02-07 妹ができたことを報告しなければ
20170725,20181129 改訂
2021 0727 手直し
アリエルがパシテーとともにアリーナに戻ると、自習を言い渡されていた1、2年生たちが気付いて、まるで海が割れるようにという表現通り、人垣が割れざっと道がひらいた。アリエルは同い年の少年少女たちを見て倒れそうになった。アリエルは中身28歳のおっさんなのに、同級生というのが本当に、あらためて本当に本当に子どもだったのだ。
こんな子たちとお勉強したり、友達になって遊んだりなんて絶対にできない。
いや、何度見ても子どもは子どもだ。体は子ども! 頭脳はおとな! の名探偵さんの憂鬱な気持ちなんて、もしかすると同じ境遇を味わわないと分からないかもしれない。もしロリショタな性癖があったとするならば、この状況に変な期待をしてしまうのだろうけど、残念ながらそんな性癖はない……。よって、アリエルには絶望しかないのだった。
パシテーは見た目JSだが、中身16歳だ。この世界だと15歳で成人ということになっている。
しかも14歳で結婚して出産するなんてことも珍しくないのだから、もしかするとこの世界にはロリコンというカテゴリ自体がないのかもしれない。
子どもたちと目を合わせないように前を直視すると、人垣の割れた先には教育長が立っていた。
実技の先生が2人とも不在なので教育長が2学年を同時に見ているようだ。
教育長はアリエルたちがいるのに気付くと正面に向き直った。
出来ることならぐるっと回って端っこから近付こうかと思ったが、やっぱりこの人垣の割れたところを通らないといけないらしい。
パシテーが背中をちょいと押して、はよう行けと催促するので、仕方なく、少し早足で人垣の割れた谷間をまるでモーゼのごとくスタスタと渡ることにした。
ただ目の前を歩いてるだけなのに前の子の背に隠れたり、今にも逃げ出そうとしてる子までいる。
トシの近い子らはどうやらアリエルの事を恐れているらしい。アリエルはこの世界に生を受けて10年の間、友達もできた試しがなくずっとひとりぼっちだったので孤独には慣れている。だけど嫌われてしまうとこれはこれでキツい。
「なんか針の筵を歩いてる気分だ」
「なに? それ」
この国には針の筵なんて無いということが判明した。ま、日本に住んでいた頃にも実際に見たことはないのだが。
アリエルはカリプソ学長の前に立つと、やっぱりちょっと緊張してきた。パシテーとの模擬戦は明らかに失敗だったし、飛び級が認められないとしたら、1年生からということになる。そうなると最悪、10歳の子どもたちと一緒に、中等部を卒業するまで、5年もここの学校に通わないといけないとか、悪夢だ。
アリエルは恐る恐る、カリプソに聞いてみた。
「えーっと、俺はこれからどうすれば……? いいでしょうか」
「ああ、ベルセリウスくん、飛び級の試験は合格だよ。5年生のクラスに編入されることになったが、選択する科目によってどの学級になるかはまだ分からないから、正午に教育長室にきてもらえないかね」
よし!
