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13-16 ポリデウケス家の系譜

 次話はまた来週になります。


「すみません、出身地などは明かすことができません」


 ジュノーが質問に答えるのを拒否した。という事は嘘を言いたくないという事か。

 ジュリアさんがジュノーを見る目が厳しくなった。少し話に割り込んでやったほうがいい。


「この町の人は何が書いてあるかわからないような石碑を掲げてるのか?」

「あなたは左側のアマルテア文字を読んでいたように見えたけど? アリエル・ベルセリウスさん。あなたの悪名はかねがね、こんな世界の果ての辺境にも轟いています。アマルテア文字の知識と先ほどの爆破魔法は誰から教わったのですか?」


「質問責めですか? いまや爆破魔法なんて起動式があるから珍しい魔法じゃないですよ。むしろ無詠唱の方を突っ込んで欲しいところさ。それにアマルテア文字はそんなに難しいもんじゃないでしょ? ザナドゥとスヴェアベルムは言語体系が同じだからね、酷い方言のように感じるけど言葉が通じない訳じゃないし……」


「ザナドゥ……?」

 ジュリアはザナドゥと聞いて眉根を寄せた。アマルテアがザナドゥにあったことを知らなかったような反応だ。


 そこまで話したところでテントの中から、ここまで一緒に歩いてきた赤髪のひとに促され、男が一人出てきた。60歳代と思しき壮年の男性は、短髪ではあるが見事なまでの赤髪だった。俺たちをここまで引っ張ってきた若い方の赤髪の男がいろいろと事情を説明しながらだが、少し急いだ感じの広い歩幅で歩み寄ってきた。


 そして俺たちの前に立つと、挨拶よりも先に鋭い眼光で睨みつける。

 ……その視線の向く先はもちろんポリデウケス先生だ。


 睨みつけられたポリデウケス先生の表情が突然くだけた。


「兄貴? もしかして町長になったのか? ……世も末だな」

「アデル……お前という奴は、まったく。手紙の一通もよこさなかったくせに、まさか今更帰ってくるとは。死んだと思ってたのに」


「帰ってくる気はなかったんだ。ただこの教え子たちに出身地がサマセットだと言ったら、行くって聞かないからさ。道案内を頼まれて、まあ、嫌々だけどな。帰ってきてやったのさ。ところでこっちの赤髪は兄貴の息子か? ポリデウケス家のいい顔を受け継いでる。んー、イケメンだね。モテるだろ? 40年ぐらい前にこの町を出たが、この偉そうな男の弟でアデル・ポリデウケスだ。よろしくな」


 そう言って右手を差し出し、握手を求める先生。この赤髪の男性は身内だという。まったく、誰が道案内を頼んだっけ? とツッコミ入れてやりたいところだけど……ここはグッと我慢してやることにする。


 しかし男はその手を取らない。

 町長はやれやれといった表情で先生にこの赤髪の青年の生い立ちを話した。


「お前本当にそう思ってるのか? その青年の名はマーズ。そこにいるジュリアの息子だ」


「ええっ、兄貴ちょっと待てよ、まさかジュリアと?」


「アホか! お前の子だ! お前の!! ジュリアがどんな思いでマーズを産んで、育ててきたと思ってるんだ。やっぱりお前と話してると懐かしさよりも怒りが込み上げてくるな。出て行けアデル、お前のようなクソ野郎が踏んでいい土地などこのサマセットにはない」


「……っ! ええええっ!」


 先生はすぐ横にいるジュリアとマーズの顔を交互に見返したけれど、"本当か?"とは言わなかった。

 十分すぎるほどの心当たりがあるのだろう。

 もうね、どんな言葉をかけてやったらいいのか思いつかない。


「そ……そうか。そうだったのか。……ジュリア」

「フン、マーズにはよかったかもね、一度だけでも父親の顔が見られたんだから。だけど二度は要らないわ、今さら自分の事をソスピタ人だなんて言う人が居るなんて思わなかったけど、その人を案内してきたのならもう用は済んだでしょ?」


