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11-19 祝宴(1)

書き溜め分ちょっとあるので、しばらくは毎日更新してもいいかなと思ってます。

書き溜め分無くなったらまた週一とかになるかもしれませんが、平にご容赦くださいまし。


 俺たちが歓喜する多くのセカ市民の声をゾロゾロ引き連れてセカ教会の丘に戻ると、たくさんの篝火が焚かれていて、ちょうど教会からシャルナクさんが出てくるところだった。


「おおお、アリエルくん。ケガなどないかね? 大変な働きだったと聞いて、何の役にも立たないのに来てしまったよ」

「んなことないですってば。シャルナクさんほら手を上げて市民たちの声に応えてあげて。俺たちは帝国軍を追い出しただけ。アルトロンド戦ではイオたちにヒーロー持ってかれたから、あっちを先に労ってあげて。王国軍にはアルビオレックス爺ちゃんを返せって言っといたからね、あとはシャルナクさんの交渉次第。任せたよ」

「まったく、そこまでお膳立てしてもらっておきながら失敗は出来ないな。ひどいプレッシャーだが、任せてほしい」


 シャルナク・ベルセリウスは篝火かがりびに集うボトランジュの戦士たちが、何の迷いも、屈託もないストレートな笑顔を見せて、全身で喜びを分かち合っているのを見て自らもホッと胸をなでおろしはしたが、どこか素直に喜べないでいた。


 息子プロスペローのことが、心に引っかかる棘となっている。


 プロスペローは幼少期から親にべったり甘えたりなどということはなく、自立心が強い子だった。

 前世がエリノメの夫であったというのが本当なら、どんなに腐心したことか想像できないほどだ。しかし、今になって思い当たること、プロスペローが子どもだった頃のこと、覚えてることを全て吐き出し、記憶を整理してみると、貴族という支配者階級に生まれた子として資質は充分だった。


 家族を大切に、身内を大切に、一族の者が支配する領地を皆で力を合わせて、領民を第一に考え、皆の暮らしが良くなるよう、豊かになるよう、様々な脅威に晒されることがないよう治める事に何の疑いも持たず、人の上に立つという事はどういうことなのか、生まれながらにして人々の規範となることを運命づけられていることを、しっかりとプロスペローに叩き込んだつもりだったが、プロスペローは出来が良すぎた。もしかすると教えるまでもなく、生まれた時から知っていたのかもしれない。


 プロスペローは期待を裏切らなかった。

 今この教会の丘で歓喜している戦士たちのほとんどは、マローニがアシュガルド帝国とシェダール王国の連合軍に包囲戦を仕掛けられ、危機に瀕したときプロスペロー本人が根気よく調停し、マローニの街を明け渡すことを条件に、一滴の血を流すこともなく、ノーデンリヒトへと共に逃れた戦士たちだ。


 逆らうものは皆殺しが当たり前。忠誠を誓ったとしても二等、三等国民として隷属させるのがアシュガルド帝国だ。それほど考え方の違う者とよくぞ話し合いが成り立ち、纏め上げた者だと感心したものだ。


 シャルナクは後継者をプロスペローとして間違いないと、そう考えていた。プロスペローは、マローニで血が流れないよう、よくぞ調停してくれたものだと今でもその評価は変わらない。


 ボトランジュの戦いは、守って守って守り切れず、敗退と撤退の連続だった。セカ陥落のときを知っている市民たちはその落胆を魂に刻み込んだだろう。


 しかしアリエルくんたちが戻ってきて始まった反攻と勝利。

 ノーデンリヒト要塞前に町でも作るんじゃないかと言うほどの規模で駐留していた帝国軍を、たった1日で蹴散らし、翌日にはマローニのみならずセカまでをも取り戻してしまった。


 シャルナクは今日初めて理解した。

 プロスペローがアリエルくんたちを危険だと判断したその理由を。


 血縁上は甥にあたるアリエルくんの正体が、神話に語られる、あの破壊神アシュタロスだという事は信じがたい話だったが、これほどの戦闘力を見せつけたのだ。それは人の所業ではない。

