12-14 世界樹と青年
約1年がかりで100万PVいきました。
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逢坂美瑠香は、ゆっくりと椅子から立ち上がると、生徒たちの囲む中心にむかって歩きながら、言葉を選びながらなのだろう、文節で深くブレスを入れながら、まるで子どもに絵本を読み聞かせる母親のように、話し始めた。
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~ザナドゥには世界樹という、それはそれは大きな樹がありました。地上から見上げる世界樹は、天頂が雲にかすんで見えないほどの高さにまで達していて、その重量を支える幹も計り知れないほどに太く、大地に張る根は山脈のようにうねりながら地脈に深く沈んでいました。
イメージができないのなら、そうですね、富士山ほどの大樹がそこにはあったということを理解してください。
一年を通してやや強めの風が吹いていて、決して凪ぐことはないと言われるザナドゥにあって、最大の世界樹から聞こえる葉擦れのざわめきは、それはそれは賑やかな、まるでオルケスタの観客がスタンディングオベーションで喝采するように止むことがなく、もう何万年も続いていて、その心地よい音がいったいいつから聞こえているのかを知る人は居ませんでした。
世界樹は生命の起源であり根源でした。ザナドゥでは全ての生命は世界樹から生まれたと信じられていて、世界樹には人を不死にしたり、生まれ変わらせたり、死んだ者に再び命を宿らせたりといった、生命の秘密を解き明かす秘宝があると伝えられていました。
ザナドゥに生まれた者たちは皆、世界樹を誇りにし、心のよりどころにし、毎朝毎夕、まるで神に祈るように、世界樹のある方角むかって祈りを捧げていました。
世界樹とはザナドゥの生命の源と言われ、そこに暮らす人々の心のよりどころでした。
世界樹の周辺に広がる広大な樹海のような森は聖域とされ、世界樹から生まれたとされる精霊が、森に入る者を厳しく制限していました。これほどまでに大規模な樹木と、その裾野にある広大な森は、世界樹から生まれた、たったひと柱の精霊が守っていて、森に入ろうとする者は誰であれ厳しく律していたのです。
精霊は世界樹の代理人でした。世界そのものと言っても過言ではない神の力を持っていたからこそ、これほどまでに広大な森と、世界樹にあると言われる生命の秘宝を守ることができていたのです。
そして世界樹を守る精霊には一人の弟子がおりました。
弟子は人の子で、森に捨てられた女の子、名を『ルー』と言いました。
ルーはずっと精霊と一緒に暮らしながら、自然の摂理や、生命にまつわる起源や、いろんな魔法を教わっていましたが、ある日のことです。森の外れに侵入者がありました。
精霊とルーは侵入者を排除するため森の外れに向かうと、そこにはひとりの幼い男の子がいました。
その子はまだ足もとも覚束ないような幼子で、悪意なくただ世界樹の森に迷い込んできただけのようです。
いいえ、迷い込んできたといっては失礼ですね、その子は、世界樹をいただく大樹海のほとり、森を守る小さな国『アマルテア』の王族だったのです。
精霊とルーは、その子の父親が王位争いに敗れて失脚し、この子も命を狙われたことから、どんな者であっても侵すことは許されない、この森に逃がされたのだと理解しました。
放っておくと狼のエサになってしまうので、精霊とその弟子ルーは、男の子に迎えに来るまでと取り決め、仕方なくその子を育てることにしました。その子は森に棲むヤギの乳で育てられ、ヤナックの実、セカロイの麦など、自然の恵みで腹を満たして命は繋がりました。
しかし子どもが成長するのに足りないものがありました。
その子は愛に飢えていたのです。
人のぬくもりに飢えていました。
だけど精霊もその弟子ルーも、人のぬくもりというものが、いったいどういうものかを知らなかったので、その子にぬくもりを分け与えてやることができなかったのですけれど……。
精霊も弟子ルーも、その子から温もりを分けてもらっていたことに気付きました。
本当なら愛情をこめて育てるのは年長者の務めなのに、愛情はその子どものほうに溢れていました。
やがて男の子は成長し、立派な青年になったころの話です、精霊の弟子だったルーがひとり立ちを決めたのと同時期に、世界樹にあるという不死の秘法を奪うため、この世界、スヴェアベルムから軍隊が送り込まれました。
さっきイカロスさんの昔話にあった、小さな紛争が勃発してしまったのです。
『小さな国を相手に政治的圧力をかけ、小さな紛争を起こしたことから神話に語られるほどの大戦を引き起こす原因となった国』とは、愚かなソスピタ王国のことです。
政治のことはよくわかりませんが、小さな貧しい王国は、異世界の軍事大国の圧力に屈してしまったのです。異世界からの軍隊を素通りさせてしまった国王に対して、国民たちは怒りました。
世界樹はアマルテアに住む人たちの信仰の対象、神と同等の存在でしたから、世界樹を守るため住民たちが決起したのです。
森に棲む青年は、攻めてきた異世界の軍隊をたったひとりで倒したあと、アマルテアの王城へ向かい、父と母を殺した国王をも倒してしまいました。
