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12-01 ジョーカーのカード

十二章始まりました。

すみません、当初は召喚されてきたアリエルのクラスメイト達がどういった道を選ぶのかという内容をメインに書こうと思っていましたが、クラスメイト達の選択とは別に、この章で殺されるイカロスという勇者がどういう経緯で殺されることになったのかというのを延々と書いてみたくなりました。




 少しだけ時間は戻る。


 ちょうどアリエルたちがノーデンリヒトからマローニに飛んで、サオがハイペリオンを呼び出して駐留していた帝国軍のケツに火をつけていた頃、ノーデンリヒトから急遽帰還した飛行船エンデュミオン専用機がアシュガルド帝国、エルドユーノ郊外の飛行場に無事に着陸した。


 イカロスは飛行船のタラップを足早に降りると係留された馬を駆り、まずは弟王エンデュミオンにアリエル・ベルセリウス一派の再来を報告するため早馬を飛ばす。


 軍を離反した勇者サガノには一刻の猶予も与えることはできない。報告が、対応が1時間遅れると1時間後手に回り、状況はどれだけ悪化し、どれほどの不利益をこうむるか知れないのだ。


 イカロスがエンデュミオンの居住するセラエノ宮殿に辿り着いたのは午後になってからだった。

 ここセラエノ宮殿は弟王エンデュミオンが大人しく弟王の地位で甘んじているからこそ与えられた宮殿であり、豪華絢爛とまではいかないが、相当なキンピカ主義の、それこそ、そこらの貴族では所有することができないほど煌びやかな装いで訪れる者を圧倒する。


 イカロスは大扉をくぐって宮殿内部に入るとエンデュミオンの待つ奥へと向かう。

 正面にある前皇帝イクシュリアンの肖像画に睨まれながら足早に歩みを進めると、応接間の前に立った。


「エンデュミオンさま、イカロスどのがお着きになられました」

「よいからは早う通せ」


 エンデュミオンは政敵である兄王から与えられた宮殿の応接間でソファーにどっかりと腰を沈め、何事があったのか? と、すこし驚いた表情でイカロスの入室を促した。


 耳をすませば弦楽器の奏でる音がそよ風に乗って聞こえてきそうなほど静かなセラエノ宮殿に、息せき切って呼吸を整える暇もなく戻ってきたイカロスは、少々乱暴にドアを開けてあるじの前に進み出る。


 誇り高き騎士の、何者にも汚されぬ純白の鎧も血泥にまみれてしまっては見る影もない。

 弟王の御前ごぜんに出るにははばかられる、いささか汚い恰好だ。


 まるで敗戦し、ほうほうの体で逃げ出してきた後のようなイカロスの姿に眉根を寄せるエンデュミオン。その様相を見るに、なにか大変なことが起こったに違いないと思い、何用あって任務の途中で戻ったのか、その真意を確かめた。


「まずは報告せよ。風呂はそのあとでいいか?」

「はっ。では」



 イカロスは深く深呼吸をし、ここで荒くなった呼吸を整えながら言葉を選ぶように、昨日あったばかりの出来事をありのままに報告した。


「ノーデンリヒトに向かった我々5騎士は、騎士勇者スカラール、アドリアーノ、ウェルシティ、ハルゼルの4人までが倒され、先に駐留していた筆頭勇者セイクリッド、グレイブ、カレの3勇者も生死不明。陸戦隊12000のうち、ノーデンリヒト要塞に近かった約8000が戦死、その時命を落とさなかった者たちはどうなったか分かりません」


 まさか通常の戦力だけでなく、エンデュミオンのもつ最高戦力である騎士勇者5人を向かわせ、万全の態勢で臨んだノーデンリヒト攻略が敗北したという報を聞いて茫然自失となった。


 ソファーから立ち上がりそうになったまま時間停止でもしたかのように動きを止めて固まっている。


 周りにはべらせている女たちにも動揺していることが伝わるほどショッキングな報告だった。

 汗もかいていないのに額の汗を拭う素振りをして冷静さを取り戻そうとしているようにも見えた。内心の狼狽は相当なものだろう。


「ハルゼルも死んだか」

「はい。ハルゼルはアリエル・ベルセリウスの手にかかり……」


「ベルセリウス? アリエル・ベルセリウスだと? まさか、あのアザゼルが倒したという悪魔であろう? それが生きていたとでも?」


「はい、勇者サガノです。勇者サガノが……離反を宣言し、そしてアリエル・ベルセリウスと名乗って、ハルゼルを……」


「その話は誠か? アリエル・ベルセリウスとは本物なのか? 実際に戦ってみたのか? で、その所見は? 本物の悪魔であると、そう思うに足る力を見せたのか? サガノは」



「はっ、恥ずかしながら。我々の力ではサガノを倒せないと判断しました」


「にわかには信じられん話だが、私が実力を認めた騎士勇者4人をそうもあっさり倒してしまったのだとすれば、信憑性のある話だ。いやむしろ、悪魔の所業としか考えられぬ……か」



 エンデュミオンは浮足立った自らの腰を再びどっかりとソファーに沈めると、ひとつ大きく深呼吸したあと、まずは落ち着きを取り戻すためサイドテーブルに乗せられたぶどう酒のグラスをくるくると揺らしながら思索を巡らせた。




