13-23 アデル爺ちゃんがイイカッコしてみせる
ロザリンドがサオの頭を一発張って目を覚まし、アリエルたちは町の入り口、塔の風車が見える草原まで、またぞろみんなで歩いて移動してきた。
見張りの男たちが5人ほどいるだけで、ここからはダリル兵たちの姿は見えない。
「おおっ? アデルおまえせっかく帰ってきたってのにもう帰る気か? 一晩俺と飲んでけや」
銛を持った漁師風のハゲ、この人は確か先生の知り合いだったはず……てか、あんなデカい銛でどんな魚とるんだ? 槍にしか見えないのだけど。
「すまんなクワット、残念だが今からダリルと戦争だ。この町に平和をプレゼントしてやる」
「まさか追うのか? さっきダリルの奴ら引き上げて行ったぞ?」
「見送りがバレてたんだよ。監視が外れたのを見てぐるっと回り込まれたらしいぞ。夜になったら襲ってくるってよ」
「ダリルの奴ら本当に……辛抱強いというか、アデルおまえもちっとは見習ったらどうだ?」
「いーやすぐにブッ潰して飯にする。夜まで待てるか!」
「わははは、アデルおまえ変わらねえな。俺も行こう。お前らはどうする?」
「もちろんだ」
「夜は家に帰りてえ。俺も行く」
見張りの奴らが見張りを放り出して付いてくることになった。
そう言えばマーズさんも、その子どもたちのうち年長の二人も武器を持っている。
先生がひとりで戦うって言ってるのに、ヤバくなったら加勢する気満々なのだろう。
なぜかマーズさんの奥さん? も、戦闘要員じゃないメルキオールさんも一緒についてきたことで、戦うというよりも見物が目的なんじゃないかと。その間にもう一度でも先生が泣きごとを言ったら、まあみんなで手伝ってやろうかと思ったけど、先生はいつもの冗談めいたことは一切言わず、むしろ寡黙だった。
「ジュノー? ダリルの奴らはまだ動く気配とかないか?」
「いま準備しながら号令待ちかな。身を伏せて休んでる。暗くなるまでは動かないと思うけど?」
「敵はどこに居るんだ? 正確な位置を教えてくれ」
「塔の風車の建ってる丘の向こう側、200mぐらいのところにひと固まりで居るわ」
風車は町の住民たちの穀物を粉に挽くのに使われることから荷車の通れる整地された道が一直線に伸びていて、道の行きつく先、風車の丘を上がると、遠くの方、段差に隠れてちょっと見えるか見えないか。ダリルの奴らが陣を張っている。
ざっと気配を読んでみるとだいたいジュノーの見立て通りだった。
「兄貴、風車の上から敵の配置を見たい。入っていいか?」
「面倒だからハイペリオンに乗せてもらって上から見たら?」
「おおおっ、サオちょっとハイペリオンを……っておいサオ、どうした? 何か考え事か?」
「……師匠が突然、木になったんです。先生、私、キツネにつままれましたっ」
残念、サオの頭にはまだパシテーの魔法が残ってる。アルコールで言う二日酔いのような現象なのでサオはこの戦闘たぶん役に立たない。ま、イグニスがハイペリオンと一緒にサオのネストで眠っているからこそ簡単に引っかかってくれたのであって、イグニスが入ってたらそう簡単にはいかなかっただろうけど。
「サオこんなだし、何も考えず突っ込んだらいいんじゃない?」
「作戦なんて考えても作戦通りに行く事なんてないしな。どうせ」
丘の上にまで差し掛かると、むこう見渡して相当な数のダリル兵どもが地面に座ってくつろいでいた。
「おお、本当だ、いるいる。こっちは何人戦える?」
「クワットおまえアデルが帰ってきて嬉しいのは分かるが浮かれすぎだ。前町長がやられた轍を踏ませるわけにはいかんからな」
「メルキオールは町長になってタマ抜かれたな! アデルはやる気だぜ?」
