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12-05 エルドユーノ郊外にて

 軽く流して読める3000文字ぐらいの感じで投稿すると言って、投稿したまではいいけれど……。

 投稿したものを読み返しては何度も加筆を重ね、翌日には5000文字になっているという悪い夢を見ました。すみません、以後気を付けます。



 イカロスはその晩、酷く疲れているにも関わらず、ぐっすり眠れなかった。

 疲労の限界でいつの間にか気を失うような形で眠りには落ちるけれど、すぐに目が覚めてしまう。


 オヤッサンの倒れた姿が、ウェルシティが膝を屈してからスローモーションのようにゆっくりと倒れて行く映像が瞼に焼き付いていて、そんな酷い映像がエンドレスにリピートされて、延々と再生されるのだ。0231案件レポートを読んだあとじゃ仕方のないことかもしれないが。


 そんな悪夢を見せられながらもぐっすり眠れるような鉄のメンタルを持ち合わせちゃいない。


 朝の光がレースのカーテンを抜けて部屋に差し込むようになると、眠い目をこすりながらイカロスは、昨夜の内にしたためておいた手紙を側女そばめのテーラに手渡し、もし帰らなければ同郷の日本人、騎士のグラナダに保護してもらうための手紙だ。


「テーラ、今度は長い出征になると思う。困難な任務だ。定期的に手紙を書いて、教会を通じて届けてもらうつもりだ。もし連絡が途絶えたら、死んだものと思って諦めてくれ。すまんな」


 革靴のひもを締めながら、そんな悲壮感を漂わせながら弱気な口ぶりで言付けるイカロスに、テーラは主が任務を完遂して戻ってくることを少しも疑わずに答えた。


「いえ、イカロスさまば必ずや任務を達成され、無事に戻られます。寝室も居間も、毎日掃除をして、イカロスさまの好きなサルビエの花で花壇を一杯にして帰りをお待ちしております。どうか、イカロスさまに女神の加護があらんことを」


 そういって屋敷の門まで送り出してくれるテーラに外套を翻して振り切ることでしか応えられなかったイカロスの脳裏に、ふと浮かんだことがある。


 自分が帰れないのなら、テーラをノーデンリヒトに……。


 一瞬、本当に一瞬だけ……間違っても口に出してはいけない考えがよぎった。

 イカロスが側女テーラに寄せる感情は愛情でなく肉欲もなく、20年を共に一つ屋根の下で暮らしてきた家族に向けるようなものだった。


 人間ではないエルフを愛する者が大勢いるというが、イカロスは日本に恋人を残してきているせいか、テーラに対して恋愛感情といったものはない。そもそも隷属する女に野心を抱きこそすれ、言いなりにしかならない女に向かって愛を語るなどまったくていのいい自己欺瞞じこぎまんに他ならないことも知っているのだから。


 しかし、いざ生きては帰れぬと死を覚悟するほど困難な任務に出るとなると、もう帰れないであろう故郷日本に残してきた、もう会うことも叶わない恋人なんかよりも、自分亡き後のテーラの事が心配になった。


 帝国に暮らすエルフには主が行方不明になるとエルフを保護する施設に連絡することを義務付けている。主が軍人だった場合は配属された戦場の状況などを、主が商人だった場合には経済状況や資産の残高、出向いた先の治安など、一様の調査を経たうえであるエルフは3か月、あるエルフは1年と猶予が与えられ、その間に主が戻らないとエルフ所有の資格をいったん取り消されることになるのだ。


 その後エルフたちがどうなるかというのはもう言わずもがな、新たな主に迎え入れられるようなシステムが出来上がっている。


 エルフを所有すること自体は認められているが、所有するための権利そのものが日本で言う運転免許のようなものだから、発行するも失効させて免許取り消しにするのも、一定のルールに従えば自由にできる。野良エルフのようなものは帝国内では存在できないことになっている。


 つい先日亡くしたばかりの4人の仲間たちが所有する領地も屋敷も財産も、そして側女のエルフたちも全ては元通り、帝国の財産として、いや違うな。エンデュミオンに接収されることになるだろう。相続人でもいれば別だが、イカロスの知る限りあの4人にそのような者はいない。


