02-10 五年星組冒険者組
タイトルをパロディするためだけに花組に入れてやろうかと小一時間悩みました。
20170726 改訂
20210729 手直し
冒険者ギルドの前でパシテーと別れ、アリエルは今日、ギルドに集まる依頼を偵察に来た。
BランクとCランクの依頼が多く貼られていて、ガルグ納品依頼も昨日の今日でまたひとつ発生していることに、この街の食肉事情が少しわかった気がする。
あと、ギルド長の判断なのだろう、行方不明者の捜索依頼カードは全部撤去されたようだ。撤去したのなら依頼者に撤去した理由を求められたとき応える義務があるんじゃないかと思うのだが、どう理由付けしたのだろうか。ノーデンリヒト避難民たちが盗賊とエンゲージしたのはマローニから街道沿いに3日のところだった。シャルナクさんが衛兵を向かわせたと言ってたので、馬で移動してたとしたら、あと2、3日で調査結果が報告されるはず。盗賊たちの死体を放置していたとしたら即ハゲマッチョたちに追手がかかるだろうから、あのとき言われた通り、死体はどこかに埋めるなり、処分したと思うのだが……。
今どこにいるのかはあのハゲマッチョに聞けばわかるだろうけど、その証言をすると自分が盗賊行為を行い、死体遺棄をした証拠になるから、意地でも口を割らないのだろう。
どっちにせよあの荒くれ者たち居なくなると、Bランク、Cランクの兼業冒険者が居なくなって依頼がダブついてることもあるし、なによりも避難民たちがより安全に暮らせるという事実こそ、アリエルにはメリットしかない。
受付カウンターを覗いてみたら、今日はあの赤いシュシュを頭のてっぺん近くで結んだカーリがいなくて、別の女性だった。この人は確かギルド長の部屋に呼ばれたとき3階にいた人だ。
カーリがここにいないという事は、たぶん学校にいるんだなと、なんとなくそう思った。
依頼の難易度と達成報酬をだいたいの相場として覚えておくことにした。
正午に学校いかなければならないので、今日は依頼をなにも受けず学校に向かうことにした。
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アリエルがマローニ中等部の門をくぐり、教員棟の前に差し掛かると扉が開いて、中からパシテーが出てきた。パシテーの気配は判別できると思ったのだが、どうやら学校の中では難しかった。気配を完全に判別できるようになるとアリエル的にはとても便利なのだが、ノーデンリヒトに住んでいたころアリエルは夜、就寝時間になってベッドに潜り込み、トリトンとビアンカの気配が組んずほぐれず、絡み合うようにウネウネしていたのを察知して以来、気配察知のスキルは重要なプライバシーまで覗き見できるということを理解していたし、中身の嵯峨野深月からすると、親のそういうところだけは見たくないものだからこそ、アリエルは『察知』『監視』『覗き』『追跡』など、意識して使いどころをハッキリさせようとしているのも確かなのだが……。
周囲に誰もいない状況でパシテーの気配は確かに判別できたのに、何百もの人がひしめき合う学校という環境では気配の判別が難しいというのは今知った。気配察知のスキルも理解をより深めて、使い勝手を良くしてゆく必要がありそうだ。
当然パシテーは魔導教員詰所のほうにいると思っていたが、こっちの教員たちも職場の同僚であることに変わりはない。退職の挨拶をしていたのだろう。目が合うとアリエルに少し微笑んでいるのが窺える。
この世界を滅ぼしてしまいたいと言った彼女の顔が、輝いて見えた。
ここで再会して、すれ違う。
アリエルは職員室に、パシテーはまだほかに仕事があるのだろう、チラッと一瞬目が合っただけで、そのあとは背を向けて早足でこの場を去っていった。
アリエルは残り香のようなものを感じた、なんだかいい匂い? というか、たぶんマナの残滓のようなものを感じとった。ダメージを受けると花びらが散るのもそうだが、パシテーも割と変わったマナを持っている。
パシテーの背中を見送ると、アリエルは我に返ったように教員棟の扉をくぐった。
ちょうどいい時間なので、アリエルは約束のとおりカリプソ教育長の居室を訪れた。