「やらせんよ。偵察したら戻る。バカな弟だが死んでもらっては困るからな。半年は牢屋に入れてやる」
アリエルはメルキオールの会話を聞いていて、" なんだ、やっぱり先生に残ってほしいんだ " と思った。
「よう爆破魔法の兄ちゃん、あんたもやるんだろ? おおっ、そっちのデカい姉ちゃんは剣士か」
このクワットという人、誰かに雰囲気が似てるなと思ったら、ガラテアさんの若い頃みたいだ。
「剣しか取り柄がないもので」
「おいおい、私の見せ場を奪うな。おまえたちはここで見物してろ」
そう言うと先生はブーツの紐を結びなおしたあと脱力して立ち、目を閉じると、もともと乱れてなかった呼吸と心拍数をしっかり整える。精神統一というのは、精神と肉体を一つにすることを言う。
そして一つになった精神と肉体は何者にも屈しない、洗練された強化魔法の力を引き出す。
胸を膨らませて大きく深呼吸を何度も何度も繰り返し、全身の筋肉に酸素を行き渡らせる。
先生はこうやって帝国軍、王国軍、アルトロンド軍からマローニを、ノーデンリヒトを守ってきた。
「アデル、ちょっと待て。おまえが強いのは良く知ってるだがいくら何でも無謀だ……」
「無謀かどうか、やってみなくちゃ分からんさ」
起動式を展開、強化魔法。ゴリゴリのパワー系ではなくスピードに特化した先生の強化魔法。
剣は直剣の二刀流。ロザリンドとエアリスが興味深そうに見ている。
「いい気合のノリだね、先生」
「息子と孫と元カノと、そして兄貴が見てるんだ。カッコ悪いとこ見せられれるか。私はこれでも熱血教師なんだ」
「先生、手伝いいらない?」
「骨を拾ってくれたらそれでいい」
「りょうかーい。敵はこっちに気付いてるよ? 矢にだけは当たらないようにね」
「見えてりゃ当たらねえよ。んなもん」
「アデルちょっとまって。私も手伝うわ、いくらなんでもこれは……」
「じゃあおれも!」
「マーズは家族を守って。ここは私が……」
「母さんも家族なんだけど」
「ジュリア! マーズ! おまえら黙って見とけ。すぐ終わらせてくる」
言うと先生は緑の草原に真っ赤な髪を翻してものすごいスピードですっ飛んで行った。
セオリー通り外周を横移動しながら周回する戦法をとると思ったけど直球ストレートでど真ん中に突っ込むと、初撃で5人を倒した。相手もまさか一直線の最短距離を突っ込んでくるとは思わなかったのだろう、こちらに気付いていながら不意を衝かれた格好となった。つまり、先生のペースで始まったという事だ。
しかも陣のど真ん中に斬り込んだことで、弓を使えなくした。下手に弓を射て当たらなければ味方に誤射する危険性が高い。そしてダリル兵の大半は弓装備だ。先生の事だからこうなることも分かった上でど真ん中に突っ込むという一見無謀ともいえる奇襲をしたのだろう。
「へー、やるじゃん」
剣の事でロザリンドが感心すると言うことは、本当に強いということだ。力もさることながら、弓装備が多いと見るや躊躇なく315人からいる敵のど真ん中に突っ込むと言うクソ度胸がよかった。
流石は10年ぐらい前までなら普通のヒト族で最強クラスの男だ。(誉めているつもり)
先生は後ろに目があるように、後ろに回り込んで狙ってくる敵を振り向きざまに倒すことで数を減らしていってる。あれは前に過剰なプレッシャーを与えておきながら、常に背後に敵を配置して、360度全方向を囲まれ続けるとことで弓兵を無力化し、ここぞとばかりに背後から襲い掛かってくる敵をカウンターで一閃、一撃で撃破するという、最初から後ろに回り込む者を狙う作戦だ。これもまた先生らしいとしか言えない、何ともイヤらしい戦法だった。
