12-17 クラスメイト達は別々の道を選んだ
長い学級会もやっと終わり。
次話は月曜日の予定、十二章も次話で完結予定です。
「みんな聞いてくれ。いま、嵯峨野を始めとしたクラスメイトのうちの何人かが間違った方法で世直しをしようとしてるらしい。確かにこの国は間違った部分があるのかもしれないし、奴隷制もないほうがいいに決まってる。力を持っているからと言って、人を殺すことで何かを成し遂げようなんて考えは間違ってる。あいつが何を考えてるのかは分からない。だけど間違ってるんだ。俺は勇者の力を、人々の暮らしを守るために使いたい。そして、間違ってしまった嵯峨野をブン殴って、分からせてやろうと思う。俺たちが日本で学んできた知識は、この国の間違った箇所を、あくまで平和的に、血を流さずとも正すことができるはずだ」
中山たちの言い分は正しい。議会制民主主義が確立していて、言論の自由が保障されていれば、街角で演説活動を続けることで、一人か二人の議員を国会に送り出すこともできるかもしれない。
だけどここは帝国。共和国でもなく、民主国家でもない。
軍事力をもって他国を侵略し、文化を破壊して支配を広げる。
人も領土も資源も、労働力も、奪えるものはすべて奪うことを良しとする帝国主義の国だ。
中山たちは正すといっているのだ。帝国主義を。
そうまで胸を張って言われてしまうと、逢坂美瑠香はもう説得もできなくなってしまった。自分とは異なるアプローチでより良い社会を目指すというなら、担任教諭として、この教え子たちを誇りに思う。
だがしかし、理想を掲げはしても、いかんせん無力に過ぎる。
中山たちの理想はとても耳に聞こえが良く、建前に掲げるプラカードに書く言葉としては、これ以上ないほど綺麗で魅力的な文言が並んでいた。
そう、きれいごとなのだ。
美しい言葉と尊い覚悟とは裏腹に、中山たちは極めて打算的だった。
奴隷制も無いほうがいいに決まってるなんて言いながらも、与えられた側女の所有については明言を避けたし、勇者という身分と力を、この国に暮らす人たちの暮らしを守るために使いたいと言った。何も変わらず、帝国の第三軍の役目そのままである。まるでこのアシュガルド帝国の繁栄が、周辺の小国やエルフの村々の平和を踏みにじった結果であるということに、敢えて目を向けようとしていないのだ。
更に付け加えるとするなら、イカロスが言った嵯峨野深月の強さをまるで理解していない。勇者として帝国に残るという事は、いましがたイカロスが勝ち目がないと言ったばかりの嵯峨野深月と敵対するという意味だ。
それを分かった上で逢坂美瑠香はポンポンポンと、小さく拍手をしてみせた。
それは嘘偽りのない真摯な気持ちから。心から中山の演説が立派だと思った。
平和を奪うことなく、秩序を保ったまま、この世界の間違いを正すと言う。
嵯峨野深月の破壊を止めようと言う。
自分たちの力を過信するでなく、力がなければ無いなりに、自分たちの出来ることから始めて、この世界を変えようというのだから、頭から否定するでなく、逢坂美瑠香は生徒たちを応援する。
中山や瀬戸口たちが作る後の世を想像してエールを送った。
だが中山の甘言に、もうウンザリという表情をする生徒がいた。
観空寺西夏、先ほど中山の事を気持ち悪いといって罵った女子生徒だ。
「中山、あんたエルフを家畜と言ったわね、人と人の間に線を引いて、こっち側が人間で、あっち側は家畜だなんて、そんな度量の狭い差別主義者がよく言うよ。もっともらしいことを言って、結局は身分を保証してくれる帝国が無くなったら困るから迎合してるだけじゃん。帝国は魔族を人とは認めてない。もし嵯峨野くんたちが本当に三大悪魔だったとしたら、嵯峨野くんの家族はあなたの言う家畜なんでしょうよ。中山、あんたはゲスだ」
「なんだと……」
「じゃあ中山に聞く。街道を歩いていて男女の旅人が盗賊に襲われていたとする。中山、あんたの力なら旅人を助けることは簡単だ。しかしすでに男は殺されていて、女は乱暴されていた。盗賊は勇者の力に恐れおののき命乞いをしている。本気で反省していて、もう二度とこんなことをはしませんと涙を流し、命だけは助けてくださいと懇願している……。中山、盗賊を殺すか?」
「殺すまでもないだろう。男の人は残念だったが、女性は助かったって話だよな?」
中山は殺さないという回答をした。ものの2秒も考えることなく、それでも殺さないと言ってのけた。
「やっぱりあんたダメだよ中山。私は剣道をやってるから知ってる……。剣は悪い者を成敗するような正義の鉄じゃあない。冷たく硬い意志の塊なんだ。殺さないなら最初から助けるな。いいか? 帝国に残るってことは軍隊に残るって事だ。この世界をより良い世界にしたいのなら、本気で世直ししたいなら目の前の盗賊を殺すべきだ」
