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11-25 毒

 ダフニスはまず足の自由が利かなくなったらしい。

 矢を引き抜こうにも全身の筋肉が硬直しているせいで思ったように矢も抜けず、結局ロザリンドが切開して毒が塗られた矢尻を取り出し、すぐさまジュノーが治療するという荒療治となった。


「ロザリンド、血を、血を流させるんだ。大きな血管を傷つけて! あとはジュノーに任せろ」


 ダフニスの脇に切っ先をあてがうようにしたロザリンドの手が止まる。

「……できない、ダフニス……ああ、ごめんなさい、そんなことできないよ!」


「くそ、サナトス頼む、アプサラスと協力してダフニスの血液から毒を浄化する手伝いを!」


「わ、わかった! アプ、やれるか」


「やってみるわさ! だけど何の毒なのか分かれば処置は早いの」



「おい! 何の毒だ、早く言え!」


 いま周りに居た弓兵たち、槍兵たちが倒されたばかりだというのに、15歳の童顔少年が凄んだところで、ダリル兵たちの口は重い。むしろまだ眼光は死んでおらず、威嚇するような目でアリエルを睨みつけている。寝間着の男も副官もぐっと口をつぐんで何も話そうとはしない。


「ぐうぅぅおおぉぉあぁぁ!」

「ダフニー、うわぁぁ、ダフニーが苦しんでる! アリエルさん、助けて、ダフニーを助けて!」


 ダフニスは全身を痙攣させながらも意識は保っているようで、毒に冒されながらも心配して泣きそうになってるアリー教授に心配するなと繰り返していた。


「兄弟がいてくれて運が良かった。俺は大丈夫だナディ、ぜってえ死にやしねえから」

 ジュノーがいるから絶対に死ぬことはない。だけど、苦しむ姿を見ていられない……。


「サオはアリー教授と協力してダフニスを仰向けに寝かせて気道を確保!、イオもタイセーも手足を押さえてやってくれ」


 アリエルは何も言わず先ほどストレージに捕らえた矢を手に取ると矢尻をぺろりと舐めて、酷く苦いことを確認すると、酒に酔って座り込んでいる男の肩を殴るようにして矢を突き立てた。


「ああああぁぁ!」


 相当な痛みなのだろう、身体を逆えびに反り返らせて大の男が悲鳴を上げる。


「ダフニスの体重は400キロ超えだから毒矢の1本ぐらいじゃ死ぬことはない。この男は90キロぐらいだろ、致死量かもしれんな。何の毒を使ったのか言え! さもないと……」


 走って逃れようとする男をゾフィーがパチンで目の前に瞬間移動させると、ロザリンドが後ろ襟を掴んで引き倒す。怖い女たちの素晴らしいコンビネーションを見せつけられながらもアリエルは落ち着いてストレージからさっきの毒矢を1本取り出して、トスッと男の太ももに突き立てた。


「ぐああぁぁぁってええええぇええ」


 最初に毒矢を突き刺した男はもう痙攣を始めた。毒の効き目が早い、効果もダフニスとは比べ物にならないほど強く見える。普通の人がこんなの受けたら大変なほど強い毒だ。


 残る男は二人。何も話そうとしないので、アリエルは副官と思しき男の前に立ち、おもむろにもう一本の毒矢をストレージから取り出して、右手を振り上げたところで副官は腰を抜かして命乞いをするように口を割り始めた。


「うわぁぁ待って、待ってくれ。マサラウという植物の種を粉に挽いてトラカブの草汁で溶いたものだ。南方諸国で狩猟につかわれてる」


「植物毒だ! アプサラス、なんとかできそうか?」

「マサラウは知ってるけどもうヒトツ知らない、けど何とかしてみせるわさ!」


 植物毒は合成毒などとは違って、水の魔法と相性がいい。清廉な水の精霊であるアプサラスがついているんだ、浄化できないわけはない。


 アリエルはダフニスの命に別状がないことを確認するとホッと一息ついて毒矢を突き立てた男たちの症状を経過観察しながら、マサラウとトラカブというものが人体にどういう影響を及ぼす毒なのか、おおよそ見当をつけていた。


 最初に矢を突き立てた男は力の限り全身の筋肉が緊張して痙攣症状が出ていて、目からは血の涙が流れているのが見えた。

 毛細血管が破壊されて出血してるってことか。呼吸の方はゆっくりとしているから、痙攣が治まるとあとは穏やかに死んでゆくのだろう。


 間違いない。まずは筋肉を緊張させて痙攣から始まり、やがて意識がもうろうとし始めると呼吸が停止し、静かに死んでゆくタイプの毒だろう。まずは筋肉の緊張を抑えないと常にスタンガン食らってるようなものだ。もう一つの毒草は出血毒か……。


「てくてく! ダフニスの筋肉の緊張をほぐすのに鎮静ちんせいの魔法を。筋肉を弛緩しかんさせるだけでいい。完全に眠らせてしまわないようにな。ジュノーの治癒と相性悪くないか?」


「大丈夫! 任せるのよ」


 てくてくの鎮静の魔法が施されるとダフニスは小康状態が保たれ、容体ようだいは急速に快方へと向かっていった。


「アプサラス、サナトス。助かったよ。みんなも、ほんとありがとうな。ダフニスは大丈夫だ」


 尋問を始める前に、さっき毒矢を突き立てた男二人はガクガクと痙攣しながら全身の筋肉が激痛を発していたのだろう、相当苦しんでいたけれど、ちょっとダフニスの容態を気にしてる間にもう痙攣は小さくなり、いまは呼吸が止まりかけていて、このまま放っておけばすぐ死んでしまうだろう。


