11-15 受け継がれる魔導
次話は16日か17日にでも。
「今日はサオ次第ってトコだけどな、エアリスは絶対前に出ないこと。あと、もっとゾフィーの近くへ」
ってかもうゾフィーはジュノーとパシテーにがっちり固められていて身動きが取れないんじゃないかってほど窮屈なことになっていた。
「あんなのこの距離で爆発したら私ホント死んじゃうからね、ハイペリオン出せないならゾフィーの近くが一番安全なの。それと真沙希ちゃん居るなら逃げといて。大急ぎでこの地区から離れて。巻き込まれるわよ」
「えーっ、マジで? 何やらかす気? 私は逃げとけばいいのね?」
「教会のあたりまで逃げといたほうがいいわ」
「丘の上の教会ですね。分かりました。では皆さん、兄をお願いします」
後ろからいきなり声が聞こえて会話するもんだからちょっと驚いた。ここまで接近しておきながら俺に気配を気取らせないなんて相当なハイディングスキルだ。正直なところ真沙希が暗殺者なら俺はあっさり殺されてしまうだろう。恐ろしい妹も居たもんだ。
真沙希が消えたのを確認すると俺たちは案内のカロッゾについてロビー奥に進み入った。
親衛隊4人がすでに抜剣していて、剣気と切っ先をこちらに向けていた。ロザリンドが一歩前に出て半身に構えている。帝国軍人からするとさぞかし奇妙な構えに見えるだろう。抜刀術の構えで刀は鞘に収まっているし相手からは鞘の長さも分からないから間合いも読みにくい。柄に手がかかってないから油断を誘うんだ。
敵の布陣は抜剣した親衛隊が4、抜剣してない親衛隊が左右に4+4で8人、真ん中の奥で偉そうなキンピカ鎧を装備し、ふんぞり返って椅子に座ってる薄毛のおっさんが1人。たぶんこのおっさんが総司令だ。その脇を固める形で2人。帝国軍が展開しているのは3個師団ってことは、この2人と合わせて中央の3人が師団長ってことでいいのかな? そしてその背後には黒魔術の儀式から飛び出してきたんじゃないかって感じの怪しい出で立ちの魔導師が4人で、この3人のオッサンたちをガッチガチの障壁で守っている。まあ、それでも4人がかりでその程度か? ってレベルだからどうってことない。気配を読んでみるとホールの階段を上がったところにも50ほど、あっちにもこっちも100、200と、うまく隠れているので一階ロビーからは見えないが、この建物内はもうすでに包囲の布陣か完成していて、中に入ってしまった俺たちはもうここから無事に歩いて出られないほどだ。もちろん無事じゃないのは包囲してる側だけど。
「サオ、あそこの防弾ガラスみたいな障壁に守られたやつ、まるでショーケースみたいな、ほらキンピカに飾られた高そうな鎧がたぶん一番偉いんだけど、やっぱここは俺が話そうか」
「はいっ、師匠」
せっかく弟子の見せ場だというのに師匠である俺が出番を奪ってしまって本当に申し訳ないのだけど、話し合いの場に足りないものがある。
椅子だ。
自分の分だけしっかり用意しておきながら、自分たちの周囲を固める者も突っ立ったまま。俺たちも当然座る場所などなし。自分だけが特別という、まるで王のような振る舞いじゃないか。
まともに話し合う気がないとみた。話し合う気がないならサオのプライドを傷つけるよりも俺が出てケンカしたほうがよっぽどいい。
「ところでなあ、お前ら客が来たのに、椅子も用意しないのか?」
偉そうにふんぞり返ってるキンピカ男は、俺の話を全く聞きもしないで、ここまで案内してくれた百人隊長に向かって何か言っている様子だが、声が聞こえない。なるほど、ガラスのショーケースみたいな耐魔導複合障壁には耐風障壁が含まれてるから音声が通らないんだ。
「ジュノー、話がしたいのに後ろの魔導師4人が邪魔だ」
「どうせ話にならないと思うけどね……」
4人の魔導師にはキラッとただ光ったように見えただろう。光を見たということは、すでに網膜に直接光で起動式を書き込まれたということだ。圧倒的有利な状況でまさか攻撃を受けるなどとはつゆ知らず、4人の高位魔導師たちは次の瞬間には全身から血液を噴き出して倒れた。自らが死んでゆく事にも気付かずに。
