13-02 ピザを焼くキャンプ
次話は金曜日にでも。
カナデラルの街を出て西へ、ベラールまでのちょうど半分ぐらいきた辺りで日没近くなった。
森というよりも林という規模の小さな広葉樹林帯を割って、まっすぐ突っ切るような街道で、ちょっと横に広くなった場所を見つけたので、俺たちはそこでキャンプすることにした。
今日は道ばたでキャンプだ。
ディーアの肉をレアに焼いて白パンで食べるという、スタミナ食……というか、メシの方は簡単手抜き料理にしておくとして、実は簡易オーブンを持ってきているので、ストレージから出してアウトドアテーブルの横にドスンと設置した。
今日はサオとエアリスを驚かしてやろうと思い、特別メニューとしてピザを焼くことにする。
ピザ生地は普通にパン生地を延べ棒でコロコロと薄く延ばして作る。ペラペラのクレープ状にしたあと、トマトソース塗ってベーコン乗せて、上からチーズをパラパラとトッピングしたものをオーブンで焼き上げ、仕上げにオリーブオイルをちょっとかけるだけ。簡単な手抜き料理極まれりだ。
バジルの葉っぱがあるうちはバジルもふんだんに使う。
まずサオに食べさせてみたら、ぐにゃーっとなったチーズがにゅーっと伸びて、椅子の上に立ち上がっても切れず、そんな長いのうまく口に運べなかったけれど、下手くそなりにチーズの伸びた先から口に運ぶと、驚きの表情でそのうまさを表現した。
「あっつ! 師匠これ熱いです。熱いですけど、これは……これはアルカディア料理なんですよね、16年間毎日こんなの食べてたなんてズルいです! すごく美味しいです。私も毎日食べたいですっ」
「太るからダメ」
サオが感動でウルウルし始めたその横で、ゾフィーもピザのうまみにハマってしまったように感動の声を上げている。白パンもディーアの肉もピザの人気に押されて今日は人気がない。
「てか、椅子の上に立って食べるような行儀の悪い人にはもうピザ焼いてあげないからな」
「師匠むりですっ、伸びるんですっ」
「そうよ、冷めちゃったら美味しくないでしょう?」
てかディーアの肉と比べたらピザなんて超安上がりだからね。これほど好評ならメインの料理ローテーションに加えてもいいだろう。エアリスもハートを鷲掴みにされたようだし。
「ねえあなた、アルカディアじゃみんなこれを食べていたの? 本当に? なんて幸せな食べ物……」
「これはベーコンとチーズを乗せただけの簡単なピザだけど、これに好きなものを乗せて焼くんだ。ゾフィーの好きな兎肉でも、サオの好きなガルグの肉でも、野菜でも山の幸でも、焼いて食ってうまい物なら、だいたい何を乗せても美味しく食べられる。シーフードでもいいし、ソーセージっていうのもあるんだぜ?」
ポリデウケス先生はこんなに食欲をそそるチーズが熱せられ強い香りをだしているのを嗅いだだけで『これはダメだ、腐ってるから食べないほうがいい』なんて言って食べなかった。
チーズはボトランジュの牧畜地帯、つまりジェミナル河を渡ってマローニに着く手前を西方面へひたすら行けばいくらでも手に入る。西ボトランジュでは普通に食べられている食材だけど、南ボトランジュの人たちにはいまいち馴染みのない食べ物だ。もしセカでピザが流行ったら西ボトランジュの畜産農家の人たは大儲けできるだろう。
先生は今日のこの選択を悔いる日が絶対に来る。ピザは正義なんだ。
「椅子の上に立って食べるという食べ方を提唱しますっ」
「ダメだってば」
食事の後片付けを終えてピザ生地のコネ方をサオに伝授している。ってかパンと大差ないから別に手取り足取り教えることもないのだけど……。
食後のエアリスは今日もみっちりと魔法の鍛錬をさせられている。鍛錬というより特訓だろこれはもう。常にイグニスがついて無詠唱を教えながら、パシテーが土魔法の講義を聞かせるという英才教育だから……。
今日もサオの出番はないようで、なんだかサオに元気がない。
「師匠、このオーブンの火加減なんですが、ファイアボールを入れると……う、あれれ? 師匠いまものすごい強度で防御魔法と障壁張ってますよね。障壁が斜めから透かせば肉眼で見えるなんてどんな強度なんですか! 私エンガチョバリア張られてるみたいで不愉快ですっ」
