11-17 マローニの戦士たち
月・水・金 もしくは、火・木・土の週3投稿を目指しています。
よろしく。
「んじゃお留守番チームはここで待ってて。俺たちこれからマローニの戦士がどれだけ強いか、アルトロンドのやつらドタマカチ割って思い知らせてくるわ」
「アリエル先輩と奥さんの隣で一緒に戦うことになるとは、ゲハハハ、ワクワクするよなあ」
「いーい緊張感だっ」
「俺さっきからドキドキしっぱなしなんだけど? ベルゲルミルもイオも、お前らどこか麻痺してね?」
やる気マンマンの野郎どもが列をなして教会の丘を駆け下り、スピードの遅いダフニスに合わせる感じで走ってアルトロンド軍の占領地へと向かう道すがら、大通りは帝国軍敗北の見物にきたセカ市民でごった返していて思ったように走れなくなったところに通りのど真ん中で人が大勢で座り込んでるところに遭遇した。そこにはジュリエッタとネレイドさんも居て、ぱっと見た感じケガ人の治療にあたっているように見えた。
「兄さまがやらかしたみたいなの」
「ああもう離れてろって言ったのに。ごめんなさい、真沙希にお願いして今すぐ治療してもらうので」
「大丈夫だよアリエルくん。ケガ人はみんな運悪く尖った破片を被った軽症者ばかりだから。あー鼓膜にダメージ受けたひとも少し居るかな。でもこちらで把握してるのはみんな大丈夫。ねえそちらのベアーグの人、ダフニスさんでしょ? 噂はかねがね。しかし、噂に聞くよりもすごい大きいな」
「おおっ、ダフニスも有名なの?」
「ガハハハ、兄弟ほどじゃねえけどな」
ネレイドさん夫婦には、そう、ジュリエッタが心配するかもしれないけど一応軽く、サオが弟子をとったことの報告をしておくことにして、これからアルトロンドを追い出す予定で、夜には教会の丘でささやかなお祝いをしようって言っておいたのだけど、娘エアリスが家を出てゆくと知った時の、なんだか寂しそうなジュリエッタの表情がとても印象に残った。
何か言葉を掛けてやれば良かったのかもしれないけれど、今は込み入った話をしている時間がなくて、どう言えばよかったのか? なんて思いつかなかった。ただ、この野戦病院の方がひと段落したらジュリエッタも教会の丘にくるそうだ。
セカの街のデカさに驚きを隠せず、キョロキョロと落ち着きのない縫いぐるみ野郎が超悪目立ちしてたんで、住民が怖がってパニックでも起こしたらどうしようかと思って心配だったけれど、ベアーグ族を見たことがない人でもマローニやノーデンリヒトで戦っているベアーグ戦士の話だけは知っていたので、みんな温かく迎えてくれた事に逆に驚いた。
日本だと猟友会が黄色いベストを着込んで集まる騒ぎなんだけどな。
何よりも驚いたのは、ダフニスと並んでパシテーが飛んでるってのに、どういう訳かダフニスの方が人気が高いという……、いや数ではパシテーの方が人気高いだろう。パシテーの時代は終わっちゃいないと断言できるのだけど俺が言いたいのは数じゃなくてその内容なんだ。そう、ダフニスは女性に人気がある。にわかには信じがたい逆転現象だけど『お前ら本気か?』と脳みその健康状態が心配になるほどダフニスには女がたくさん纏わりついている。アリー教授がつけてくれるいい匂いのする香水って、もしかすると女を呼び寄せる男の夢のフェロモン香水なんじゃないかと勘ぐってしまうぐらいに、ホントなんで女って熊とかパンダが好きなのかなって思う。
ダフニスなんかあの恐怖のグリズリーベアよりもまだ一回り大きなホッキョクグマのサイズなんだけど?
「ダフニスファンには悪いけど、ちょっと道をあけてもらえるかな。通して通してー」
風船のようにフワフワ浮かぶパシテーと、巨大なヒグマみたいなぬいぐるみ野郎に引き寄せられるセカ住民を大勢引き連れて、俺たちは通りを再びT字路の突き当りまで市民たちの先頭を行進してくると、こんどは南に向いた。
北側は今さっき灰になったり粉々になったりして、黒い煙がもうもうと上がっている『もと』帝国軍の占領地区だったセカ港区だ。残念ながらもうない。
俺たちはメラメラと燃える炎と、遥か高空へと舞い上がる黒煙をバックに背負ってアルトロンド軍が占領する地区へ威嚇含みで敵兵に睨みを効かせながら立ってる。首の関節をグキグキ鳴らす、剣を抜いて肩を回しながら関節を温めると、いい感じに気合が乗ってきた。
別に申し合わせたわけでもなく横一列に雁首揃えて通りを塞いで立ち、アルトロンド軍が俺たちのために陣を敷いてお待ちかねの街区をざっと見渡すと、それはそれは壮観だった。
通りにただ兵士を並べて配置していた帝国軍とは違って、セカ港からサルバトーレ高原へと抜ける南北の通りを、こんなに短時間でトーチカを建設したり岩の壁を設置したり、塹壕を掘ってみたりと、俺たちを迎えるおもてなしの準備に余念がない。襲撃してくることは予め分かっているのだから、時間いっぱいまで準備していたのだろう、侵攻を食い止めるためのあらゆる手段を講じ、半ば身を隠す形で2万の兵が一斉にこっちを睨みつけながら待ち構えている。
通りの両側には3階建て、4階建ての建物がびっしりと建て込む形で並んでいるのは港区と同様に、もちろん上の方の階には弓兵たちが号令を待つばかりという緊張感が俺たちにも伝わってくるようだ。弓だけで1000近く居るんじゃないか?