ノックをすると中から「どうぞ」の声がして招き入れられるかと思ったら、一歩入ったところでカリプソ教育長自ら席を立ち、アリエルに書類の束を手渡した。
「この書類をご家族に書いてもらって、キミを担当するポリデウケス先生に渡すこと。ポリデウケス先生は隣の職員室にいるからね、編入の手続きは済ませているから今後はポリデウケス先生の指示に従うように。ようこそマローニ中等部へ、わが校はキミを歓迎するよ、アリエル・ベルセリウスくん」
アリエルは数枚のパピルス紙が束になった書類を受け取ると「ありがとうございます」といって教育長の部屋を出た。
廊下に出たアリエルは大きく深呼吸した。
いや半分はため息か……。ポリデウケス先生というのは昨日の飛び級試験で立ち合った赤髪の二刀流使いの先生だ。たしかAランク冒険者だったはず。
アリエルはポリデウケスのAランク冒険者という肩書よりも、赤髪のほうに興味を持っていた。
数年前、アリエルがフラッシュバックしてみた映像のなかに赤い髪の少女がいて、アリエルとはずいぶん親しそうな印象があった。そのことが気になっていたのだ。
アリエルは自らを受け持つ担任がスキンヘッドの元軍人、ヘルセ先生じゃなくてよかったなと内心ちょっぴり思った。
「失礼します」
アリエルが教員詰め所に入ると、15人ほどの教職員が居て、どうやらこっちをチラチラと窺っているように感じた。昨日の飛び級試験で目立ってしまったので良くも悪くも有名人になってしまったようだ。アリエルは前世、嵯峨野深月だった頃から今に至るまで、あんまり目立ったことがないので周りの注目を浴びた経験がない。平常心を保てず、普通の振る舞いというものがどういったものなのかを身体が忘れてしまったように、動作がいちいちぎこちなくなってしまう。
アリエルはひとつ、注目されるということが苦手なのだなと自覚した。
教員詰め所に入って周りを見渡すと、右の奥の方の机で担任のポリデウケスが小さく手を挙げ、グッパーグッパーしながら合図を送った。なんだか昨日より小さくなった印象だ。もしかしてこの先生、学校内では立場弱いのかと心配になってきた。
「おはようございます、ポリデウケス先生」
「おはよう、ようこそ5年星組へ」
アリエルの学ぶクラスは『星組』に決まったそうだ。
たしか1学年に4クラスあると聞いていたが、ここの中等部では将来どういった職業に就きたいかによって、自分でクラスを選べるのだそうだ。そしてアリエルは希望の授業をみて、何がいちばん効率よく学ぶことができるのかと考えて提出したところ『星組』に決まったということだ。
挨拶を交わしたポリデウケスはアリエルの顔を訝しむような目で見ていた。アリエルにしてみると、なんだか値踏みされているようであまり気分のいいものではない。昨日蹴飛ばしたことを根に持たれてなければいいが…‥。
「なんだ、キミもか」
「はい? なんのことです?」
「いやね、キミの前にパシテー先生が退職の挨拶に来たんだが……、今まで見たことがないほどいい顔するもんだから、引き留めるつもりだった先生たち誰も引き留められなかったんだ。そしたらキミもね、パシテー先生に負けないほどいい表情になってる。まあ昨日と比べればだけどな。まあ、どちらにとっても良いことがあったんだろうな」
ポリデウケス先生は椅子から立ち上がってアリエルに向き合い右手を差し出した。
唐突だったが握手を求められたようだ、この世界の握手の風習なのだろう。アリエルはポリデウケス先生の、キリっと涼やかな目をみて誠実そうだなと感じ、ただそれだけの事で手を取り合った。
「よろしく」
聞くところによるとポリデウケス先生は地政学、地理、薬毒植物学、ハンティング実習とハンディング座学、迷宮学を受け持つ座学よりもコーチングを得意とする教員だという。なるほど、先生はAランク冒険者だから、アリエルが冒険者として旅に出るのに役に立ちそうな授業を取ると全部ポリデウケス先生の講義になってしまうようだ。
星組は将来、冒険者、探索者、薬剤師や狩人になる生徒が学ぶ学級なのだという、つまりは冒険者クラスということだ。貴族や役人の子は月組を選ぶので、もちろんプロスも月組に在籍している。