ひとりで100や200相手に出来なければ、数の暴力で押しつぶしてくる帝国軍を相手に防護壁を守る事なんて出来やしないのだけど、防護壁防衛なら背中は壁のはずだ。
多勢に無勢、多対一という不利な戦いが身に沁みついているからこそできた発想だった。
しかしダリル兵たちの目的はたった一人、陣に飛び込んできた剣士を倒すことだ。防護壁を抜くことでも、サオの守る門を破る事でもない。一人の男を倒すことだ。ずっと不利な状況のまま戦い続けるなど考えられない。
その証拠に止めようとしたメルキオールも、悪態を吐いてたジュリアも先生の戦いに魅入ってる。
マーズもその子どもたちも、この場にいる者みんなだ。
しかし、やはりと言ってしまえばそれまでだが、ダリルの方も味方がただやられるのを指をくわえて見てるわけもなく、ざっと引いて乱戦になるのを嫌い遠巻きに包囲を解いて陣を作り始めた。
そろそろ潮時。飛び込むタイミングが近付いてきたようだ。
ロザリンドは腰紐を締めなおしていて、すぐにでも飛び込めるよう準備を始めた。
形勢が傾き始めたのはごまかし切れない。
「さあてと、熱血教師にばかりいいカッコさせておくわけにもいかないな、どうするかね? パシテー先生」
っと、パシテーも左右の腰に合計6本のナイフを装備していて『嫉妬』と銘打たれた槍を握っていた。
「準備はオッケーなの。天才少年剣士くん」
「最近は魔法ばっかりで腕が鈍ってるだろう? 天才少年剣士くん。私も手伝ってあげる。だけど至近距離で爆破魔法は禁止。いい? 私の服が破れたら怒るからね」
ザ――ッと 花びらが舞い散ると次の瞬間、パシテーの身体は上空へ弾き出されていて、先生を遠巻きの包囲するダリル兵たちは、空からミリ単位の精度で寸分たがわず急所を攻撃する短剣の雨に曝された。
ロザリンドは久しぶりに縮地ですっ飛ばして行ったかと思うと、一太刀で通常物理的な剣の間合いを大幅に上回る遠い敵まで真っ二つに斬り裂いた。ゾフィーが使う時空魔法のひとつで通常攻撃の間合いを自在に操ることができる。
「あああっ、くっそ、出遅れた! もう、あいつら」
「あーあ、あなたの出番ないみたいね」
「ジュノーの出番は? なさそうか」
「一応見てるけど、あの人の実力なら大丈夫そう。オートマトンも片付ける。ゾフィー、回収お願い」
「分かったわ、光学迷彩してこっちに避難させて。でも、ロザリンあの子やっぱり天才よね。僅か2か月であそこまで使えるようになるなんて凄いわ」
「ああっ! 師匠! 私ぼーっとしてましたっ! いつの間にか戦闘が始まっています!」
飛び出して行こうとするサオの肩を掴んで止めるアリエルの視界の端っこ、サオのすぐ横で瞑目し、胸に手を当てていたエアリスに青く冷たく映るような強化魔法が展開されたのが見えた。
……っ!
無詠唱だ。
エアリスが無詠唱魔導で強化魔法を展開して見せた。先生のスピード重視を見て少し影響を受けたのか、いつもはゴリゴリのパワー強化を好むエアリスが今日はスピードにも強化を振ったようだ。
エアリスは逸る気持ちを抑えきれず腰につけた剣を抜くと、ロザリンドの縮地を真似たようにすっ飛んで行った。なかなかどうして、見て学ぶ、他人の技を積極的に盗むという貪欲さはさすが魔導師志望といったところ。改めて見直したところだ。
「サオ! エアリスが飛び込んだ、あの跳ねっ返りを助けてやれ! ジュノーも頼む。俺は敵軍の一番偉いやつでもとっ捕まえてくるから」
「はいはい、分かったわ。守りは任せといて」
「エアリスはご飯抜きです。イグニス! 行くよっ」
サオはネストからイグニスを呼び出すと全身が炎に包まれ、太陽から噴き出したプロミネンスのように丘を焼きながら戦場へなだれ込みエアリスの後を追った。