障壁に守られていた3人には今の声が聞こえなかった。だが、それ以外のこの部屋にいる者たちには、その驚くべき名が嫌でも耳に入った。奇しくもジュノーと呼ばれた赤い髪の少女が、あれほどまで強力に展開された耐魔導複合障壁をものともせず、ただ目配せするだけで帝国陸戦隊第三軍の誇る高位の戦場魔導士を一瞬で4人も倒してしまったようにしか見えなかったのだ。
「これで俺の声が聞こえるか? せっかく話をしに来たのに、俺たちの椅子がひとつも用意されてないと言ったのだが?」
「何をしておるか! 捕えよ!」
「待て待て、落ち着けって。よく見ろ、よく観察しろ。お前の頭上から死の気配を感じないか?」
などと言いながらたった今用意されたように音もなくフッと現れた青白く輝く球体。豆粒よりももっと小さく、凝視しなければ分からないほどの小ささだが、燦然と輝き放つ光量のせいで視認することすら困難な直視することが不可能な光源だった。まるで太陽がこの狭い室内に現れたような。渦巻く高密度なマナの塊が、触れても居ない天井を焼くほどの高温を放出しながら、吹き抜け構造の2階部分から天井を焼いて突き破り、上へ上へとあがって行くと、あたかも椅子に座ったままの男を照らし出すスポットライトのようになった。
ライティング効果もあってか男の薄い頭髪が目立ち、真上からの強い光によってなんだかとても寂しそうな印象になってしまった。気の毒だ。
「あのな、俺たちがわざわざこんなとこまで来てやったのはお前たちに最後通牒を突き付けるためだ。お前の頭上にあるあの光は、お前たちの敗北を意味する。つまりお前の返答如何によっては、セカにいる3個師団が全滅することになるんだぞ? ここから先、一言一句、ちゃんと考えて答えろ。間違えることは許されないからな」
椅子にふんぞり返るピカピカの男はスポットライトを浴びてなお、指で口髭を揃える仕草を見せ、俺の言葉になど耳を傾けようともしない。こいつらきっと大量破壊魔法ってものを見たことがないんだ。だから平然と座っていられる。チクタクチクタクと時限爆弾が頭上に置かれてると言うのに、それが自らを滅ぼすものだと言われたところで、ガキの戯言ぐらいにしか思ってないのだ。
「まったく、本当に救いようがないほど頭が悪いな。まだ16年しかたってないのにもう忘れてしまったのか。あれは小さなものだが、この地区の半分ぐらいなら丸ごと吹き飛ばすのに十分な威力を持っている。お前たちもバラライカがどうなったかぐらい知ってるだろう? お前たちは敗北し、そしてセカは解放される。どっちみち負けるなら、生きて国に帰ったほうが良くないか? というのが俺の提案だ」
俺はもう半分諦めたような表情で突き付けるように言った。これが聞き入れられなければもう本当に終わりという意味だ、こんな胸糞悪いハゲの視界に入ってるだけでも相当なストレスだ。いやらしく値踏みするように見られるのも気持ちのいいものじゃあない。
俺たちをここまで案内してくれたカロッゾは、目を剥いて必死の形相を露呈し、仮にも軍にあって雲の上の存在である司令官に向かって声を荒げた。
「総司令どの、師団長どの! 降伏すべきです!」
師団長の両脇を固めている男ら二人も師団長級の階級章を付けていて、指示をされたわけでもないのに、降伏すべきと進言したカロッゾを指さし「反逆罪の疑いがある。その者を捕えよ」と命じた。抜剣していた親衛隊4人のうち1人は苦虫を噛み潰したような苦悶の表情を浮かべ、剣を鞘に戻して一歩下がった。この男も帝国ではほとんど見られなくなったソスピタの忠臣なのだろう。ジュノーと呼ばれた赤髪の少女の前で無礼な行いをすることは許されなかった。
「ところでお前、ケツは洗ったんだろうな?」
「師匠、イヤです。蹴りたくありませんっ!」
「蹴らなくていいよサオ。すまんな、決裂してしまったようだ」
「師匠、わざとですよね。手っ取り早く終わらせようとしてますよね!」
―― パチン!
