12-08 重要な情報
イカロスは当初の目的だった戦力の補充を諦め、勇者二人を主なターゲットにし今日のところは死なない程度にシゴキ倒してやることで先輩の務めを果たした。
中山たちにとっては、実に1か月ぶり、嵯峨野深月との決闘に敗れて以来の大敗だった。
普段、訓練で相手をしてくれるタマキや一般の第三軍兵士たち、そして同じ宿舎に住んでる戦士の先輩召喚者たちとはまったく次元の違う戦闘力を見せつけられただけという結果に終わったが、イカロスからは学ぶところが多く、生徒たちを補助する文官として貢献することを決めた逢坂美瑠香以外はだいたいが体力の限界までその身をもって己の弱さを学習した。
「では皆さん、ちょっと早いですけど午前中のプログラムは終了です。午後はプログラムが変更になりました。普段着で構いませんから時間通り別棟の談話室へ集合してください」
「はあ、はあ、なあ瀬戸口、同じ勇者だと思って高を括っていたが、なんだありゃ? バケモンじゃないか。俺たちはあそこにまで到達できるのか? 本当に」
「知らねえ。分からねえ。どんだけ強くなればいいのかも分かんねえ……」
中山、瀬戸口たちはみんな午前中、時間いっぱいまでやらずに30分も早く戦闘訓練を終えた。
何のことはない、もう体力の大半を使い果たしてしまい、これ以上続けても身に付くことは何もないと判断されたことで、時間より早く切り上げられただけのことだ。
17人の疲労困憊した生徒たちは午後からのプログラムが座談、座学だったことを心から感謝した。
だいたい訓練施設の昼食は午後にも力を出すため肉食が主なのだが、今日に限ってはこんな脂っこいもの、非常に喉の通りが悪く、中には吐いてしまうような生徒までいたという。強化魔法を展開したうえでそこまで追い込まれるなんて考えてもいなかったこと。
クラス全員、誰も口には出さなかったが、みんな思ってることがあった。
1か月前、嵯峨野深月とのイザコザを経験し、あの日みんなして死にかけた。
その時、自分たちの無力は確かに思い知らされたはずで、それ以降、訓練に手を抜くような仲間はただの一人も居なくて、マナの使い方を憶え、強化魔法を練り上げることで、もう一度嵯峨野深月と立ち会ってもそう簡単にはやられないぐらいの自信はあった。それなのに、戦闘経験のある者にはまるで通用しなかった。
自分たちは強いはずだ。それはタマキだけじゃ足りない時、訓練に付き合ってくれる体の大きな衛兵たちと立ち会ってみるとよくわかることだ。
この世界の兵士たちは、15歳の、実戦経験のない少年少女たちと戦ってもまるで相手にならない。
特に中山や、瀬戸口たちは顕著にその力を発揮し、兵士たちを圧倒していた。
動体視力が違う、反射神経が違う、そして動きのスピードがまるっきり違うのだから、剣を持った戦いで帝国兵たちが召喚者たちに敵うわけがないのだ。
確かに自分たちは強いはずなのに、相手が日本人の勇者となると、逆に圧倒されてしまう。
まだまだ自分たちが強いなどと、いい気になるのはまだ早いと、逆に思い知らされただけだった。
クラス全員、口数少なく昼食をとり終えたあと、泥だらけになった装備品を手入れし、シャワーを浴びるなどして、身体を休める時間もなく、丘の上に併設された別棟に繋がる通路を経由して全員が時間前に談話室に集まった。
1か月前の決闘騒ぎで屋根までフッ飛ばされた建物だが、工兵のおじさんたちが迅速に修繕したことで今は新築のような佇まいを見せている。
談話室には机なしの椅子のみ並べられていたので、ノートをとったりなどという戦術の話をするわけでないことは分かった。
つまり座学ではないということだ。
