表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/566

02-05 運命の出会い

長かった一人ぼっちの異世界生活でしたが、運命の出会いを経て、やっと長い旅の道連れを得ることになります。

20170724 改訂

2021 0726 手直し



「はい! ベルセリウスくん一次試験は合格です。凄いですね、見応えがあります。でももうひとりの先生、ポリデウケス先生がもう少し力を見たいということなので、魔導教員の準備が完了するまで、もう少し力を見せてください」


 ニヤニヤしながら出てきたのは、さっきのヘルセ先生とは打って変わって、細めの優男風で、いかにもモテそうな、いけ好かないヤツだった。


「実技を受け持つポリデウケスだ。飛び級希望なんだってね。今のヘルセ先生との立合いではキミの防御技術が見られなかったので、急遽私が手を挙げたってわけさ。生徒も大勢見てるからね、余興だと思って私とも手合わせ頼むよ」


 と言いながらポリデウケス先生は柔軟体操を始めた。

 ぱっと見、年齢30手前ぐらい。自分の実年齢に近いと思った。あの時、事故に遭って死ななければ自分も似たような背格好になっていたのかなと。

 身長175から178ぐらいの、パッと見、細マッチョって感じのいい体躯をしている。体を鍛えることを怠っては居ないけれど、無駄な筋肉はついていない。間違いない、この人は純粋な剣士だ。


 髪は赤毛の鮮やかなレディッシュで軽くウェーブのかかった長髪を後ろで束ねている。

 いいなあ赤髪……赤髪か、なんかとても懐かしいく、フッと鼻に抜けるような思い出があるように思うけれど、どういう訳か記憶にもやがかかったように、そこから先が思い出せない。何故だろう?、こんな鮮やかな赤髪をリアルで見たのは初めてのはずなのに、ものすごく親しみを感じてしまう。


 いや、そんなことはどうでもいい。今は集中だ集中。

 木剣は長短の二振り。二刀を使うのか。

 この体格で二刀使い……スピード型かなあ……そうだろうなあ。


 トリトンと立合って二刀は苦手だと思い知らされ、ずっと想定鍛錬してきたのでいい機会だ。


「昨夜ギルドで聞いたよ。キミ冒険者になったんだろ? 限定解除で。噂になってるよ。私はここで教員をやってるけど、本職はAランク冒険者なんだ。よろしくな」

「あ、よろしくお願いします」


(てかここの教員は兼業していいのか……)


 観客席からの声援に音圧を感じる。

 すごい声援だ。この赤毛の先生、人気あるなあチクショウ。


「キャー! 先生頑張れー!」

「先生! 頑張ってー!」

「アリエル! 構わんからカッ飛ばせ!」


 1、2年生の声援に押されてほとんど聞こえないけど、ホームランでも打てそうな声援が混ざって聞こえた気がする。


 しかし、先生人気あるじゃん。いいね。こういう人気のあるイケメンのモテ男を叩きのめすのはホントやりがいあるわ……。いやダメだ。黒い黒い。


「俺やっぱ友達できないな。性格が悪すぎる」

 自虐的な言葉が口をついて出た。

 自分の性格の悪さに辟易して苦笑していると、先生もそれに気づいたのか、突然不機嫌そうな表情にかった。


「その薄ら笑い、消してみせるよ」


「あ、失礼。たぶん誤解です」

 いや待てよ……、誤解でもないか……。


「でも誤解なんです」

 何言ってんのか分からなくなってきた。


 開始戦に立つと。ポリデウケス先生は二刀で構えた。左中段、右上段の構えだ。

 アリエルはいつものルーティーンからゆっくり上段に構えて、まずは逸る気持ちを落ち着ける。

 トリトンの二刀構えが重なって見える。いつか追い込まれたことから、ずっと鍛錬してきた三手の連撃。これは二刀対策だ……試さない手はない。


 審判役の教員の手が上がった。


「開始!」


 号令がかかると同時に先生は素早く右に回り込んだ。右利きの相手に対するには間合いを保って時計回りに動く。基本中の基本だ。仮にも先生なんだから生徒の見ている前では基本の大切さを見せたいのだろう。


 速いな……、でも、狼獣人ウェルフの戦士と比べたら……、遅い!!

