13-19 再会の地下空洞
メルキオールは広場に集まった群衆をかき分けてアリエルたち一行を屋敷に案内した。
「ジュリアも同席してほしい、外の見張りは大丈夫だろ?」
いくら弟の教え子だといっても初対面の男に100%の信頼は置けない。ジュリアは護衛として同行するということなのかもしれない。アリエルとしてはどちらかというと、町の外でダリル兵たちの動向を見ていて欲しいところなのだが。
メルキオールの家、ポリデウケス家の本家と言うらしいが、町の中心部にあるかと思いきや、実は町と森の境界あたりのあるとても古い造りの、屋根がうろこ状の瓦を、互い違いに葺いてあるという、とても古い様式の屋敷だった。
屋敷と同じぐらいの大きさの石蔵があって、その裏はもう森なのか果樹園なのか分からないような場所だ。
「本当なら屋敷に招くのが先だと思うが、どうぞこちらへ」
「はい、望むところです!」
そういうとメルキオールは石蔵の重い扉を開け、「ちょっとそこで待っててください」と言ってアリエル達を待たせると、中から約3メートルぐらい? の梯子を取り出してきた。
屋根にでもあがるのかと思いきや、もう石蔵のほうに用はないようで、今度は敷地内にある井戸小屋に向かった。古代から伝わる古文書のようなものを想像していたアリエルはてっきり石蔵に安置されているものと考えていたが、どうやらフェイクだったらしい。
「どうぞ、こちらです、えーっと松明はそこのツボに立ててあるので……」
「大丈夫です、俺たちはこう見えてだいたい魔法使いですから……」
この井戸小屋、やけに天井が高と思っていたら、3メートルの梯子を抜き差ししても、梯子が天井に当たらない設計で建てられている。つまり、梯子が前提なのだ。
梯子を立てた状態でスルスル井戸の中に降ろすと、引っ掛け式になっている上端を井戸のフチに掛けた。この梯子を下りていくらしい。
「驚かせてしまったようで申し訳ない。実はこの下には遺跡があるのですよ。ささ、どうぞ」
そう言って自らを先頭にして梯子を下りてゆくメルキオールとジュリア。普通は火のついた松明を持ったまま梯子を上り下りなんかできない。器用に片手で松明と梯子、両方を握っているのは単純に手が大きいからだ。
上から覗き込むアリエルはジュノーに明かりの魔法を頼み、スケイトを使って降りることにした。
「おおっ、この魔法は? 松明が要らないな。素晴らしい」
「いや、松明もって梯子を下りるなんて女の子じゃむりでしょ普通」
井戸のように地面に垂直に空いた穴だと、実はどこまで降りて行っても地面との距離は変わらない。
井戸の壁も土魔法で言うところの地面と見立てることができるからだ。
たとえばアリエルを井戸の底に立たせておけば土魔法、つまりスケイトでスルスルと上がるも下がるも自由自在なのだ。もちろん加速する距離があれば花火の打ち上げ筒のように飛び出すことも可能、井戸小屋の屋根を破壊することになるので実験することはないが……。
「スケイト使えない人はネストに入っといて」
「私はこんな所に落ちないから大丈夫」
ゾフィーはスケイト使えない……というより、スケイトを覚える必要がない。時空魔法の応用で空間を支配するから足もとに地面があろうとなかろうと落ちないと決めたら落ちる心配がないのだ。
スケイトを使えないエアリスと真沙希も、普通に梯子を下りるのに不都合はないのでネストに入ることもなかった。
まずはアリエルから井戸にピョンと飛び込み、続いてゾフィーから女たちもその後を追った。とはいえ、一番下まで降りると、そこには横穴が口を開けていた。それは洞窟というよりも人工のトンネル、地下通路が掘られていた。
「ああっ、ダメ私これ天井が低すぎるわ……」
ロザリンドが頭をぶつけたらしく泣き言をいい始めた。