時間に丁度。誤差と言えば数十秒あるかないかという、この世界のアバウトな時計にピタリと合わせて談話室に入ってきたのは、先ほどこのメンバーをコテンパンにシゴキ倒した騎士勇者イカロスと、そのあとに逢坂美瑠香先生と、世話役だったけれど、教官たちが出払ってしまったおかげで、現在補佐官という役職に就いているらしいタマキ。
全員分の椅子が準備されているので、子どもたちはいま入ってきた3人の大人たちと対面するような配置で全員が等しく椅子に腰かけるという形になった。
「注目!」
「ああ、タマキ。そんな大声出さなくたっていいよ。午後からはゆるくいこう。座談会ってやつだ。戦闘の話になるかもしれないけど、私が聞きたい話はそんなことじゃなくて、諸君らが日本に居た頃の話や、学校での話なんだ。思い出話と言ってもいい。ただ、ここは一応軍隊だから、思ったことを正直に答えて欲しい。それがたとえ、友達を悪く言うような事になってもだ。いいね?」
イカロスは椅子にどっかりと腰を下ろすと、同じように談話室にいて話を聞くまだ年端もゆかぬ高校1年生の子どもたちを前に、ひとりひとりしっかりと目を見て、気後れしている生徒がいないことを確かめると、少し声のトーンを下げて単刀直入に話を始めた。
「じゃあ質問だ。嵯峨野深月のこと。彼についてよく知る者はいないか? なんだっていい。小学生、いやもっと以前から知ってる者はいないか? 仲が良かった者は誰だ?」
いきなり嵯峨野深月の名を出されて、クラスメイト全員、喉から出そうになっていた言葉を飲み込んでしまうような緊張感に曝された。
さっき午後からゆるくいこうなんて言っておきながら、この大人は最初からとてもゆるくなんて話せないような話を振ってきたのだ。後ろの方で何人かの生徒が顔を見合ってる程度。目配せをしているぐらいで、誰も我先にと話を始めようとしない。
「おいおい、諸君らはクラスメイトじゃなかったのか? じゃあ、小学校、中学校の頃から知ってる者は手を上げて」
手を挙げたのは3人。声もなくただ前に座っているイカロスに手のひらを見せるという形での挙手、つまり乗り気ではない気分をあらわしている。
個人評価4位を得ている瀬戸口良明と、まだ戦士にも認定されていない一之井悠真。
そして女子生徒ではただ一人、現在は剣士だがあと半年も訓練すれば勇者になる資質十分だと評価されている観空寺西夏だった。
「では質問だ。なんでもいい。子どもの頃からの話を聞かせてくれ。サガノが好きなもの、嫌いなもの。嵯峨野はどんな遊びが好きだった? 読書の傾向は? ゲームはどんなものを好んでいた? 映画は戦争ものか? 時代劇か? 何を好んでみていた? 得意だったもの、苦手なもの。どんな性格だった? スポーツは? 家族構成は? 全てを知りたい」
談話室は少しざわざわし始めた。
なぜ今ここで嵯峨野の話を、そこまで事細かに聞く必要があるのだろう? クラスメイトのざわつきは、イカロスの真意と質問の意図が分からなくて不安になり始めているということの表れだろう。
そんな中、まず口を開いたのは幼少期から嵯峨野深月を良く知る男、瀬戸口良明だった。
「嵯峨野の好き嫌いまでは知らないけど、仲が良かったのは烏丸、常盤、柊と嵐山。こいつらは小学校の頃からずっと同じグループでしたかね。それ以外といえば、韮崎と浅井。この二人と親しくなったのはたぶん、こっち来てからッス。だけどみんな一緒に戦場に出ましたよ。嵯峨野のことはあいつらに聞いた方が早いと思いますけど。逆に仲が悪かったのは……、まあこのクラスじゃあ俺ッスかね。幼稚園いってた頃から何度もケンカしてます。一度も勝てずに全敗ですけどね。嵯峨野の性格というか、そうっスね、だいたいあいつムカつくんッスよ。いや違うか。完全にこっちが悪いのも自覚してるんッスけど、あいつホント自分だけ良ければいいっていうか、周りの事に全く無関心でさ。マイペースって言えば聞こえはいいけど協調性がないっていうか。クラスメイトと話して笑ってる顔なんか見たことないッスね。そのくせ女にだけはモテるから、きっと嵯峨野のことよく思ってる男は居ないと思いますよ」