アリエルは内心でガッツポーズしながらも、ほっと胸をなでおろした。
よかった、本当によかった。
「正午に教育長室ですね。わかりました」
「うむ、ところでパシテー先生、怪我はなかったですか?」
「はい、ご心配をおかけしました。大丈夫です。私、このあと授業なので失礼します」
「そっかパシテーは授業あるのか。正午までまだ時間あるから……俺はちょっと師匠のとこへ顔出しに行くとするよ」
こんなに人の多いところで気配察知するのはものすごいストレスだし、気配で判別できるのは余程親しいひとじゃないと分からないのだけど、気配察知は師匠で練習したんだから、師匠の気配は判別がつくつもりだ。
アリエルは目を閉じて精神を統一し、師であるグレアノットの気配を探ると、それこそ無数にある気配の中から一つ、よく知ったマナの輝きを探知した。魔導学院とは違う、中等部と同じ敷地内にいることにちょっと不審に思ったが……。
「それでは、俺もここらで失礼します」
アリエルは同年代の生徒に嫌われてしまったと知り、クィっと回れ右して踵を返し、ツカツカと足早に歩いてアリーナを出た。どうやら転生した異世界でも同級生からは浮いた存在になってしまったようだ。
ぼっち確定……。まあ分かってた事だし、どうせ10歳の子どもたちとは友達になんかなれない。
師匠の気配を頼りに校内を探索する。
教室棟とは別棟になっている2階建ての建物だ。引き戸があってそこに入ると気配の出処は魔導教員詰所の札が付いた部屋からだった。
ヒネリがない。
ノックをしてドアを開けるとまるで冒険者ギルド、マローニ支部長室を見るような印象の、何と表現すればいいのだろう、いくつもある机の上が全て書籍や書類が山積みになって占拠されている。まるで仕事に埋もれた机のように見えるが、こんな煩雑な机じゃ仕事なんて捗るわけがない。この本の山が魔導書じゃなく、ちょっとエッチな挿絵が挟まれたライトノベルだったならある意味天国と表現してもいいのだろうけれど、きっとそんなうまい話はない。煩雑に積み上げられた書類はきっとクソつまらない仕事の書類なのだろう。
室内には師匠とあと、たぶん魔法の先生なんだろうな……、と思う人が1人。他の机の主は出払っているようだ。アリエルがグレアノット師と目が合うとグレアノットは書類の手を止めず、目で『こっちゃ来い』と合図し、愛弟子を迎え入れた。
「なんじゃ? パシテーの事かの」
「はい。ひとつ報告がありまして、俺、飛び級が認められて5年生からのスタートらしいです。あと、師匠のおっしゃるとおり、パシテーの事なんですが。いきなり預けると言わて安請け合いしたまではいいけど、今後どうしたらいいのか全く分からないのでアドバイスが欲しくて」
グレアノット師はいったい何をアドバイスする必要があるんだ? とでもいわんばかりの呆れ顔で答えた。
「飛び級の話は……おぬしを採点したのはわしじゃでの。合格は当然じゃろうて。ところでアリエルは一人っ子じゃったの。では前世を生きたサガノミツキはどうだったんじゃ?」
嵯峨野深月の妹、真沙希が3つ下にいる。
アリエルはグレアノットに言われるまま懐かしい妹の事を思い出す。まったく、10年間も会ってないのだから今、23歳になっているはずだ。兄が言うのもなんだが、そこそこ美人になる素質は備えている、13歳にして家事も洗濯もそつなくこなす、生意気なところを除けば、よくできた妹だと思う。
「妹が一人」
「妹がいるのに何が分からんのかの?」
アリエルはひとつ"なるほど"と留飲を下げた。この世界では5つも6つも年上の妹が普通に『あり』なのだ。それならば大丈夫かなと。
「できればお主の家にパシテーの部屋を用意してやってほしいが、お主も居候じゃったか。まあ、頑張れとしか言いようがないの」
「どう頑張れってんですかー」
要するに、ちゃんと受け入れてやれという意味なのだろう。
帰ってビアンカに報告して、ポーシャにお願いして、シャルナクさんにもお願いして、パシテーの居場所を作ってやる。そうすれば恐らく頑張ったことになるのだろうか、そもそも論として子どもの側であるアリエルが家族に妹弟子ができたので同居させてくれだなんて、本気で通る話なのかと。
グレアノット師匠は真っ白な髭を撫でながら、うつむいて考え込んでしまったアリエルに問うた。
「……のうアリエル、天才とは孤独なもんなのかの? 天才でないわしには理解しようもないことじゃが、パシテーな、あれも努力を惜しまぬ天才での、そして孤独なんじゃよ。あれの笑った顔を誰も見たことがないんじゃ。あれは、世界を憎んでおるからの」
ああっ、パシテーをうちで預かるかどうかという話はもうとっくに終わってる。
