13-22 熱血教師、アデル・ポリデウケス
―― パチン!
次の瞬間、視界は後頭部まで突き抜けるような強い光に包まれた。
薄暗い地下で今まで開き切っていた瞳孔にこれでもかと光が流れ込んでくるのだから一瞬視力を失ってしまった……のはメルキオールだけだった。
「メルキオールさん、先生はいまどこへ? 確か孫の顔を見に行きましたよね?」
「あ、ああ。マーズの家だろ。こっちだ」
メルキオールが小走りで森の方に向かうのを追いながら、アリエルはジュリアとジュノーのやり取りを思い出していた。
ジュリアさんは最初ジュノーが先生の娘だと思って機嫌が悪くなった。だけどムチャクチャ怒るってほどでもなかった。それなのになんでパシテーを食事に誘っただけで"殺してやる"なんて言い出すほど怒ったのだろうか。ちょっと理解できない……。
アリエルの向かう方向に高速で先行する気配を感じた。
強化魔法のノリがいい戦闘速度だ。町の中をあの速度で走るのは感心しないけど、たぶんジュリアさんだろう。急いで追いつかなくても、先生の事だから一発で殺されてしまったりという事はないだろうし。
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アデル・ポリデウケスはマーズ本人の案内で、孫の顔を見るため町の外れ、河の畔、そして森との境界線にある……木造と土魔法建築のそこそこ立派な家の前までやってきた。何本かいい枝ぶりの庭木も植えられていて、ちゃんと手入れされているから、マーズという男が家庭的であることも窺い知れる。
チラチラとマーズの顔を見ながらニヤニヤする初老の男に、マーズは訝しみながらも聞きづらいことを問うた。
「まさか、アンタが本当におれの父親ってことなのかな?」
「んー? ……マーズか。いい名だ、歳はいくつになる?」
「37」
「そうだな、エルフは妊娠期間が24か月だから、えーっと。まあ間違いなくお前は俺の子だろう、初めまして私が父親ということになる。そしてすまなかった、知らなかったんだ」
「おれはメルキオールのオッサンが親父だと思ってたよ。顔も似てるって言われてたしな。子どもの頃からとても良くしてくれてた。ポリデウケス家のしがらみとか、そういうのでおれの父親だと言えないのだと勝手に思ってた」
「そうか、兄貴には借りができたな……」
「子どもたちに会わせる前に、ひとつだけ教えて欲しい。アンタなんで母さんを捨てて町を出て行ったんだ?」
「捨てた? いーや違う。私の若い頃はバカでな、名士の家の出で好き放題暴れてた。ちなみに町の外で会ったクワットのバカは昔の仲間だ。ところでゲーリングのクソ野郎どうしてる? 見かけなかったんだが?」
「クソ野郎のゲーリング? ああ、アセット・ゲーリング? 前の町長か。半年前ダリルの毒矢に当たって死んだよ。隻腕だったが槍を使わせたらこの町一番の戦士だった」
「そうか。ゲーリングのクソ野郎の顔が見れないとなるとちょっと残念だが、まあそのアセット・ゲーリングが左腕を失ったのは私と決闘したからだ。ちゃんと見届け人も居たし、双方が合意した決闘だったんだぜ? せっかく私が完全勝利を収めたというのに、その時の町長がアセットの親父だったんだ。そして私は鞭打ち50回くらってサマセットを追放になった」
「あの豪傑と決闘して勝ったとか、マジか……。母さんは? なんて?」
「ゲーリングと決闘する前の晩、求婚したらふられた。決闘しないなら結婚してあげるって言われたんだが、私はあのクソ野郎のことがどうあっても許せなかった。妊娠してるなんて考えもなかったのにな」
マーズは生まれてから37年間、母でさえも教えてくれなかった自分の父親の情報を聞くことができて、ようやく留飲が下がった。
「そうでしたか。ではどうぞ、さあ、こちらへ」
玄関ドアは引き戸だった。中は土間になっていて、いくつか部屋に分かれているが、戸をくぐった部屋が一番広く、団欒に使うための物なのだろうけどテーブルの上には狩りの装備でもない、戦う装備品が並べられている。
椅子に座っているのが子どもたち……というより、いままさに剣を腰に装備しようとしている青年と、椅子に座って弓に体重をかけている女性、こちらは弓の弦を張り替えているようだ。
二人と目が合った。マーズ譲り、そしてポリデウケス家譲りの涼しい目をしている見事な赤髪の男女がいて、その向こう側から父の帰りを待っていたかのようにパタパタと足音が聞こえた。
まだ8歳ぐらいの少女と、6歳ぐらいの少年だ。
「お父さんおかえりなさい! 敵は殺した?」
無事で帰ってきた父を迎える子どもたちと、遅れて炊事場から早足で歩いてくる足音。
美しく、スタイルのいい、だがしかし少し背の低い女性の姿があった。
「あなたお帰りなさい、爆発音がしたから二人とも森から帰ってきて、いま出て行こうとしてたところなのよ。あの爆発はなに? ダリルたちはどうなりました? 私はこのあと炊き出しの交代に……あら? えっと、初めまして。お客様ですよね?」
客とは言え赤髪の男が来てるのだ。顔も似ていることから、身内であることぐらいは言われなくとも分かる。
爆発音について、マーズはどう答えたらいいか分からず、まずは家族を紹介することにした。