アリエルは一応ベルセリウス家の末席に名を連ねる分家の嫡男でもあるから、先生は絶対に月組を選ぶと思ってたらしいが、いまも現在進行形で日本に帰る方法を探しているのだから、探索者としての技術を学んでおきたかった。
「アリエル、キミは本当に冒険者という生き方を選ぶつもりかい? 領主の息子は普通、冒険者なんて危険な仕事はしないもんだぞ」
「俺はノーデンリヒト生まれのノーデンリヒト育ちだからね。ノーデンリヒトで生きていくなら貴族の肩書なんて尻拭く紙にもならないし、領主だなんだって言っても、戦争が始まって領地を奪われてしまったからね、没落貴族一直線でしょ?」
「自虐ネタは笑えないぞ? 教室に行ったら自己紹介でもっと笑えるジョークを頼むよ」
ノーデンリヒトが戦場になってしまって、今や魔族が跋扈する危険な地だという。だがしかしアリエルは現状を変えてやろうと思っている。逆に魔族の方にこそ "ノーデンリヒトはアリエルが跋扈する危険な土地だ" と言わせてやろう。それぐらいのことは考えているのだけど、5つも年上のクラスでそんな生意気なことを言うと嫌われるだろうから、たぶん言えない。
それからお昼の休憩が終わるまで、アリエルはポリデウケスと親交を深めるためというより、ちょっと聞いてみたいことがあったので、質問してみた。
アリエルの記憶にフラッシュバックした、灰に埋もれた土地の映像……。
そこに燃えるように赤い髪の少女が出てきたのを鮮明に覚えている。顔を思い出そうとするけど、そこだけ塗りつぶしモザイクがかかったようになっていて、顔を見ることができない。
アリエルが見た映像の中に、本当に顔だけ塗りつぶしてあったのだろうか?
いや、本来は塗りつぶされてないのに顔を思い出せないのか。だとしたらあの映像に出てきた女性二人のことを知っているはずなのに、考えれば考えるほど、思い出そうとしたら思い出そうとするほどに、頭の中にもやがかかるように、急に見通しが悪くなる。
「ノーデンリヒトにも、この街に来てからも赤い髪の人なんて見たことないんですよね、先生のその髪って、染めてるんですか?」
「だれがそんな面倒くさいことをするか。私のこの赤髪は正真正銘の自前だよ」
「そうなんですね、赤い髪ってカッコいいですよね」
「そうか? 森に狩猟に入ったら目立って不利だし、街を歩いていて髪色だけで他人から覚えられるからなあ、そういう意味ではメリットあるかもしれないが、どっちかというと損することの方が多いんだぜ?」
「先生以外に赤い髪のひとっているんですか?」
「故郷に帰れば赤い髪なんて珍しくもないさ」
「そうなんですね、なるほど。地域によって髪色にも差があるってことなんですね」
「おお、その通りだアリエル。ここらへんは金髪と碧眼の特徴をもった人が多いが、南部の方に行くと肌の色や髪の色、目の色が微妙に違うひとたちが住んでいるからな。そういったことも『星組』で学べるよ」
雑談していたらお昼の休憩時間を終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。
休憩時間の終わりを告げるためなのか、それとも午後の授業を始める合図なのかは分からないが、午後から授業のある教員が本や書類を纏め、バタバタと支度をして職員室を出て行った。学校を教員の側から見たのは初めてなのでちょっと新鮮だ。アリエルはポリデウケス先生の後ろについて教室に向かう。
転校なんてしたことはないのだけど、転校生ってきっとこんな気分なんだろうなと思った。
教室のドアはガラガラっと開けるタイプの引き戸。
この世界の建物はだいたいが開閉するタイプの扉だが、さすがに教室の出入り口は引き戸になっているらしい。
―― ガラッ
5年星組の教室は中央の階段を上がって一番左奥。学食からは一番遠いという僻地だった。
先生について教室に入ると、クラスメイトの視線がアリエルに集まった。
アリエルがこの世界に転生して初めてのクラスメイトは、2、3、4、5……6人。たった6人しかいなかった。しかし中にひとり見た顔があって、アリエルの顔を見ながら小さく手を振って微笑んでる。
