13-04 てくてくのリハビリ
「転生したら多重人格でした(仮)」はじめました。
ダウンフォール更新頻度が落ちるので、書き溜めてあったラブコメ小説を放出しています。お時間が許ましたらこちらもどうぞ。
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ダウンフォール! 次話は金曜の予定です。
なんでロザリンドがハルジアンなんだよ! そっちの方が気になってしまって、こんな駆け落ちエルフの話なんか適当に切り上げて開放してやらないと。
「で、この道を東に向かってもカナデラルしかない訳だが、あんたら駆け落ちか? こんな、いつダリルの人さらいが出るかわからんようなトコでエルフ女性を連れてどこへ向かう気なんだ?」
「それはこっちのセリフだ若造、アンタらこそエルフの女性を二人も連れてこんな所で何をしている? 先日、グランネルジュから神殿騎士とダリル軍がこの先のベラールへ大規模な進軍をしたという情報だ。悪いことは言わない、もう安全なところはないが、アンタらもどこか、ここじゃない場所へ逃げるんだ」
俺たちを説得して逃がそうとするこの男、名をリンドンと言い、もとはフェイスロンドの役人だったそうだ。教会とダリルの侵攻を受け、領主たちと共にベラールへと逃れダリル軍の圧力に対し抵抗を続けているらしい。
そしてグランネルジュからベラールを一気に踏み潰せる5万の精鋭部隊が出たという情報を聞きつけ、リンドンと、その妻ハムナは、ボトランジュ軍が駐留してるカナデラルへ援軍の要請に向かっている道中だったらしい。出してもらえるかどうかわからない、いやたぶん出してもらえないであろう援軍を求めて。
「あんたら逃がしてもらえたんだな。フェイスロンド領主には会ったことないが、なかなかの人物らしい」
「当たり前だ! フェイスロンダール卿にとって、エルフも人族も獣人も、みな等しく平等だ。敵であるダリルや神殿騎士たちですら平等だという。あの人は絶対に死なせてはいけない人だ、フェイスロンダール卿を失えば世界から光が消える。私たちはこのままカナデラルの街へ向かって援軍を頼まねばならない、急いでるんだ」
そんな、今にも泣きそうになりながら援軍を援軍をと言って落ち着きのないリンドンの肩をポンポンと叩いてポリデウケス先生がしっかりと目を見ながら、力強く優しい言葉をかけた。
「カナデラルに居たセカ守備隊のボトランジュ兵たちはもうセカに向かった。もう居ないんだ。その代わり俺たちが援軍だ。そうだろアリエル」
「そうだ。俺たちが援軍だ。ダリルの奴らは? いつベラールにつくんだ?」
「今朝1万がついてもう一次攻撃が始まった。明日にはまた4万増えて5万になると言われてる。私たちは手薄な北門から……」
「それをはよう言わんかあ! 撤収してすぐに出発だ。コテージはそのまま放棄、荷物だけぜんぶまとめといて。15分で出発するよ」
「10分で準備できるの」
「サオはハイペリオンの準備。先生は乗ってて、すぐに出るから」
「分かりましたっ! ハイペリオーン」
サオの背後から飛び出すハイペリオンに驚いて腰を抜かしてしまったリンドン夫婦。
このリンドンという男、ハイペリオンから奥さんを庇って前に立ちふさがってから腰を抜かした。えらいのかえらくないのか、勇敢なのか情けないのか分からないけど、いまは腰を抜かさせたまま放っておこう。どうせネストに放り込んでの移動になるからウロウロ歩き回らないほうがいい。説明してる暇もないし。
「だっ、大丈夫かハムナ、めまいが……息が……」
「はっ……ハイペリオンって言ったわ。昔ボトランジュを攻めようとしたアルトロンド軍を焼き尽くしたというあの……」
「酒好きのボトランジュ兵が寝ぼけた訳じゃなかったってことか……」
「おいおい、ハイペリオンも幻の銀龍みたいなこと言われてるぞ」
「ハイペリオンは可愛いからノーデンリヒトのマスコットキャラになるべきです。そうしたらもう知らない人は居なくなりますからね。うわー師匠みてくださいよほらハイペリオンの鱗、月光を反射してすっごいキラキラしてます。薄ぼんやりと目も赤く光ってますし、この子ゆるキャラもやれますよっ」
「ゆるキャラはちょっと無理かも!」
サオはハイペリオンの鱗を撫でながらうっとりとしてる。たしかに月の光を反射して虹が見えるのは幻想的な光景で、鱗の一枚一枚を磨き上げてやりたい衝動に駆られるけども、
