12-12 苛立ち(2)
イカロスの歴史語り、長台詞をカギカッコにしたくなかったので2つに分けてみました。
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~太古の昔、アシュガルド帝国が興される以前、ここにはソスピタ王国という大国があった。
ソスピタは異世界で小さな国を相手に政治的圧力をかけ、小さな紛争を起こしたことから神話に語られるほどの大戦を引き起こす原因となった国だった。そう、書庫にある神話戦争の本を読んだものも多いと思うが、その大戦を引き起こしたのは、帝国以前ここにあったソスピタ王国だった。
大戦の中期、敗戦に次ぐ敗戦で疲弊したソスピタ王国は、国力が衰えたことで周辺に従えていた属国が反旗を翻すと、一気に崩壊して国家の体を為さなくなり、事実上ソスピタ王国は崩壊してしまう。
そのあとは童話や子供向けの物語でよく語られる破壊神と英雄が戦う神話戦争の話があって、この世界そのものに危機が訪れる。
日本人には信じられない話だと思うが、あの話は実話をもとにして書かれたと言われている。
戦争が終結しても降灰による寒冷化で作物も満足に育たず、人類は滅亡の危機に陥った。
そんな時代だ、人々は生きるというたった一つの目的のため略奪と盗賊行為で食いつなぐしか方法がなかったんだ。この世界ではたった一握りの麦を奪うために集落ひとつ焼き払われることすら普通にあったという。
それから数年後、降灰がおさまり、大地を明るく照らす太陽と抜けるような青い空が戻ると、ソスピタ王国のあった土地、つまり力の空白地では、再び領地拡大と豊かさを得るため群雄割拠の時代が訪れた。
スヴェアベルムでは戦国時代が長く何千年も続き、荒廃した世界の略奪され尽した何もないような土地に、ひとりの青年が剣をもって立ち上がった。
混沌の時代の寵児、シャーロック・アシュガルド。
アシュガルド帝国初代皇帝にして、混沌とした時代に光をもたらした英雄。
この青年がたった一代で成し遂げた功績は現在も伝説として語り継がれていて、アシュガルド帝国では最も人気のある英傑として語り継がれている。
その英雄と人気を二分するのが、先の大戦が終わってからも、ずっと力によって蹂躙され続けたソスピタの民が心のよりどころとして人々の心に根強く信仰され続けた女神ジュノーだった。
女神ジュノーはその名を ジュノー・カーリナ・ソスピタという、見事なまでの赤い髪に、見る者を魅了するほど美しいと称えられ、ソスピタ王家に生まれた魔導の天才として名を遺している。
女神ジュノーは魔法の起動式を考案し、この世界に住む数多の平民にも魔法を降ろしたという伝承があって、この厳しい世界で生きて行くのに魔法は欠かせないものであることから、女神ジュノーは実際この世界に生きた何万年も前から現在に至るまでずっと人々の生活を助け続けているんだ。
魔法を考え出して、この世界の人たちに教えたのだ。たぶん私たちの暮らしていた地球でも、そんな奇跡を起こしたような人物がいたとしたら立派な女神として崇め続けられるだろうね。
信仰する者が最も多い女神の代表格で、神聖女神教団も、隣国シェダール王国にある神聖典教会も、女神ジュノーを唯一無二の絶対神としている。
日本でいう神とは形のない精神的なものを指すことが多いが、この世界の神は真の意味での現人神だ。つまり実在の神がいて、その力と功績を讃えることで信仰としている。
アシュガルド帝国は戦国時代ともいえる群雄割拠の時代の勝者となり、ユーノー大陸東部一帯を支配する超大国となったが、現在に至るも国家の中枢を担うのはソスピタ人であることから、ソスピタ王家の証である赤髪の男子が生まれてくると、帝国の要職に就き、赤髪の女子が生まれてくると皇族や大貴族たちが年端もゆかぬうちから求婚に殺到するというほど赤い髪には価値があった。