 ポリデウケス先生は大袈裟に振りかぶった打ち込みをガードさせたあと瞬時に背後へと回って視界から消えた。だけど気配を消していないので後ろに回ったところで、アリエルにはどこにいるのか、何をしようとしているのかが、まるで手に取るようにわかる。


 上段の構えのまま剣を背中に寝かせて、狙われた首の右側を防御し背後から首を狙って来た木剣の切っ先を防ぐ。背後に居ても気配で丸見えだ。そのままバックステップで急加速して空振りした先生の背後を取った。


 背後を取られたポリデウケス先生は眼前から消えた生徒に驚いた様子だったが、動きを止めていてはやられるのを待つだけだ。すぐさま右前方に飛び込む形のローリングで距離を取ろうとしたのを、アリエルは落ち着いて、まずは木剣で足を薙ぎ払った。


 さっき観客席から聞こえた『カッ飛ばせ』の応援に応えた、外角低めのスライダーを体勢を崩しながらも膝を折って技術で打ち返したような、そんなフォームであった。


 高速機動中、突然足を払われ派手に転倒するポリデウケス先生。土煙を上げながら転がり、観客席との間の壁に激突してしまう。

 それを追撃するでもなく、開始線に戻り、そのまま上段に構えて先生が立ち上がってくるのを待った。ポリデウケスは当然あるものだと思っていた追撃がないことにちょっと不満そうな表情を見せながら立ち上がる。


 転んだだけで頭から血が出てるじゃないか……。この人も戦闘中に展開している防御魔法は大したことないと見た。マジで叩いたらケガさせてしまう。


「追撃しないとはどういうことかな? ベルセリウスくん」

「いえ、真剣勝負じゃないくて余興ですし、まだ防御技術見せてませんから」

「はっ、そうか。……はは、確かにそうだったな」


 瞬間、ポリデウケス先生が最短距離で踏み込み右に持つ長い方の木剣を振り下ろす。アリエルがこれを左に身体を捻って躱すと、先生は左に回転し、左手に持った小さいほうの木剣で背中越しに払うといった攻撃を見せた。これはまだ10歳の生徒に対して行っていい攻撃ではない。むしろ大人のズルさを体現したかのような攻撃だった。


 もちろんアリエルは落ち着いてそれを剣で受けてみせると、待ってましたとばかりに回転を乗せたまま右の木剣を振り下ろすポリデウケス。


 ん? ガードしてくださいと言わんばかりに、ほぼ同じ軌道の攻撃? と訝しみながらガードすると、少ししゃがみ込んだ体制で加速し、そのまま肩で体当たりを仕掛けてきた。


 カチ上げて崩す気だ。


 しかしそんなのは砦の兵士たちの常套手段だ。

 だいたいこんな時の対応は体に染みついている。左側に身を躱し、相手の肩を掴む。

 相手が伸びあがる力を利用して『の』の字 を書くようにくるっと捻ってやると、先生はものの見事に一回転。背中から落ちて大の字になったところで、首に木剣を突きつけた。


「勝負あり!」


 剣を引き、手を差し出すと、先生は目を白黒させながらもアリエルの手を取って立ち上がった。


「うーん、完敗だ。限定解除は伊達じゃないな。強い。ところで私の敗因って何だった? ちょっと教えてくれないか。参考にしたい」


「えーっと、スピードは悪くないと思います。でも先生、二刀は不慣れですよね。無理に二刀を持つから、そのせいで打ち込みが甘いのと、あと、背後に回ったのなら気配も消さないと意味がありませんよ」


 敗因を聞いて参考にしたいと言っておきながらその敗因を実際に耳にしたポリデウケスは開いた口がふさがらなかった。この10歳の少年が、たった60秒ほどの立ち合いで、自分のどんな部分につけ込めば倒せるのかを見事に言い当ててしまったのだから。


「……はあ、まだダメだな。私も」

 というと、勝者アリエルの手を握ったまま天高く突き上げて、観客席にアピールしてみせた。

 フタを空けてみればなんということはない、地獄のような戦場から無事に帰還した実力を見せたアリエルの完全勝利だった。


―― うおおおおおおっ!