 つまり、イカロスが戻らないとテーラは接収され誰のものでもなくなってしまい、放っておくと誰とも知れない新しい主のもとに売られてゆくという未来が待っている。

 1年や2年で戻れないかもしれない。草のように敵地に根を張って生活し、何年もチャンスを待たねばならない過酷な任務になるかもしれない。

 だからこそ、イカロスは信頼できるグラナダに手紙をしたためた。

 もし自分が任務を完遂して戻ってきたとき、領地も領民も屋敷もなにもかもがなくなっていてもそれでいい。しかし、自分を迎えてくれる人は側女テーラであってほしいと思っていたのだ。


 自らの死を意識するにつれ『ノーデンリヒトならもしかすると』なんて不届きな考えが頭に浮かんでしまう。だがしかし、そのような考えは無駄なことだと強く心から引き剥がした。


 たとえエルフたちがノーデンリヒトに逃げ込んで自由を得たとしても、そんなものが長続きするわけがない。なぜならあの要塞を抜いて向こう側には大勢のエルフたちが暮らす楽園がある。


 奴隷資源がふんだんにある。帝国人からすると黄金郷にほかならず、軍事力をもって国家予算規模の金をかけても、あの要塞を抜いてノーデンリヒトの地を手に入れる価値があるのだ。テーラをノーデンリヒトに連れて行ったとしても、長くは暮らせない。


 必ずやノーデンリヒトは帝国の手に落ちる。


 イカロスがテーラを思うその感情は、感謝の気持ちに近いものだと、そう考えることで溜飲を下げることにした。



----


 イカロスは馬を走らせながら考え事をしていた。サガノの事は判断する基準となる情報が圧倒的に足りないのだから考えるだけ無駄だと分かっているのに、頭から離れようとしないのだ。


 サガノは日本から召喚されてきたという。しかし今はそれすらも疑わしい。エンデュミオンの言う通り、勇者召喚の儀が行われた折、どこかで紛れ込んだか、それとも本物の日本人サガノを殺すなりして入れ替わったのかもしれない。


 イカロスが自分の耳で聞いた情報それは、勇者サガノ本人がその口で『アリエル・ベルセリウス』と名乗った。たったそれだけだ。


 イカロスが自分の目で見た情報それは。勇者サガノが騎士勇者の力を持ってしても、いくら思索を巡らせ策を弄したとしても勝てると確信をもてないほどの強さを誇っているということだ。


 実際に戦場で見ておきながら、仲間を4人も失っておきながら、また12000の帝国第三軍陸戦隊のことごとくを敗走させておきながら、確かなことはたったそれだけという、なんと情けないことか。


 イカロスにしてみれば、サガノを懐柔して戦力として味方につけよなどという命令は、もうどうでもよくなってしまった。サガノの正体が大悪魔であれ、死神であれ、貴族のボンボンであれ、高校生1年のガキであれ、奴が日本に行って戻ってきたという確証が欲しい。ただそれだけだ。


 今日はこれからヒヨッコどもの訓練施設に行って聞き取り調査をすれば、あの勇者サガノが日本人なのか、それともスヴェアベルム人なのかという判断はつくだろう。


 誰か別人と入れ替わっていたとしても何ら不思議ではないが、ただ、日本に行って戻ってきたんじゃないかという希望はここで途切れてしまう。イカロスは内心、あのサガノがアリエル・ベルセリウスであってほしいと願っていた。


 対峙するべき敵なのだから日本の普通の高校生であるのを願うべきなのだろう、だがしかしイカロスはより強大な大悪魔アリエル・ベルセリウスであることを強く強く望んだ。


 20年も前から日本と接点があった男であってほしかった。

 日本に行って戻ってきた男だと信じたかったのだ。


 確かめる方法は最終的には、実際に会って確かめるしかないのだろう。今日これから向かう訓練施設では自身の目でしかと見た勇者サガノと、15歳で転移して来た同級生のガキを比べてみるだけだ。



 エルドユーノ市街地から郊外へ繋がる街道を西に向かうと、エルドユーノからバラライカへと繋がる道を少し北に逸れたところに目的地がある。

 建物がまばらになってやがて見えなくなり、畑と小屋しか見えないような僻地まで来てようやく二棟ふたむねの建物が見えてきた。

 あれこそ召喚者たちの住まう宿舎であり、戦闘訓練所だ。

 20年前、イカロスもまた異世界に召喚されたばかりで不安な気持ちを抱えたままここに連れてこられ、皆と共同生活をしたのだ。


 宿舎ではちょうど朝食の時間なのだろう、まだ施設まで少し距離があるというのに、こんな街道にまでベーコンの焼いた香ばしい匂いが流れてくる。イカロスがそう言えば昨日から何も食べていないことを思い出し、これは朝食にありつけそうだと考えていたところで施設入り口を守る立哨りっしょうの衛兵二人がイカロスの前に立ち塞がった。