2メートルの高身長なのだから常に中腰での行動が強いられる。これは気の毒だ。
だけど、同じく背の高いゾフィーは泣き言など一言もいわず、この岩肌を作り出す岩盤のほうが気になるらしい。
「ねえあなた、ここ、岩盤に上質なミスリル鉱が含まれている」
「マジか! ミスリル売ればこの町の住民は超裕福に暮らせるのになんでだ?」
「そうね、ジュノー、ライトの魔法を岩場に流し込んでみて。マナの伝導率が高いからきっと……」
「ああ、なるほど。わかったわ」
ジュノーが岩壁に手を添えると、そこから光が広がってゆき、天井も壁も、床ですら青白く発光し始めた。それはとても幻想的な光だった。
それはミスリル鉱を精製して鉄鋼に混ぜ、打った剣「黄昏」をアリエルが魔力を込めた際に白熱し光を放ったのと同じ理屈の現象だった。青白く、目に優しいぐらいの柔らかな光が、暗い闇だった坑道を照らし出す。地面の凹凸まで手に取るように見える。
この現象に驚きの声を上げたのは他でもないメルキオールだった。
「おおっ、おおおおおおっ!」
声にならない驚きの声とはこういう声の事を言うのだろう。狭い坑道は奥の方が広くなっているようで、その声は思っていたよりもずっと大きな反響を起こしていた。エコーの効きすぎたカラオケのようなものだ。
メルキオールが言うには、町長である自分どころかサマセットの住民たちも皆この町の地下にミスリル鉱山があることを知らないのだという。しかも廃坑になっていない。まだまだ現役でいくらでも掘れるだろうミスリル鉱が岩肌を作っている。
もう明かりとなるライトの魔法もいらないほど暗闇が見通せる。
「こちらへ、さあ」
坑道はどんどん奥へ、更に下へ、深部へと続いていて、足もとの地面も階段状に整地されている。
どれぐらい降りてきたろう? ざっと数十メートルは深く潜っているはずだ。
途切れることなくミスリル鉱石の続く通路を踏んで、奥へ奥へと案内された。最初はロザリンドが頭をぶつけるぐらい天井が低く、ひとがすれ違うのにも難儀するだろうほど通路は狭かったが、奥に行くにしたがって天井も高くなり、人が十分すれ違えるほどの広さとなった。
カビの繁殖もないらしく、空気の澱みも感じない。何かの殺菌力が働いているという事だ。
古い坑道のような場所だと下手をするとガスが溜まっている危険性まであるものだが、ここの空気は不自然に澄んでいる。風通しも悪いはずなのになぜなのかと不思議に思っていると、狭い通路が急に開けて、天井が高くなった。空洞だ、かなりの広さの空洞だった。薄暗く光る天井も遠くなってしまうと光が心許なくなって、足もとから青白く照らしあげられるような配光となった。地面は良く見えても天井や周囲が見えにくい。
ジュノーは何も言わずライトの魔法を手のひらの上で練り上げ、それを天井近くまで打ち上げた。
光に照らし出された地下空洞は、およそ学校の運動場を半分に分割し、左右の壁は建造物のようにも見えた。ここは合理的な空間だった。
「兄さま、この遺跡は土魔法建築なの……すごい……」
パシテーが目を奪われ、驚嘆の声を上げた。
こんな大規模な土魔法を使える者はアマルテアに居なかった。という事は、土の権能を持ったソスピタの下級神がここを掘ったのだろう。
左右の壁には蜂の巣のように穴を空けて、そこに人が暮らしていたような形跡が見て取れる、4階建てになっていて、あみだくじのように階段通路が張り巡らされていた。一言で表現すると団地のようだ。住居遺跡としては考えられないほど大規模なものがそのまんまの姿で残されている。
言葉を失ったアリエルたちに、メルキオールは言った。