 すごい声援と拍手をいただき、アリエルはぺこりと頭を下げた。


「ベルセリウスくん、魔法の先生はとても厳しい人だが、キミなら何とかなるかもしれないね。試験合格を祈っているよ。ではまたな」


 ポリデウケス先生は治療のため退場していった。アリエルはこの場に居残りとなる。

 しかし、せっかく練習していた二刀流対策、三手の連撃が出せなかった。あれは先手で繰り出すのが前提だから、今のように防御の型を見せるために後の先を狙った立ち合いで試すことはできない。またトリトンにでも立合ってもらわないと。


 数人の人が入ってきたことでちょっと騒がしくなったアリーナ。

 ローブを纏った人が2名と、神官? のような服を着た人が1人。

 魔導師? だろうな……3人か。


 あれ?


 頭が薄く禿げ上がって手入れされてない真っ白な髭のひとがいた!


「あ――――――――っ、師匠!! お久しぶりです! 元気そうでなにより!」

 入ってきたローブの男は1年間家庭教師をしてくれてた、グレアノット師匠だった。

 師匠もアリエルの成長スタ姿を見て感嘆の声を上げた。


「おおお、久しぶりじゃの。大きくなったの……そうか、編入してくる生徒が飛び級希望だとかで試験の採点を頼まれたのじゃが、お主か。なるほど、2人の教員がケガをしたのも納得じゃ」


「師匠? もしかして……」


 師匠と一緒に来た13歳ぐらいかな? と思える、身長150センチぐらい、華奢な子ども体型のローブの女性。フードの奥から機嫌悪そうに、こっちを値踏みするような視線を投げかけ、グレアノット師匠のことを師匠と呼んだ。


「ああ、そうじゃ、パシテー、この男がお前の兄弟子アリエルで……、アリエル、こちらがお主の妹弟子にあたる、パシテーじゃ。パシテーは中等部で魔導教員をしておるからの、おぬしの先生ということになるかもしれんの」


 師匠が紹介してくれたこの女の子。名をパシテーというらしい。こんなに小さいのに魔導教員……って先生か。

 でもよくよく考えてみたらアリエルが一番弟子でパシテーが二番弟子。序列ではアリエルのほうが上ということになるのだが、学校の教員という事は、パシテーがアリエルの先生になるということなので、アリエルはパシテーの事を先生と呼ぶことになる。


 なんだか少し納得いかないのだが。


 パシテーは目深にかぶったフードを外して顔を出し、弱くカールした髪を耳にかけると言葉少なに挨拶した。

「初めまして」


 フードに隠れていたのはブルネットの美少女。

 パッと見た瞬間に息の根が止まってしまいそうなほどすっごい美少女で、視線を合わせることすら緊張して、同じ方の手と足が同時に出てしまうような感覚に陥ってしまう。


 そしてもう一人、神官服を着ている人がヒマリアさんといって神聖典教会から派遣された神官で、治癒魔法もってこの学校の救護室を任されているのだそうだ。実技の教員が相次いで二人も怪我して治療に来たもんだから応急処置だけ済ませて、気になって見に来たらしい。


 アリエルに一通りの紹介が済んだところで、グレアノットは教育長に問うた。


「のう、カリプソよ、アリエルはわしの一番弟子での、身内贔屓みうちびいきなしに控えめに言って、学問、算術の学力と、魔法、剣術の腕前は保証するぞい。それでも模擬戦をしなくてはいかんのかの?」


「はい、力を見せてもらうことが試験なので」

 カリプソ教育長は腕組みをしたまま頷く。

 魔法の腕も見せるの? もしかして師匠相手に?


「パシテー、ちょっとやってみるがええ」

「うん、やる気が出てきたの」


「ふむ。今は強化魔法だけあれば他の魔法は不要とまで言われておる魔導師不遇の時代じゃがの、無詠唱が魔導師にとってどれほど有効な技術か、身をもって体験してみるがええ。……のうパシテー、お主が目指す処は、この老いぼれではなく、あの天才じゃ。妹弟子の力を見せて、カスリ傷のひとつでも付けてやれんと相手にしてもらえんかもしれんからの。本気になってかかるがええぞ。ケガの治療はあらかじめヒマリアに起動式を置いといてもらって即時発動してもらうつもりじゃが、障壁だけは絶対に切らさぬようにの」