現代日本人には理解できないかもしれませんが、アマルテアの国王とはデナリィという少数民族の族長が務めるさだめ。アマルテア国王に挑んで倒せば国王が交代するという、とても古い、単純明快なしきたりに則り、精霊に育てられた、ひとの愛を知らぬ青年は、若くして国王になったのです。
国王は世界樹を攻略するため、異世界から侵攻してくる軍隊を迎え撃ちました。大国から次々と送り込まれてくる大軍を向こうに回し、たったひとりで戦いました。大国の誇る兵士たちはだれも国王には勝てず、みんな倒されてしまったのです。
国王になった青年の強力な爆破魔法の前に、為す術もなく倒されていったのです。
そんな戦いに明け暮れていたある日、国王になった青年は、美しいエルフの女性が瀕死の重傷を負って倒れているのを見つけます。その美しさに心を奪われた青年は、寝ずの看病をし、命を助ける過程で恋に落ちました。だけどまさかその美しいエルフの女性が、世界樹を攻略しに来た敵だったとは思わなかったのです。
美しいエルフの女性は、身体が動くようになるとお礼も言わず青年のもとから去ってしまい、再び精霊に戦いを挑んで敗れました。止めを刺されようとするところ青年が間に合い、敵であるエルフ女性を助け、そして二人は恋をして結ばれました。
国王になった青年は生まれて初めて愛を知ったのです。
それからしばらくするとスヴェアベルムからの侵攻も穏やかになり、平和な日々が続いたこともあって、国王は3人目の妻を娶り、そしてとても可愛らしい、玉のような赤ちゃんが生まれました。
愛を欲して、ぬくもりを求めていたあの小さな男の子が成長し、3人の美しい妻を娶った夫となり、人の親となったのです。溢れんばかりの愛情をそそぎ、絶えることのない温もりで家族を守り、ここに人生の至福を得ることができたのです。
物語りがここで終われば、とてもいいロマンスですね。
だけど雲行きが怪しくなります。
国民に愛される強い国王と美しい3人の妻、そして可愛らしい姫殿下のいる小さな国に、突然の不幸が襲いました。国王とこの小さな貧しい国は、あろうことか神の怒りを買ってしまったのです。
神々の怒りは、まだ幼い姫殿下に向けられました。
そして姫殿下は儚くも命を奪われてしまったのです。
悲しみに暮れた国王は、国中が喪に服す中、世界を統べる神を相手に報復を仕掛けました。
そして、国王は四つの世界で初めて、神殺しの大罪人となったのです。
そのような恐ろしい罪を犯したものを世界は許しませんでした。まずはザナドゥすべての国が、この国王の治める、小さく貧しい国に向けて兵を送りました。国の規模からすると簡単に滅ぼされてしまうほど戦力差でしたが、しかし簡単にはいきません。
愛を知った国王は自らの国と、国民の未来を守るため必死の抵抗を見せ、何千倍いいえ何万倍もの国力を誇る大国をいくつも敗戦に追い込んで行ったのです。
快進撃を続ける小さな国のもつ力に危機感を覚えたのは、ここ。スヴェアベルムです。
スヴェアベルムは、私たちの故郷である地球、つまり日本のある世界『アルカディア』と手を組んで、この神殺しの反逆者を討つため、小国アマルテアに500万もの大軍を送り込みました。アマルテアの人口が戦うことができない老人から乳飲み子を含めた全ての国民を合わせても50万程度だったことを考えると絶望的な戦力差でした。
しかしそれだけでは飽き足らず、災害級の力を持つ『十二柱の神々』と呼ばれる四世界でも最高の戦力が、すべての世界の秩序を守るため戦いに参加したことにより、この国王の治めていた小さな美しい国アマルテアは、まるでバッファローの群れに踏みつぶされるアリの巣のように蹴散らされ、為す術もなく滅んでしまいました。
アマルテアは、女、子ども、老人に至るまで全ての国民は捕まって首を落とされ、美しかった国土は花咲く丘も、農地も、樹海ですらも焼き尽くされました。そして人々の信仰の対象だった世界樹が焼かれ、枯れ落ちても憎しみの連鎖は止まるところを知らず、国王になった青年と美しい王妃たちが十字架にかけられ火あぶりにされるまで殺戮は続けられました。
国王になった青年が倒される頃になると、ザナドゥは世界もろとも焼き尽くされ、夜も昼もなく、ただ暗闇だけが支配し、音もなく灰だけが降りしきる、まるで冬のような世界だけが残ったと言われています。
世界樹と精霊が守っていた生命の源流たる不死の秘密は神々の戦利品となり、最高神ヘリオスの手よってどこか別の場所へと持ち去られ、美しかったザナドゥは滅びました。
全てが灰に埋まって滅びました。
滅亡してしまったのです。
国王になった青年は、愛も、ぬくもりも、命より大切な娘も、国も、自分を愛してくれる民も、のどかな暮らしも、小さな幸せも、未来も、何もかもを奪われてしまいました。
全てを滅ぼされてしまったのです。
スヴェアベルム人の手によって。
精霊の弟子だったルーは、弟のように一緒に育った青年を助けることもできず、戦いからただ逃げていたことを悔やんで、ただずっと、何年も泣いて暮らしました。
何年も何年も、ずっと泣いて暮らしました。
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