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13-20 世界樹の実

 魔法陣に仕掛けられていたという光魔法の正体は映像記録だった。

 

 ここの魔法陣には光属性を持った人物が光魔法を使わないと起動しない魔法陣が仕掛けられていて、狙い通りだったのだろう、ここに記録されたアスティ・ウィンズリィの映像がジュノーの訪れをずっと待っていたのだ。


 アスティの生きた時代と時空を飛び越えて繋がった訳ではなく、光を記録した映像だったので、話しかけたところで会話ができる訳がなく、アスティの映像はこちらの驚きなどお構いなしに話を始めた。


「私の夫フェラールは、いつか必ずベルフェゴールさまが戻られると信じて、この村をつくりサマセットと名付けました。そして私、アスティ・ウィンズリィはジュノーさまが戻られると信じてここに魔法陣を設置してもらったんですよ。ジュノーさまは私の姿をみてどう思われるでしょう? きっと"えらく歳を取ったものね"なんて思われたでしょうね、はい、あれから90年がたちました。120歳にしては若いと思うんですが? どうでしょうか。こちら、ようやく灰の空が晴れて、青空が覗くようになってきたんですよ。ここまで逃れてきたアマルテアの民も、ソスピタの民も、大勢が命を落としました。育たなかった子どもも多くいました。ですがようやく私たちのもとに青い空と太陽が戻ってきました。我々は滅びを免れたのだと思います。ところで、スヴェアベルムが灰に沈もうとしていたとき、神々はハイステンバールの転移門からアルカディアに逃れて行きました。本当にムカつきますよね、あいつら暴れるだけ暴れて、この世界がダメだと思ったらすぐに逃げ出すんですから……え? どうしたの? もう時間がない? マジで? ええーっと、急がなきゃ……えっと、ジュノーさまの好きだった赤い花の名前がカギですからね、私たちはここで幸せに……ブツッ!」



 ……。


 相変わらず要領を得ない人だった。


 台本を作って、言いたいことを時間内に詰め込めるようリハーサルを繰り返せばいいものを、行き当たりばったりでよくもまあ……、たぶん一発撮りだったんだろうなと。カギという赤い花の名前は当然想像がつく、だけどそれが何のカギなのか、まったく知らされてない。カギだけ教えておいて、後からカギ穴を探せだなんて、120歳にもなって間違いなくアスティはアスティそのままだった。


 だけどさすが業火の魔女と言われるだけのことはあるな。グレアノット師匠と同じで歳をとるのが遅い。ありゃ300年ぐらい生きそうな気がする。いや、もしかして90歳ぐらいまで子を産んでたんじゃないかって疑うほどの若さだった。人でありながらエルフに匹敵するなんて魔女以外の何者でもない。これはもう若いと誉めてあげよう。何しろ、アルカディア行きの転移魔法陣の所在が分かったのだから。


 もしかすると、逢坂おうさか先生やクラスメイトたちを日本に帰すことができるかもしれないし、もちろん、アルカディアに攻め込んでテルスの寝首を掻いてやりたいとも考えていたところだ。


「なあジュノー、ハイステンバールってどこよ?」

「うーん、ソスピタの中央だから……たぶんだけど今のアシュガルド帝国だと、帝都フリーゼルシアってトコにあたるのかなあ? エルドユーノからだいぶ東になるわ。たぶん1000キロぐらい。昔のハイステンバールってオウル家の領地で、広大な土地にライ麦畑がひたすら広がる農地だったはず。ところでカギって何かしら? ほんと万年ぶりにアスティの顔見たのに、忙しないったら……、懐かしむ時間も与えてくれないのね」


 ジュノーは"カギって何かしら?"なんて言うけど、この地下空洞にあって、いちばん怪しいのがこの祭壇なんだ。"石の書"なんてのが上に置いてあるけど……。


「なあジュノー、石の書のページは? 開かないか?」


 メルキオールの話によると石の書にはページなどなく、ただ石の彫刻のように祭壇に置かれているだけで、表紙と背表紙にソスピタの儀式文字で何か書かれていることからそれを読んで欲しかったというだけなのだそうだ。


 だけどジュノーが触れアスティが現れたあと、石の書はぼんやりと薄紫色の光を発していた。これもきっと魔法陣の効果なのだろう。


 再びジュノーが石の書に触れた。

 躊躇や迷いは僅かもなかった。

 ジュノーの辞書に恐る恐るとか、ビビりながらという単語はないらしい。

 

