13-14 ジュリアに傷心(ハートブレイク)
修正:アデル・ポリデウケスの年齢 56→54
第158話 07-13 カイトス商会襲撃 にパシテーの【挿絵】入れときました。
気合入れて12時間かかりました。
興味ありましたらちょっと見てイメージ補完などしていただければと思います。
作者体調不良によりダウンフォール更新頻度が落ちています。書き溜めてあったラブコメ小説を放出しています。お時間が許ましたらこちらもどうぞ。
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「転生したら多重人格だったアサシンが高貴な聖騎士に恋をしました」
話はそろそろ終盤です。ターゲット年齢ちょっぴり高め。残酷な表現あり。R15
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敵軍の気配に注意しながら、河の畔に出て風車のある丘を左に回り込むようにカーブすると、町が見えてきた。
アマルテアの伝統的な石組みの建築物はここから見た限りでは風車の塔ぐらい。あと木造建築が多いけどザナドゥ様式の建築は見られず、ネーベルと同じで巨樹と共存するものが見受けられる。
あとは角のまるくなったフェイスロンド様式の土魔法建築に屋根が木造だったり茅葺だったりするので、いくら閉鎖的だといっても2万年もの間、文化様式を守っていられる訳がなかったのだろう。
ほんの少し、"ああやっぱりな" と思ったら、小さなため息がひとつこぼれた。
いや、むしろ修理しながら塔の風車を維持しているほうが素晴らしい。何しろアマルテア様式の風車がまだ健在でギシギシと音を立てながら回っているのだから。
まさか建てられたまま万年の長きにわたって回り続けることなんて考えられないので、これは伝統としてこの地に根付いていて、あのアマルテア様式の建築が継承されているということだ。
そう思うとむしろ誇らしい。
これがスヴェアベルムのサマセットだ。アマルテアからアスティが連れてきた、大破壊により滅びゆくザナドゥから避難してきた者たちの末裔があそこに住んでいる。
急いで全速力で滑って行きたい気持ちをグッと抑えて街道から外れ、大回りにぐるっと迂回するのは、森にへばり付くように陣を張ってるダリル兵に干渉されたくなかったからなんだけど、ダリル兵たちが見える位置まできてみると、気配が森の中にあった。
森から出てるのは盾持ちが目立つ。その他大勢は森の中……か。
ってことは、サマセット側で睨み合ってる30人の中に、ダリル軍500を森に避難させるような者がいるということか……。
あっ、戦場になってる原野のど真ん中で人が倒れてる。気配が感じられないのでもう息はなさそうだけど、数にしてざっと50ほどか。
……近付くと矢が飛んできそうだから近付こうなんて思わないけどさ。
「炎の魔法ね、死体はみんな黒焦げだし地面も焼けただれてる。焼け跡から見て3発着弾してる、そこそこ強い魔導師がいるみたい」
俺が倒れてる死体に気をとられていることに気が付いたジュノーが耳打ちするように教えてくれた。
俺が何に気をとられているかお見通しとは……。
50人もいる盾持ち兵を炎の魔法3発で黒焦げにするなんて、マローニの魔導学院で言うとアドラステアなみの魔導師だ。
なんだか嫌な予感がしてるところだってのに、サマセット側の戦士がこっちに気付いた。指をさして何か言い合ってるな……。
まさか攻撃してこないよね……。
「……って、起動式だ! なんだ? 遠くてよく分からない」
「あれは……? え? 火の魔法!」
「魔法がくる。ゾフィー! あっちに飛びたい」
「はいっ、あの人たちのところへ飛べばいいのね」
炎の魔法が起動した! 詠唱速度はそこそこ。ファイアボールか? いやあれは!
―― パチン!
―― ゴゴゴオオオウウゥゥ!
