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11-27 熱い血のかよった悪魔

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「なあアリエル、コントの最中邪魔して悪いが……いま死んだよ。矢が刺さってからちょうど15分だ……はあーっ」


 タイセーが毒で死にそうになっていた男の脈をとりながら、たった今死んだことを伝え、そのあと大きなため息をついた。ここに居る者は皆、そんなやるせない気分を抱えている。


「痙攣が治まるまで5分、それから意識が混濁しはじめて呼吸が止まるまで10分といったところかしら、ねえあなた、あなたに毒が効かないから今まで甘く見てた。私も毒を浄化する魔法を考えとかないとね。治癒の現場で私が無力だなんて許せない……」


 兵士たちが毒を受けてから死に至るまでの容態変化と経過はジュノーが観察して死を看取った。

 ジュノーにはきつい仕事を任せてしまった。


 毒を受けてから何分でどんな症状が出て、何分後に容体が変化して、どれだけ放置すると死に至るのかという情報は、味方が毒を受けた時に必ず役に立つ情報だ。これが分からないと処置のしょうがないことが多々ある。要はサナトスが作ってくれる予定の解毒薬にマニュアルを作るためのデータ集めをしているのだけど、いくらダリル兵が人でなしだとは言え、これは精神的にしんどい。


「解毒の魔法か、そうだなアプサラスの解毒薬の製法がヒントになるかもしれないからあとで話をしてみるといい」



 いま戦闘があったことなんて忘れてしまったかのように、みんながっくりと肩を落としている。


 ロザリンドもサオも、べリンダもイオも。みんな、たった今の戦闘で26人もの敵兵を倒し、重要な情報をたくさん得ることができたのに、勝鬨かちどきも勝利の喜びもなにもなし。


 まさかダリル兵が毒を使うなんてこと、誰も思ってなかったんだ


「ああ、悪かった。ごめんなレダ、せっかく死者を弔いにきたのに、嫌な思いをさせてしまった。顔を洗うからちょっと待ってて」

 レダはこくりと頷いたように見えたが、何も答えることはなかった。

 ここにダリル兵さえいなければレダは素直にタレスさんたち家族のために涙を流して、冥福を祈ることができたはずだ。だけどダリルのクソ野郎どもがいたせいで悲しみが吹っ飛んでしまって、怒りの感情が先に立ち、事もあろうに毒を使ってダフニスを苦しめたもんだから、不安と心配な気持ちが怒りを追い越してしまって、何とも言葉では表現できない、もやもやとした強い感情が沸き起こった。

 言葉にはならないけれど、みんな拳を握り締めている。根底にはやはり怒りがあるのだろう。


「なあ深月アリエル、この世界は本当にクソなんだな」

 ここにきてエルフ狩りの最前線を2度見たはずのタイセーが今更ながら、実に遅ればせながら、クソだなどと言う。


「いや実はそうでもないんだ。ここにあったフェアルの村の人たちは、みんな親切でさ。レダたちだけじゃなくパシテーも世話になったしな、いい人たちだったんだ」


「……」


 レダは何も話さず、ただ目を伏せてダフニスに寄り添うアリー教授を気遣っていて、表情を窺い知ることはできなかった。唇が歪んでいるようにみえた。


 声もなく泣いてるんだ。レダが。

 その小さな肩が微かに震えているのを姿を横目で見ながらタイセーは言葉を続けた。


「俺は正直、お前にも常盤ロザリンドにもついていけねーって思ってたよ。問答無用でいきなり抜刀術で首狙ったりしてよ。マジかって思ってた。……だけど俺が甘かったんだな」


 そしてタイセーはこう付け加えた。悪魔ってのは口が耳まで裂けていて、誰にでも一目見ただけで分かるような醜悪な姿をしていると思っていたと。


「なあタイセー、おれ思うんだが……やっぱ悪魔ってのは俺たちの事だと思う。ただし熱い血のかよった悪魔だ。ダリルの奴らとは違う、奴ら悪魔なんかじゃなくてただの人族。ただ冷血なだけだ」