「あれ? もうアスティ出ないの? こういうのって何度も再生可能なんじゃ……」


 再生ボタンを押したつもりだったらしい。

「巻き戻しボタンないのか?」

 きっときょうびの若いヤツには分からないVHSビデオの常識なのだが……。


 ジュノーは表紙をペラペラとめくり始めた。1センチぐらいの厚みで、そこそこ重量感がある。

 表紙とはいうが、石でできてるので表石と言うべきかもしれないが……。


「はあああっ、石の書のページが!」

 ジュノーがパタパタしてるところを見て声を上げたのはジュリアだった。


 開かれたページを覗き込んでみると何やらビッシリとソスピタ文字が並んでいる。

 まるで正方形に並べられたキーボードのような配置なのだが……。


「これ、ソスピタグリフの音順ね、アルファベットと0から9までの数字みたいなもの。当然これ、リリスって押せばいいのかな?」


「まて、そんな簡単な訳ないだろ! ちょっと裏読みしろって。罠だったらどうする? 素直すぎるぞジュノー」

「り、り、す……っと」


「おーい!」

「ねえあなた、アスティよ? 深読みに何の意味があるの? アスティに裏をかくなんて発想できるわけないでしょ?」


 ジュノーがまたもや躊躇せずキーワードを入力した。

 しかし何も起こらない?


―― ゴトッ!


 何かが動いたような音がすると、祭壇の上に置かれてあった石の書が外れたようで、少し斜めに動いた。いや、ズレたと言うべきか。


 ジュノーは石の書を手に取ろうとしたがすぐに諦めた。


「これ重いわ、ちょっともって」


 太古から重いものを持つのは男の役割だ。

 アリエルが石の書を手に取ると、石の書が置かれてあった祭壇には深さ20センチぐらいの窪みがあって、その中にひとつ、野球のボールぐらいの球体が入っていた。少しイチゴのように先が尖った形になっている茶色の、何か木の薄皮が幾重にも重なっていて何枚かめくれかけていた。


「これは何かな? わざわざアスティがこんな仕掛けをしてまで残してくれた割には……、ちょっと心当たりがないのだけど……」


 ヤシの実が小さくなった感じの直径12センチほどの、これは木の実だ。そしてたったいま石の書の封印が解かれたのだろう、こんなミスリル鉱石に囲まれた閉鎖空間で僅かに魔気の流れを感じた。

 どうやらこの木の実が呼吸を始めた? ようにも見える。魔気を吸ってマナを吐き出しているようだ。


 アリエルはすぐ後ろにまで来ていたジュリアに石の書を手渡し、この木の実を手に取った。

 当のアリエルも慎重さなど微塵もなく、無意識だったわけでもないが、手を伸ばさずにはいられなかった。


 掴んだ木の実は見た目よりも軽くて、触れたアリエルの手にマナが流れ込んできた。

 そのマナの流れ、感触には覚えがあった。いや、忘れることなんて出来ない鮮烈な記憶が蘇る。


 こんな木の実なんて見たことがない。だけど間違いないんじゃなかという確信にも似た心当たりがある。これはザナドゥでいつも感じていた風の香りだ。この木の実からザナドゥの風を感じる、そしてアマルテアの緑の匂いがする。


 間違いない。


「これは世界樹の実だ」


 世界樹の実と聞いてすぐに反応したのはゾフィーだった。

 表情には戦慄の色濃く映す。


 ゾフィーがスヴェアベルムからザナドゥにやってきたのは世界樹攻略のためだった。

 そのおかげでアリエルはゾフィーと出会ったのだが、ゾフィーにとって世界樹とは生物兵器の跋扈ばっこする難攻不落の要塞のようなものだった。


 しかしあの混乱の中、世界樹の実なんてよく回収して持ち出せたものだと感心する。

 

 世界樹は見たまんま、大きな樹だ。地方によっては星の大樹とも言われる。

 成長しきった世界樹は富士山ほどの大きさに生長するからその規模は計り知れない。光合成で二酸化炭素を酸素に変換し、魔合成で魔気がマナに変換される。もっともヒトやエルフが身体から生み出すマナとは少々違う。たんぱく質に動物性と植物性があるように、マナにも植物性のマナというものがある。ヒトが生み出す動物性のマナは肉体を構成する水分に溶け、植物性のマナは空気に溶ける性質を持っている。


