13-24 アデル・ポリデウケス、終身刑
そろそろ週2回投稿できるよう戻したいです!
エアリスはサオの弟子だが、無詠唱はてくてくとイグニスが教えてたし、剣はロザリンドに突っ掛かることで稽古していた。骨折でもしたらジュノーか真沙希が治癒させる。最近はサオの弟子ということでハイペリオンとも仲がいい。サオは人にものを教えるのが下手くそなので魔法を理論立てて教えているのは、もと魔導教師のパシテーだ。
つまり、エアリスの師匠であるサオと同じような足跡を辿っている。
師アリエルは精度ガバガバの爆破魔法使いだから、サオに魔法の細やかな部分を教えたのはパシテーだし、ドーラ式の拳闘術を鍛え上げたのはロザリンドだった。マナの使い方を効率よくするためのコツを教えたのは、てくてくだった。
ダメ師匠アリエルの弟子サオは、アリエルに負けず劣らずのダメっぷりでエアリスを育てている。
現時点でサオは師匠の面目丸つぶれ。弟子に対して一つも厳しいところがないダメ師匠であり、ベルセリウス派(アリエルと愉快な仲間たち)の中では、唯ひとりエアリスを甘やかすだけ甘やかす役に徹しているサオは、師匠というより姉といったほうがピッタリだ。
戦場では不意に飛び込んだエアリスの参戦にロザリンドもパシテーもすぐに気が付いて、二人はエアリスを守る配置に動いた。
セカの街で強化魔法をかけて帝国軍とひと悶着あって以来、サオの弟子に入ってからは初めての実戦、エアリスにとって初陣だった。
踏み込むエアリスの剣が兵士の一人を捕えた。
普段はロザリンドばかり相手にしているせいか、スピードで圧倒する。
男性が片手で持つ剣を両手で握って大きく振りかぶった一撃は速く強く敵兵の胸に深く入り、一撃で勝負がついたにもかかわらず、エアリスは攻撃をやめず、更に首を斬り裂き武器を持った腕を斬り飛ばし最後には心臓を突き貫いた。
オーバーキルだった。
エアリスは普段から超一流の先生たちが寄ってたかって鍛え上げた技に加え、いま初めて成功した無詠唱での強化魔法がどれほど高性能なのか試すこともなく実戦に投入したのだから自分の力がいまどれほど出せるのかなど知る由もなかったのが、いま実際に剣を奮ってみて理解したのだ。
エアリスは胸を深く貫いた剣を抜くことも出来ず、敵兵の光を失った瞳に問いかけた。
「……なんで防御しない……、なんで避けないのよ!」
柄を握った震える手が離れない。
無我夢中で飛び込んだエアリスは初めて人を殺してしまったショックで我に返り、動けなくなった。
思えばサオがフォーマルハウトの弟子たちと小競り合いを起こして相手を死なせてしまった時と同じだ。
あの時サオは気丈に振る舞ったが、どれほどのショックを受けるかは、他でもないサオが一番良く知っている。
エアリスの前に爆炎が降りてきた。
炎に姿を変えたサオだった。
「倒した相手の目を見ちゃダメです」
エアリスは殺してしまった兵士の目を見てしまった。死に飲まれたのだ。
サオはエアリスを正面から抱き留め、胸を貫かれ立ったまま絶命した兵士を後ろ手にグイッと押すと、エアリスはようやく剣を手放すことができた。
倒された兵士はエアリスの剣が刺さったままメラメラと音を立てて燃焼した。
その時、殺し合いの場でスキを見せたエアリスを狙って矢が放たれた。
空気を斬り裂いて飛来する矢を難なく掴んだロザリンドは、鏃をぺろりと舐めて、それが毒矢であることを確認した。
「こいつら毒矢しか持ってないのか……」
動きを止めたからと言って、いちばん若い女の子を狙って毒矢が放たれたと知り冷静に爆破魔法で返すサオの静かな怒り。
戦場に風が吹いてピンク色の花弁がザッと舞うと次の瞬間、兵士たちは花弁と共に霧の中にいた。手を伸ばせば指先が見えなくなるほどの濃霧の中へ、いつの間にか引きずり込まれていた。
アデル・ポリデウケスは戦場に花びらが流れたのが見えたので一抹の不安を感じ振り返ってみると、パシテーとロザリンドはもう安全圏に避難しているのが見えた。
エアリスのところにサオが……。
「こりゃ、ちょっとヤバいか? もしかしてヤバいよな?」
危機を察知したポリデウケス先生も戦場を離脱して丘の上に逃げ帰って来るのと同時だった。
「ハイペリオン!」
「ちょ、サオ待って、ちょっと……うおおおおお!」
アリエルはダリルの司令官を捕まえて尋問しようと思っていたのだが、もう遅かった。
ロザリンドとパシテーが守ってる以上、エアリスに毒矢なんぞが届く訳がないにしろ、ハイペリオンは容赦することがない。ドラゴンに限らず、空を飛ぶ動物は遠隔攻撃に対して敏感だ。それが自らを攻撃する唯一の手段だという事を知っているからこそ、遠隔攻撃を仕掛けてくるような奴には情けも容赦もない。ノーデンリヒト要塞前でバリスタで攻撃した帝国軍が焼き尽くされたのと同様にだ。