 先生はジュリアさんに一言も反論せず、ただマーズさんの顔をじっと見ていながらつぶさに観察する。

 いきなり目の前に居る成人男性が自分の息子だと言われたのだから仕方がない。

 エルフが混ざっているのでぱっと見の年齢は分からないけれど、先生がここに居たころジュリアさんといろいろあったとして、先生が妊娠に気付かず街を出たのだとするならば、マーズさんの年齢は36とか37歳ということになる。いきなり降って湧いたようにアラフォーの息子ができるなんて混乱の極みだろう。


 だけど先生はどうも少しにやけたような顔で息子の顔をはすに見ている。


 この石碑の広場の空気の悪さ、居づらさに辟易しながらじっと先生の目を見て合図を送る。

 その視線に"話を切り上げて俺たちだけでもこの場から離れさせてくれ"という念を乗せて。


 こんな居づらい空間は嫌だ。


「先生はジュリアさんと話をする必要がありそうだ。俺は町長さんと話があるから、ここらで二手に分かれない?」


「なんでだよアリエル、居てくれよー、俺の息子だって言うんだぜ? 興味あるだろ?」

「興味ないってば。俺が先生と別行動したい理由は、先生が居てくれというのと同じ理由だよきっと」


 要は気まずいということだ。


「私をこんな男に預けないでいただけますか? 30年早ければ話があったかもしれないけどさ、私は話なんてない。もう忘れたことなの。アマルテア語を知ってる爆破魔法使いさんや、この時代にソスピタ人だと言い切った女の子のほうに興味あるから。でもダリルの奴らを追っ払ってくれたお礼に孫の顔ぐらい見てもいいわよ」


「孫お? 孫だと? 私はもしかしてお爺ちゃんなのか?」


 孫がいると聞いて、先生は遠くを見つめたまま時間が止まったように静止してしまった。

 天涯孤独の身で剣を振るっていたポリデウケス先生は、ノーデンリヒトのため、マローニのため、そしてボトランジュのためと、戦ってきた。


 もうここらで引退して、孫を抱く余生があってもいいのかもしれない。


「……兄貴! こいつら私の教え子なんだ、町の事を聞きたいらしい。あ、アリエル、私はちょっと孫とやらの顔を見にいってくるからな!」


 ジュリアさんの許可を得た先生は、マーズさんに案内されて、孫がいるという家のほうに走って行ってしまった。


 そして先生が街角に消えていくのを見送ったジュリアさんは、この機を逃さなかった。


「行ったわね……、ふう、挨拶がまだだったわね、私はジュリア・カンヌ。父も母もクォーターエルフなので、もう種族についてはわからないの。あんなバカでもマーズの父親だからね、顔ぐらい見せてやりたかったのよ。連れ帰ってくれてありがとう。あのバカ、教師でもやってるの?」


「知らなかったのですか? そうです、先生は帝国軍が侵攻して来るまで、マローニの中等部で教員をしていました。侵攻があってからはずっと戦士です」


「へえ……戦争に参加するのも驚いたけど、教員だったことのほうが驚きだわ……ねえ、メルキオール」


 メルキオールと呼ばれた男、さっきポリデウケス先生に兄貴と呼ばれてたひとだ。

 特徴的な赤髪も先生のように後ろでくくったロン毛に無精ひげなどではなく、短く切りそろえて七三に分け、髭剃り跡がくっきりわかるぐらい身嗜みには気を遣っているらしい。


 その小奇麗さは?というと、現在ノーデンリヒト国家元首であるトリトン・ベルセリウス以上だ。

 ってか、トリトンは昔からあまり身嗜みには気を遣わないから小奇麗にしているところを見たことがないのだが。


「そうだな。あの乱暴者がなぁ、人に先生と呼ばれているなんて、少し驚いてしまったよ。おっと、挨拶を忘れていたようだ申し訳ない、メルキオール・ポリデウケスという。アデルの身内であり、まあその、恥ずかしい話だが兄という続柄だ、昨年から町長などという似合わぬことをしている」