「ようこそ、サマセットへ。大災厄を生き延びた村の、成れの果てへ。しかし私もこうやって明るい魔法でここを照らし出したものを見たのは初めてなので、景観に驚いているところです」
大災厄を生き延びるため、ミスリルの含まれた岩石を加工して作られた人工の地下遺跡。
地上にあるサマセットより以前、その地下に広がっていた。
住居のようになっているのは左右のみ。正面の壁は殺風景で、何か祭壇のようなものがあるだけだ。
そしてメルキオールは左右にある住居の遺跡には目もくれず、正面に向かった。
祭壇だと思っていたものは、どうやら匣、この空間こそ左右に50メートル、ちょうど真ん中あたりに一段高くなったステージのような形で、正方形かな? 一辺が15メートルぐらいの舞台がある。
いま歩いてる地面とは違い、壇上は平坦に研磨されていて、中央にぽつんとひとつ匣のようなものが見える。悪く言えば露骨な罠のようにしか見えない。棺のようにも見えるが、正方形? いや、丸い? 匣なのか祭壇なのか。だいたい高さも幅も1メートルほどだ。
皆がその匣に目を奪われたところでゾフィーが注意を促した。
「止まって! 魔法陣が起動してる」
「なっ? なんだ? 魔法陣など知らない! どういうことだ」
メルキオールの驚きぶりを見るに、アリエル一行を罠に陥れようとした訳ではなく、ここに魔法陣が設置してあったことにすら気付いてはいなかったようだ。だが現実に魔法陣は起動している。
魔法陣は設置型魔法装置と言われるだけあって、設置するとき目的に合わせた起動条件を設定する必要がある。たとえばゾフィーが設置した転移魔法陣は、魔導結晶のエネルギーをトリガーとしていたし、二次的にはアリエル(ベルフェゴール)が乗ると、魔導結晶などなくとも起動するようなプログラムがされていた。
最近はジュノーが考えた起動式をトリガーに飛べるようにもなっている。
つまり、魔法陣は動いていないようでも本当は常時24時間ずっと動いていて、何かのトリガーで本来の機能を起動するのだ。それはテレビを消していてもリモコンのボタンで起動するのと同じ理屈だ。
そしてテレビが待機電力を消費するのと同等に、魔法陣は地脈から湧き出すと言われる魔気を消費する。
メルキオールは魔法陣の起動どころか設置されていることすら知らなかったようだ。という事は、アリエルたちの誰かが起動させたということだ。
起動した魔法陣はマナを乗せた文様で機能を書き込む。起動して光を発してしまえば、知識のある者には、魔法の起動式と同じく文様を読むことで、起動条件も機能も読み取ることができる。
「ゾフィー、起動トリガーが何か分かるか?」
「うーん、見た感じでは……属性魔法の探知、えっと、光だわ。光属性で起動したみたい」
「それって私のこと? それとも真沙希ちゃん?」
「光属性の魔法を使ったってことだから、きっとジュノーだよ」
光属性なんて起動式のない権能だ。つまり生まれながらにして光属性を持った人が来ないと、ここの魔法陣は起動しないということ。まるで最初からジュノーを狙って設置されたようにも思える。
「この魔法陣の機能と作者誰か分かるか?」
「うーん、私なら署名しておくのだけどこの魔法陣には施術者の署名がないの。でもこれ、光属性の魔法が封じられてる。攻撃的なものではないわね」
ステージ上には祭壇を中心とした直径10メートルほどの魔法陣が、よく見ないと分からないほどうっすらと光を放出していた。たしかに起動しているということだ。
光属性の魔法が封じられているということはもう、権能持ちであることは確かだから、これを作ったのもきっとソスピタ人だと考えて間違いないだろう。
普段は何も考えずにステージに上がっているだろうメルキオールですらドン引きで、ちょっと考えれば不用意に魔法陣を踏むなんて事できる訳がない。