 目の当たりにしたのだ。人非ひとあらざる神の力を。


 こんなにも酷い時代になるのを避けられなかったのはベルセリウス家の力不足であったことも素直に認めよう。家訓のひとつに『避けられる争いは極力避けよ』というのもあった。たしかに。

 しかしそれはまだ平和を保っていられた頃にしか通用しない、とても甘い言葉だった。


 ボトランジュは自由を失った。家族を引き裂かれた。愛する者を奪われてしまった。

 世情がここまで深く混迷を極めてしまうと、甘い言葉など信じていたら何もかも失ってしまう。


 アリエルくんの力は確かにプロスペローの言う通り、危険なのだろう。

 世界を滅ぼすに足る力なのだろう。

 だがしかし、だがしかし、見ろこの戦士たちの笑顔を。セカ市民たちの勝利の喜びを。熱狂を。

 300万ボトランジュの民が求めているのは、この強さだ。


 シャルナク・ベルセリウスは教会の丘に立ち、懐かしい故郷の風に吹かれながら、どこか困惑した様子で、ぎこちなく笑って見せた。


 願うことが許されるのであれば、ひとつだけ。今ここでアリエルくんと肩を組んで笑っているのが、息子プロスペローであってほしかった。


 シャルナクから少し遅れて教会から出てきたエリノメ・ベルセリウスはもう真っ暗になってしまったセカの街、火災がまだ消えずに空まで赤く染めているセカ港のほうを見ながら寂しそうに呟く。


「……また始まるのね」



----


 満身創痍のまま教会の丘に戻ってきたイオたちへの声援は計り知れなかった。セカ抵抗組織のメンバーでただ一人、剣を持って戦ったネレイドさんは特に人気が集まったけれど、当のネレイドさんはというと、鬼の形相のジュリエッタが歩み寄ってきたかと思えば、バチン!と爆発でもしたかのような炸裂音が響いてフッ飛んだ。思いっきりビンタされたらしい。


 その後はもうジュリエッタが泣いて泣いて、むちゃくちゃ泣いて、無事に帰ってきた夫の温もりを確かめた。ネレイドの鼻血が服にベットリつくことも厭わなかったため、ジュリエッタも剣を持って斬り込み、相当な返り血を浴びたものだと勘違いされることになったが、それもまた落ち着いた頃にはいい笑い話になるだろう。

 しかし、ジュリエッタに何も言わず、こっそり戦闘に加わったと知って心配なのはわかるが、きっとアルトロンド兵の剣よりもジュリエッタのビンタのほうが効いたと思う。


 セカを守ってきた自治会(抵抗組織)とマローニ・ノーデンリヒト守備隊の戦士たちが合流し、今日だけは喜びの中で宴を楽しんでいる。満足に酒が振る舞われないのは急なことだから仕方ない。それでもセカが解放されたと聞いて、設置されたばかりの転移魔法陣を使って次々と人が集まってくる。このセカを一望できる教会の丘に。


 べリンダやアリー教授、エイラ教授、もちろんコーディリアもオフィーリアもセカが解放されたと聞いて黙って引きこもっていられる訳もなく、すっ飛んできたのだ。


「えーっ、ダフニ―! ケガしてるじゃニャいの。どうしたの? 戦闘があったの?」

 語尾にニャをつけるネコ語の人が走ってきた。アリー教授が傷だらけのダフニスを心配して後ろから肩に乗っかったところだ。それを目の前で見ていたロザリンド、まるで鷹の目のように紅く光った……って。