「えっと、こちらが長女エイプリル。あっちの剣を持ってるのが長男のハル。こっちのモジモジしてる人見知りの娘が次女のセイリス……」
そして今抱き上げた末っ子だろう、ワンパクそうな赤髪の男の子をほいっとアデルに抱かせてあげた。
「これが末っ子の悪ガキで、ハイデル。そしてこちらが妻のスカラに、あとジュリア母さん。これがおれの自慢の家族です」
長女エイプリルも長男ハルも、父が招き入れたこの赤髪の男を値踏みしている。まずは、しっくりと手垢がついて馴染んだ剣の柄、二本差しの剣、革の装備だが手入れが行き届いていて、ブーツは何度も血泥を踏んだのだろう、黒ずんでいる。出で立ちばかりではなく、醸し出す空気までがタダ者じゃないことを物語っている。この町では見かけない赤髪の男だった。
「あなた、お客様を紹介してくださいませんか?」
「見ただけでなんとなく分かってるだろ? まあ、そうだな。おれから言うのも何だから、どうぞ自己紹介を」
マーズは自己紹介をアデル本人に任せた。
自己紹介を振られたアデルはというと、腕に抱いたハイデルのせいで目尻が垂れ下がってしまって、何とも格好の付かないタイミングだったが、ハイデルを降ろすことなく、そのままリクエストに応えた。
「アデル・ポリデウケス。えっと、ジュリアと私は、その、何と言うか、今でいう元カノ? というやつで、えっと……初めまして、キミらのお爺ちゃんということになる」
アデルが自己紹介すると妻のスカラが瞬きを忘れたように食いついた。
スカラもジュリアやマーズと同じでエルフ混ざりだ。この辺りは異種交配が進んでいて、クオーターとハーフがくっついたり、その子がまたエルフ混ざりと結婚したりしているから純血という証明が難しくなっている。おそらくヒト族の血が濃いであろう妻のスカラは、いま聞いたばかりの、名前について確認のためもう一度聞き返した。少し微笑みながら。
「うふふ……、アデル・ポリデウケス? あの熱血教師と同じ名前ですか?」
妻のスカラがアデル・ポリデウケスの事を知っていた。当然マーズはどういう経緯なのかを知りたくなった。
「スカラ、おまえ知ってるのか?」
「いえ、私がまだ子どもの頃、グランネルジュに住んでた頃……、すっごい大人気の芝居があって、うちの父がやっとの思いでチケット取ってくれて劇場に観に行ったの。あれって実話だったんですよね? 確か天才少年剣士がボトランジュ領主の孫だとかで。熱血教師ポリデウケスはパシテー先生との熱愛がステキでした。グランネルジュの女の子はみんなポリデウケス先生に恋をしたし、男たちはみんなパシテー先生の飛行術に骨抜きにされてた。グランネルジュだけじゃなくって、王都でもセカでも、すっごい反響だったっていうよ? 私は天才剣士のアリエルが好きだったわ」
マーズの嫁さんはアリエルのファンだった。それを聞いたアデルは " あの怖い奥さんたちの耳に入ったら面白いかもしれないな " と思って、ちょっとだけ口元が緩んだ。
「やっぱりアリエル・ベルセリウスも実在のモデルがいるんですよね。たしかボトランジュ領主の孫」
「アリエル・ベルセリウスはノーデンリヒト共和国、国家元首の息子。つまり王子さまだよ」
「やっぱり! そうだったんですね。王族を讃える物語としては本当によくできていました。もう一度見たかったのですが、チケットが大人気でとれなかったんですよ」
とんでもなくミーハーな嫁だった。しかも25年も前の『100ゴールドの賞金首』の話でここまで盛り上がれるなんて。ちなみに16年前の時点でアリエルの首には2000ゴールドの賞金が懸かっていた。アリエルが帰ってきてまた大暴れしたからな……アシュガルド帝国やらダリルやらの懸賞金足したらどんだけになるのか分からない。100ゴールドの賞金首なんて可愛いものだ。
「マジか、おれそんな事知らなかったぞ……」
「私、ネーベルで初めてあなたと会ったとき言ったよ? 赤い髪の人をみたのなんて初めてだったからさ、熱血教師みたいでカッコいいですねって。それから仲良くなった」
「いや、確かに言われたかもしれないけど、マジか……え――っ、マジかあ……、だってこの人、ボトランジュで学校の先生してたって言うし……」
「赤髪の熱血教師、ボトランジュの? アデル・ポリデウケス先生? ……ほ、本物? なのですか?」
「あー、そんな事もあったなあ。でもあれは相当脚色されていてな、実際はそんなにロマンチックな話でもない。ただ、ユミルはナンシーと結婚して、今は子どももいる。幸せな家庭を築いてるよ」
「キャアアアアアアアァッ、本物だったんですね! じゃあ、パシテー先生はどうされてます? 飛行術なんて誰も信じなくて、架空の人物だって言われてましたけど、ダリル領都を襲撃した魔女が飛行術を使ったって噂になりました……、熱血先生はパシテー先生と結婚したんですよね?」
アデルとパシテーが恋愛関係にあったというのは脚本家の創作であり、フィクションだ。
アデルはまず否定することから話を続けようとした。
「えええっ、なんでそんなことになるのかな、してないしてない。パシテー先生は……」
しかし、そのタイミングで勢いよく引き戸が開けられた。
―― ガタタッ、バン!