ハイペリオンのブレスは辺り一帯を焼き尽くした。遺体を埋葬する者がいなくなることを知ってか知らずか、念入りに高温のブレスを浴びせかけたせいで、敵兵は灰になるまで焼き尽くされた。
イグニスが延焼を抑えてくれたおかげで森の木までは炎が届くことはなく、戦場となった草原は丸坊主になるほど焼けたが被害は最小限だったと言えよう。
逃げ遅れたポリデウケス先生は尻が燃えたのと、あと後ろで括った髪が焼けてプチアフロになったが特に大事に至るようなことはなかった。
尻が火傷したことを気の毒に思ったアリエルがジュノーに治療を頼んだが「イヤよ」の一言で断られてしまった。そりゃあオッサンの汚い尻を治療してくれと言われても命に別状がないのだから断りたくなるのも頷ける。
サオもこれだけ混血エルフの多い町でハイペリオンを出すと大変なことになることぐらいちょっと考えたらわかるはずなのに、怒りに任せてつい出してしまい、ジュリアさんもマーズさんも、エルフの血を引く者たちはその場で腰を抜かすこととなった。その代わり、アデルお爺ちゃんの活躍は、特に孫にとって誇らしいことだったらしい。
エイプリルとハルの、先生を見る目が変わった。
「な、爺ちゃんは凄いだろ? ちょっと燃えたが、これも爺ちゃんだからこれで済んだんだからな」
「ほう、アデル。饒舌だな。話はもう終わったか? 終わったなら逮捕する。遺跡損壊の罪だ、あとジュリア、お前もだ」
「あ、兄貴……今の私の働きを吟味してだな、プラマイゼロってことにして無罪放免にして欲しいのだけど、どうかな?」
先生が逮捕されると聞いて、ジュノーが何の気なしに疑問符を露にした。
「あれ? あなたの先生とはここでお別れなの?」
「ん? どうしたジュノー」
「いいえ、あの人、ノーデンリヒトで私のことをカーリナ家の者と知ってて跪いたわよね。でもお兄さんの方はカーリナ家の存在すら知らなかった。なんでかな? と思って……。それだけよ」
「……? ちょっと、それはどういうことだ? アデル。その件は気になるな」
「兄貴、それとこれは……」
ジュリアがポンと膝を打った。
「あっ、思い出した。そういえば一緒に見つけたわよね、遺跡の中で。古文書にカーリナだっけ? カリーナだっけ? 何かそういった文言があった」
「なに? ジュリア、遺跡に読める古文書があったという事か?」
「私が読んだ。あれは古代エルフ文字だったから私には読めたんだけど……」
「そんな話、わたしは聞いてないぞ? アデル、その古文書はどうした」
「どこに行ったかなあ? さあ、ちょっと分からん……」
アリエルは頭に電球がパッと点灯したようにピンときた。
セカの魔導学院でアリー教授がやけに詳しかったのを思い出した。ジュノーがユピテルを殺したという、そんな事まで書かれていたらしい。そんなのザナドゥでの紛争を知ってる者しか書けるわけがない。
そしてここスヴェアベルムに伝えた者は、アスティと共に逃れてきたアマルテアの難民たちだ。教会による焚書を免れた古文書を解読したって言ってたけど……。出所が分かったような気がする。
アリエルはちょっとブラフ交えてカマかけてみることにした。
「先生、アリー教授が教えてくれたよ。あの猫エルフがロザリンドの尋問に耐えられると思う? ダフニスと付き合ってるのも涙目になりながら従順にゲロったし」
チラッとロザリンドを見た先生の瞳に、指をボキボキ鳴らす姿が映った。
「あれは歴史的に重要な資料だった。セカの魔導学院にちゃんと保管されてるから、大丈夫だ」
「いくらで売ったのさ!」
「アデル! お前まさか町を追放になったからといって古文書を持ち出して売ったのか!」
「兄貴、あれはえーっと、38、えっと、39年か、もう39年も前の事で、フェイスロンド法ではとっくに時効が成立してる……」
「このバカ者め……、本当に頭がクラクラしてきた……、恥を知れ! お前ら二人とも牢屋に入って頭を冷やせ。半年間だ! わかったな」
「ちょっと、わたしは関係ないと思うんだけど……」
「やかましい! ジュリアお前も同罪だ、クワット! 連れていけ。二人とも牢屋に入れとけ」
「がははは、アデル、お前ほんと牢屋が好きだな。今夜は鉄格子越しに酒でも飲むか!」
「くっそ、アリエル、ほら、なんかボカーン!って感じでさ、脱獄を助けてくれたら嬉しいのだが……」
「ダメだよ、これ以上賞金が上がったら孫に嫌われる……」
「私は! 嫌われたりしないよな、エイプリル! ハル……」
先生の孫たちがドン引きでマーズさんの後ろに隠れてるのを見て、先生も観念したようだ。
二人してクワットさんに連行されて……、町の方に連れていかれてしまった。
「えーっと、メルキオールさん。先生マジで牢屋に? 半年も?」