冒険者ギルドの受付嬢、カーリだ。
やっぱり思った通り、ギルドにカーリが居ないと思ったら、やっぱり学校に来ていた。
兼業というのはこういうことなんだと、ちょっと理解した。
黒板にはすでに『歓迎! アリエル・ベルセリウスくん』と書かれていてちょっと照れくさい。
あと、花瓶に花が活けられた机が二つ……。それはこの世界の現実を如実に物語っていた。そう、冒険者クラスでは中等部の生徒が事故に遭い、命を落とすこともあるということだ。ギルド長のスカジさんも言ってた、危険な仕事だというのは本当らしい。
アリエルは急に不安に駆られて盗賊に襲われたときの事を思い出した。
いちいち顔までは覚えてないが、たしかあの中に年の近いような若者は居なかった。
二度、三度と思い出しては確認をする、だいたい全員オッサンだったはずだ。
アリエルはホッとして息を吐いた。
教室は窓が大きく取られているので照明なしでもそこそこ明るい、魔導学院の錬金術師がえらく明るいロウソクを作っているらしいので、天井からはキャンドル用のランタンがいくつもぶら下がっている。この街では魔法照明が一般的だと思っていたが、こういったところにまでまだ予算が回らないのはよくあることだ。今のところ読み書きをするのに不自由ないから、たぶんずっとこのままだろう。
「えーっと、もう知ってるとは思うが、編入生を紹介する。ささ、自己紹介を……」
「はい、アリエル・ベルセリウスです。アリエルと呼んでください。よろしくお願いします」
元気よく挨拶をすると、クラスのみんなも負けじと元気な挨拶で返した。
「「「「 よろしくう! 」」」」
まさかの大歓迎だった。
「アリエルはノーデンリヒト生まれ、ノーデンリヒト育ちという、まだ数少ない第一世代ノーデンリヒト人だ。戦時疎開で難民たちと一緒にマローニに来たそうだ。みんな仲良くな。じゃあアリエルに聞こうか。星組を選んだ理由は何だい?」
ここの自己紹介は質問形式で進行するらしい。先生が司会進行役を務めている。
なるほど、こうすれば自己紹介でスベってその後ボッチになるという事故が大幅に減らせる。ナイスな試みだ。
「はい、俺は魔導師です。魔導を探求するため世界中を旅する予定なので、星組を選びました」
「「「「 おお――――っ! 」」」」
―― パチパチ……。
6人しかいないのに、思いがけないほど大きな喝采が起こり、後ろの席に座ってる、眉毛がキリッとして体格のいい生徒が上機嫌で声を上げた。
「先生、のされたんだって?」
「はは、面目ない。簡単にやられてしまったよ。いやそれでも、ヘルセ先生ほど簡単にはやられなかったからな」
「「「「 おおおおおっ!! 」」」」
「打倒雪組。今年はいける!」
雪組? よくわからないがライバルのクラスがあるらしい。
今年こそ雪組に勝つぞとみんな口々に息巻くのを見て、アリエルの頭からクエスチョンマークが出ているのに気付いたポリデウケスは、まだ編入してきたばかりのアリエルに、教育長からは教えられなかったこの学校のこと、星組の置かれている状況などを説明することにした。
「一年に一度な、学級対抗で実技技能発表大会という、まあクラス対抗で戦う実技大会が行われるんだけど、えーっと、クラス分けから説明しないと分からないか」
先生によると、この学校の1学年の人数はたったの78人。
貴族や役人や商人になる人は月組。30人
騎士や兵士になる人は 雪組。26人
魔導師や教員になる人は 花組。15人
冒険者や狩人になる人は 星組。 アリエルを含めて7人
と、1学年4クラスあるが、一番人数の多いのは月組で、次いで雪組。花組と星組はだいたい同じぐらいの人数。実技大会は学級内の結束力を見る大会でもあるので、人数の多少は考慮されない。つまり、兵士になるために専門の教育を受けている雪組26名に対し、この星組はたった7人で戦わなければならないという。
「アリエル、どう思う?」
「やる気が出ますね」
「だろ?」
「「「「 おおおおおっ!! 」」」」
なぜか喜ばれているようでアリエルは少し照れくさくなった。
そして先生が自己紹介しろというまでもなく、男子生徒が一人立ち上がって自己紹介を始めた。