 タイセーはただ黙って聞いていた。冷血という、人を蔑む言葉にしてはおそらく悪魔よりも上位であろう、その冷血という言葉に、少し違和感を覚えた。


 タイセーにしてみれば、相手が悪魔であってくれたほうが戦いやすい。斬り殺したとしても、相手が悪魔だったら心も痛まないのだろうなと、そう思ってたのに、深月アリエルは人を人として殺す気なんだなあ……と、漠然とそう思った。


「そうね、私も返り血が冷たいならいくら浴びてもかまわないわ。なあタイセー、お前も覚悟を決めろよ? 『北斗』はいい刀だ、きっとお前の大切なものを守る力になってくれる」


 ロザリンドが冷血シャワーの話をし始めた。いや、言いたいことは分かる。冷血野郎なんかいくら殺しても心は痛まないと言いたいのだろう。言葉を間違えた訳じゃないのに、なんだかドン引きだよ。


常盤ロザリンドはそんなこと言うけどさ、なあ深月アリエル、俺の北斗が火を噴くときがくるのか? もしかしてそれってヤバい状況?」


「火を噴かせたいならイグニスに頼め。ってか、冗談はさておき、刀は鞘に収まってるから美しいんだ。そいつを打った鍛冶師の俺が言うことじゃないかもしれないけど、抜かれないほうが刀も幸せなんだと思う。大切な人を亡くしたあと泣きながら剣をとるのもタイセー、お前の生き方だ。後悔しないようにって事さ」


「途中までイイ感じで話進めてそう落とすか? ひっでえ。お前やっぱひどいわ。やっぱ悪魔だわ」

「お前はその悪魔の一味で、大悪魔ロザリンドの舎弟なんだから自覚しろ」


 その後おれたちはレダの魔法で地面からの棘に貫かれたまま死んでいるダリルの弓兵たちを地面に降ろしたあと、忠霊塔に花束を供え、こんなに静かな村だったところで今なお続く悲劇の中、ようやく静寂に支配されるようになったところで黙祷し、奪われてしまった大切なものに祈りをささげた。


 フェアルの村人には花が手向けられ、ドーラの近衛兵だった者たちには酒が供えられた。本来はここで一杯飲んで『ぷはーっ』てな乗りで弔うはずが、誰も酒に手を付ける者は居なかった。

 ほんとうにしんみりした弔いだった。



 ダフニスもサナトスに肩を借りれば歩けるまでに快復したので、俺たちはとりあえずはセカへと戻った。

 エルフ狩り被害に遭った7人の内訳は10歳から22歳までの女の子たち。フェアルの村から北西方向に数十キロ奥地へ入ったところにあった50人程度の小さな村に暮らしていたが、ダリル兵の襲撃を受け、村人たちが皆殺しにされるのを目の前で見せられ、大声で『もうお前たちを助けてくれる者はいない』と何度も何度も恫喝されたらしい。


 どんなに泣いても、こんな幼い子たちの心をえぐる言葉の暴力はやめてもらえなかったそうだ。

 女の子たちを精神的に追い込み、絶望させて自分たちの支配下に置きやすくするためなんだろうなと、なんとなく理解してしまった。


 ひどいことをする。


 人はこんなにも酷い行いを見ると、目を覆ってしまいたくなるのだろう。


 だけど俺は目に焼き付けた。すすり泣く声には耳を傾けた。


 ダリル領主、エースフィル・セルダルが死ぬ間際にでも話してやろう。

 そうと決めたら奴には話したいことがたくさんある。今のうちに整理しておこう。



 女の子たちはエマさんの一存でノーデンリヒトで手厚く保護されることになった。恐らくはいったん難民たちのキャンプで暮らしたあと、自分たちの生き方と進む道を決めることになる。



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 俺たちがセカに戻ると、帰りが遅かったことで、多くの人が心配して待っていた。

 セカ防衛について話をしていたポリデウケス先生もその一人で、エルダーに行くなら先生も連れてってほしかったってグチグチ言われたけど、この人は身内が傷つけられたらどこまでも冷酷になれる人だ。昔、教え子のナンシーが攫われたときのことを憶えてる。ダフニスに毒矢を浴びせかけるような現場にこの人を連れて行くと、情報も聞き出す暇もなく皆殺しにしてたかもしれない。


