11-29 爆発する師弟(1)
いくらサオが師匠だとは言え、エアリスは英才教育が施される環境にある。ネトゲに例えるとレベルカンストした廃人たちが初心者の女の子に群がって、最強の装備品や魔法をプレゼントした上で使いこなせるようスキルアップ特訓するような状況に近い。
これから酷い戦いになるってのに生身の女の子を連れて回るわけにもいかないから、急成長してもらわなきゃいけないってことで、エアリスは朝から休む時間がないほどの強化合宿が始まってるわけだ。
そういえばゾフィーは時空魔法教えるとか言ってたし、数年後にはどんな魔女になるのか不安になってくる。サオが心配するのも無理はない。もっともサオの心配は自分がすぐに抜かれてしまうんじゃないかってことなんだろうが。
「サオにはハイペリオンがいるじゃないか」
「確かにハイペリオンは強いですよ、そりゃあもうケチョンケチョンに強いです。イグニスも強いですよね、掛け値なしに強いです、恐ろしいほどの熱量です。私なんて戦闘中にはハイペリオンとイグニスを呼ぶぐらいしか役目ありません。でも名前を呼ぶだけなら声優さんかウグイス嬢に頼んだ方がきっと良い声が響きます。私じゃなくてもいいんです」
「おまえウグイス嬢なんてよく知ってんな!」
いやいや、ドラゴン使いのエルフなんてこの世界で初だと思うんだが……。
自由が欲しい、自由に生きたいという目的はたぶん達してるぞ?
「師匠、私に [爆裂] を教えてください」
「スケイトの次に教えたじゃん」
「いいえ、師匠の使う本物の [爆裂] です。わたし見ました、セカのあんなに大きな港が一発で消えてしまったのを。わたし聞きました、師匠はあれを小さなものだと言いました」
「あんな力を得てどうする? おまえ蒸発するよ?」
「私は蒸発なんかしません」
「そこまで言うならテストだ。サオ、お前が[爆裂]をどこまで理解してるか試してやる」
「はいっ。ドンとこいです」
「では爆破魔法の利点をすべて述べよ」
「はいっ。敵をボカーンってフッ飛ばせるところです。あと、ちょっとぐらい失敗しても簡単に誤魔化すことができます」
「ん。それで全部か?」
「まだありますよ。最大の利点が」
「ほう、それを言ってみろ」
「困ったらとりあえず爆破すれば何とかなります!」
「エクセレンンンッ! それだサオ、それこそが爆破魔法を最高であらしめる最大の理由だ。魔法ってのはだいたい小難しくていかんよな。パシテーなんかコンマミリ単位の精度を出すために日々精進してる。だけど爆破魔法はそんなまだるっこしいことがまったくない。適当に投げて一切合切をフッ飛ばせばいいんだ。お前はよくわかってる。よくわかっちゃいるが……だが!」
「はいっ、だが何でしょうか?」
「困ったからってセカ港フッ飛ばしたあの規模で爆破する気か? お前ノーデンリヒト要塞の立ち合いで最後に見せたあのでっかい[爆裂]、もしかして困っただけか?」
「……ちっ、違います……よ」
こ、こいつ、挙動不審すぎる。いつも俺に何か訴えるときはその大きな目でしっかりと俺の目を捕らえて離さないくせに、こんな時に限って思いっきり目を逸らしてる。
「困っただけだろ! 目を逸らさずに、俺の目を見て言ってみろ」
目が泳いでる。クロールでだ。全力で何かから逃れようとしてる証拠だ。
「サオ、お前なんでそんな大汗かいてるんだ? 今日は朝から涼しいぞ?」
「いえ師匠、これはいま思いついた汗を出す魔法です」
「ダメ。不合格」
「えええぇぇーっ、それはないです師匠、私ももっと強くなって、師匠の隣で戦えるように……」
「サオ、あれは [爆裂] とは違う魔法で、魔法核融合っていうものなんだ。似てはいるけど違う」
「じゃあ私が盗んで真似しますから、もう一度やって見せてください。近くで見たいです」
「アホか、この丘がまるごと消えてしまう」
「じゃあ原理だけ教えてください」
「原理を教えたら盗んで真似ることにならないよね?」