アリエルはこの世界での師匠と弟子の上下関係についてハッキリ理解した。完全に封建的であり、師匠の命令は絶対、反論は許されないし、議論する余地などさらさらないということか。
だけど……、ちょっと気になる言葉があった。
「世界を……憎む?」
「あれの心には闇を感じる。何やら大変な悲しみに取り込まれておるようじゃ。その姿を見ておると、なんだかお主に似ておるような気がしての」
グレアノット師匠は、アリエルとパシテーを似ていると言った。その理由は大変な悲しみに取り込まれているからだという、なんだか漠然としたものだったが、アリエル自身がまずそんな悲しみに囚われているなんて自覚はないのだが……。確かに前世で事故死したけれど、死んだのは自分だから悲しみに囚われているかというと、ちょっと違う気がする。
「俺にあるのは後悔と絶望だけですよ……」
「ほれ、似た者同士よ」
パシテーが世界を憎んでいる? と聞いたとき、アリエルにはまだ少しどういう意味なのかよく分かっていなかった。師匠はそんなパシテーを明後日には預けるという。寝耳に水といった類の急な話だ。
なにやら明日には新任の先生が来るから、引き継ぎに一日かかって、翌日になるらしい。ということは今日中にあらかじめ根回しをしておいてパシテーの居場所を作っておかないといけない……ということだ。
「分かりました。パシテーの居場所は俺が作ります。それでは教育長に会わねばなりませんのでまた」
「ん。いつでもくるがええ」
グレアノットとパシテーのことでしかと約束を交わしたアリエル。
威勢だけはよかったが……。
「うーん、だけどビアンカになんて言えばいいんだ……」
などと言ってみたところで何も解決しない。犬や猫を拾ってきたのと訳が違うのだ。2年前、グレアノット先生の弟子になったよーって言ってあるけど、そもそも妹が出来たとか、そういうのは普通、親の側が言うべきことで、子どもの方から報告すべき事じゃない。
師匠はパシテーを預けると言った。つまり、二人で一緒に魔法の鍛錬をしろという意味だ。
パシテーはとにかく[スケイト]を使えるようにならないと、どこに行くにせよついて来られないだろうから、明後日から早速[スケイト]の練習させなきゃいけないか。ってか、魔法鍛錬のプランも考えている自分に気が付いた。なるほど、兄弟子というのは斯くあるべしということだ。そう思うと、なるほどグレアノット師の考えそうなことだと妙に納得した。
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ボッチ確定したところでひとりブツブツ言いながらパシテーの[スケイト]学習プランなんぞを考えていたら正午近くなってしまった。
考え事は後回しにして、いったん教育長室へと向かう。しかしなんで魔導教員詰所と職員室は離れた場所にあるのだろう、もともと魔法の先生は魔導学院からくることになっていたらしいから、なんとなく大人の事情があるのだろう。
アリエルは魔導教員詰所から職員室まで、このマローニ中等部学校の敷地内では対角線に近い距離を移動した。もちろん徒歩である。スケイトを起動して、小さな子どもをはねてしまったりしたら大変だし。
―― コンコン
さっきと同じように獅子のドアノッカーは使わない。獅子が輪っかを噛んでるところなんて見たことあるのかと問い詰めたくなってくる。どっちかと言うと、鼻に輪っかが通っている牛なら見たことがある。
なんであんな不自然な絵面がドアノッカーの代名詞みたいに有名になってしまったのか、その理由を説明してくれる人がいたら会ってみたいものだ。
「どうぞ、入りなさい」
カリプソ教育長の声がした。
「失礼します、アリエル・ベルセリウスです」
教育長室は魔導教員詰め所とは比べ物にならないほど整頓されていて、一言で言うと、物が少ない。そう、整理整頓のコツは物を減らすことなんだという事がハッキリ理解できるほど大きな差だ。まあ、逆に、これだけ物が少ないと、ちゃんと仕事をしているのか? という疑いがかかってくるのだが、お客さんを招いて話をするための部屋だということを考えると、そりゃあ乱雑に物を置かれるよりも、きれいに片付いているほうが機能的だ。
「おお、時間に正確だね。どうぞ、掛けなさい」
ソファーに掛けようとすると、テーブルにはすでに書類が用意されていた。
この書類には授業の時間割が書いてあって、手に取ってみると、社会学と地理の日が同じ、剣術と魔導が同じ日に固められた時間割になっている。
なるほどと思った。
時間割がこうなっているから、仕事をしながら学校に通えるのだと。
でも逆に風邪ひいて1日休むと取り返せなくなりそうな気がせんでもないが、出席日数が足りなくても留年させられることはないのだからこれはこれで理にかなっている。