 妹弟子パシテーを激励してやる気を鼓舞したあと、グレアノット師匠はこちらに向き直って、少しやる気の出る言葉をかけてくれた。


 兄弟子である以上は妹弟子に対して、ハッキリと力の差を見せつけてやる必要があるのだそうだ。

 対する妹弟子は兄弟子に認めてもらえるよう全力でぶつかってくるので、多少キツい目にしごいてやれとのお達しだった。ケガをしても神官のヒマリアさんが治癒魔法で対処してくれるので、心配はいらないらしい。


 ただしくれぐれも手加減を忘れるなと念を押されたんだけど……。実は微調整とか手加減とかがとっても苦手なんだ。んなこと師匠が一番よく分かってるはずなのに……。


「あ、はい、じゃあ俺の攻撃手段は、[ファイアボール]主体の火魔法だけで。[ストレージ]と強化魔法は使う前提です。でも、攻撃は火魔法だけなので、耐熱障壁を忘れないでって言っといてください。あと[爆裂]は鼓膜が破れるので耳栓も……」


「わかった、パシテー、聞こえておったな?」

「耐熱障壁と耳栓なの」


「わしは観客席に耐熱障壁を張るからの。障壁がかかったら開始じゃ。ヒマリア、頼んだぞい。パシテーを死なせんようにの」


 教育長や座学の教員たちは、その物々しい雰囲気の中、何が始まるのかと不安がりながら、師匠の障壁に入るため観客席に移動した。


「観客席のみんなはできるだけ間隔を詰めて、わしが展開する障壁の後ろに入るんじゃ。わしの弟子同士の立合いじゃからの、誰もケガせんように、おとなしく後ろにおるんじゃぞ。耐熱障壁を自前で張れるものは障壁を展開するんじゃ、ええの?」


 不良軍団のプロスたちも言われた通り師匠の障壁に入り、何が始まるのかと不安そうな表情をうかべる。

「先生、何が始まるんです?」

「わしの一番弟子と二番弟子が立合うんじゃよ」


「ええっ、アリエルってパシテー先生と兄妹弟子なんですか?」

 これにはプロスも驚いた。予想だにしていなかったらしい。


「アリエルは兄弟子じゃからの」


「ちょっとまった! ということは俺アリエルのイトコだから、パシテー先生がアリエルの妹だってことは、俺も義理のイトコでもあるわけだよな!」


「むう? それは微妙じゃの……」


 グレアノットはプロスペローの『プロスペローとアリエルはイトコ、アリエルとパシテー先生が兄妹弟子、ゆえにプロスペローとパシテー先生がイトコ』という三段論法を秒殺で却下した。


 グレアノットが展開した耐熱障壁に片寄せ合うように収まる1年生、2年生の生徒たちは、上級生であり、この街の代表の息子であり、学園の女子からは一番人気であるプロスペローの会話を横から聞いていて驚きの声を上げた。


「パシテー先生の兄さんなんですか!!」

「羨ましすぎる――!」

 師匠の後ろにひしめき合う1年2年生が羨望の歓声を上げている。観客席はそれなりに盛り上がっているけれど、アリエルの方はというと、あの妹弟子をいかにケガさせずに勝利するか頭を悩ませているところだ。


 こんなことを言ってしまうとブーメランが戻ってきて眉間に命中しそうな勢いなのだが、師匠の弟子ってことは、普通の女の子な訳がない。手加減を忘れるなと釘を刺された以上は、自分のほうが強いってことなんだろうけど、当のアリエルは魔法の力加減が超苦手だ。


「でも、パシテー先生は相当強いでしょ? アリエル燃やされちゃいませんか?」

「わしはパシテーが黒コゲにされんか心配しとるのじゃがの?」

 プロスが心配そうにこっちを見ている。なぜそんな目で見るのかが分からないから余計に不安が掻き立てられる。そして師匠が多重障壁の展開を完了した。


「障壁は張り巡らせたぞい。こっちはいつでも構わんからの」


 魔導戦闘実習なので開始線は広めにとり、15メートルぐらい離れている。

 開始の声がかかるまでは強化魔法、防御魔法以外のバフは外しておいて、起動式の一文字も入れてはいけないなんて、無詠唱で魔法を使えるアリエルに有利すぎるルールだが、まあ力比べじゃなくて力を見せることが目的らしいからルールに乗って有利に戦わせてもらうことにした。