今さっき5万の帝国軍があっさりと壊滅的打撃を受けたところをしっかりと目の当たりにしておきながら、たった2万の軍勢で、襲撃に備えようなんて、本当にどういう了見の狭さかと。司令官の顔を見てみたいと思ったけど、それなりの対策をしてるあたり、ただのアホと言うほどの事でもなさそうだ。
実は俺、本当言うと八割ぐらいの確率で戦闘なしでこの通りを通してもらって、占領軍の司令官に出て行ってもらえるよう交渉できると思ってた。成長したハイペリオンも見たはずだし、ちょっと大きめの魔法でホテルごと吹き飛ばされる様も、ジュノーの熱光学魔法で全てが灰になるシーンも目撃したはずだ。ゾフィーの攻撃は見えたかどうか疑問だけど。
さてと、アルトロンド軍司令官の考えていることを図りあぐねているところだが、どうせ何を考えてるのかは、いちばん奥の敵陣にまで到達して、中にふんぞり返ってる司令官の首根っこひっ捕まえてダフニスの前にでも出してやれば判明するだろう。どっちにしろ今あれこれ考えることはない。
横一線に並んだやる気満々のオッサンどもはみな鼻息を荒くして士気が高揚している。戦闘準備完了というやつだ。対するアルトロンド軍たちは俺たちの姿が見えたところでは、いま俺たちが通りのはじっこに立った事に気が付いて守りが堅くなった。あちこちからホイッスルがけたたましく鳴り響く。どうやら戦闘態勢に移行できたらしい。
アルトロンドの占領地は帝国軍のようにバリスタなんて固定砲台を装備してるわけじゃないが、弓兵の多さに加え、急ごしらえの塹壕とトーチカはきっとハイペリオンのブレスを想定しているのだろう。
だけど甘い。パシテーのプリンほどに甘いとしか言いようがない。俺の[爆裂]もそうだが、もちろんブレスで薙ぎ払うハイペリオンにしても、まるで子豚が作った藁の家をこれから吹き飛ばす狼の心境と言えば分かってもらえるだろうか。そんなものの後ろに隠れて身を守れるようなヤワな爆裂など俺は使わない。トーチカの中に直接[転移]させて爆破してやるから覚悟しとけ。
18年前、神聖典教会と組んでノルドセカに上陸したときも、サルバトーレ高原での戦いも、アルトロンド軍はおよそ過半数の兵をハイペリオンのブレスによって焼失している。今しがた目の前で、帝国軍の占領地にハイペリオンが現れ、帝国陸戦隊の重装歩兵たちがフルプレート鎧の中、いい感じに蒸し焼きにされてしまったのを見て青ざめ、慌てて対策したのか、動きの遅い重装歩兵の姿が見られない。普段は重装備なはずの盾持ちの槍兵が軍服姿のまま盾と槍を装備して建物の出入り口は全て開け放たれてる。即席ではあるけど、明らかにハイペリオン対策だ。余程ドラゴンのブレスがトラウマになってると見える。
それだけ対策したんだからベルゲルミルの抜け毛対策ほどには効果があるだろう。つまり無駄という意味だ。なにせハイペリオンはサオと一緒にいまお休みしてるんだ。教会の花咲く丘で、今頃こっちの方を見ながら火の手が上がるのを今か今かと待ってるに違いない。お前らの努力はハゲたあと死滅した毛根に育毛剤をつけているようなもの。虚しさが服を着て歩いてるようにしか見えん。
「なんだか失礼なこと考えてんじゃね? さっきから俺の頭チラチラ見やがってよ」
「おまえマジでエスパーか何かだろ? 心読むスキル隠してるだろ?」
「図星か! 何考えてやがんだ全くよぉ」
察しの良すぎるベルゲルミルは置いといても、こいつら少ししか離れていない隣接した街区にある帝国軍占領地がどうなったのかまでは、いちばん奥の本陣テントまで被害状況の報告が詳細に届いてないのか? 見たところ耐魔導障壁が張られているようには見えないのがちょっと気になってるのだけど。魔導師の数も揃えられないような軍勢に[爆裂]対策が出来るとは到底思えない。ちょっと訝しんではみたが新兵器も対策も作戦も何もないと見た。
「ん。この人数でイケるぞこれは」
「え――っ、お前らマジでいっつもこんな多勢に無勢でやってんの? 信じられんねえ……」
「ハティ、腹を決めろ。どうせもう逃げられん」
「ゲハハハ、イオお前、足が震えてねえか?」
「これは武者震いだ!」
