に降りてきたのはロザリンドの母、ヘレーネ・アルデールだった。


 サナトスに聞いた話では、ヘレーネさんはべリンダたちと一緒にマローニ防衛戦に参加してくれた恩人だ。トリトンもこの人には頭が上がらないほどノーデンリヒト防衛にも貢献したらしい。

 レダの印象はちょっと変わっていて、サナトス可愛さにしょっちゅう遊びに来るという、いいお婆ちゃんなんだそうだ。もちろんハデスとアイシスが生まれてからは曾孫ひまごにも目尻を下げまくっている。


 次に降りたのは魔人族の若者と、もう一人、魔人族の若い女。昔のロザリンドに似てるけど、それほど背が高くない。165ぐらいか。アリエルにとって初対面だが、魔王の子どもたちだろうことは纏うオーラで分かる。


 一緒に来た兵たちは一部を残して宿舎へ、または要塞の方へ向かった。

 今日来たドーラの兵たちはマローニとセカに打って出た守備隊たちに代わり、ノーデンリヒト防衛を手伝ってくれるんだそうだ。ここまで同盟が進んでいるのはきっと、ドーラとノーデンリヒトが近く合併するということで話が進んでいるのだろう。


 ヘレーネさんはまず最初にトリトンたちと挨拶した後、サナトスをぎゅーっとハグしている。

「なあロザリンド。魔人族ってハグする風習あったっけ?」

「ない。あれはただの溺愛ね。しかしサナトスむかつくわー、あいつ私がハグしてやるっていったら思いっ切り逃げるくせに、母さんならいいわけ?」

「きっと自分より若い母さんだから照れてるんだよ」


「私もロザリィと同じで逃げられました。ちなみに私の方が年上なんですけどね。ほんの少しだけ」


 こっちでロザリンドとサオがブツブツと愚痴りながら悪態を吐いていると、サナトスがこっちに話を振ってきた。こともあろうに魔王フランシスコをこっち連れてきて……だ。

「えっと、転生して帰ってきた父さんと母さんがこちらに……」


「転生だと? フン……、アリエル貴様、盛大に負けたそうだな」


「次は勝つから大丈夫だよ」


「当たり前だ、同じ相手に何度も負けることは許さんからな。……おおおお、ロザリンド可哀想に、こんな男に嫁いだばかりに紅い眼も美しい角も失ってしまったというのは本当だったか。もうこんな男とは離縁して帰っておいで、兄といっしょに暮らそう。私が一生お前の面倒を見てやるからな、ほら、こっちにこい、何年ぶりだ……まったく、帰ってきたのならまずはうちに顔を出せばよかろうに……」



―― ドスッ!


 魔王フランシスコはアリエルに一言文句をいうともう興味を失ったようにロザリンドをハグしようとして殴られた。ロザリンドの得意パンチ、左のボディフック。いまの『ドスッ』という音は、サナトスのアバラを5本へし折ったアレが鈍い音をたてて脇腹に突き刺さった音だ。


「ぐあはっ……この肝臓を破壊するかのような衝撃的な左拳。肘を直角に曲げて脇腹をえぐり取るように放たれたボディフック。受けたのがこのドーラを与るフランシスコ・ルビス・アルデールでなければ無様にも膝を屈していただろう。急所を寸分の狂いもなく打ち抜き、絶妙な角度で内臓にダメージを与える。いや、この場合は肝臓に打撃を加えることに特化したのか、身体の芯までダメージが伝わってきた。これこそ我が妹ロザリンドの拳……いや、懐かしい。何年ぶりだ……、ああ、今朝くったメシがリバースしそうだ」


「王よ、お戯れはおやめください。ロザリンドさま? もお転婆が過ぎますゆえ」

「あーごめんごめん、つい……いつもの癖で……兄さまもしかして腕が落ちたか?」


 後ろに続く二台目の馬車から降り、トリトンの前に連れてこられた人は……、シックな大人の社交的な服を着たエルフ女性だった。このような場に立つのは慣れていないらしく、どうも不安げな顔をしていて、目のやり場に困っているようだ。トリトンと挨拶するのもぎこちなく見える。

 

「お母さん?」

 思わず口に出して叫んだのはサオだった。


 サオのお母さんが外交官としてドーラの代表でノーデンリヒトに来た? ということだ。

 いや、シャルナクさんとの話し合いの進捗状況によってはセカにドーラの領事館が出来るはずだから、もしかするとセカあたりに駐在することになるかもしれない……。


 アリエルは背中を押されて一歩前に進み出た。

 ロザリンドが押したらしい。


「何してんの、挨拶しなくていいの?」


「ああっ、挨拶が遅れてしまってすみません、アリエル・ベルセリウスです。このたび、娘さんと結婚することになりまして……」

「へへーっ、お母さん、やっとです。私やっとお嫁さんに行くところが決まりました。幸せですっ」


 母アンテは行き遅れてしまった娘サオがようやくつかんだ幸せに感極まったのか、長く長く、ギュッと強く抱きしめて祝福した。



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