13-01 ベルセリウス派、西へ。
第十三章 はじまりました。特にどうでもいいところはもう飛ばして飛ばして、ボッカンボッカンで済ませる予定です。
そのためのサオですから。(きっぱり)
しばらくは月・金の週2回投稿予定。いまちょっと忙しいのです。出来るだけ早く週3投稿できるように頑張ります。なお、暇なときに書き溜めていた全然べつの恋愛小説を放出したりするかもしれません。
逢坂美瑠香たち帝国から離反する予定の者たちが、エルドユーノ郊外にある召喚者たちの訓練施設を旅立ち、バラライカでセカ港行きの船を待っている。
まさか同級生の嵯峨野深月が戦闘でこれほど大きな湖をこさえてしまったということに驚き、開いた口が塞がらなくなっている女子生徒たちの傍ら、小さくため息をつく逢坂美瑠香の姿があった。
ちょうどその頃、アリエルたちはセカに居て、西へと向かう準備を着々と整えているところだ。
ノーデンリヒト要塞に設置してあった転移魔法陣はトライトニアのベルセリウス邸に隣接する、俺の工房の広場の隅っこに移設する予定だったらしいが、いくら何でも国家元首の邸宅にあたり、警備が難しくなるということで衛兵が反対し200メートルほど離れた役所などにほど近い公園に設置されることになったらしい。
本来パシテーが一緒について行って設置を手伝う予定だったが、バカ弟子のサオが教会の屋根を吹き飛ばしてしまったのでパシテーは屋根の修理に追われゾフィーはひとりでパチンして行くことになった。あっちではレダたちが案内してくれるのだそうだ。
……んー、実は賑やかになったトライトニアを良く知らないんだ。
誰も覚えてないと思うから改めて言うけど、俺ってばノーデンリヒトで生まれた人族の第一号だったんだけどさ、入植後に誕生したノーデンリヒト生まれの第一世代から世代を順調に重ねいまもう第三世代まで生まれているというのだから感慨深い。てか、アイシスとハデスが3世代目ノーデンリヒト人なんだな。
今後もまったりとした冷たい空気を少しずつ温かいものに変えながら発展を続けてくれたら嬉しい。
ジュノーも人が体内で解毒する原理を理解して帰ってきたけれど、やはり光の魔法では解毒の魔法がうまくいかないらしく、いま水の魔法をうまく操作してなんとか解毒魔法の起動式を考えている。
魔法で解毒出来たら汎用性も上がって、多少組成を変えられたところで、こっちもちょっと起動式を組みかえれば対応できるらしいけど、解毒薬をつくったりなんて言う器用なことはできないそうだ。
解毒薬は引き続き、サナトスとアプサラスにお任せすることとなった。
サナトスも疲れているところ頑張ってアプサラスと協力して解毒薬を作ってくれていて、とりあえずフェイスロンドに向かう俺たちの出発に間に合うよう200セット寝ずに作ってくれたらしい。ありがたい。
この薬の使い勝手が良くて、まず飲んで効く。意識がもうろうとして飲めなくなったら血管に直接注射してもいい。
俺たちはセカの教会からジュリエッタさん家族に見送られることとなった。
そこから先はもうただひたすらだだっ広い草原、平原を西へ西へと向かい、フェイスロンドに入った俺たちはようやく、やっと2日かけて、ボトランジュ領軍の生き残りが落ち延びているという領境の街カナデラル近くに来た。セカからカナデラルまで200キロ程度しかないので、いつもなら2時間かからずに到着するはずが、なんと2日である。
ひとりの男が力いっぱいこれでもかってぐらい渾身で綱引きをしているかの如く、移動の足を引っ張っているせいだ。