「なりますっ」
くーっ……。
「あれは無暗に使うべきじゃない。熱量が半端じゃないんだ」
「私にはイグニスが居ますから耐えて見せますっ! 蒸発もしません」
無理だ。精霊防御に頼ったとしてもイグニスが吹っ飛んで消滅してしまう。
はあ、イグニスが気の毒になってきた……。
「なら一度だけ独り言をいってやるから、盗めるものなら盗んでみろ」
「はいっ」
「まず燃料はマナだけじゃなく魔気と、水魔法で精製した水素を絶妙な配合でブレンドしたものだ。それを[爆裂]と同じ要領で小さく小さく圧縮すると高温高圧になってゆく。だがそれじゃあ全然足りない。そのままだと周りに熱が逃げて周囲を焼き尽くすだけで必要な温度には遠く達しない。周囲に温度を逃さないようにして、もっともっと温度を上げたい場合どうすればいい?」
「ええっ、そんなの分かりませ……あっ、でも温度の移動する向きを固定する魔法が」
「おおっ、さすが俺の弟子。ここで使うのは [相転移] だ。相転移を使って熱エネルギーが外に逃げ出さないよう囲い込むんだ。そして必要な温度にまで持っていく。熱量が足りないなら通常サイズの [爆裂] を周りにたくさんくっつけて、そこからまた [相転移] を使って周りから熱エネルギーをどんどん移していく。青か青紫色に輝く発光体になったら準備完了。だけど圧縮する力も全然足りなくて起爆できない。どうすればいい?」
「気合です!」
「無理だよ。てかサオ、お前あのノーデンリヒト要塞で立ち会ったときの最後の[爆裂] 、どうやって起爆する気だったんだ? 普通には無理だろ? あんなにデカいの本当に起爆できるのか?」
「……気合で!」
「じゃあ返すからやってみろ」
ノーデンリヒト要塞前でサオから奪った[爆裂]をストレージから引っ張り出して空に浮かべてやった。
まあ、いったんサオのコントロールを離れたカプセル魔法を突然目の前に出したところでそれをすぐさま圧縮させるなんて難しいのだけど。
「うわっ、いきなり出ました。そんな、急には無理ですよ、ああっ……」
サオ渾身の[爆裂]は、急に出されたせいで急激に膨張し、カプセルが破れると燃焼していたマナが肌をすこし熱く感じさせた程度に燃え、その後はしゅーっと音を立てて消えてしまった。
「あの規模の[爆裂]を起爆するには工夫が必要なんだ。……えっと、覚えてるかな、サオが俺の弟子になってすぐノーデンリヒトの森でやった魔法実験……思ったより少し破壊力が大きくてケガしたけど」
「はいっ、師匠の自爆を忘れるわけがありません。覚えてますよっ! 私はあれを見て[爆裂]に憧れました。すっごく憧れました」
「あれは簡単なものだ。サオが作ったように、ただ大きな[爆裂]を作ったけど押し返してくる膨張力に負けて爆発にまで至らなかったから、巨大なメイン[爆裂]の周囲に、通常サイズの[爆裂]を配置して、同時爆破することで起こる衝撃波を用いてメイン[爆裂]を瞬間的に超圧縮して起爆するんだ」
「なっ、なるほどーっ! でも私2つまでしか同時に出せません」
「3つ、いや、最低4つ同時に扱えるようになったら続きを教えようか」
「分かりました師匠、ありがとうございます。3つめ、4つめを同時に出す方向で鍛錬します。あと、[相転移]も教えてください」
「ええっ? あれは水魔法なんだがなあ、おまえ水使えたっけ?」
「セノーテは頑張って使えるようになりました。それ以外はからきしダメです!」
うーん、あれは説明するのも難しいから教えるのに向いてない。別なアプローチで熱を囲い込む魔法を考えたほうが早いな。サオは基本炎術士だし、イグニスの助けもあるからなんとかなるだろう。
でもセノーテ使えるってことは相当な努力したんだろうな。
「そんなことよりも、もっと簡単に[爆裂]の威力を上げる方法があるんだが?」
「えええっ、本当ですか。……でもなんでそれを先に教えてくれないんですか!」