 師匠の進言で観客席に避難した審判役教師は、観客席から審判をするという。

 そんなところから遠くから何が見えるのかと思ったが、魔導の試験だったら小手あり一本とか、細かい部分まで見なくていいのかな?とか、そんな一見関係のないことが気になった。


 だしかに爆破魔法を使うアリエルをレフェリングするなら衝撃波対策をしなくちゃいけないだろうし、遠くから見るという選択肢を選んだグレアノット師匠は正しい。だけど障壁魔法の後ろから審判できるのかと突っ込んでやりたかったのだが、おかまいなく号令は発せられれた。


「開始!」


 開始の声が響き渡ったのに、アリエルは動く様子なし、だけど驚いたことにパシテーは両手で起動式を書き始めた。すごい!

右手と左手で各々違う文字を書くなんて、ひらがなでも無理だ。それをパシテーは複雑な神代文字でやってのける。そもそも入力速度が速いのに、それを両手で入力しているから単純計算で2倍の速度で詠唱が進むという訳だ。


 アリエルはひとつ不審に思った。

 魔法の起動式を入力するのに、なぜそんなに急ぐ必要があるのだろうか。

 もしかして戦闘を目的にしているのかな?


 パシテーが素早く入力した起動式は、ぱっと見、土の魔法だった。

 それでも魔法戦闘が初めてなのだから先手を取られたくないし、どうやら戦闘を視野に入れての高速詠唱なのだろうから、簡単に詠唱させてやってはつまらない。まずはいま入力している起動式を邪魔してやることに決めた。



―― ドッゴォ!


 アリエルは落ち着いて小さめの[爆裂]を背後に転移させ、起爆することで詠唱を妨害することに成功した。ちょっと距離を離しておいたからケガはしてないと思うのだけど……。


 吹き飛ばされ詠唱も中断されたパシテー、ゆっくりと崩れ落ちる中、花びらがザーッと音を立てて散ってゆく。


 な、なんだ? パシテーのやられモーションがやたら美しいことに驚いた。

 パシテーがダメージを受けると花びらが散る。なんだ? 幻覚でも見せられているのだろうか? なんでそんな華麗に攻撃を食らえるのかあとで教えてほしいぐらいだ。


 アリエルは[スケイト]で高速移動しながらパシテーを中心に半径15メートルの半円を描き、合計15個の[ファイアボール]を置いて起動した。

 そしてパシテーはアリエルが[ファイアボール]を展開したのを察し、すぐさま耐熱障壁を多重に展開した。守りに徹する気だ。


「障壁早いな、いま詠唱したか?」

 障壁魔法のような小さな魔法でも両手で起動式を書き出すことにより、ものすごい速さで障壁が積み重なってゆく。起動式だけで魔法が展開していることから、これはグレアノット師匠がアリエルに教えてついでに自分でも完璧にできるようになった詠唱破棄だ。妹弟子にもしっかり受け継がれている。



―― ボボボッボッ ドッゴォ!! ボボボッ!


 高速で次々と襲う[ファイアボール]の連撃。一発を防御するごとに、その圧力と高熱に像が歪む。高熱に喘ぎながら防御する姿も何故か美しく、[ファイアボール]が着弾する度に花びらが舞い散るのも素晴らしい。


 そのうち7発目に[ファイアボール]ではなく[爆裂]を混ぜておいたのを見抜けず、それをあっさりと食らうパシテー。そして美麗なモーションで倒れそうなところ、ヒマリアの治癒魔法が飛んできてキラキラと星を含む光が傷を癒した。


 観客席のほうでは爆破魔法の衝撃波とファイアボールの高熱に襲われ、生徒たちの中には悲鳴を上げて逃げ惑う者、頭を抱えてベンチの下に隠れようとする者までいた。


「我慢せい! 障壁から出るんじゃないぞい。刮目してよく見ておれ! これが魔導師の戦闘じゃ!」


 体勢を大きく崩し、跪きながらも全力で障壁を展開し防御に徹するパシテー。

 思ってたよりもずっとやる。手加減はしているが、その辺の獣人たちよりも、狙って防御障壁を展開している分やりづらい。こっちのスキに反撃を混ぜられたら苦戦必至だ。

 そしてパシテーは必死に防御する姿すらも儚げに美しく見える、これはなぜなのだろうか。


 周辺の空気がこれほど高温になると呼吸が出来ない。呼吸すると気管や肺が焼かれて死ぬことになるのだから。すぐさまこの場を逃れて呼吸の出来る場所に移動しなければいけないのだが、アリエルはその隙を与えなかった。