 イオは戦友ダフニスが回復するまでセカ教会で待ち、もう大丈夫と知るやすぐにマローニへと飛んだ。

 シャルナクさんと毒の対策について慎重に協議しないといけないことがあるんだそうだ。


 毒の対策とは言っても解毒薬の開発の方はサナトスとアプサラスに頼んだので、数さえ足りればおそらくは大丈夫なはずだ。タイセーの前の奥さんのエマさんが解毒薬と毒の症状のマニュアルを作らなきゃいけないとかで、すぐノーデンリヒトへ戻っていった。

 関係ない話だが、エマさんはノーデンリヒト要塞じゃ天使って呼ばれてたらしい。


 心配なのはセカ陥落まで同盟を組んでいたフェイスロンドとの同盟が残っている以上、南のダリル領は当然として、フェイスロンド領都グランネルジュを攻めた際、毒を使ったという神聖典教会までをも真っ向から敵対してしまうということだ。


 奴らの思考回路は単純だからこの先の展開は容易に推察できる。きょうびプログラムされたロボットでもあんな簡単なルーチン仕込まれてないだろう?ってぐらいには単純だ。


『フェイスロンドは女神の敵だから味方をするならボトランジュも同罪だ。女神ジュノーの子でなければ人にあらず。殺してしまえ』となる。賭けてもいい。ちなみにアルトロンドの野郎どもにしても、ジュノーの子だなんて事実はないからな。


 だからきっと神聖典教会はそのうち必ず神殿騎士をセカに送り出してくる。


 イオたちの防衛力を信じないわけじゃないけど、俺たちはセカを離れてフェイスロンドの端っこまで行ってポリデウケス先生の故郷に行かなきゃいけないから心配なんだ。


「なあネレイドさん、帝国軍やアルトロンド軍が侵攻を始めるのに、どれぐらい前から分かる?」

「アルトロンドなら斥候を潜らせているから軍の編成時点で分かるけど、帝国は船が見えないとわからないなあ。帝国軍は4万が全滅したんだからもっと数揃えてくるはずだよね、だとしたら船でピストン輸送する必要があるから、こっちも数週間前からわかる。奇襲はないとおもうけどな」


「なるほど。じゃあ月に2度は必ずここの転移魔法陣に様子見に来るから、その時俺たちに情報くれる人をかならず一人置いといて貰える?」


「おお、助かるよアリエルくん。ぼくも午後にはマローニのセンジュ商会へ行く用があるから飛ぶんだけどさ、なんだかすっごくワクワクするよ。転移魔法陣ってすごいな。流通革命が起こるよきっと」


 昨日ちょっと暴れたから疲れたみたいだし、昨夜寝てないのと、あと身体に毒を回してしまったから、俺もなんだか体調が悪い。ジュノーに言ったら「いいって言うまで大人しく寝てなさい」って言うもんだから今日はもう休むことにしようとおもってネストに入ろうとしたら、タイセーがカンナちゃんに何か一生懸命? なんだろう説得してるのかな、カンナが食い下がってるようにも見えるけど……。


「タイセーなにしてんの?」


「いやうちのカンナがさ、常盤ロザリンドと立ち合ってみたいって聞かなくってさ、心配で心配で、おれどうしよう……」


「おーいロザリンド! カンナが挑戦状だ」


「へぇ? ちょうど今から朝の鍛錬しようと思ってたトコなんだ。いいねカンナちゃん。覚えてないかもしれないけど、私だいぶ抱っこしてあげたんだよ? あの時のおしゃぶりしてた赤ちゃんが私に挑むの?」


「ありがとうございます。でもそんなナメた口きけなくしてみせますから」


「わぁ、それは楽しみ。サナトスに勝ったんだって? 期待してるわカンナちゃん。ねえジュノー、お願いできる?」


「木刀でやるのね? いいわよどうぞ。見える範囲から絶対に出ないようにねー」


 何か大変なことが始まりそうな雰囲気になったので、エアリスも木剣を持って走ってきた。


 もしかしてエアリスもやる気なのか? なんだか参戦しそうなオーラなんだけど……。


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