「おいロザリンドおまえ目が紅く……」

 いや、よく見るとそうでもない。眼球の中で反射した光が紅く見えただけってことは、徐々に紅く変化してきてるのだろうか。


 名前を呼ばれたことで「え?なに?」みたいな顔でこっちを見てるロザリンドの頭をおもむろに撫でてみたけれど、角が生えてきたなんてこともない。

 ゾフィーみたく自然に元の姿に戻り始めてるんじゃないかと思ったけど、そうでもないようだ。


 で、ロザリンドの方はというと、たったいまダフニスの肩に乗っかったばかりのアリー教授の首根っこをとっ捕まえると目の前に座らせて、まずは尋問を始める前にギラリと睨みつけ、威圧含みでその周囲を衛星軌道に乗ったかのように腕組みをしながらゆっくりと回る。


 捕まってしまったアリー教授の方も一瞬『なぜ首根っこを捕まえられたのか』が理解できないようだったが、キョロキョロと周りを見渡し、状況確認に努めると、ようやくその理由がなんとなく理解できた。


 すぐ横に黒髪になってしまったアリエルが居てサオがいて、パシテーがいて、そしてゾフィーにジュノーたちが焚火を囲んでいる。ということは、この塔のように巨大な女はきっと悪名高いロザリンドなのだなと……アリー教授はあっさりと捕まってしまった己の不運を呪う暇もなく尋問が始まったのだった。


「ダフニ―……助けてほしいニャ」

「ガハハ。無理だから諦めろ。悪いようにはならねえって」

「あーん、ダフニ―ったらもうお酒入ってるニャ」


「ねえ、猫って被るものだっていうじゃん? 化けの皮剥ぐのってこれぐらいの刀があればいいかな?」

 スラッと抜いたのは長刀の、愛刀美月だった。アリー教授はもう顔色がなくなってしまっていて、動くことも、ロザリンドを直視することもできなくなってる。ショック死してもおかしくないレベルの恐怖だ。


「まずは名前から聞いておきましょうか」

「ナ……ナディ・アリー」


「はいアリー。あなたいつからダフニスとつきあってんの?」

「えっと、は、はい、2年ぐらい前からですニャ」


「どこで出会った?」

「はい、出会いはマローニの魔導学院で。ダフニ―が、可愛いって言ってくれたのニャ」


「まってくれ! まってくれぇぇぇぇ!」


「ほーう、ぬいぐるみの兄弟。あのアリー教授の様子を見て、隠し事ができると思うかね?」

「ナディ―! 頼むから何も話さないでくれ、弁護士を呼んでやるから」

 残念ながらここに弁護士なんざいない。だいたいそんなもん呼んでどうする気だこの熊め。


「ロザリンド! 何もかも吐かせろ! マーライオンの如くだ」


「ぴぎゃぁぁぁ!」


 アリー教授はダフニスに「マローニの防護壁の上に来てください」と呼び出され、包囲する数万の帝国軍が見守る中、花束を贈って「俺と一緒にノーデンリヒトに来てくれないか」なんて、小心者のするような、何の変哲もない、普通の告白をして、それを受けたアリー教授を肩に乗せて帰ったんだそうだ。


「普通過ぎてつまらん。やり直せ兄弟」

「やり直す理由がねえって!」


 ダフニスの野郎、クソつまらん告白しやがってからに、酒の席で一生笑ってやるにはインパクトが足りない。もっと尋問していろんな恥ずかしい話を聞き出さないといけないのだが……。まあそれはそれ、これはこれ。


 ロザリンドはその後アリー教授に、ダフニスは酒に飲まれるバカ野郎だけど本当にいい奴で責任感もあって、ダフニスについて行きさえすれば必ず幸せにしてもらえるから、大事にしてやってくれといって〆た。ダフニスも、あのエーギルの指輪がぴったりとハマる立派な戦士なんだってことは、さっきの戦いぶりを見て知ってる。

 俺的には求婚するときはみんなの前でさせてやらないと気が済まないぐらいなんだが。


 くっそ、ダフニスの色恋話がつまらなかった。何か他に面白いことはないかとあたりを見渡していると、たったいま教会からべリンダが出てきたところで、右も左も分からなくてキョロキョロしてるところだった。


 何というナイスタイミングなのだろう。

 アリエルの口元がイヤらしく曲がったのをロザリンドは見逃さなかった。


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