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13-21 愛の巣

 アリエルは世界樹の実を手に入れた。これを発芽させるためには何か特別な条件が必要だったはずだが思い出せないなら思い出せないで、それが何なのかを調べることも旅の目的にひとつ加わるだけだ。


「ま、そのうち思い出すだろ」


 "石の書"は単純にこの世界樹の実を魔気から隔絶し、呼吸を止めて封印することを目的とした、単なるロック付きの蓋として機能していただけだ。特に何が書かれているわけでもない……。


 あともう少しこの遺跡を探索させてもらおうとメルキオールさんにお願いしようと思ったところで、ジュノーが割り込んできた。


「ちょっといい? さっきのダリル兵、帰るフリをしただけで戻ってきたわ。風車の丘をぐるっと回り込んだみたい。今夜あたり襲撃があるわよ、きっと」


「なんだと? それは本当ですか? いったいどうやってその情報を……いや、もう聞くまい。我々にはその情報だけあれば十分。ジュリア、迎え撃つ準備を」


「わ、分かりました……」


 気配を察知するのはアリエルの能力だったはずが、この空間はミスリルでできたドーム球場のようなもの。微弱なマナの気配はミスリル鉱石の壁に阻まれると存在が曖昧になり察知できない。


「弓装備の兵が多いから毒矢を使う気ね、ねえあなた、どうする?」

「ジュノーおまえ……アレか、もしかしてオートマトン使ってんのか?」

「ゾフィーに預けてたのを思い出したのよ。試験的にネーベルで使ったけど誰も気が付かなかったってことは、まあ不具合なく使えると思うんだけど」


 オートマトンとは世界樹を守護する精霊キュベレーが作った自動式魔導人形のことで、コッペリアという名前が付いている。基本的には蜘蛛や蟹のように見える多脚戦車みたいな形だけど、目の前にあるものの形状をコピーする機能があって、木や岩のような自然物から、荷車のような人工物、果ては人や動物にでも擬態する能力を持った強力な魔導兵器だ。


 世界樹攻略に乗り出したソスピタの精鋭部隊を壊滅させたという実績があるけれど、その場その場に合わせて臨機応変にプログラムするのが難しいことから、正式に受け継いだジュノーが魔法陣に詳しいゾフィーとタッグを組んであーでもないこーでもないと散々いじくったが戦闘プログラムを組むところまでは至らなかった。現時点でジュノーのオートマトンは日本人に分かる表現で言うところの、コピー□ボットのようにしか使えない。


 ちなみにそのオートマトンに壊滅させられた精鋭部隊、唯一人の生き残りがゾフィーだ。

 世界樹の森を守るキュベレーが侵入者を排除するため設置していたコッペリアが世界樹攻略に来ていたソスピタの王子、アーカンソー・オウルと衝突したことによりアマルテアとソスピタの紛争が始まったのだ。

 そして上級神アーカンソー・オウルはコッペリアに倒されている。


 広大な世界樹の森を守護すると言う役目であれば、コッペリアのような自動式魔導人形の使用も致し方ないが、人間的な判断をせず機械的にただプログラムに従って敵を殲滅するといったコッペリアの機能そのものにアリエル(ベルフェゴール)は否定的だった。キュベレーの遺産としてジュノーが受け継いだのはいいが、コッペリア最大の武器である『マナ吸収フィールド』が敵味方の区別なく作用するあたり戦略的に使いづらいことこの上ない。


 マナ吸収フィールドというのはコッペリアを中心に半径15メートルぐらいの狭い範囲で、マナを吸収するフィールドを展開するという、文字通りのものだ。しかしこれが魔導師にはとても厄介な代物で、まず魔法攻撃をほとんど無効化する。アリエルの爆破魔法もジュノーの光学魔法も同じく、コッペリアのマナタンクに収まるだけだ。

 戦車のごとき対物理防御に加えて、吸収したマナを一気に撃ち出す強力な砲撃で敵をせん滅する。


 魔法使い殺しとしては最強と言えるのだが、実は強力な魔法使いというのはアリエル(ベルフェゴール)の身内ばかりで、敵はだいたいが剣や槍を主武器にしていたという……。

 それは昔も今も変わらない。


 アリエルにとってキュベレーのオートマトンが戦場にいるのは邪魔以外の何者でもないわけで、そんな難しい物を使ってほしくないと言うのが本音なのだ。


 そもそもジュノーにもゾフィーにも使いこなせず、何をさせても思ったようには動かなかったことからゾフィーのストレージにお蔵入りという形で保管していたはずなんだ。そんなものをいまさら引っ張り出して何をする気なのか。


「兵士に紛れ込ませて偵察する分にはむしろ便利よ? 視野が狭いけどコッペリアが見ている映像が私にも見えるし。マナ吸収フィールドはオフにしてるから大丈夫。使えないと判断したらまたお蔵入りにするから、ねえいいでしょ?」


 ジュノーはオートマトンの見た風景が見えるという。

 そんな物使わなくても、いざとなったらハイペリオンとサオにお願いして、千メートルの高さから偵察してもらったほうが手っ取り早いし、考えることができるので不測の事態にも対応できる。


「プログラムは大丈夫なんだろうな?」

「あなたはアルカディアに長い間いて、何も考えてなかったの?」


「いーや? どっかの暴力女神にモーニングスターで殴られたせいで記憶を失ってたけど、テルスをブッ殺す方法ならいくつか考えてるからな、試してみたいことがある……」


「あら、モーニングスター使う女神って素敵だわ。きっと美人に違いない。でもオートマトンを使わない手はないわ、コッペリアは戦力になる。うまく動かせるなら、あなたやサオのように、私もネスト付けてもらってコッペリアを出し入れできるようにしてみようかな」