 死に逝く部下たちを目の当たりにし、自分たちの未来を垣間見たのだ。


「さてと、尋問だ。なぜお前たちは人に向かって毒を使っている? 戦争であっても冬の間は休戦する、毒の使用は認めない。戦いは兵士のみで行い、文民を虐殺してはならない。あの血も涙もないアシュガルド帝国軍であっても敵性の市民を殺さず、二等国民などとして生かしておくんだ。なぜこんな協定ルールができたと思う?」


「……」

 二人は何も答えなかった。その答を知らなかったのかもしれないし、知っていながら解答せず、尋問そのものを拒否したのかもしれない。

 だけどアリエルにはどうでもよかった。回りくどいようだが、これは裁判の冒頭にあるような、罪状の読み上げと似た意味をもっていた。


「なんだ、知らないのか。ならちょっとだけ教えてやろう。神話戦争と呼ばれる過去の大戦で、最も大きな被害を出したのが、冬の間に戦争を継続したことにより、兵士が数十万の規模で凍死したこと、次に殲滅戦による民族浄化によりいくつもの部族が絶滅してしまったこと、そして魔法でも治癒することができない毒による無差別大量殺人だ。生き残った者たちは過去の大戦から学んだんだよ。あんなにも酷い、自らを滅ぼす愚かな戦いを生き抜いて、反省したんだ」


「仕方なかった。命令だったんだ」

 命令だったらどんなことをしてもいいのなら、俺も魂の命令に逆らえなくなるじゃないか。


「2つ答えろ。お前たちは、1、誰から。…… 2、どんな命令を受けたんだ?」


「ゲンナー総司令の命令だ。フェイスロンドは我々と戦争するために治癒魔法を使える治癒師を多く育てていた。治癒魔法に対抗するには毒しかなかったんだ。それにフェイスロンドは領主が亜人だ、人じゃあない」


 ドスッ


 アリエルは目の前で饒舌に話す副官の肩に毒矢を突き立てた。


「治癒魔法に対抗するには毒がいいらしい。ジュノー治癒を、どれぐらい効果があるか見たい」

「イヤ。私がやったらこんな奴でも死なせないわ。だからお断り」


「気の毒に、おまえは女神に見捨てられたぞ。タイセーおまえ時計もってたろ? こいつが死ぬまでの時間を正確に測って」


「わかった。しかしこいつらどうすんの? 死なせていいのか?」

「毒を受けてから死ぬまでの正確なデータが欲しいんだ」


「人体実験……マジかよ」


「タイセー、今はそんなこと話してる暇はないんだ。責めるのは後にしてくれ。最初の奴らは? 意識があるか?」


「うわごとを言ってるけどまだ意識はありそう」」


「ジュノーは引き続きそいつらが死ぬまでの経過を観察しといてくれ。サナトス、すまんがアプサラスと協力してこの毒の解毒薬を作ってくれないか。大量に必要だから大変な作業になるだろうけど、お前たちにしかできない」


「あ、ああ分かった。アプ頼む」

「任せて、ワタシたちにしかできないことなら……やるしかないわさ。でも解毒薬を大量に作るなら、その毒そのものが必要なのよ」


「わかった、用意する」


 解毒薬なんて毒の組成を変えられるともう役に立たないけれど、絶対に必要なものだ。

 治癒魔法で解毒ができない理由もそれ。毒の種類だけ解毒の魔法も毒に対応させて変えていかないといけなくて、いちいち魔法を作ってたらキリがないんだ。


「さてと、お前には全てを話してもらう。俗な言い方をすれば、尋問はもう拷問になってるからな。話したくないなら黙っててくれてもいい。こっちには治癒魔法使いがいるからな、お前は永遠に苦しむ拷問に遭うだろう。むしろスカッとするから何も言わなくていいぞ。死にたくないなら協力的に、聞かれたこと全てをありのままに話せ。それでもお前の顔が気に入らなければ殺すがな、少しでも長生きできるようゴマをすってみろ」


「はっ、はいぃぃ」


 レダとサオが捕まって簡易牢に入れられてるエルフの女の子たちを助け出し、エアリスに付き添われてこちらに歩いてくるところ、俺はこの男から情報を聞き出さなくちゃいけない。


 あっちのほうはエルフの女の子が七人。サオに抱き付いて泣いてる子もいる。

 絶対あっちの方が役得で羨ましいのだけど、俺はこっちの不細工なオッサンに聞かなきゃいけないことがたくさんあるし、今あの子たちが泣いてるのは全てこいつのせいだ。


 本当にダリルがらみとなると、だいたいいつもこうだ。エルフの女の子たちを貴金属か何かだと思っていて、それを攫うことしか考えてない。だけど反感を持っていて商品価値のない男エルフたちを皆殺しにするだなんて、いくらダリルでもそこまではやらなかったはずだ。


 毒を使ったこともそうだが、そんなことよりも、あのダリル領主エースフィル・セルダルがどういう心境でこんな酷い命令を下したのかということに、より強い違和感を覚えた。


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