逆光でよくわからないが女性っぽいシルエットが立っていた。
振り乱してきた髪を手櫛で整えながら一歩、二歩と玄関土間に入ってきたのはジュリアだった。
「ねえアデル……、パシテーって子、あれ何? まだ12か13ぐらいじゃないのさ。 あんな子に手を出したって本当なの? あなた私に言ったわよね、年上が好きなんだって。そう言って私を口説いたわよね、確か」
「はあああああ? 誰がそんなこと言ったんだ、おまっ、ちょっ、勘違いだからな、大きな間違いをしているからな……まずその強化魔法を解除して、手のひらの上に出したファイアボールもさ、消してから落ち着いて話をしようか、な、ジュリア……」
「お義母さんっ、いいいいいい、今なんて言いました? パパパパパシテー先生がここにきてらっしゃるんですか?」
「ブルネットの魔女ってあの子の事でしょうアデル、私きいたの。アリエルって子にね、ポリデウケス先生はパシテーを何度も食事に誘ったって……この変態。そりゃあのジュノーって子を見た時にはイラっとしたわよ、でもねちゃんとした奥さんがいて、生まれてきた娘さんだと思ったの。そうね、マーズの腹違いの兄妹だと思った。それなのにアデルときたら、あんな小さな子にちょっかい出してたなんて……」
アデルが抱いてた孫をマーズに奪われ、開いたままの扉から無言のままそっと押し出そうとするエイプリルとハル……。
「ごめん、お婆ちゃんが怒ると家が火事になるから……外で怒られて、お願いだから」
「はああああ? 私いまからもしかして焼かれるのか?」
「さすがアデル、よくわかってるじゃん……早く外に出ろ」
「ちがうってジュリア! パシテー先生はアリエルの嫁! 私は天涯孤独の身だってば」
「あら良かった、家族が居ないなら遺灰を送る手間が省ける」
「違う違う! アリエルに聞けば分かるって! そりゃ酒場の姉ちゃんにちょっかい出したぐらいのことはあるが、彼女が居たこともない……あれから40年近くもずっとジュリア、お前の事だけを思ってた!」
「ありがとうね、遺言として聞いといてあげる。さあ、表に出な! ロリコンは消毒、火葬してやるわ」
「アリエル? もしかしてアリエルさまがこの町に?」
スカラはアリエルの事しか頭にないようだが、もう誰も返事をしてやる余裕などない。
ポリデウケスが後ずさりする形でじりじりと家から追い出されて、ジュリアの両手からボウっと炎が立ち上がったと見えたその時、炎はフッと立ち消えた。
ジュリアはどうなったのかと起動式を再度入力する動作を見せた。しかし魔法は起動しない。
さっきから纏っていた強化魔法も綺麗に効果が剥がされている。今の今まで普通に使っていた魔法がいま使えなくなったことで内心パニックになりそうだった。
「な……私に何をしたの?」
ポリデウケスに詰め寄ろうとしたジュリアが家から一歩出たところで、更なる来客に気が付いた。
アリエルたちだ。
自分の魔法が使えなくなって、この連中がぞろぞろと雁首揃えて追いついてきたことで、ジュリアはなんとなく分かってしまった。この怪しげな魔法を使う連中に魔法を使えなくされたのだと。
やれやれとお手上げのポーズをして見せた。
「先生、殺されるところだったみたいだよ?」
「まさか殺されはしないよ、まあ自慢の髪がアフロになるぐらいの覚悟はしてたけど、ありがとうなアリエル、助かったよ」
「アリアリアリアリアリアリ……」
「わ――っスカラ! 息をしろ、吸って吐いて、吸って吐いて、落ち着いて息をするんだ!」
スカラが過呼吸起こしているのを横目で見たあと、ジュリアはパシテーに直接聞いた。
「つかぬことをお伺いしますが、この男、パシテーさんとはどんな関係で?」
「さっき言った通り無関係です、昔ちょっと同じ職場にいただけなの。食事には何度か誘われた事ありますけど、全部お断りしたの」