「んー、俺とロザリンドとベルゲルミルの三人が前衛な。真沙希はあぶないから俺たちの後ろ、ダフニスに守ってもらいながら治癒をお願い。パシテーは上を、イオとハティは後ろに回り込んでくる敵を任せる。いざとなったときのために退路の確保ヨロシクな。後ろの方が厄介になるかもしれん、お前らマジで死ぬなよ」
「私は真ん中で後衛の人メインでサポートすればいいのね? パシテーもあんまり離れないでよ? 私の治癒魔法はジュノーほど射程長くないんだからね、ほんと気を付けるんだよ」
「そう、パシテーは出来るだけ離れないように遊撃な。真沙希は絶対に怪我しちゃだめだぞ。ロザリンド悪いけど真沙希を助けてやってくれ」
「見た感じ私より強そうなんだけど? オーラが違うわ。まあ、怪我なんてしそうにないから連れてきたんでしょ、どうせ私が真沙希ちゃんのヘルプに回る事なんてないと思うけど?」
「後ろにも気を配ってやってくれという意味だよ」
「ゲハハハハハ、イイねイイね。歯が浮いてきた。いい緊張感だぜ」
「歯槽膿漏じゃね?」
「あはは、ベルゲルミルの通った後はペンペン草も生えねえってぐらい根こそぎ引っこ抜いてやれ」
「なんかちょっと引っかかる言い方じゃねえか」
太陽が西に傾き、上空の雲が赤く茜色に染まり始めている。夜戦になると面倒だし、市民に被害が出るかもしれない。早めに終わらせておきたいところだ。
俺たち8人の背後には、丸腰のセカ市民たちが半ば暴徒化しながら背中を押してくれていて、敵陣からは気合を入れようなんて鬨の声も聞こえない。士気では圧倒的に押している。
こちらの陣営は強化魔法も研ぎ澄まされているし、身体も動かして関節も温まった。
いま準備運動したり素振りしたり緊張をほぐしながら軽口が出始めたところだ。
「パシテー、濃霧でどれぐらい引き受けられる?」
「ん。高所にいる弓兵だけは私がなんとかするの。でも下に居る弓兵まで手が回らないの」
「諸君たちに朗報だ。屋上の弓兵はパシテーが引き受けてくれる。頭上からの矢は封じられたから地べたの敵にだけ集中すればいい」
「パシテー先生ありがとうぉ! おれちょっとだけ生きて帰れそうな気がしてきたよ」
「ハティお前まだそんなこと言ってんのか?」
「震えながら言われてもな」
「イオはケガしないようにしなくちゃダメなの。終わったらきっとべリンダが待ってるの」
「ウォォォ! アルトロンドの雑兵ども! このイオが相手だ、かかってこいやぁ!」
「ゲハハハ、俺ぁ守るより攻めのほうが好きなんだ。ウズウズしてきやがったぁ」
「マジかよ! こんなの見てよくお前らそんな強気でいられるな。攻めるほうがナンボも怖えって、俺なんかチビりそう……。なあアリエル、今更なんだけどさ作戦とか必勝法とかないの? 俺まだ何も聞いてないんだけど?」
「なあダフニス、作戦って何だ?」
「ガハハハ、なんだそれ? 酒の肴にいいのか?」
―― ドドドォォドドドドドォォォン!
突然の爆発音が響き渡った。
「うわっ……」
「ハティ、油断しすぎだ」
男たちがせっかく自分たちの悲惨な状況を、士気を鼓舞することによって感覚を麻痺させようとしてるのに、通りの左側、建物の屋上やベランダや出窓など、主に建物の上層が順番に吹き飛ばされた。次々と、連続爆破するように。
建物の中に隠れて狙撃しようとしている弓兵たちを気配を頼りにパシテーらしく正確な爆破魔法で狙って撃ち込まれてゆく。俺が思うに、爆破魔法ってのは俺のようにアバウトな人向きの魔法であって、パシテーのように正確無比な精密射撃が可能な術者であれば、コンマミリ単位の精度で命中させてから爆発させるなんて無駄なスキルは要らない。パチンコ玉か小石でもあれば事足りると思うのだが……、そんなパシテーの[爆裂]が連鎖的に爆発音を轟かせ、バラバラバラと破壊された木片が降り注ぐ。
パシテーの性格を考えるに、問答無用の先制攻撃を加えるなんて考えられない。
きっと階上の弓兵たちに攻撃開始の号令がかかったんだ。
「ってことは、これがゴングだ野郎ども!」
「くっそ! 無駄口叩いてたらパシテー先生に一番槍もってかれちまったぁ!!!」
「突っ込め、敵の本陣まで止まるな!」
「「「ウオオオォォォォ!!」」」
戦闘が開始され、2万の軍勢に僅か8人の戦士が突っ込んで行った。奇襲ではない、襲撃されることがあらかじめ分かっていて防御陣形を完成させているところへ真正面からだ。