 オートマトンが使えないと判断されていて、今までずっと出しもせずゾフィーのストレージに収納しっぱなしだった理由はひとつ。回復のかなめであるジュノーがマナを吸収されてしまって、いざって時に魔法を使えないということになるからだ。


「克服できたんだろうな?」

「ばっちり!」


「で、ダリル兵たちは?」

「言った通り、南に去ったふりをして遠巻きに回り込んでる。角度的には風車の丘の向こう側になるから、町からは見えないわ。距離にして約2キロだから小走りで30分。数は点呼で355。最初からあそこにキャンプがあったのね、荷車が5台あって、兵士たちはいま食事中で、弓を扱えるものは弓装備に変えている」


 ジュノーはアリエルに、詳細な情報をリアルタイムで教えた。確かに偵察機からの情報とスパイからの情報は視点が異なる分、使い分けができればこの上なく有利だ。"ほらコッペリア使えるでしょ?"とでも言わんばかりの得意げなドヤ顔で迫るジュノーに、アリエルもコッペリアを認めざるを得ない。


「そか、まだ時間があるな。じゃあメルキオールさん、この遺跡をもう少し見せてくださいませんか? 調査という訳ではなく、単純に遺跡見学です」


 メルキオールさんとジュリアさんの案内と解説を受けて、この遺跡を見物するアリエルたち。

 アスティが住んでたところがどの部屋なのか、またはソスピタの貴族が生活していたのはどのブロックなのか、そういった情報は今もう失われたようだが、壁に掘られた横穴は個室に繋がっていて、ボロボロに朽ちた板っ切れがあちこちに見られる。これはたぶん扉だったのだろう。


 ジュノーがひとつ、気になる部屋を見つけたらしい。


「あそこほら、扉が新しい。もしかしてまだ誰かが使っているのかな?」

「本当だ、ちょっと行ってみよう」


 何年か、何十年か前に使われた形跡のある部屋を見つけたアリエルたちの前に回り込んで、止めようとするジュリアの姿があった。

「ちょ、ちょっと待って。あそこは何も。何もありませんから!」


 メルキオールは狼狽するジュリアの姿を見て露骨に訝しむ目をしながら、ジュリアが制止するほう、まだ木の扉が朽ちていない住居跡に向かって歩いた。


「メルキオール、ちょっと、ほんと、ここだけは本当に何もないから! お願い、見ないで欲しい……」

「やかましい! お前もしかして遺跡に侵入したのか? 町の掟では重罪だぞ、分かってるのか?」


 メルキオールはバタンと乱暴にドアを開けて遺跡の横穴に入ると、手に持った松明を点火して遺跡捜索を始めた。


「まったく、遺跡の保護は町長の役目だ。何も持ち込んでないだろうな……」


 アリエルたちもメルキオールについて個室の中に入ってゆくと、寝室には木でこしらえたベッドがあって、布団はもう使えないほど黄ばみ、朽ちてはいたが、何十年か前まで生活していたような痕跡があった。


 メルキオールが頭を抱えたのとほぼ同時に、またジュノーが壁に小さな落書きを見つけた。


 その文字は現代のスヴェアベルムの文字だった。



 ジュリアのために全てを捧げる……アデル・ポリデウケス

 アデル大好き。生涯の愛を誓う……ジュリア



「ぶっ……ぶははははは! なんだこれ先生の落書きだぞ。もしかしてこのベッド、二人の愛の巣だったのか!」

「ニヤリ! 師匠、私ここに来てよかったです。先生の弱みを握りました!」


「あの、ちょっと、これはその、えっと、ごめんなさい、他言無用でお願いします、お願いしますから」


「いいねサオ、俺もだ。こいつは星組の卒業生全員に知らしめる必要があるな」

「はいっ師匠、任せておいてください。女子の情報伝達力を見せつけてやりますっ」


「パシテー、おまえそう言えば先生に言い寄られてたよな?」

「ん。何度か食事に誘われただけなの。だけど断って良かったの」


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ、何あのバカ、こんな若い子に手を出したの?」

「いや、ギリギリのトコで俺が割り込んだからパシテーは無事だったけど、危なかったよなあ……サオもお尻とか触られなかったか?」


「ポリデウケス先生はエルフの女の子が好きだって師匠から聞いていなければ私も手籠めにされていたかもしれませんねっ。ピンチでした」


「ちなみにパシテーはクォーターエルフだったからね、当時!」


「…………私あなたたちの先生を殺してしまうかも……」


「構わないです! どうぞやっちゃってください!」

「師匠! 私ワクワクしますっ!」

「ちょっと、もしかしてまた私が治療するの? 面倒なんだけど……」



「まてジュリア、お前も遺跡損壊の罪で同罪なんだが……?」


「うるさい! あんたの弟を殺してやるから殺人罪も付け加えたらいいわ! 超ムカつく。何よやっぱり若い女のほうがいいんじゃない」


 ジュリアさんはものすごい剣幕で強化魔法を展開すると目にも留まらぬスピードで出口に向かって走って行ってしまった。


「ジュリアお前……ああ、アリエルどの。ジュリアを追わないと……あのバカ、町中まちなかで喧嘩すると大変なことになる」


 メルキオールさんの後を追って遺跡を出ようとしたけれど、井戸の底からハシゴがなかった。

 ジュリアさんが上げたんだ。


「こ、これはもしかして本気か!」

「うおお! 誰か、誰かハシゴを!」


「ゾフィー頼むわ。先生が殺されそうだし……」

「わかりました、えーっと、石碑の広場でいいかな?」


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