地政学と地理で半日。これは日本に帰る方法を探して旅に出ようとしているアリエルには必須科目だ。
薬毒植物とハンティングの授業が同じ日にある。迷宮学? 知らない学問がチラホラとめにつく。
この世界の経済学と文学には少し興味があるけれど、算術はたぶんいらない。歴史もあんまり興味ないけれど、神学という科目まであるのには驚いた。なるほど、この世界では普通に神が信じられている。
マナーの講義も月イチであるようだが、面倒だからこれは取らないことにした。
まあ、面倒だからイラネなんて考えてる輩にこそ必要な科目なのだが。
「えーっと、地政学と地理、あと薬毒植物とハンティングと、迷宮学というのを受けたいです」
「ふむ。それぜんぶ星組の授業ですね。それらの授業を取るならば星組に決定しますが?」
どうやら取りたい授業が別のクラスの授業に被るときはクラスを移動して受けなきゃいけないらしいのだけど、アリエルの受けたい授業は全部『星組』の授業なのだそうだ。
授業は月曜と火曜に纏まっててどちらも午後からの授業。午後は13時からなので重役出勤だ。
今日は月曜だから明日から。明日の午後、教員詰め所に来るようにと言われた。
そして5年星組の担任は……実技試験を担当してくれたアデル・ポリデウケス先生だという。
剣術と魔術の授業は必修だけど、免除してもらえた。もちろん『必修』を免除するというだけなので、基本的には授業に出なくちゃいけないのだとか。これが日本の高校だったらダブり防止の免罪符をもらったと大喜びなのだが、実技免除なのに授業に出るだけというのはもっと面倒な気がする。
制服は来週までかかるそうだが、それまでは清楚な普段着で登校すればいいらしい。
「では、ベルセリウスくん。キミはたった今から我が校の生徒です。ようこそ、マローニ中等部へ」
教育長カリプソは前に立ってそう宣言すると、右手を差し出し、堅く握手を交わした。
飛び級も決まって、クラスも星組と決まったのだけれど、まだ頭の痛い問題が残っている。
アリエルは問題を解決するため、教育長室を出ると学校を飛び出し、まっすぐベルセリウス別邸へと向かった。
途中でいろいろと考え事をした。そもそもパシテーって師匠に預けると言われて安請け合いしてしまったのだけど、あの子の親にはどう言えばいいのか。その辺の情報がすっぽりと抜け落ちているのもアリエルの混乱に拍車をかけている。
10歳の男児だけど、中身は28歳のおっさんだってこと、グレアノット師匠は知ってるのに、普通一緒に住まわせるなんてことしないと思うのだが、さすがに変わり者ということで知られるだけのことはある。
アリエルが頭をかかえながら帰宅するとポーシャが扉を開けて「おかえりなさいませ」と応対してくれた。また服をダメにしちゃったので一言謝ってから、[ストレージ]からボロボロに破れて焼け焦げた服を取り出した。
「アリエルさま、あまりワンパクが過ぎますと奥様が心配されますので自重ください」
まあ普通、こんなにボロボロに焼け焦げて帰ってきたら心配するだろうけど、虐められてるわけじゃないから心配しなくていい。ただ同い歳の子たちには相当嫌われてしまったことまでは言えなかった。
「ポーシャ、ごめん、15分後に母さんの部屋にきて。ちょっとお願いがあるんだ」
「はい。15分後ですね。かしこまりました」
ポーシャのほうは予め15分後にタイマーセットしておいて、まずはビアンカの部屋に向かう。
「母さん、ただいま」
ビアンカの部屋に入ると今までゴロゴロしてたのか、ビアンカはベッドに腰かけたまま扇子で風を起こして涼んでいた。ずっとノーデンリヒトで暮らしていたせいか、ちょっと湿度の高いマローニの気候では少し体温調節が難しいようだ。
雑談の中で学校のことをいろいろ聞かれたので、ありのままに編入試験で特待生が決まったことを報告した上で来年卒業だと言ったら驚いてたけど、父さんと母さんの子だから優秀なんだ! で押し通した。
さあ、ここからが本番だ一言一句、間違えられない正念場だ。心を落ち着けるために一度深く深呼吸をしてから話し始めた。
「実はさ、そう言ってはいられなくなったんだ母さん。実は妹が出来たんだ」
……。
アリエルは流れる空気の変質を敏感に感じ取った。
ビアンカの気配が変わったのだ。
どんよりとした負のオーラが感じられる。これは怒りの感情だ。
唇の片方の口角がピクピクと痙攣している、この反応を見るにパシテーを家に入れるのは絶対にむりじゃん。頭から食い殺されるよ絶対……。
「トリトンがどこかの女に産ませたのね?」
「ええっ!?」(なんでそうなる?)