ゾフィーの指パッチンでワープアウトした俺たちの目の前にはネーベルの街と同じような、森と融合したような町がそこにあった。町の外でダリルの奴らと睨み合ってる30人の背後に回り込んだ。
街道から町に入る門にサマセットと彫られたアーチ状の看板がある……けど、こんな防護壁も何もないような町なのに、土嚢を積み上げるでもなく500ものダリル兵に囲まれながら、逆に侵入を防いでいる。その理由はたったいま分かった。
あの魔法、起動式にリミッターが含まれていない。ジュノーが開発した初期の火魔法だ。並の魔導師なら燃費が悪すぎてすぐにガス欠する上に、ちょっとタイミングと入力リズムに失敗しただけで術者である自分のほうが火だるまになってしまうという危険な試作魔法だ。
ジュノーに聞いたほうがはやいか……。
「うわっ、お前たちどこから現れた?! 後ろだ! 回り込まれているぞ」
ダリル兵と対峙して町を守っている男の一人が俺たちに気付いて叫び声をあげた。
おかげさまで注目の的じゃないか。
近くで見るとこいつらただの町民だ。普段着に武器を持っただけのようだ。
剣を、槍を構えて間合いを取りはじめた。
「何者だ! ダリルの者ではなさそうだが……いったいどうやった?」
「あー、ポリデウケスだ。アデル・ポリデウケス。久しぶりに帰ってきたんだが、えっと……出迎えてくれたのかな? ジュリア」
先生が槍の前に出た。どうやら知り合いが居るらしい。
……? ん? えっと、ジュリア? たしか先生の馬の名前がジュリアだったはず。お転婆娘だって言ってたはずだが……、ジュリアと呼ばれた女性は、パッと見だと20歳過ぎに見えるけど、エルフ混ざりだ。名前から察するに先生の関係者だから、年齢も60前後かそれ以上ってトコだろう。
「アデル? はあ? ……? オッサンになったわね、まったく分かんなかったわ。で? なによ今更。もう帰ってくんなっていったでしょ? さあ帰って! ここにあなたの居場所なんて1ミリもないから」
「ちょ、教え子の前でそれはないだろう……」
ジュリアという女性、先生とジュノーを交互に見返すごとにどんどん不機嫌さを増してるようなオーラを出し始めた。
ジュノーのつま先から頭のてっぺんまでを舐めるように値踏みするジュリア。
「あなたの娘? へえ……娘を連れて里帰りのつもり?」
いくら赤髪だからといってポリデウケス先生の娘って……。思うよね、普通……。
「違います。断じて違います」
「ちがうって。そんな失礼なことを言うもんじゃない、このお方は……ぐあっ」
先生の脇腹をギュッとつねってやった。
ほんの少しの会話で分かったことだ、先生はこの町を出るときひと悶着あったのだろう、同じ赤髪の娘がジュノーだと言ったところで信じてもらえるわけがない。ただでも突拍子のないことなんだから。
「何を言ってもどうせ信じてもらえないってば。そんなことよりもダリルの奴らどうすんの?」
とはいえ、大半が森に入ってるし、炎の魔法で追撃しないのは、森が焼けると半分が森と融合してる町まで延焼してしまうからだ。だから手出しできないんだ。
サオやハイペリオンは論外だとしても、俺の[爆裂]ならきっと森を焼くことなくダリルの奴らを倒せるはずだ。だけど同時に森も無事じゃあ済まない。
町から外にでてダリル兵と対峙している30人の中にはエルフが多く、そしてエルフは森を荒らすことを嫌う。ってことはいつものような大暴れはできないってことだ。
ここで有効な手段は……、パシテーが撤退の幻を見せるか、てくてくの闇魔法か、それか俺の[相転移]も使えるけど、ゾフィーに頼んだ方が簡単か。
ポリデウケス先生のほうはというと、ジュリアさんって人にがっつり詰め寄られてる。先生のトシってたしか、トラックに轢かれて死んだ俺と同い年だったはずだから、54だったはず。
で、そのいい歳こいた54のおっさんが何十年かぶりに故郷の町に戻ったのに、町にも入れてもらえず帰れと怒られてる。
「先生何したのさ?」
「んー、こいつら私の教え子、ここにちょっとした縁もゆかりもあるらしいからさ、帰郷がてら案内してきたんだ」
「先生? アデルが先生? うそでしょ?」
「いや、本当だ。ここにいるうちの二人は私の生徒だった。せっかく援軍に来たってのにジュリアは冷たいな」
「フン! 私はあなたを歓迎しないけど、いまこの町には一人でも多くの戦士が必要……。ねえみんな! このオッサンあのアデルよ、この忙しい時だってのに、出て行ったバカ者が帰ってきたらしい」
「わはは、アデルお前の顔をまた見られるとは思ってなかったな……」
「クワット? おまえクワットか。オッサンだから分からなかったぜ」
「お前には言われたくないな!」
クワットと呼ばれたこの男、漁師なのだろうか、銛を装備して上半身裸という出で立ちだ。
男の体にはまるで興味ないが、この男、肩から背中の筋肉の付き方が少し違っていて肩甲骨も尖っている。
ここがサマセットというアマルテア避難民の隠れ里だと考えなければきっと気付かなかったろう。だけど俺だけは見間違えることがない。あの人はデナリィの血が混ざっている。きっと八重歯のような小さな牙が生えてるはずだ。おっさんの汚い歯なんて見たくはないけど、なんだか息が止まるほどの溜息をついてしまった。ここにはアマルテア建築の風車があって、混血でかなり血は薄くなってそうだけど、確かにデナリィは生きている。
ここスヴェアベルムに、デナリィは生きてるんだ。