「私も言っていいかな?」
小さく手を上げたのは小学校時代は知らないけど、中学生になって少しだけ接点があったという観空寺西夏だった。
「嵯峨野くんは自分の友達を決める力が強かったんだと思う。友達は友達、そうじゃない人はそうじゃないとハッキリしてた。まるで内側から線を引いて、その線を割って入るなんてこと出来ないぐらいの壁を作ってるように見えたよ。クラスメイトって普通は団結するけど、嵯峨野くんはクラスメイトの枠に入ってなかったかな」
「それがムカつくんだよ。クラスメイトっていえば普通は仲間だし友達だろ? あそこまであからさまに『他人です、あなたたちは友達じゃありません』みたいな態度とられると、一緒の教室に居るだけでイラッとするし、周りを不愉快にさせるから別に話したことがなくても、なんとなく嫌いになっちまう。だいたいみんなそうじゃね? 一之井はどうだったんよ?」
「え? ぼく? ぼくはそうだな、好きとか嫌いとかじゃなくて、ただ苦手だった。観空寺はうまいこというな。確かにそうだ。あいつは最初から俺たちなんか眼中になかったんだ」
瀬戸口良明が口火を切ると、多少悪口に聞こえたとしてもクラスのみんながそう思ってると知れると話しやすくなるもので、小学生時代は朝礼で立っているとよく倒れて、保健室では対処できず救急車に乗せられて病院に担ぎ込まれた事、小6のバレンタインデーのとき、3人の女子からチョコをもらって、クラスのみんなに誰を選ぶんだって聞かれたとき『3人とも俺の女だ、俺は3人と付き合う』なんて三股上等発言したこと、そしてその三股発言を聞いても女たちは呆れ顔一つ見せず、ただニッコリ笑っていたこと。
家族のことまで良く知る者はいなかったが、観空寺には3つ年下の弟がいて、嵯峨野深月の妹、真沙希と同級生であることから、12歳、中1の妹が居ることが判明した。父親がハサミや包丁を打つ鍛冶職人で、工房はインターネットにより口コミで評価され全国的に有名な鍛治工房だということも報告された。
またマウンテンバイクを大切にしてること、ボーイスカウトなどに所属しているわけでもないのに一人でキャンプ行ったりすること。果ては海岸のテトラポッドに座って、いつもよく夕焼け空を見ていたことまで報告されたが、イカロスの欲しい情報に繋がりそうなものは無かった。
一つ不可解なのは、男子生徒の多くが嵯峨野深月のことを良く思っていなかったが、女子生徒はだいたい逆の好印象を持っていたことだった。
カッコいいとは思わないし、恋愛対象かどうかと言われるとそう思ったことはないのだけど、嵯峨野深月の醸しだす『おちつき』は中高生のレベルじゃなく、大人の男? っぽい魅力があって、嵯峨野深月の取り巻きの、あの3人の女子たちが何を考えていたのかまでは分からないけど、それでハッキリと嵯峨野がモテるということに疑問などないらしい。たとえば嵯峨野を指さして『あれがモテる男だ』と言われれば別に疑うこともなく納得なのだそうだ。
そんな中、小学校も中学校も違うので嵯峨野のことは良く知らないが、ひとつものすごい違和感を持っていると語った女子生徒がいた。午前中の訓練でひときわ高温のファイアボールを練り上げてイカロスに放った、期待のルーキー魔導師、中堤葵だ。
「昔の事なんか知らないけどさ、でも嵯峨野ってここに来た時もう、この世界の言葉を話せたよね? ほら、側女の子を選ぶとき私はっきり聞いたし。確かにこの世界の言葉で会話してたし」
それは重要な情報だった。
イカロスの頭の中で組み立てている仮説を裏付ける材料としてこれ以上ないほどの重要性を持った、イカロスの荒唐無稽ともいえる仮説を解答に導く可能性を秘めたものだった。