そんな事より、サオがゆるキャラを知ってた事のほうに驚いた。どっかのメロン熊みたく、ゆるいとは言い難いのだけどハイペリオンの鱗の輝きは俺やジュノーですら見惚れてしまうほどでサオのいう事も頷ける。
鱗とは言え、真珠貝の裏側のような虹色に光を反射していて、それが柔らかな月光に晒されているのだから、まるで夜の虹、月虹のように艶めかしく光るんだ。
美しいとか奇麗だとか、大絶賛の声を聞いてちょっと誇らしげに胸を張り、必要以上に翼を広げてポーズを決めるハイペリオンの姿が可愛い。
「誰か、妻を……」
ハムナさんというエルフ女性のほう、ハイペリオンの前に座らされてる緊張感に耐えられなかったのか、泡を吹き始めた。
「はい、あんたら悪いけどネストに入ってて。案内はゾフィーがするから」
「はい?」
「説明するの面倒だから質問は中で聞くわね」
―― パチン。
ベラールの街まで30キロ程度。夜の街道で足元が暗くスピード出せないとしても20分もあれば街が見えてくる。魔法灯も灯っていないから距離感がいまいちつかめないけれど、月明かりにぼんやりと浮かんでいて、高い防護壁に囲まれていることだけは分かる。
「師匠、戦闘中です。城塞の上から火の魔法が放たれました」
「暗くて敵も味方も分からないからハイペリオンは引っ込めて……ポリデウケス先生がネストに入ってくれたらおれがちょちょいのちょいっと飛び越えてこっそり中に入れるのに」
「どうせ外の奴ら倒すんだろう? 今やるか明日の朝やるかの違いでしかないじゃないか」
「んじゃあえーっと……」
「せっかく夜戦なのよ。アタシが出るの」
「お? 体調は大丈夫なのか? 無理してない?」
てくてくの年齢は17歳すぎぐらいにみえる。21時をちょっと回ったぐらいか。
腕時計も合ってるから時計を合わせなおす必要はなさそうだ。
気配を探ってみると北門の出入りを押さえる敵兵の数は300ぐらい。火の魔法も矢も届かない位置に陣取って、四方の門を全て押さえているのだろう。
ざっと気配の探知範囲を広げてみると1キロほど離れた南門の外側に数え切れないほどの気配がある。
グランネルジュからベラールの街まで繋がる街道はもうダメだな。完全に押さえられている。
街に明かりが灯っていなくて、防護壁の上には無数の兵士……か。うまく隠れてるな。相手が毒矢を使ってくるとしたら、こちらは絶対に姿を見せないように、狙撃のみで戦う必要があるんだ。
この時間帯に300ぐらいの敵兵なら てくてくの負担も軽いだろう。
「ああ、てくてくが出てくれるなら大丈夫だ。みんな歩いて門から入れるぞ」
俺とてくてくが先頭。リンドンとハムナはポリデウケス先生とロザリンドが護衛する形で隊列を組んで、敵が陣を張ってる背後からゆっくり近付くと、てくてくのサイレントキリングが一際の冴えを見せた。
というか、闇の中でこっそり息を殺して潜んでるやつが、闇に沈んでひっそり息を引き取るように殺されるだけの話だ。次々と、音もなく冷やりとした瘴気の広がりにまったく気付くことなく次々と息を引き取ってゆくダリル兵たちを目の当たりにして、エアリスがまたここでも目を見張って身を乗り出した。
すぐサオが手を引き戻して瘴気に触れちゃダメと警告したからよかったけど、瘴気はただ眠りに誘う安全なものと、命を根こそぎ奪うエナジードレインとの見分けがつかない。てくてくのことだから味方にまで危害を加えるようなことはないと思うが戦闘中のてくてくには近付かない方がいい。
敵陣のど真ん中をただまっすぐ歩いてるだけという状況に強烈な違和感を感じながらリンドンもハムナも、ゆっくり歩くのに着いてゆくのがやっとというほどの震えを抑えることができなかった。
全身がガタガタ震えるその理由もよく分からない。ただ敵兵たちはその場に伏して、剣を抜くことも、叫び声を上げることも、こちらの接近に気付くこともなく、陣を張って、塹壕を掘って土壁を築いたりなどという作業をしながら、まるで居眠りでもしているかのようにその場に倒れ、息を引き取っている。
ハムナはグランネルジュの魔導学院で魔導を学んだ。
噂ではボトランジュに闇を使う者が居ると聞いたこともある。だが、噂で聞くのと実際に目の当たりにするのとでは大きな隔たりがある。
いま目の前で音もなく舞い降りる死こそが闇なのだ。
「ああ、リンドン。わたし闇が怖い……」
「大丈夫だよハムナ。あの銀龍を見たろう? この人たちはボトランジュの援軍に間違いない……とはいえ、明日になると5万もの敵兵が集まる。わたしたちの未来はポリデウケスさんたちに委ねられた」