瞬時にビアンカから発せられる気配が殺気含みになり、その殺意の強さに膝が笑ってしまいそうだ。ビアンカは目は笑っているように見えるのに、そのオーラが物の怪の様相を呈している。
ビアンカはすっくと立ちあがると無言で早足になり、クローゼットを開けて奥に立てかけてあった剣をソードベルトごと取り出し、それを鞘から抜き出して刃の裏表の輝きを確認すると、鯉口をカチンと小気味のよい音を立てて戻した。
わかった。これは誤解だ。ビアンカは誤解している。
「母さん、ちょっとまって、落ち着いて、ねえ話聞いて。えーっと、急な話なんだけどさ、俺がグレアノット師匠に弟子入りしたのは知ってるよね? で、俺が一番弟子で、その後に二番弟子が入って、その子が俺の妹弟子なんだってば、父さんは関係ないからね。父さんの周りは男ばっかりだからね」
「ああ、なんだ、良かった。そうなのね。母さんちょっとびっくりしてトリトンを殺しに行ってしまうところだったわ。ホッとした。兄妹弟子ってことね。で? もしかしてうちで預かることになったの?」
アリエルはやっと落ち着いて話せるようになったビアンカに、まずは高弟になったことを報告した。これが実は簡単なことではなく、本来なら親戚郎党こぞって祝いの席を設けるほどの大事で、とても名誉なことなんだとか。
「そんなことよりも母さん恐ろしいよ。お転婆だったって話はいろいろ聞いてたけど、母さんの影に物の怪が見えたよ」
「へえ? そんなこと誰がいったの?」
まだ物の怪が消えない!
「ウソです。だれも言ってません」
「いけないコね……、でも部屋の用意はしないとだね」
「住まわせてもいいの?」
「当たり前よ? エルはノーデンリヒトで育ったから知らないかもだけど、剣術や魔導の師弟関係ではそういうことはよくあるの。グレアノット教授って、王都魔導学院ではけっこうな実力者らしいからね、そんな先生の高弟になるなんて、将来は約束されたようなものだわ」
当たり前なんだと。
驚いたことにこの世界ではこれが当たり前で、とても名誉なことなのだという。
パシテーの生活面はアリエルではなく、ベルセリウス家が責任をもってみてくれるそうだ。でも元服したら兄弟子自らの稼ぎで妹弟子の生活を見てやらなくちゃいけない。
ちなみにこの世界の元服は15歳から18歳、自分が一人前になったと思った時に元服するのだという。日本では20歳で成人だったけれどこの世界はいろいろと早い。いまこうやって話してるビアンカも13歳で嫁に出されて14でアリエルを産んだのだから。
「おれ将来はホームレスの旅人になる気なんだけど?」
「はいはい、分かりました。で、その子はいつくるの?」
「明後日かそれ以降だと思う」
「あら、急な話ね」
「そうなんだよ……」
―― コンコン
「アリエルさま、お呼びでしょうか」
ここでポーシャがタイミングよく登場した。時間設定がバッチリだったようだ。
「ポーシャ、いいところに来たわ。エルがグレアノット教授の高弟になったのよ、それで明後日には入り弟子がくるらしいの」
「アリエルさまなら当然の評価です。でもちょっと急ですね。では私は早速本宅のほうへ行って当主さまに客室の一室を使わせていただけるよう、お伺いを立ててきます。その他の準備はクレシダに言い含めておきますから。……急がねばなりませんね、では、私はこれで」
「俺は? 何をすれば? いまから関所まで飛ばして父さんに報告しようか?」
「あ、それもいいわね………あっ、ちょっとまって、それはやめて。どうせまた妹ができたとかで誤解されるわ。トリトンのことだから絶対に血相変えて走ってくるわよね。エル、ダメです。父さんには、妹弟子といっしょに挨拶に行きなさい。いいですね」
無茶だ、パシテーは『スケイト』を使えないはずだから、ノーデンリヒトまでつくのに20日かかる。これは厳しいな『スケイト』から練習させないといけなさそうだ。
「でも……なんで?」
「父さんが心労で倒れるからです」
「んー? なんだかわからないけど、わかったよ」