さっき先生に『のされたんだって?』とか言って朝の学級ににこやかな笑い声を提供したから、きっとクラスのリーダー的存在、もしくはムードメーカーなのだろう。
「俺はハティ。ハティ・スワンズ。一応、星組の筆頭をさせてもらってる。星組のクラスメイトは全員が冒険者だからね。ギルドの方で会ってもよろしく」
ハティというこの男、ガッチリ型で金髪を短く刈り上げた、いかにも男っぽい風貌だ。眉毛がキリッとカッコいいだけじゃなくて、まだ14、5歳なのになんだか渋いオッサンみたいな声が特徴だ。筆頭というのはクラス委員のような役割らしい。
「僕はユミル・グラッセ。ユミルと呼んでくれ。うちは狩人の家系でね、俺も狩人になる予定だけど冒険者でもあるからな。よろしくたのむ」
ハティの次に自己紹介してくれたのは身長180近くあるんじゃないかという、身長がヒョロ高い茶髪の男子。二重瞼のハッキリした優しそうな目が印象的だった。
「ハーイ、アリエル。ギルドで会ったね。カーリ・ベセスダ。カーリって呼んでね。今後ともよろしく。私はCランクだけど、頑張って腕上げてるよ」
カーリはこの前会った時と同じ、頭の上のほうで髪を縛るポニーテールで、今日は青色のシュシュをしてる。
「マブだ、よろしく」
マブは無口なんだそうだ。とにかくセリフが単語よりも長くならないのが特徴らしい。
「マブが5文字以上喋ったあーーー!」
「「「「おおおおおっ!!」」」」
「うちはメラク・イヴォンデ。メラクって呼んでな。こっちのアトリアとは双子で、ウチが姉の方で、イヴォンデ姉妹のキレイな方って覚えといてな。ええか? キレイなほうがウチやで、間違えたらアカンよ」
「アトリアです。イヴォンデ姉妹の可愛いほうって覚えといて。姉妹で冒険者やってます。アリエル、可愛い名前やな、よろしく」
メラクとアトリアはちょっと肌の色が褐色で、先祖が南方の出身なのだとか。目鼻立ちのくっきりした顔立ちをしている。アリエルはこの世界に転生してきてラテン系の美女を見たのは初めてだったので、少し見とれてしまった。しかしなぜだろう? ここの世界の言葉は日本語とは明らかに言語体形が違うのに、関西弁なまりにしか聞こえない、これは不思議なアクセントだ。
みんなの自己紹介が終わった。
歓迎してもらえたようで嬉しい。ボッチになるという最悪のシナリオは避けられたようだ。
「うん、みんなよろしく。俺はまだDランクだけど冒険者なんだ」
「ところでミルクイベントは済ませたかい?」
ハティの発言にどっと笑いが出た。さすが冒険者だ、みんなミルクイベントぐらいクリアしてるんだろう。
アリエルのミルクイベントを見ていたカーリが、まるで自分が勝ったかのように胸を張って言った。
「あのロゲがミルク奢らされて、裸足で逃げだしてたわよ」
「え――――っ! あの荒くれ者が? 裸足で? ……。マジで!! 見たかったわ――」
アリエルはいらない情報をひとつゲットした。あのハゲマッチョ盗賊、ロゲという名前だったらしい。どうせならハゲのほうが覚えやすい風貌していたのだが……よくよく考えてみると、ハゲもロゲもヒゲもムナゲもあんまり変わらない。要するにロゲとハゲを紐づけて覚えると忘れないと思うが、そもそも覚えたくもなかったのだが。
「よし、5星に9人目の仲間が加ったところで、地政学の授業を始めるからな」
「アリエルの席は、カーリの隣で、ハティの後ろな。途中編入だから、授業でわからないことがあったら何でも質問しろよ?」
この世界で言う地政学というのは、その土地を治めているのは誰で、どんな政治信条で、どんな気候で、どんな特産品があって、どんな特徴のある町で、どんな魔獣が居て、どんな危険があるだとか、そういう、旅のガイドブックのような知識を得るための学問ではなく、どっちかというと戦争するとき敵国を深く知るための学問なのだが、地政学の情報は冒険者にとって非常に有益なので授業は地理と合わせて行われる。
ポリデウケス先生もAランク冒険者ということで、マローニに腰を落ち着ける前は、この広大なシェダール王国をあちこち飛び回っていたという。実際にその土地に行って感じた感想を交えて教えてくれるので、実に分かりやすい。