 アリエル・ベルセリウス。


 アルトロンド4万の軍勢を僅かな時間で殲滅せしめ、ダリルでは領都ダリルマンディに攻め込んで、厳重な警備に護られていた領主セルダル邸に正面から押し入って殺害。その後も堂々と歩いて帰ったというほどの狂人だ。悪魔と呼ばれるに相応しい力を持っている男だが、この男、それほどの力を持っていながら気まぐれに移動して、戦う動機は個人的な理由であるとの報告があった。


 およそ権力欲や名誉欲もなく、カネでも動かないであろうという。

 そんな恐ろしい力を持った戦力が、これほど薄い動機で軍を相手に戦い、打ち勝っておきながら、国を変えようともせず、自分たちの利益を追い求めようともしないなど、信じられない。


 しかしその気まぐれな力、弟王エンデュミオンにとって、兄王を打倒するのにどうあっても欲しいと思っていた戦力だった。


 しかし16年前のあの日、兄王に呼び出されるとこう言われたのだ。


『2か月以内に悪魔ベルセリウスの一派が帝国に入るとの情報を得た。エンデュミオン、お前は帝国第三軍陸戦隊と最高戦力と誉れ高い勇者軍をいまこそ動員して、悪魔どもに我が国の領土を一歩たりとも踏ませてはならない』


 エンデュミオンが与る帝国第三軍24万の陸戦隊のうち8万を動員すると、女神教団の取次ぎで、戦場をバラライカより西側、つまりシェダール王国アルトロンド領内で悪魔どもの侵攻を食い止めるという話で取り決めると、これまで何度も煮え湯を飲まされているアルトロンド軍も手を上げ、帝国軍に連合する形で4万の兵が加わった。


 悪魔と呼ばれているとはいえ、所詮は人の子。アルトロンド軍が何度も敗北した情報は得ているが、まさか12万の精鋭部隊に加え、エンデュミオンが手塩にかけて育てた第三軍最高戦力である勇者を10人、更に勇者とパーティを組むアルカディアの戦士たち25人を加えよというのは、現皇帝である兄王コンスタンティノープルの懐刀ふところがたな、英雄アザゼルの進言とはいえ、到底納得のいく話ではなかった。


 英雄アザゼルは勇者たちを集めて、悪魔たちの使う恐ろしい魔法の対策など事細かな情報を提供してもらったが、その代償に第三軍も光モールス信号というアルカディアの通信技術の提出を命じられた。

 結果的にグリモア詠唱法の技術を得たが、それはすでに姉ロレーヌの与る第二軍に伝えられたという情報が入っているのでいずれに必ずタダでも手に入る技術。

 結果的に大損させられた恨みもある。


 エンデュミオンはそれ以前からアリエル・ベルセリウスに並ならぬ興味を持っていて、いつか会って話をしたいと思っていたところだというのに、敵として立ち塞がらざるを得ない状況にもっていかれたのだ。


 アシュガルド帝国に侵攻するという話だ、もし帝国と敵対する意思があるなら、もし兄王コンスタンティノープルを打倒する意志があるというならば、エンデュミオンの悲願を達成するのにどうしても欲しい戦力だったというのに、逆手に取られて先に利用されてしまうという最悪の形になってしまった。



 兄王よりもたらされた悪魔たちの侵攻情報は正しいものだった。恐らくはベルセリウスの側近に間者を忍ばせているのだろう。


 もちろん戦闘の結果は帝国臣民であれば誰でも知っている。


 我が帝国軍は甚大とも言うべき被害を受けつつも、後に三大悪魔と称される極悪人、ベルセリウス派の魔道派閥を打ち倒したのだ。その功績は歌に唄われ、今も酒場の吟遊詩人どもは高らかに歌い上げる。


 そして帝国第三軍を与るこのエンデュミオンの名も讃えられ、褒美としてここセラエノ宮殿をいただいたという経緯がある。


 忘れることができない屈辱だ。


 兄王とアザゼルは、このエンデュミオンが帝国第三軍と勇者軍を率いて兄王を打倒する野望と、その戦力を奪ったのだ。あのバラライカの防衛戦そのものが兄王コンスタンティノープルにとって、弟の野望を潰すことと大悪魔の討伐を実現するという、まさに一石二鳥だった。


 力を持ちすぎた政敵、血を分けた弟王を弱体化させるため、いいように使われたのだ。


 死んだと思われていたアリエル・ベルセリウスが、実は死んでおらず、すでに帝国内部に入り込んでいたなどと聞いては笑いが止まらない。兄王の飼い犬もとんだミスをしでかしてくれたものだ。


 しかし奴こそが切り札となるカード。

 うまくやり込められた上に、殺されたと思っていた大悪魔がまだ生き残っていて、16年前よりももっと大きな力を誇示し始めた。


 これは面白い!


 生きていたと言うならば、必ずやこの手に取ってその重さを確かめ、力いっぱい振りかぶって兄王に向けて投げつけてやりたいジョーカーのカードだ。


 たとえその身を滅ぼすことになろうとも。


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