「あの、年齢と言動が会ってない気がするのですが?」
「ああ、パシテーはこう見えて中身44? だっけ」
「兄さま! 私まだピチピチの15なの」
パシテーが15歳をアピールしたとき、偶然前に居たサオと目が合った。よりによってサオと目が合ってしまったのだ。
「師匠!パシテーが私を見て勝ち誇ったような顔をしましたっ! 私が35だと思って笑いました。中身44のくせに私より若いと思われてるのが悔しいですっ」
サオの視界が"ぱあっ!"と明るくなった。
サオにはアリエルの顔がいつもより五割増しに輝いていて、瞳にはいくつもの星を湛えているように見えた。
「サオ、おまえが一番に可愛いさ、決まってるだろう? お前がヒロインなんだからな」
「えへへへ、師匠の気持ち、嬉しいですっ。でもみんなの見てる前でそんなこと言われると私てれちゃいます。……でもどうしたんですか? シャツの袖から花びらがチラホラとこぼれてますよ? ああ……、師匠が可愛いって言ってくれましたっ……えへへへ、嬉しいです師匠。私も大好きですっ」
サオは庭に突っ立ってる木に向かって、ひとりテレまくりでラブラブし始めた。パシテーに幻を見せられているようだが……。まったく、どんな幻を見ているのか……。
「パシテーひどいな」
「サオに絡まれると面倒なの」
パシテーとサオの様子を腕組みしながら斜に睨みつけるジュリアに先生がホッとしたような顔で言った。
「な、ジュリア。私に罪はない。無罪だ」
「いーや、お前ら二人とも遺跡損壊の罪で逮捕だ」
「えええっ? 何の話だ?」
「地下の遺跡に入って、お前らイチャついてたろう? 名前を彫って証拠を残すなどアホとしか思えん。ジュリア、お前も同罪だ」
「マジかよ、そんなことあったっけ?」
「そうよね、どうせあなたは覚えてないと思ったわ」
「くっ、覚えてるよ。忘れるわけないだろ? ちょっと話を合わせてくれてもいいと思うんだが……」
「外にダリルの奴ら戻ってるんでしょ? 夜戦があるとかいってなかった? それが終わったら大人しく捕まるわ」
「ジュリアが出るの? じゃあ私も出なきゃな。孫たちにもいいとこ見せないと、お縄になったところだけ見せたんじゃカッコ悪すぎるからな。アリエル、あと残りどれぐらい居たっけ?」
「315だってさ。先生が出る?」
「ああ、昔の腐れ縁のクソ野郎が毒矢にやられたらしい。315? セカのアルト軍2万と比べたら少なすぎて気の毒だ」
「おお、さすが先生だ。一人であの315人を相手にするなんて凄いよ」
「アリエル? ちょっと待とうか。あのな、315って言うのはここにいるみんなでだな」
「先生が一人で出るぞ! ノーデンリヒト防人の力を見せてやってください」
「お? おおおう? マジか? きっと遠くから援護とか、上の方からハイペリオンが見てくれてるとか、あるんだよな」
先生の目にはサオが庭の木にすり寄ってデレデレしているのが見えた。
「えーっと、ジュノーさまは?」
「ジュノーはネストで休んでる」
「確かおまえの妹が解毒と回復魔法使えたよな……」
「真沙希も休んでる」
「くっ……マジで?」
「へー、アデル凄いわね。あの数を一人でどうする気? ノーデンリヒトの戦士がどれほどの物か見せてほしいわ。ね、マーズ」
「ああ、劇場で演じられる芝居になってるなんて、どんな技を使うのか……興味がある。な、エイプリル、ハル」
「うん、でも315って敵の数? 年齢とかじゃなくて?」
「私普通に死ぬと思うけど……」
エイプリルとハルは先生にとって孫だ。
孫が英雄を見るような羨望の眼差しで先生を見ている。
「あ、ああ。315? ……315ね、それぐらいなら一人で平気だ……たぶんな」