「止まれ。ここは帝国軍第三軍の管理する施設である。用のないものの立ち入りは禁じられているから、早々に立ち去れ」


 衛兵が二人、柄に手をかけて威嚇しながらイカロスに向かって凄んで見せた。


 ああそうだ、今日のイカロスはいつもの白い騎士勇者の着る鎧ではなく、パリッとアイロンを利かせて折り目正しい騎士服でもない。旅人が好んで着る布の服に皮のブーツとグローブ。なめし革の胸当てなどちょっと裕福な人が好む旅装に加え、砂埃や直射日光から身体を守る外套と、つば広のハットを装備している。どこから見ても普通の旅人にしか見えない。


 やれやれという表情でイカロスが懐に手を入れると衛兵たちは慌てて剣を抜いて一歩下がった。

 懐から何が出てくるか知れないのだから当然の反応だ。むしろここで剣を抜かせるようなことをしたイカロスのほうに非がある。


「待て待て。身分を証明するための徽章を出すから襲い掛かってこないでくれよ。今から手を出すぞ?」


 その手に光っているのは金に六枚の花弁を模した第三軍のマークに、千人隊長の階級を示す5本のラインと、ペガサスを模した騎士の証だった。


 そもそも金でこさえられた徽章など、ここの衛兵が見て分かるわけがなかった。

 こんな辺境の、勇者や召喚者たちしか住んでないような宿舎だ。泥棒やら盗賊やらが居たとしても、おそらくもっとも狙われることがないであろう施設である。こんな緊張感とは無縁の、退屈な出入り管理を任されている衛兵なのだから知らなくても仕方ないとは思うが……知らない徽章を見せられて通すわけにもいかず、衛兵のうち一人が分かる者を呼んでくることになった。


「しばし待たれよ」


 徽章さえ見せれば一発で通してもらえると思っていたイカロスにとってこれは相当ショックだった。

 なにしろ衛兵たちは徽章を見ても階級すら満足に読み取れなかったのだから。まさか同じ帝国第三軍に所属する騎士勇者の徽章が末端の衛兵に通用しないだなんて思わなかったのだ。


「しばし待たれよ? 徽章を見て階級が分からなかったのか? よしお前、私の階級をたった今この場で言ってみるがいい。分かっていて待たされるのは構わない。相応の理由があるのだろう。だがお前たちが私の徽章を見て階級を理解できなかったのであればそれは怠慢だ。責任を問われる事になるが……」


 一人残された衛兵は図星を突かれて困った表情を浮かべていたが、だからと言って素通りさせるわけにもいかず、自らの勉強不足を呪う羽目となったが、すぐに助けは訪れた。


 宿舎の食堂で丁度朝食をとっていた世話役のタマキが、急な客と聞いて走ってきたのだ。


「はい、ちょっとお待ちくださいえーっと、帽子を取ってもらわないとお顔が……ああああああっ! ちょ、イカロスさま? 事前連絡もなしに騎士勇者様がお越しになるなんて聞いてませんよ!」


「いや、だから事前連絡がないのだから聞いてないのは当たり前なのだが……」


「衛兵! 剣を収めて。今すぐ。イカロスさま、申し訳ございません。ものを知らぬ衛兵に門の守りを任せた私の責任であります」


「いや、構わんよ」


 身元のはっきりせぬ者を通さなかっただけでもよかった。上官の徽章を憶えていなかった衛兵二人には強化魔法を禁じた上でグラウンド100周ランニング2セットを言い渡しておくことにした。


「はっ。申し訳ありませんでした。交代の者が来次第開始します!」


「よろしい。では馬を繋いでおいてくれ。頼んだよ」


 こうしてイカロスはアポなしのまま訓練施設に来てしまい、まずはとりあえずと教官室に案内されたが、ここは先に腹の虫が騒いでいるのを収めておきたい。


「タマキ、情けない話だが実は腹が減ってる。私の分が増えたところで構わんよな?」

「えと、同じものしか出せないので、ちょっと待ってくださいね、何があるか聞いてきます」


「同じものでいいんだ」

 いや、違うな。

 同じものが食べたいというのが正しいように思った。


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