「ああ、アデルはまだ何かやらなくちゃならないことがあるのかね?」
「いや俺もなんだかすみません、先生が悪いことしたみたいで申し訳ないのだけど、あの人あれでノーデンリヒト軍の幹部でして……まあ、功労者でもあるのだけど……」
「そうでしたか。それなりの地位があるのに、妻も子もいないとか?」
「先生はシラフだとそれなりに顔がいいので中等部の生徒にはモテましたが、酒癖が悪くてアルコールが入ると変態になるんですよ。そのせいで大人の女性には全然モテませんでした。あと、そうですね、昔ジュリアという牝馬を飼ってましたけどね」
「はははは、そうか。それは良かった。もしアデルに相手が居ないと言うのなら、しばらく牢屋に入れておいてやってほしいんだ。実はジュリアなんだが、あいつにはいい縁談がいくつもあったんだが、ひとつも首を縦に振らない。どうしたものかと思ってたら、アデルの帰りを39年も待ってたんだな。ジュリアのあんな浮かれた顔、初めて見たんだ。なあマーズ」
浮かれた顔? と言われ、マーズは思わず眉をしかめた。
「え? 俺にはウルトラ不機嫌な顔にしか見えなかったけど? 触らぬナントカに祟りなしって言うか……いつ火柱が上がるかの秒読み段階かと思ったんだけど……」
「ああ、そういう事なら、ノーデンリヒトには俺の方から報告しておきます。えーっと、ポリデウケス先生はジュリアさんと終身刑? でいいかな」
「はははは、そうだな。死刑でもいい」
先生はジュリアさんと二人で、町の牢屋にとりあえず半年間入れられることになった。
これから冬が来ると言うのに大変なことだ。こんな小さな、平和な町で牢なんて1部屋しかなく、鉄格子の中で二人、仲良く共同生活をしなくちゃならないことになり、先生はアリエルたちが町の中央広場に転移魔法陣を設置してノーデンリヒトに帰る前、危急の用があると、とりわけパシテーを指名して牢屋に呼び出した。
「パシテー先生、このアデル・ポリデウケス一生のお願いです。牢屋のトイレを個室に改造してください。私はお腹が緩いので、ジュリアの目の前でその、あの、本当にお願いします。できれば完全防音で、換気装置も付けて欲しいです」
サマセットでは牢屋が1室しかない訳じゃないのだが、経費削減のためと称して、二人は一つの房に放り込まれていた。そこは狭いシングルの粗末なベッドが一つあり、トイレも丸見えの状態でしなくちゃならない。パシテーはちょっと気の毒に思ったのか、条件を飲むのであればトイレに壁を作ってあげると言った。
「ジュリアさんに謝って仲直りするの」
「私、謝らなければならないようなことはしてないのだが……」
「じゃあトイレはこのまま。さようならポリデウケス」
「ジュリア悪かった。私が悪かった。もしキミが私を赦してくれるなら半年間、個室のトイレで用が足せるだろう」
「背に腹は代えられないわ。分かった、アデルが謝るなら仕方ないね」
こうしてパシテーは牢屋のトイレを改装し、ドアと壁をつけてやった。
ミスリル製の石碑を壊して取り敢えずノーデンリヒトへと転移魔法陣が繋がり、サマセットとトライトニアの交流が始まった。
とりあえず、アデル・ポリデウケスが逮捕され元カノと一緒に拘留されてるということで、ユミルやハティはじめ、サオの同級生も含めた歴代の教え子たちは先生との面会を求めてゾロゾロ行列を作り、サマセットの牢屋はまるでパンダの檻のような見世物となった。
ポリデウケスが39年前求婚し、断られた女性といま同じ牢屋に入っていると聞きつけたダフニスはじめ、過去に皆の前で愛の告白をやらされたことのある者(もちろんアリエルも含む)が黙って放置しておくわけもなく、今ここでもう一度告白しないと、ある事ない事いろんな罪をこの場で告発して、本当に終身刑にしてもらうぞと迫り、アデル・ポリデウケス、ふられてから39年目にして再告白。
「爺さんになってしまったが、もう一度私と付き合ってみるのもいいんじゃないか? お互い考える時間は山ほどあったろう?」などと控えめな告白を皆の前でやらされた。
見物人多数の見守る中、牢屋の中ということで逃げることも叶わず、仕方なく告白を受けたジュリアは、子どもの手前、孫の手前というのもあるし、毎晩牢屋の前で朝まで酒盛りをされたんじゃ同居人はたまらないという理由で渋々オッケーを出し、こんどは鉄格子の嵌った牢屋が二人の愛の巣となった。
ポリデウケス先生はおそらくもう、死ぬまでジュリアさんの鎖に繋がれて生きることになるだろう。
ちなみにサマセットの町でもダフニスは子どもたちに大人気で、一緒についてきたアリー教授は、サマセット町長メルキオールに古文書の返還を約束、その代わりと言っては何だが地下の古代遺跡を魔導学院で調査させてもらうということで話が纏まった。