「エンガチョバリア知ってんのか!」
「師匠、もうしませんから、そういう遠ざける系の虐めとかやめてくださ……」
「ちょ、サオちょっとまって。誰か近付いてくるぞ」
この気配はヒト2人に馬4頭? 替えの馬を引いてこちらに向かって駆けてきてる。早馬ってやつだ。
強化魔法で走れる距離より遠い距離を走るときの常套手段で、むちゃくちゃ急いでるってことだからいきなり戦闘なんてことはないだろう。
「2キロ先、早馬で2人近付いてきてるぞ、念のため準備しとけよー」
ロザリンドに北斗を手渡すと、みんなそれぞれ戦闘態勢になった。とはいえ武器を構えているのはエアリスとポリデウケス先生だけで、真沙希はフッと姿を消したし、他はいつものように突っ立ってるだけという自然な構えで近付いてくる者たちに備えた。
「どうするの? 剣を抜いたら殺すの?」
「ダリルの斥候と考えるには向かう方向が逆だ。ボトランジュの急使かもしれないから殺すのはナシ。まずは検問という名目で馬から降りてもらって話を聞かせてもらおう」
どうせこの道を東に行ってもカナデラルの街しかない。カナデラルを素通りしたら小さな村や集落が点在するだけでセカまで何もないような辺鄙なところだから、この早馬の行く先はカナデラルしかないんだ。
「あと1キロだ。サオとゾフィーは俺の両脇に立って。馬を止めるだけだから殺すなよ、あくまで検問だからな」
「師匠、爆破もなしですか?」
「ナシだってば。その辺に仕込んどくのはいいけど、火事になりそうな枯れ葉のトコとかナシな。延焼しないよう気をつけろよ。もうすぐそこまできてるぞ」
そこで[ストレージ]から2000ルーメンのLEDライトを取り出して構える。
「師匠っ! それ何ですか!」
「ただ明るいだけのアルカディア製の松明みたいなもんだ」
ネット通販で買ったクソ明るい懐中電灯なんだが、これを使わない手はない。
この暗がりで開き切った瞳孔に2000ルーメンの光なんて網膜まで入ったらそれだけで行動不能だからな。
「来た!」
ゾフィーは剣を担いで構え、サオは盾を2枚浮かべる。
そして俺はLEDライトを構えて、こっちに向かってくる馬に向けてスイッチON!
暗闇の森に真っ白な光を吐き出し、煌々と照らし出された早馬の二人。
―― ヒヒヒィィィン ブヒヒィィィン! ブヒュルルルゥゥ……
「うわあっ!」
馬が驚いて立ち上がったところで、前を走っていた男が落馬した。
さすが2000ルーメンのLEDライト。闇の中、某なんたら三世が逃げる姿を映し出すサーチライトのごとき威力で、馬に乗った男の顔まではっきりと見えた。
あの男、エルフだ。
「ぐあっ、おのれダリルの斥候かあっ! ハムナお前は先に行け、ここは俺が引き付けておく」
「あああっ、リンドン! どこなの! 目が、目があ!」
もう一人、女の方もエルフ。こちらは長い髪を束ねて編み上げてる、女性だった。
「はい!ストップ、スト――ップ。脅かして悪かった。ジュノー頼む、ケガをさせてしまった」
「師匠、眩しいです。周りが見えなくなります!」
「そうねそれは眩しいわ。もう少し柔らかな光のほうが私は好きよ」
サオとゾフィーはLEDライトの無暗やたらに眩しく目に突き刺さるような光はお気に召さないらしい。
「光なら私のほうが扱い上手なんだからさ、はいそのライトもう使っちゃダメ。っていうかさ、瞳孔開いてるところにあまり強い光を入れると網膜に障害が残ることもあるんだから、本当にそれもう使わないで」
5秒ぐらいしか点灯してないというのに、もう使用禁止になってしまった。
俺日本にいた時は本当にライト好きだったのにな。頭につけるヘッドライト、手に持つハンディーライト。
首からサブランプをぶら下げて足もとを照らしつつ、もう片方の手にはランタンをぶら下げて夜を歩くんだ。
「ひとりエレクトリカルパレードなの……」
「パシテーそれこっちの人には分からないからね、そいつら捕まえて。ちょっと話を聞こう」