その男とはもちろん、赤髪のダンディ、アデル・ポリデウケスその人。
ネストの部屋が一つ空いてるから使ってくれと言ってるのにそれを頑なに拒否して、自分は走って着いて行くといって聞かない。もちろん俺たちの移動速度を知らないからそんなこと言えるのだが……。
「私を舐めるなよ? 強化魔法で走ってついていくから大丈夫、お前らの愛の巣に入るぐらいならドラゴンの背に乗せてもらった方が絶対カッコいいしな」
なんて息巻いてたくせに、時速40キロぐらいのノロノロ運転で数時間も走れば体力の限界がきて頭から湯気を出しながらバッタリと倒れてしまうという体たらくだった。ま、トシだし仕方がない。
仕方がないので希望通り、ハイペリオンに乗ってもらうことになった。
サオは嫌がるかと思ったけれど、ハイペリオンもサオとエアリスの二人を乗せて飛び回る練習をしなくちゃいけないので『ちょうど良かった』らしい。本番で万が一、エアリスを落としでもしたら大変だからね。
まずは別に落としても構わないような人を乗せる練習をして、もう落とさないぐらいに技術が向上してからエアリスを乗せるのだとか。誰もそこにツッコミを入れないあたり悪意を感じる。
弱者が差別されることは許せないという人はボトランジュにも多い。
しかし中年過ぎたオッサンが若い女の子に差別されることに声を上げる人を見たことがない。その辺は日本と同じなのだろう。
「なあサオ、それ相当ひどいぞ?」
「大丈夫ですよ。ポリデウケス先生は不死身だって言ってましたから」
まさかサオがポリデウケス先生の強がりを真に受けていたなんて……。
サオはマローニの中等部に編入してから卒業するまでずっとポリデウケス先生の教え子だった。
不死身のポリデウケスが伊達じゃないってことは俺も知ってるが、不死身を真に受けて死ぬようなことをさせると普通に死ぬ人だって事は忘れちゃいけない。
「じゃあ私も外を飛ばないといけないわね……」
ジュノーもまだもう少し飛行術の練習したいらしく、ハイペリオンが落とし物をしないか監視しながら後ろを飛んでくれるという。蓋を開けてみると、危なっかしい子どもが自転車の補助輪を外す練習をするのに親が付き添うような形となった。
他の女どもは外を移動しなくともネストにベッドがあって思う存分ゴロゴロしているうちに目的地へ着くのだから、外を出てやろうなんて酔狂なこと考えるやつなんか一人もいない。
外で何が起こってるかなんて知る由もなかった。
二人乗りに慣れないサオがハイペリオンを操縦して飛行するのだけれど、ここまでで2度ほど、時速120キロで飛行するハイペリオンから落下するトマトがビチャッと潰れたような事故を起こした。ジュノーが居なければポリデウケス先生は2度死んでいる。
「またつまらぬものを治してしまったわ」
どっかの居合の達人みたいな渋い決め台詞をドヤ顔で吐き捨てるジュノー。
当のハイペリオンは背中に人を2人も乗せて飛ぶのにも慣れてきた頃、背中に乗ってるのが男だと優しさも気配りも何もなく、落ちても気にせずに飛んでいいんだと学んだらしい。
ポリデウケス先生はハイペリオンに嫌われて振り落とされてるのか? と思ったけれど、一緒に乗ってるサオが見事に乗りこなしていることから、これはシートの付いてないバイクのようなものなのだと分かった。要は運転手の思った通りに動くから、後ろに乗ってるポリデウケス先生は不意の動きにバランスを崩すんだ。
要は挙動の予測ができていないのだから、しっかり前を見てハイペリオンの動きを学習して慣れるしかない。