なぜなら赤髪の生まれてくる家系を紐解いてルーツを遡ってゆくと必ずやソスピタ王族にたどり着くのだから赤い髪は亡国の証、過去の栄光、そして女神ジュノーを傍に感じることができる忘れ形見のようなものだ。
もちろん神話大戦中期に戦火を逃れるためアルカディアへと避難したまま消息不明となっている王族も多いという言い伝えが残っているのだから、赤髪の女子で、しかもその出で立ちが容姿端麗であり、更には高位の治癒魔法を使いこなすなど女神ジュノーの再来と言われるに相応しい人物であるなら尚さら、この世界では権力の象徴となり得る。
つまりだ、
ソスピタ王国というかつて栄華を究めた王国を土台にして出来上がっているこの国で、女神ジュノーがそうであったと伝えられる、ソスピタ王家の証、赤髪の治癒師が、さらにはその娘が美しければ美しいほど、この国の権力者はみんな、喉から手が出るほど手に入れたい権力の象徴なのだ。
この国の皇族やソスピタ派のお偉方に、あの柊という娘を見られた時点でもうサガノを殺してでも赤髪の柊を奪ってこいというのは当たり前の事なんだ。
◇◇◇◇
イカロスが話してる最中だったが、我慢できなくなったのだろう、瀬戸口は侮蔑の含んだ声を上げた。
「話が飲み込めてきたけどさ、その話は喉から奥へは入って行かねえっス。丁度このへんで詰まっちまって、俺ぁ吐きそうなんスけどね……。つまりナンですか? 嵯峨野を殺して柊を奪おうとしたんスか?」
「まてまて、女を奪ってこいという密命を受けていたのはハルゼルだけで、他の4人は戦場に着いてからそれを知らされたんだ。何かいやな空気は感じていたのは確かだが……、最初から同郷の日本人を殺そうだなんて考えてなかった。私たちはまず弟王に女を譲れと説得するつもりだったんだ。まあ、こんなこと言っちゃいけないのだろうが、どうせサガノはノーデンリヒトで戦死するだろうと思われていたし、私たちもその件では苦虫を噛み潰す思いだったんだ」
しかしストレートに話したのは間違いだった。生徒たちは日本人として生きてきて、帝国に召喚されてからまだ1か月余り。奴隷制が横行しているような世界では身分不相応な女を連れていること自体が無礼であること、それほどまでに価値のある女を連れているということは権力によって奪われることも当然覚悟しておかなければならないという弱肉強食の理論がまだ理解できないのだ。
「私もなんだか吐きそうになってきた。この国どうかしてる。女ってだけでモノ扱いしてさ」
汚いものにツバを吐いたような中堤の言葉に、イカロスは自分の考えを聞かせてやることにした。
「んー、そうだね。諸君らにはまだちょっと理解できないかもしれないが、この世界の身分制度を端的に説明すると、男も女も、奴隷も商人も、そう兵士たちもだ。みんな平等に『モノ』といって差し支えない。何が平等なんだと言われるかもしれない。だけどがモノ扱いされるという観点では、奴隷も私らもなんら違いはない。等しく『モノ』なんだ。納得いかないだろうけど安心してくれ、女だけが『モノ』という訳じゃあないよ。私たちは『駒』と言われたりもするがね……」
イカロスはここまで話してチラッと逢坂美瑠香の顔色を窺ってみた。
自分の可愛い生徒たちを指して『モノ』と言わた気分はどうかと、顔色の変化を見たかった。
しかし逢坂美瑠香は表情を変えずただ黙り込んで座ってるだけだ。
「なあイカロスさん、それじゃあ誰もあんた方の味方はできない。最低だ。弟王っていったい何なんだ? 最低のクズ野郎がこの国を治めてるって事なのか?」
「生まれて初めてサガノの味方したくなったぜ俺ぁ……」
「おいおい、口を慎め。そんなこと絶対口に出して言うなよ。外部に漏れたら大変なことになる」
中山に続いて瀬戸口も同じようなことを言ってイカロスを非難した。しかし逢坂美瑠香の反応はどうだ、眉ひとつ動かさず、それで当然とでも言いたげな表情を崩さない。イカロスとしては中山や瀬戸口なんかよりも逢坂美瑠香にもっと強く非難されると思っていたのだが。
なんだかこの予想外の静けさに、空恐ろしいものを感じた。