「はあ? 本気なのか? じゃあ聞くが、本当にイメージしてみたのか。泣きながら命乞いをしてるような人をどうやれば殺せる? おまえの剣道ってのはそんな物か? 盗賊とは言え、反省してるんだろ? もうやらないっていってんだろ? そんな人を殺すだなんて人でなしのやることだ。なあ観空寺、人間、捨てたもんじゃないって。盗賊ってだけで殺してしまうなんて酷いじゃないか」
ここまで話をただ聞いていたイカロスが、観空寺西夏の言葉足らずを補足する形で少しだけ口を挟む。
「ああ、ちょっといいかい? 盗賊になるような奴は、今日食べるご飯があっても、明日にはもう食べるものがないんだ。今日、盗賊行為に失敗して、命乞いをしてもう二度としませんと言ったところで、翌日にはまた必ず腹を減らす。人として生まれてしまった以上は、毎日なにかを食べなきゃ生きていけないから、どうせまた明日には盗賊行為を働くことになって、そうなった場合、また犠牲者が出ると言ってるんだよ。この地方には『秩序を守りたいのなら、目の前の異邦の輩を殺しなさい』という格言もあるんだ」
「イカロスさんも相当に酷いって、飢えてるから、腹が減ってるから盗んだりするってのと、殺すってことは分けて考えるべきだと思うよ」
「酷いと思うか? 何を分けて考えるんだ中山、あんたじゃいくら頑張ってもこの国は変わらない。わたしとは袂を分かつことになりそうだな」
「そうか。分かってくれると思ってたが残念だ観空寺。……先生も嵯峨野の側に付きたそうだが、俺と一緒に帝国に残る者はどれだけいるんだ?」
「俺も残るぜ? これは好き嫌いの問題じゃなく、やっぱさ、平和に暮らしているのを破壊するなんてのは許せねえって。こればっかりは譲れねえっスよ先生」
「ぼくもそうだな、嵯峨野のような過激派にはついていけないよ。だから中山たちとここに残ることにする」
「わたしも」
「わたしも」
「俺もだ」
「おれも」
クラスメイトの多くが中山に同調した。これは致し方ないことだった。クラスの大半が自分の生き方を決めたところで、帝国に残る決断をした治癒師の春日結衣が逢坂美瑠香の正面に立った。
「先生はどうなの? ハッキリ決めてください」
「私? あっごめんなさい。白熱した意見のぶつけ合いっていいわね。なんだか見とれちゃった。……私はそうね、奴隷制どころか権力者がひとをモノ扱いするのが大嫌い。偉そうに身分をひけらかされると虫唾が走ります。権力者を倒すことが必ずしも良いことだとは思えないけど、いまのこのスヴェアベルムを眺めていたら吐き気がしますから、私は反権力の立場で行動します。中山くんの言うように嵯峨野くんたちと合流できたらいいけど、主張が合わないから……たぶん無理かな。でもノーデンリヒトに合流したい人がいるなら私が責任を持って送り届けますから、遠慮なく手を上げて」
「じゃあ私は先生にノーデンリヒトまで送ってもらおうかな。常盤や浅井たちの後を追うのもいいと思ってたんだ」
「私も」
逢坂美瑠香について帝国を離れると言ったのは、観空寺西夏と、中堤葵。他の15名はすべて中山たちと一緒に帝国に残り、帝国人になるという決断をした。
「観空寺さんと中堤さんは、今すぐ荷物を纏めて。側女の子たちはどうしますか? ノーデンリヒトに連れて行きますか?」
「もちろん連れて行きたいけど……どうなのかな? ナーリに聞いてみる。残りたいと言うなら残すし、私についてきたいと言うなら連れて行っていい?」
「いいわよ。じゃあ準備ができたらすぐに発つから急いでね。あ、そうそう。イカロスさん、あとでちょっと個人的にお話があります。二人でちょっと話せませんか?」
「ええ、もちろん。逢坂先生、私もあなたには短時間で済まないほど話がありますので、このあと、そうですねこの談話室の廊下を出て右側の一番奥の部屋が教官室になってます。そこでお話しましょうか。少々きついことを言うかもしれませんが……」
「構いませんよ。それではまた後ほど……」
イカロスは逢坂美瑠香とのサシでの話し合いに合意した。
逢坂美瑠香はハッキリとは言わなかったが、帝国軍を離反し、ノーデンリヒトに合流すると言った。
まるで藪をつついたら蛇が顔を出したようなものだが……、イカロスとしては、サガノを探す旅の同行者としてむしろ都合がいいと考えていた。
ただし、この逢坂美瑠香だけは、従順に命令を聞くよう完全に支配下におく必要がある。
「では……」
イカロスは短く返事をすると、もう生徒たちには興味すら失った様子で談話室を出ていってしまった。