「ところで、アリエル、ノーデンリヒトについては、教科書に書いてある通りなのか? 確認してみてくれ」
真新しく折り目も付いてない教科書をぱらぱらめくると、比較的前の方のページにノーデンリヒトの記載があった。かなり簡略化されているがそのページには、大雑把に、獣人と猛獣が多く、少し高地になっているので冬も厳しい、人が住むのに適していない土地だと書いてあった。
「うーん、どうなんでしょうね。麦やイモなど穀物の出来も悪くないし、降水量は安定していて雨季がないので洪水に見舞われることも今までありませんでした」
せっかくの機会なので、ここでちょっと時間をもらってノーデンリヒトの魅力について語ることにした。
「人が住むのに適さないと言われているのはたぶん、猛獣が多くいて人里近くにもよく出没するからでしょう、でもガルグネージュなので、手軽に捕れてむちゃくちゃ美味しい食肉になります。野生動物はガルグネージュ以外にもディーアやモウがいっぱいいるので、食べ物、とくに食肉には困りませんが、そうですね、たしかに冬は厳しいかもしれませんね。積雪が2メートルを超すことがあるので、魔法を使える人が毎朝雪下ろしを手伝って、雪に埋もれてしまった道を整備するぐらいでしょうか。それでも、とても美しい土地なので、俺は好きですよ」
「ガルグネージュがお手軽かよ……」
狩人のユミルが、やってられねえといった仕草をして肩を落とした。ガルグは狩人ひとりで狩るには荷が重いと言われている獲物。ノーデンリヒトでは魔獣と言われてたほどだ。しかしアリエルには簡単な相手だった。それこそ通りがかりに気配を感じて、ちょっと獲りに行けるぐらいの。
「なるほど、来年の教科書に加えるよう教育長に言っておくよ」
アリエルがノーデンリヒトの魅力を止めどなく語ったせいで瞬く間に時間が過ぎ、伝声管からチャイムが鳴り響き、休憩時間になるとアリエルのいる星組の教室の前は少し賑やかになった。
昨日の試験でアリエルに負けたヘルセ先生が受け持つ雪組の生徒や、パシテー先生が受け持つ花組の生徒たちが、噂ばかり先行してイメージできないアリエルの姿を自分の目で見に来たのである。
「やあ、アリエル。人気者はつらいね」
人垣の向こう側から現れて軽い挨拶をするのはプロスだ。
「そんなの一時の熱病のようなもんだよ。どうせすぐ忘れられるから」
アリエル・ベルセリウスはドラゴンの化身で、編入試験で火を吐いたとかいう奴までいて、話を聞いた時には倒れそうになったけれど、生まれて初めて……、いや、前世も含めて人気者になったことはなかったので、ちょっと嬉しかった。
「あ、アリエル、こいつは俺の幼馴染なんだ。自己紹介ぐらい自分でやれよ、イオ」
「おう、俺はイオ・ザムスイルガル。イオって呼んでくれ。雪組の筆頭を張ってる。よろしくな」
「はい、俺はアリエル・ベルセリウス。俺のことはアリエルと。星組に編入しました。よろしくお願いします」
「うーむ、細くて小さい。普通に初等部の子と変わらなく見えるんだが、やっぱり信じられんぞ、あのヘルセ先生から一本取ったって? すごいな」
「いえ、よほど油断しておられたようです」
「ははは、あの人はそんなタマじゃないよ。ポリデウケス先生にも勝ったというならキミの実力さ。マグレは2度も続かない。いいね、実技大会、楽しみにしているよ」
アリエルはまずこのイオの顔が怖いことに少し引き気味だった。4つも年下の子どもと話すのにいちいち威圧含みだし。常時眉間のしわがラオウのレベルだった。子供が見たら泣くレベルの顔だ。
「ちょっとプロス、私にも紹介してよ」
茶髪の細長い? とちょっと不健康なほど痩せた女の子がプロスの間に割り込んで前に出てきた。
そばかすがチャームポイントと言っていいのかな、そばかすとお転婆はセットな印象なので、きっとこの子もお転婆なのだろう。
「何だよ、俺は紹介役じゃないぞ。ほんとに。アリエル、こちらアドラステアな、花組の面倒な女だ。関わらないほうがいいぞ」
「なんなのその紹介。いいよ自分で自己紹介するから。私はアドゥルァスティーア・ステファンゲィィツ、発音は、アドゥ・ルァスティーア・ステファン・ゲィィツ。ところであのグレアノット教授の弟子でパシテー先生を負かしたような魔導師がなんで星組なわけ? ふつう花組でしょ」