ゾフィー指がパチンと音を立てると、今まで感じていた閉塞感のあるイヤな空気は一掃され、心地よい風と緑の香りが優しくそよぐ丘の上に転移していた。
予告もなしに無理やり空間転移していたことに驚く間もなく、とても直視できないほどの閃光に包まれると、まずは周囲を大きめの地震が襲い、衝撃波はそれからしばらく遅れてやってきた。
皆はゾフィーのフィールド化された転移魔法により、教会のある丘の上から、港の高級ホテルが吹き飛ぶシーンを目撃した。教会からの距離、およそ1キロメートル。それほど遠くもなく近くもない。だがその遅れてきた衝撃波がことのほか大きく身を震わせた。1キロメートル離れていてなお耳を押さえて身体を伏せなければ耐えられないほどだった。
―― グラグラグラ……ドッゴォォォォンンン!
「きゃあっ……」
「エアリスは障壁を早く!」
「揺れが大きい。エアリスは教会から離れるの。落下物に気を付けるの!」
「くーっ、いいわぁ。身体の芯にくる衝撃。久しぶりっ! 競争だからねジュノー!」
「ああっ、ゾフィー! 転移するなら私も連れてってよ」
「ちょ、まて! 俺を置いていくんじゃない!」
パッと消えて先に行ってしまったゾフィーを追いかけるジュノーと、スタートから出遅れてしまって、スケイトの急加速で飛ばすアリエル。ジュノーは飛行術をパシテーに教わったって言ってたけど、すでにマスターしているようで、光線を引いて急角度で教会の丘から撃ち出されるようにゾフィーを追った。
ゾフィーが消えた直後にはもう、いまの大爆発をなんとか生き延びた建物が右へ左へと切り刻まれるように崩れて行った。怪獣映画に出てくるわざと壊れやすく作ったミニチュアの街が、端から端まで満遍なく破壊されてゆく様を見ているように。
あとを追うように戦場入りしたジュノーは、まるで水たまりに落ちる雨粒の起こす波紋のようにキラッキラッと光輪を広げると、そのたび光が軌道上の物を全てを直線的に焼き尽くした。
そのあと起こるのは大火災である。
帝国が支配していた地区の悉くが焼き尽くされ、激しく吹き上がる高熱の火柱と、もうもうと立ち上る真っ黒な煙が遥か高空へと到達するのを、ロザリンドたちはただ見ていることしかできなかった。スタートの一歩目から出遅れてしまって今さら後を追うことも出来ず、セカの帝国軍占領地がこの世界から失われ灰と化してゆくのを、ただ眺めていることしかできなかったのだ。絵空事のような、まるで現実離れした光景を目の当たりにしながら、ロザリンドはイグニスが好きだった花咲く丘に腰を下ろした。
「あーあー、ほんとデタラメですこと」
「兄さま戻ってきたら全裸かもしれないの」
サオは帝国軍の支配地域が物理的に滅ぼされてゆく様をただぼーっと見ながら、傍らに立つエアリスに言った。
「ねえエアリス。私なんかこの中じゃ一番弱くて、あんなデタラメな師匠たちには、なかなかついて行くことも出来ないダメな弟子なんですけどね? 本当にこんな私を師匠って呼ぶの?」
「はい。私はサオの弟子になりたいです」
「ではなぜエアリスは私の師匠、アリエル・ベルセリウスではなく、私なんかを選んだんですか? あなたのイトコなんでしょう?」
「だってサオは弱かったのでしょう? 普通のエルフだったのでしょう? 普通のエルフの女の子だったのに、努力と鍛錬で勇者を凌ぐほどの力を得たと聞きました。私も弱いです。とても弱いです。さらわれてゆく友達を助けることができませんでした。友達の大切な家族が殺されて、木に吊るされても、声を上げることも出来ずただ震えているだけでした。私も強くなりたいです。サオみたいに強くなりたいです」