 15連撃を防御させている間にまた半周して15発の[ファイアボール]を起動。

パシテーは起動した[ファイアボール]に反応し、次々と襲う右側に防御を固める。

その背後に小さな[爆裂]を3発、直接当たらないよう1メートルぐらい離れたところで起動させると、今度はファイアボールの中に紛れ込ませた[爆裂]を見破られた。


 パシテーは前方にローリングして爆発を躱そうとしたけれど、どうやら『爆裂』の起爆条件が分かっていない。起爆する寸前の状態でストレージに収納している『爆裂』の魔法は、それを任意の場所に転移させることができ、起爆のタイミングもアリエルが自由に決めることができる。


 今のようにファイアボールから作ってそれを縮めて撃ち出したり、そこから転移させたりする『爆裂』は着弾したところで爆発するし、またアリエルはこれも自由なタイミングで爆破することができる。だからパシテーはファイアボールに混ざった爆裂を見抜いてそれを避けたとしても、避けられたタイミングで起爆すればいいだけの話だ。


―― ドドドッッゴオォ!!


 だがしかし!


 [ファイアボール]と[爆裂]の起爆前の外見上の違いをなくし、[爆裂]のほうも圧縮するのを抑えて、[ファイアボール]と火球の大きさも揃えて配置していたというのに見破られたことに驚いていた。マナを見ることができ、詰め込むマナの量を感じる能力があれば、食らっていい攻撃と、食らっちゃダメな攻撃が分かるようになる。いまの攻撃はもちろん、食らっちゃダメな攻撃だ。だからこそパシテーは避けようとしたのだが、避けられるのを悟ったアリエルがすぐさま起爆し、すべてを吹き飛ばす爆風に巻き込んだ。


 ぱっと見は同じようなものだけど、内包されるマナ量に大きな差がある。これを見破ることが出来るということは、つまりパシテーの目にはマナが見えている。


 しかし、見えているだけでは避けるのが難しい[爆裂]の魔法だ。魔導師としては[爆裂]だけを見破るのが信条に叶っているのだろうが、戦闘では全部躱す方が正しい。

 [爆裂]を避けきれず、ローリングで前に飛び出すも、爆発に巻き込まれたパシテー。美しく、儚く、花と涙を散らしながらスローモーションで崩れ落ちる。


 観客席からの声援は悲鳴に変わった。


 意識を刈り取られたパシテー。ヒマリアの次の詠唱は間に合わない……既に起動した残り12発(内3発は爆裂)の[ファイアボール]が襲いかかる。


「気を失っちゃ障壁が消えるだろうが!」


 起動した[ファイアボール]を追い越し、パシテーの前に回り込んだアリエル。崩れ落ちようとする華奢な身体を抱き上げ、自らが発した炎から妹弟子を庇う。

 そして総ての攻撃を自分自身で食らうことになった。アリエルは防御魔法にほとんど耐熱防御性能がないことを知っている。


「師匠ぉ!! 実は俺、防護障壁を習ってないから出来ないんだけどああああぁぁぁぁぁ!」


―― ボボボッボボッドドドッドッゴォ!!!ボボボッ!!


 ものすごい高温と爆発の衝撃。非常に高密度の炎が立ち上がり、観客席まで危険な状態に陥ってしまうほど、[ファイアボール]とは思えない火柱と爆発音がアリーナを包んだ。

 なんという炎のもつ熱量だろうか。アリエルの背中を焼く火力が尋常ではなかった。


 爆炎が薄れ、陽炎の揺らぐ中、想像を絶する炎で身体の背面側の全てを焼かれ、重度の火傷を負ったアリエルが立ち上がる。

 アリエルの腕には気を失ったパシテーが抱かれていて、今自分が死にかけたとは知らずに涼しげな顔ですやすやと眠っている。アリエルが風魔法を使って呼吸する空気の循環まで確立させたからだろう。だがその代償にファイアボールは完全燃焼し、アリエルの背を何割か増しで焼いてしまったのだけど。


 美しいブルネットの髪は、毛先がチリチリになった程度で済んだようだ。


 先生たちが心配そうに観客席を駆け下りてくる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