もともと先生は馬に乗ってたので順応が早く、最初の内はハイペリオンの小さな丘のような背中にどう乗れば安定するのか分からず試行錯誤の内に落ちたようだが、普通に背骨のあるラインに座るようになって安定し始めた。先生いわく「鱗が滑るから難しいんだよ」らしい。
見た感じだとハイペリオンの背中には4人ぐらい安全に乗れそうなスペースがあるので、ハイペリオンは定員4名ということにしておく。
初日は酷いもので、ゆっくり飛んでまずは慣れることに集中してもらったけど実は今日は落ちずにここまで来られた。この調子で乗り方をマスターしてもらえたら明日ぐらいには俺たちの[スケイト]とほぼ同じ速度(時速180キロぐらい)で移動することができそうだ。
しかし西に向かってひたすら進路を取るというのはなかなかに心地のいいもので、背中に受けてた太陽が真上にあがり、そして自分を追い抜いたあと、真っ赤に燃える夕焼けに向かってひたすら進むんだ。
日本にいた頃よくレンタルで借りた西部劇ものの映画を思い出した。
道なりに気分よく滑っているとハイペリオンが降下してきてポリデウケス先生が何やら指さす合図が見えた。声が聞こえないから何を言ってるのか分からなかったけど前方を指さしてるから高い位置からだとよく見えるのだろう。
前方、遠くの方、空気に青くかすんで城塞に囲まれた街が見えてきた。
パッと見、マローニよりもかなり大きな街に見える。防護壁だろう、突貫工事でぐるりと外周を石の壁で囲まれていて、俺たちが近付くと城塞の上からは大慌てで弓兵が配置につこうとしているのが見えた。
ハイペリオンを見た兵士たちが矢を射てこないかと心配したけれど、逆に何人もの男たちが次々と門から飛び出してきたのをみて、ポリデウケス先生が驚きの声を上げた。
「ハイペリオンを見て出てくるってマジかよ! ふつう逃げるだろうが」
まさか戦闘が始まったりしないよね? と心配したけれど、ここで飛び出してきた男たちこそボトランジュ領軍、セカ守備隊として18年前のサルバトーレ会戦を一緒に戦った者たちであり、領主アルビオレックス(中略)ベルセリウスの孫、アリエル・ベルセリウスとハイペリオンの帰りを毎日毎日、指折り数えて待っていた者たちだった。
まさかハイペリオンを見てこれほど大喜びして出てこられるとは思わなかったのだけど、どうやら『銀龍を見たらハイペリオンと思え』みたいな標語が出来上がっているらしく、あの頃からすると長さにして6~7倍程度といえばそれほど大きくなったようには思えないが、全長7メートルぐらいだったのがいまや50メートルちかくあるんだから、飛び出してきた者たちは近付くに従いどんどん大きく見えてくるハイペリオンの姿に、結局のところ腰を抜かしてしまうという情けない姿をみせる。
遠近法というものが良くわかってなかったらしい。
ちなみに千年以上前からここシェダール王国を定期的に荒らしまわり災厄と呼ばれ怖れられた銀龍ミッドガルドですら全長35メートル程度。ハイペリオンは俺のマナを食って成長してたし、幼龍時代から栄養状態が良かったせいかミッドガルドと比べても二回りは大きい。
ハイペリオンの背で剣を抜いたポリデウケス先生が大きく天に向けて振り上げたことでカナデラルの街に駐留していたボトランジュ領軍は大歓声に包まれた。
先生にいいとこだけ持っていかれた感はあるけれど、確かにセカ守備隊の者たちが待ち望んでいた白銀の翼がカナデラルの街に翻ったのだ。
―― おおおおおおぉぉぉ!!!!