エアリスの告白を受けたサオは、力を求める少女の師になるという意味を、今ようやく理解し始めた。
力が欲しいと懇願する少女は、失われてしまったものを我が手に取り戻すため、戦うという選択肢を選び、そして魔導を探求をしたいと言った。魔導を志す身としては邪道だ。他の魔道派閥ならば話も聞いてもらえずに帰れと言われるところだ。しかし少女は戦うための力を欲していた。倒したいと願う強大な敵があった。混迷の時代の、一歩でも街を出ると戦場しかないような、こんなどうしようもない世界を旅して戦うと言う。まっすぐな眼差しを向けられることの意味を、サオは今はじめて胸に刻み込んだのだった。
サオの背後でキラキラッと、いくつか光が瞬くと、順番に炎と煙がまた空の高くまで到達するほどの大爆発が起こり、肌に熱く焼けつくような突風となって教会の丘まで届いた。
サオの、エアリスの髪が爆風を受けてぶわっとたなびく。
花咲く丘を次々と襲う熱風のなか、自慢の尖った耳に長い髪を掛けて横顔で振り返るサオ。その風が背景、遠くに見えるセカ港を襲い、何千もの命を奪う大破壊の結果起こされた爆風だとしても、風になびくその青銀の髪は美しく、西に傾いた太陽の光は仄かに色付き、薄オレンジ色の演出でサオの姿を艶やかに照らし出した。
「エアリス、あんなのを見てもまだ決心は変わりませんか? 私たちは歴史に不名誉な悪名を残す大罪人になるかもしれないのですよ?」
「はい。この世界は間違っています。私は世界を正すための力が欲しいです」
その会話をすぐ横でなんとなく聞いていたパシテーがハッとして振り返った。いまエアリスが言った世界を正す力、それは世界を滅ぼす力のことだ。こんな腐った世界をちっぽけな個人がどうにかするためには、滅ぼしてしまうしかないのだ。前世でブルネットの魔女と呼ばれたパシテーは、世界の破滅を望んだ。こんな世界、滅びてしまえばいいと、そう思った。いま目の前のこの小さな少女が、あの時のパシテーと同じ目をして世界の滅亡を望んでいる。パシテーはそんなエアリスを見て、なんだかいたたまれない気持ちになった。
エアリスもその真っ直ぐな眼で地獄を見てきたのだ。それなのに青い瞳は真夏の高い空のように、どこまでも澄んでいて一点の曇りもない。その決心した言葉には一切の澱みも一縷の迷いも見られない。そんな眼差しで見られたんじゃ、サオが断れるわけがない。パシテーはそう思って、志を同じにした同門に少女がひとり増えることを密かに喜んだ。
そしてサオはパシテーの思っていた通りの言葉でエアリスを迎えた。
「じゃあそうですね、エアリス。あなたは私のことをサオではなく、師匠と呼ぶべきだと思います」
「は、はいっ師匠」
エアリスの喜びの声が聞こえたと同時にイグニスがボウッと現れ、エアリスにサムズアップで応えた。
「ねえサオ、エアリスいい子だよ。とても」
「そうね、イグニスも守ってあげて。師匠たちムチャクチャだから。絶対ケガしちゃいます」
「剣の修行なら私が見てやるからな、よろしくだエアリス。凄いなその強化。ガチガチの脳筋じゃないか。私は嫌いじゃないぞ」
「私は土魔法が得意で、闇も少し使えるの。よろしくなの」
「ああっ、こちらこそよろしくお願いしますっ」
アリエルたちがセカ港を破壊し尽くしてる間、改めて、こんどは同門の志としての挨拶が交わされ、アリエルたち一行に、一人の魔法使いの弟子が加わった。
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