花組というのは魔導師を志す子が多く在籍するクラスだ。たしかパシテーが担任だったか、副担任だったか……。
「まて、それを言うならヘルセ先生から一本とったアリエルは雪組というのが正しいんじゃないか? アドラステア」
イオのいう雪組というのはボトランジュ領軍、衛兵隊、そして出来のいいものは王国騎士団を目指す、ノウキンどもの溜まり場だ。もちろんケンカさせたら学年で一番強いのは雪組だし、体育祭のようなノウキンイベントでも当然雪組がトップを独占する。そしてこの学校には恒例行事として実技大会というのがあって、そこで木剣をもってガチで殴り合うらしいのだが、そこでも雪組は負け知らずだという。まあ、当然そういうことなら雪組が強いのは当たり前なのだが、魔導師クラスの花組も負けてはいない。
「アドゥ・ラスティーアだっつってんでしょうが!」
「ほら面倒くさいだろ」
「うるさいわね プロスピィーロ」
ああ、なんだかもう収集が付いてない。もう窓から飛び出して逃げ出したいぐらいだ……。
……とか考えていたら、プロスが助け舟を出してくれた。
「おい花組! おまえらアドラステアを連れてけ。はやく」
アドラステアは花組の同級生3人に脇をガッシリと固められ、抵抗するもズルズルと引きずられ、隣のクラスに引っ張り込まれてしまった。
今の子、名前はアドラステア・ステファンゲートでいいらしい。ラスティーって呼んでやると喜ぶからそう呼んでやれって言われたけど……あまり愛称で呼び合う仲にはなりたくないタイプの女だった。
アドラステアは花組の筆頭だという。つまりパシテーの教え子だ。たったの20秒そこら接しただけでこれほど疲れる女なのだが……。ここでプロスはアリエルにこっそり、耳元でヒソヒソと重大な情報を流した。パシテーとアドラステアは仲が良かったらしいので、なにかひと悶着あるんじゃないかと心配していたそうだ。不吉すぎる。勘弁してほしいところだ。
ゲンナリしていると教室にチャイムが鳴り響いた。
休憩時間が終わった合図だ。
去っていくプロスとともに、潮が引くようにアリエル人気もざ――っと引いていった。
席に着くと隣の席のカーリが「アリエルは人気者だねえ」なんて冷やかしに来た。
「俺さ、影の薄さには自信があるんだよ。いまは物珍しいから人気があるように見えるだけさ、すぐ人気なんてなくなって本来のボッチにもどるから心配いらないよ」
リズムネタで急激に売れたお笑い芸人のようにすぐ忘れられるに決まってる。どうせ月火しか来ないし……。と言ったら、実は星組の人たちみんなだいたい月火なんだそうだ。
水曜は朝からギルドに行って依頼を受けて、それを日曜までに終わらせてまた月火は学校というローテーションを組んでやってるという。週5で学校に行くなんて月組だけだという。プロスも、その愉快な取り巻きたちも毎日学校に来てるってわけだ。
カーリがアリエルの耳元で囁いた。くすぐったいほど息のかかる距離での囁きだ。
「BランクとCランクの冒険者数が減ったからねー。ちょっといま依頼達成金が高騰してて稼ぎ時なんだ。盗賊も居なくなったみたいだし、アリガトネ」
「さあ、あっしには何のことやらサッパリでさぁ」
この後の休憩時間は主に下級生の女の子たちがアリエルの顔を見に来たので、カーリは更に冷やかすネタを仕入れたのであった。生まれてこのかた、というか前世も含めてモテた経験がないのでどう対応したらいいのか分からなかったのだけれど、そのぎこちない対応がまたカワイイとか言われて受けるのだからホント訳が分からない。
カーリ・ベセスダ 女 14歳 Cランク冒険者 冒険者ギルド受付嬢のバイトも
ユミル・グラッセ 男 14歳 Bランク冒険者 狩人の家系
ハティ・スワンズ 男 14歳 Bランク冒険者 親も冒険者
マブ・エルトワース 男 14歳 Cランク冒険者 親も冒険者
メラク・イヴォンデ 女 14歳 Cランク冒険者 親は地図などを作る探索者 関西弁女子
アトリア・イヴォンデ 女 14歳 Cランク冒険者 メラクと双子の姉妹