ポリデウケス先生が旧友と盛り上がりそうな、いい雰囲気になってきたのに、森のほう、ダリル兵が50人ぐらい盾を構えながらこっちに来た。
そしてその中から二人2人、ソードベルトを外して丸腰のまま手を挙げて歩いてきて、大声を張り上げている。どうやら話し合いを持ちたいようだ。
「脅かして悪かった。こちらダリル北方面軍ネーベル17大隊だ。町の長と話がしたい」
町の長を呼ばれて前に進み出たのはジュリアと、もうひとり、がっちりした体格の赤髪の青年だった。ん? あの赤髪のひと、ソスピタの混血エルフか。ソスピタ人も昔の伝統なんて守っちゃいられないらしい。
「町長はおまえたちとは話をしない」
「待て、まず状況を知るがいい。もはやすでにフェイスロンド領はない。ここはダリルなのだ」
ダリル兵の喋る情報はもう古い上に、前提からして間違ってる。
そもそもこんな純粋な人族が少ないような町でダリルの支配をすんなり受け入れるわけがないに。
もしかしてアレか、こいつも俺たちと同じで、受け入れられるはずもない降伏勧告をしてるってことか。じゃあ何か、お前はサオか。
「アリエル、私が言ってやってもいいか?」
「どうぞ、森を壊したくないから穏便に帰ってもらえるなら、帰ってもらうのが一番だよ」
「よし、私が話をしよう。いいかねダリルの諸君、グランネルジュの5万は北のベラールを攻めようとして敗れた。そしてダーラルの2万ももう居ないし、あなたたちの本隊がいたネーベルももう解放された。……ダリルのかた、あなたたちは敗れたんだ。急いで家族の待つ故郷へ帰ってやりなさい」
「なっ? なんだと? フェイスロンドはもう虫の息だったはず、頼みの綱のボトランジュはセカが占領されていて、領主はとっくに捕らえられた。嘘はいけない」
「んー、難しいなこれ、なあアリエル、サオじゃ無理だろこれ」
「ああっ侮辱されました。じゃあ交渉役を代わってください。私が話して帰ってもらいますから」
「「ダメ!」」
サオは人を怒らせるプロだ。練習なら積極的に出てもらうんだけど、ここはちょっとダメだ。
「ポリデウケス先生なんて私と大差ありませんでした。じゃあ師匠がやってみてくださいよ」
「少なくとも私は相手を怒らせるようなことはしてないぞ?」
うわー『絶対失敗する』って思ってる目だよこれ。俺この前セカの街で手本みせたはずなのにな。
「え? 俺が? えっと、アリエル・ベルセリウスといいます。あなたは?」
「私はディーラッド・ジェンキンスという…… え? ベルセリウス? だと……」
「そうだ、だが少し発音が悪いな。南方諸国の人か? もうちょっとこう、ベルセリュゥスに近づけて発音したほうが美しい、俺はアリエル・ベルセリウス。先代ダリル領主へスロー・セルダルを殺した有名人だから名前ぐらい聞いたことあるだろ。ちょっと15年ほど旅行してて、久しぶりに帰ってきたらエースフィルのクソ野郎が俺の恩人たちを殺していた。今のフェイスロンドの惨状は俺の甘さが招いたことなんだ。あの時殺しておくべきだったと後悔しているよ。責任を感じている。だから俺はもうお前たちに甘い顔はしない。一度しか言わないぞ、命が惜しければ尻尾を巻いて帰れ」
「……ほう、あの大罪人の名を騙るか。おまえが本物のアリエル・ベルセリウスかどうか、私は知らないんだ」
「爆破魔法でお前の頭を吹き飛ばせばいいのか?」
「お前がセルダル家に押し入って、ひとりのエルフ女を奪ったな。その女の名は?」
「フィービーだ。この人、ブルネットの美女の実の母だ」
「くっ、この、ベルセリウスとブルネットの魔女だと……」
「違うってば、パシテーはブルネットの美女。魔女じゃなくて美女な。そこ大事だから」
「先代の仇を目の前にして……大人しく帰れと? お前はそう言うのか?」
「いいや、別に構わんよ。帰りたくないならここで死ね。俺は争い事を避けるよう言われて育った。これはおよそベルセリウス家の家訓のようなものだ。だからお前たちには選ばせてやる、ここで死ぬか、それとも尻尾を巻いて逃げ帰るかだ。三つ数える間に決めろ、ひとーつ」
―― ドオオオォォォンンン!
森から出て盾を構えている約50のダリル兵たちの足もとが爆破され、その土地そのものが吹き飛んだ。盾も槍も鎧も、バラバラになって散った。
「決断が遅いなジェンキンス! ふたーつ!」
―― ドウオオオォドドオオォォンン!
森の入り口付近にいる気配を頼りに3発の[爆裂]を転移させて撃ち込んだ。
森に多少の被害は出たが、この町の居住区からは遠い。これで合計200は減らしたはずだ。
後で咎められても先生のせいにすればいい。
「じゃあお前も死ね、みっ……」
「待った! 大人しく帰ると約束する、もう争う意思はない」
ダリル兵の代表者として降伏勧告に来たジェンキンスは、逆に降伏させられて帰ることを約束した。
「お前の決断が早ければ無駄に死なずに済んだ者がどれだけ居たかをよく考えてみることだ。ああ、死者を弔うのにどうしたらいいかはこの町の人と話を決めてくれ。ただし日没までにこの場から立ち去れよ」
なんて偉そうなこと言ってドヤ顔で〆たんだけど、このあとジュリアさんにムチャクチャ怒られた……主に先生が。
教え子にどんな教育してんだってそれはもうえらい剣幕で。
なにせパッと見、俺たちは15歳の高校一年生なんだ、先生も俺の中身の歳を言えなくて歯噛みしているのがよく分かる。
でもサオはカッコイイって言ってくれたからプラマイゼロということにしておこう。