実際に過去のサルバトーレ会戦でハイペリオンの戦闘力を見た者、噂でしか知らない者、まったく信じていなかった者が、皆一様にハイペリオンの姿をみて大歓声を上げている。
災厄とまで言われ、畏れられた伝説の銀龍が味方として目の前に現れたのだから。
次々と門から流れ出る兵士たちを掻き分けてずいずいっと前に出てくる男がいた。
ボトランジュ軍総司令のカールシュテインと、衛兵隊長のアクスフィール。
懐かしい顔ぶれだ。
目の前に居ながら華麗にスルーされた挙句「アリエルどのとパシテー先生はどちらにおられるのか!」なんて探されてしまったのだけど、ポリデウケス先生が「2000ゴールドの賞金首になったからアルカディアで整形手術してきやがりまして……」と機転の利いた、なんとも酷い説明をしてくれたおかげで、俺たちもようやくカールシュテイン総司令と挨拶を交わすことができた。総司令の使い込まれた鎧の左胸にはしっかりとパシテーのサインが残っていて、それがお守りになっているらしい。
てかそのアルカディアで整形手術してきたってのやめて欲しいな。もしここに真沙希が出てくると顔が似てるってことで、絶対に同じ人の作品だと思われてしまう。
「アリエルどの、いまセカの方から来られましたな。セカはどのような有様でしたか?」
「セカは解放されたよ。残っているのは王国軍だけだし、奴らには何もできないから帝国やアルトロンドがまた攻めてきても王国軍を盾に使っといて」
「い……いま何と申されましたか?」
越境してフェイスロンド領まで追い出されたセカ守備隊たちはアリエルたちが戻ってきてたった数時間でセカが解放されたと聞いて、歓喜するもの、敬礼するもの、自分たちの存在意義を考え、ゲッソリと落ち込む者たちも多く見られたが、命令が下る前に宿舎へと戻り、セカへ戻る旅支度を始める者が列をなした。
やはり故郷に残してきた家族が心配じゃない者はいないんだ。
「ああ、そうそう、王都にはアルビオレックス爺ちゃんを返せって伝令を出させておいたからね、王国騎士団を窓口に決めて、いくら脅しても構わないから返せ返せって、どんどん圧力かけといて。俺はセンジュ商会を窓口にちょくちょく連絡とるようにするし、もし戦闘になりそうだったら防衛戦を仕掛けて睨み合いを続けててくれれば、俺たちがフッ飛ばすから」
「おおっ、コンシュタットどのも健在であるか。それは僥倖であった」
カールシュテイン総司令はネレイドさんを知っている様子で、すこし大袈裟に無事を喜んでいた。
そりゃあそうだよね、ネレイドさんって戦場に出たら早死にしそうなキャラだよね……。
「フェイスロンド軍はどこに?」
「ここから西に80キロほど行ったところにあるベラールの街にいて領主フェイスロンダールどの指揮のもと戦っておられるし、ボトランジュ兵も1000ほどではあるが義勇兵としてベラール防衛に出ております」
「分かった。どうせ領都グランネルジュには立ち寄るつもりだったんだけど、先にベラールに寄って領主と話をしてみるよ」
「グランネルジュはとっくにダリルの手に落ちた。すでにダリルからの入植者も多くいるという情報もいくつか入っております、あそこはもうダリルですぞ」
「ならグランネルジュにも寄って行くさ」
ベラールって街はここカナデラルから50キロぐらい西で、計算だとベラールから領都グランネルジュまでは30キロぐらいかと思ってたら回り道する形になるから、100キロ近くになるらしい。
ポリデウケス先生とカールシュテイン総司令の話では、ここカナデラルから80キロほど西に行ったところにある、ベラールという小さな街にフェイスロンド領主フェイドオール・フェイスロンダールが逃れているとのこと。本当ならここでセカが開放されたことで祝杯のひとつも上げたいところだが、セカが開放されたのなら次は防衛しなくてはならないから、守備隊たちは一時間でも早くセカに戻りたいと進言し、準備の出来た者から自発的に門前に整列を始めている。もう二度と故郷を奪われてたまるかと気合を入れていたのが、とても勇ましく見えた。この人たちがセカに戻ってくれたら一安心だ
俺たちはカナデラルの街に入りはしたが、フェイスロンド名物料理ひとつ食うこともなく、通過するついでにちょっと声を掛ける程度の気軽さで次のベラールまで向かうことになった。
まったく慌ただしすぎてカールシュテイン総司令に俺の家族を紹介する暇もなかったけど、もうちょっと平和になって、また兵士たちがヒマを持て余し昼行燈の役立たずと言われるようになったら、セカのどこかで魚料理でもご一緒しましょうかと堅く約束を交わして、俺たちはさらに西へと向った。