「ゾフィー、危険なものじゃないのね?」
「ええ、封じられてるのが光魔法だから、ジュノーの身体に傷をつけることなんてできないと思うけど?」
「そうね、じゃあ……私がとってきます。あの祭壇の上にあるのが"石の書"で間違いないのね?」
「あ、ああ、そうだ。そうだが、魔法陣なんて知らない。お願いしたのは私だが、これは危険だと思う、一旦ここを出たほうがいい」
"石の書"すなわち、石でできた書物が匣の上に閉じられていて、メルキオールを含め、歴代の村長、町長が受け継いできたものだが、これまで魔法陣が起動したことなどなかった。
不気味な光が地面から立ち上がっていて、それが魔法陣だというのだから止めるのは当たり前のこと。
メルキオールは古代の魔法を使えるジュリアと何度か顔を見合わせたが、ジュリアのほうもこんな魔法陣が起動するだなんて初めてのことで対処のしようがないらしい。
石の書そのものは表紙が石になっていて、決して開くことのない謎の書物だった。
いまのサマセットに住む者は表紙の文字すら読めない。メルキオールは古代文字が読める者たちにまず表紙に書かれた文字を読んでもらい、石の書のタイトルが知りたかっただけなのだ。
ジュノーが躊躇なく、別に慎重でもなく、つかつかといつもの調子で歩いて祭壇へ向かうのをアリエルは小走りで追った。ゾフィーはもし魔法陣が不慮の動作をしたときのためにフィールドを展開、いざとなったら瞬間的に全員が地上へ転移するという作戦だった。
祭壇に乗せられた本を見た。確かに石の書だった。
表紙にはソスピタの儀式文字が記されていて、アリエルには何が書かれていあるのか分からなかったが、ジュノーが代読してみせた。
「お帰りなさいませジュノーさま? って書いてあるけど……何これ」
「なんだそりゃ? メイド喫茶か!」
なんだか拍子抜けするタイトルの本だった。
ジュノーは不機嫌そうに眉根を寄せる。その言葉に覚えがあったからだ。
「アスティしか考えられないわ。まったく、何やってんだか」
ジュノーが石の書を手に取ろうとした瞬間の事だった。手が触れた瞬間、指がショートしたように閃光を放つと、祭壇のすぐ後ろに……人が……。
人影が現れたのを察し、アリエルはすぐさまその背後に爆破魔法を転移させ起爆準備を……
したところでアリエルの背後、ロザリンドやら真沙希やらパシテーがもう爆破を止めるため飛び込んできて、一瞬で取り押さえられてしまった。
「みんなを殺す気?」
「すまん、つい」
まあ、爆破魔法使いが地下やダンジョンで役立たずなのは誰もが知ってる不都合な真実というものだ。
密室でのアリエルは相転移を使うか、もしくは剣を抜いたほうが安全に戦える。
皆で取り押さえられたあと、アリエルの爆破魔法はフッと消失した。
ゾフィーの転移魔法でアリエルのストレージに戻したのだ。
「私は光魔法って言ったわよ」
そう、ゾフィーは光魔法だといった。人が現れるなら転移、つまり時空魔法だ。
つまり人が現れたわけじゃなく、映像の再生が始まったということだ。
立体映像? のようなものだが、横から見ても横顔が見えるといった先進的なものではなかった。
単純に空間に投影しただけの映像だった。
ローブを纏った人物が深々と頭を下げた状態で、杖をついて立っているだけの映像が流れる。
ゆっくりと顔を上げたのは女性、白髪だったが年の頃は初老、およそ50~60歳ぐらいに見えた。
目尻の皺を気にもせず、にこやかに笑いかける顔。
アリエルにもジュノーにも見覚えがある顔だった。
「お帰りなさいませ、ジュノーさま……」
しわがれた声だったが、なんとも懐かしい声のトーンに、さっきまで眉根を寄せていたジュノーの表情が緩んだ。
「アスティ、えらく歳をとったものね……」