「アリエル・ベルセリウスです。この度は森を少し爆破に巻き込んでしまいまして……果樹園だったと聞きました。申し訳なく思います」


「ああ、さっきの爆破魔法はキミだったんだな。あのダリル兵たちを3つ数えるうちに追い返したそうで、これには礼を言わせてほしい。果樹園のことは構わん、アデルの責任という事にしておこう。ネーベルまでダリルが迫ったと聞いても、打てる手立てが限られていてね。ところであの碑文を読めるというのは本当かい?」


 メルキオール・ポリデウケス。森を爆破してしまった責任を弟に被せたとき、いいドヤ顔が決まった。

 この清々しいセリフを吐くときドヤ顔を決めるのはポリデウケス家のDNAがそうさせたのか。

 血は水よりも濃いという格言を思い出してしまった。紛れもなく兄弟だ。


 アリエルはザナドゥに生まれた太古の昔から今の今まで男の兄弟がいたことがないので、ちょっとだけ羨ましいと思った。


「ありがとうございます。左側のアマルテア文字は俺が、右側のソスピタ儀式文字は妻のジュノーが読めます。ここはすごいですね、まさか本当にデナリィ族がソスピタ人と共に暮らしているだなんて、実際に目にするまで半信半疑でした。他に古文書のようなものが残っていれば見せて欲しいのですが……おおっ、あの人ハルジアンなんじゃないか!」


 アリエルは街の人たちが続々と集まってくる広場にチラッとみた人たちに目を奪われ、町長にぺこりと一礼したあと、集まってきた人たちの中に飛び込んで行ってしまった。


 デナリィだけでなく、ハルジアンの形質を残す人が居た事に驚きを隠せないのだろう。

 そんなアリエルの姿を目で追いながらメルキオールはまず挨拶がてら必ず出るであろう質問から話を始めた。


「ジュ……ソスピタ人でジュノーさん? 失礼ですが、うちの弟の……」


「ソスピタ人ですが、ポリデウケスさんは私の夫の恩師というだけです。さきほどあちらのジュリアさんという方にも言いましたが断じて違います。ポリデウケス家とは近しい関係ではありませんでしたが、私はカーリナ家に生まれましたから太古の昔は親戚関係にあったと思います」


「カーリナ家? いまここサマセットに残っているのはポリデウケス家と、ゲーリング家だけなのです。不勉強ですみません、ソスピタという滅びた国を治めていた王家の末裔であることまでは言い伝えられていますけれど……、それが事実なのかも、もう確かめるすべがありませんから。本当に重ね重ね失礼しました。弟が赤髪の若い娘を連れて帰ってきたものですから、つい私の姪にあたるひとかと思ってしまいました。早合点してしまって申し訳ない。素晴らしいお名前です。女神ジュノーの伝説は実在の人物をもとにされていて見事な赤髪だったと言い伝えられています。名付けの妙を感じました。この町には教会がありません。だから女神を信仰する者もいませんが、ジュノーの名をいただく女性は少なくないです。この町以外の土地であの不肖の弟以外にも赤髪のソスピタ人が残っているとは思わなかったものですから、つい」


「いえ、ここはなんだか、とてもいい空気を感じます。ソスピタ人とアマルテア人がどうやればここまで打ち解けているのか教えていただいても構いませんか?」


「どうやれば? とは?……」


 メルキオール町長はジュノーとの会話の中で少し違和感を感じた。ジュノーと名乗るこの赤髪の少女はソスピタ人とアマルテア人が同じ町で暮らしているという、当たり前の事に『どうやれば』と疑問に感じているのだ。ちょっとした違和感として感じたことだが、ジュノーはその表情の変化を見逃さなかった。


 町長をはじめ、この町の人たちは、ソスピタとアマルテアが、お互いに国を滅ぼすまで殺し合ったという事実を知らないのだ。


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