 ベルフェゴールが初めてスヴェアベルムに転生し、呼吸したとき、この世界の風にはマナが微量しか含まれていなかった。

 なんだか寂しかったのを思い出す。風の匂いというのは故郷を運んできてくれる便りのようなものだ。


 世界樹は巨樹だ。しかしただ大きなだけの樹ではない。

 我々のような脊椎動物でもなく、てくてくやハイペリオンのような魔法生物でもない、植物種の中で最大最強の力を持つ覇王種だ。



「ねえ、それどうする気?」

 むかーし、世界樹攻略に失敗したゾフィーが不安そうに聞いた。


「どうした?」

「私は反対だからね……」


「まだ何も言ってないのに、俺がこれを植えると思ってるのか?」

「なに? ゾフィーもしかして世界樹がこわいの?」

「ジュノーは知らないのよ、世界樹がどれほどの力を持っているか……もしキュベレーみたいなのが生まれたらもう手出しできないわよ?」


「侵略者が世界樹攻略しようとしたからじゃないの? キュベレーは優しかったし、きっと大丈夫よ」


 ゾフィーとジュノーの視線がアリエルに向いた。

 世界樹の実なんて手に入れてどうするんだ? という事だろう。

 だからといってここに放っておくわけにもいかないじゃないか。


「アスティはこれをジュノーに託したんだ。俺は世界樹に育てられたようなものだからな、怖いなんて感情はないよ。ゾフィーってキュベレーのことが苦手だったっけか?」


「違うわよ。私もキュベレーの事は好き。あの人は私たち皆を愛してくれたわ。だけどキュベレーと同等の力を持った者がここに現れたとして、私たちの敵になったとしたら脅威なんてものじゃないわ」


 確かにゾフィーが心配するのも、もっともなことだ。

 ちょっと植えてみたいという衝動に駆られるけど、じつは実だけじゃ芽が出ないはずだと記憶している。


 ここにサマセットの町を作ったのはアスティの夫フェラールと言ってた。

 フェラールはアマルテアのサマセット市長の息子だ。世界樹の実が手元にあるのだから、いつ開けられるか分からない匣に入れておくよりも太陽が顔を出したのならこの土地に世界樹を植えることを選び、アスティにそう伝えただろう。だがそうしなかった。きっと植えてみたけど芽が出なかったんだ。


 だから魔気を遮断するミスリル鉱石でできた匣に密閉して封印し、休眠状態にして時を超えさせたのかもしれない。


 アリエルは遙か太古の記憶を辿る。

 たしか世界樹の実から芽を出させるには何か条件があったはずなんだが……。


「うーん、どうだっけか? たしか世界樹が芽を出すのに、確かいくつか条件があったと思うんだけど、思い出せないんだ。ゾフィー知らないか?」


「私は知りません。もし知っていたとしても賛成する材料が少ないですよあなた。でもどうせキュベレーが帰ってくるかもしれないと思って無茶でも何でもするのでしょ? わかりました、私は止めません。ところでその条件って、誰に教えてもらったの?」


「たしかルーが知ってたはず。あいつ何でも作れたからな、もしルーが生きてたら頼もうか」

「あー、やっぱり……」

「あははは、ゾフィーの渋柿にかぶりついたような顔ステキ」


「ジュノー、あなたはルーの恐ろしさを知らないからそんな事いえるの。キュベレーとも敵対したことないでしょ? 本当に怖い女なんだから。この世界樹の実は扱い方を間違えると世界が滅ぶ代物しろものなの」


「はいはい、お前らもういいだろ。えっと、メルキオールさん、この実は世界樹の実といって、ザナドゥ原産の植物の実です。もしかすると危険なものかもしれません。でもアスティがジュノーに託したものですから、私たちが持ち帰ってもいいでしょうか?」


 メルキオールは我が目で見たものも、耳で聞いたことも信じられないといった表情で、開いた口が塞がらない様子。名を呼ばれて初めて我に返り、焦点を失った目をこすったりと無駄な動作を繰り返しながらら何と返事をすればいいのか分からない。


 ジュリアは手に持ったずっしりと重い石の書をメルキオールに手渡した。


「おっ!……重っ。た、確かに、ああ、私は見た。あの、あれが私たちの祖先、アスティ……えっと、その……」

 アリエルはじわりとマナを吐き出す世界樹の実を持ったままの手をメルキオールに差し出し、薄暗い遺跡の中でもよく見えるよう顔に近付けた


「いや、それは、どうぞ。出来れば安全なところへ……しかしあの、あなた方は……」


「俺はポリデウケス先生の教え子ですよ。アルカディア帰りなのでちょっとはくが付いてる程度です。ジュノーもゾフィーも、似たようなものですから」


「あら、私はアルカディア帰りじゃないわ」

「そういえばずっと寝てたわね」


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