11-13 マリーベル(改訂)
なんか酷かったので2000文字ぐらい加筆し改訂したので、その分長くなっちゃいました。
マリーベルは兵士が恋したエルフの少女の名です。
次話は月曜日あたりに
腹ごしらえを済ませた俺たちは会計を済ませたネレイドさんに礼を言って店を出た。
ネレイドさんいわく『アリエルくんが肉を提供してくれたおかげで僕のお小遣いで出すことが出来たよ』らしい。せっかくミッドガルドの鱗をもらったんだから、1枚ぐらいちょろまかしてポケットに入れときゃいざって時役に立つってのに、ネレイドさんの事だからきっと馬鹿正直に全部ジュリエッタの前に出すのだろう。
通りにはどんどん人が集まってきていて、この人たちが俺たちのあとを着いてくるのだとすると大規模なデモ行進のような絵面になってしまう。俺たちがのんびりとメシ食ってる間、今か今かと店を出るまで外で待っててくれた人たちに向かって今更危ないからついてきちゃダメなんて言うほうが野暮ってものだ。その間に家に帰って武器を持ってきたのか剣や手斧を持ってる人までいる。武器を持っているとはいえ普段着の市民、フル装備の兵士相手に暴徒化して大乱闘になるとこちら側に甚大な被害が出るだろう。
エアリスはサオにくっついて、さっきの強化魔法を今度は起動式から入力して準備に余念がない。メシ食う時は強化魔法を解除しないとお行儀が悪いと言われてしまうので仕方ないにしても、グリモアがたった1度使っただけで揮発してしまうのはさすがに燃費が悪くて使いづらい。何しろグリモアを書くのに必要なインクは自分の血液なんだから。当のエアリスはサオの目の前、少し緊張しているような面持ちで唇を真一文字に結び、起動式入力の前に左の髪を耳に掛けたのが印象的だった。緊張をほぐすおまじないなのだろうか。エアリスは迅速かつ正確に、あの研ぎ澄まされたガチガチの前衛向け強化魔法を完璧に展開すると、息をつく暇もなく耐熱障壁を多重に展開させて見せた。耐熱障壁じゃなくて耐風障壁のほうを優先させてくれた方が俺たちとすればやりやすいのだが。傍らで見ているパシテーも大きく頷いているから相当なものなのだろう。
それにしてもエアリスの魔法は12歳の子どもにしてはスキがない。だいたい子どもにとって魔導というものは『学問』なんだ。初等部でも中等部でも、まずは先生から教わったことを何の疑いもなく実践することを求められる。1+1=2という基本の足し算があって、整数の足し引きと九九を言えれば日常の生活には困らないレベルの算術になるのと同様に、魔導も日常生活レベルであれば先生の言いなりに唱えていれば問題なく使いこなせる。だけど日常生活のレベルから更に算術を昇華させ様々な公式を駆使し、計算が複雑になればなるほど、日常からかけ離れて生活にはほとんど役立たなくなる数学のように、エアリスの使う魔導も日常生活には全く用がないほど高度に洗練されている。
エアリスの魔導は最初から戦場で使うことを前提としているように見えた。
キッチンの俎板の上で野菜を刻むのに包丁で事足りるものを、わざわざ研ぎも完璧な両手持ちの剣を持ち出すかのように大袈裟な魔法。これがエアリスに対する、俺の第一印象だった。
「あれ? 真沙希は? もういなくなったのか?」
俺たちはまだ店の前にいるというのに、キョロキョロとあたりを探してみたけれど、真沙希の姿はすでになかった。さっき店を出る時まで確かに俺の左側に居たのだけれど、店を出た瞬間に俺の背中をトンと叩いて、振り返るともう居なない。もうこれだけの人混みの中に紛れ込まれるとダメだ、気配もまるで読めない。
まったく、路傍の石ころになるような帽子でもかぶってんのか? ってぐらい存在感が薄くなってる。ネストの中に入っておけと言うつもりがもう消えてしまった。日本に居るときは絶対俺の方が影薄い自信があったのだがいまの真沙希はハイディングのプロ、つまり忍者。いや、女だからくノ一か。
しかし……だ、真沙希があのヘリオスの手下だったというのが気に入らない。何が気に入らないかと言うと、ヘリオスのクソアマが神話の時代からずっと今に至るまで真沙希をコキ使ってやがったのが気に入らない。真沙希の前身であるルナっていやあ十二柱の神々ではジュノー、テルスの直下、第五位にランクインしてた月の女神だったはずだ(とパシテーに聞いた)。この四世界を統べる支配者としてもかなり上位だし、株式会社に例えたら取締役クラスの待遇があってもよさそうなものだ。それなのに、なんで『小さく閉じた輪廻の輪』の中に囚われた俺たちと一緒になって監獄に生まれ、そして死んでゆくような役目に甘んじているのか。それが分からない。クロノスとイシターのような酷い扱いから考えると真沙希の環境はまだマシともいえるが……終身刑になった男を探るため同じ罪をかぶった潜入捜査官のように未来が閉塞していて、その人生にはやるせなさしか感じない。
考えているとなんだか腹が立ってきた。俺の妹をよくもそんな過酷な環境で働かせやがってという類の奇妙な怒りが沸々とわいてくる。これこそがブラック企業に就職して身を粉にして働く妹を助けてやりたいと思う兄の気持ちなのだろう。
ここで離れていかれると探せなくなってしまうけれど、真沙希は俺に付かず離れずの距離を保ちながら常にそばに居ると思っておこう。まるで風車の弥七だ。
俺たちが帝国軍の陣があるセカ港区に差し掛かる頃には、後ろのセカ市民たちは1000人規模に膨れ上がってしまった。ひとりひとりみんな斧を持ったり角材を持ったり、はたまた投石用の手ごろな石をポケットにいっぱい、持ちきれないほど抱えて列についてきている。やはり帝国軍の支配に対するセカ市民のアレルギーは相当根深いものがあるらしい、そんな装備でフル装備の帝国陸戦隊5万の相手をしようなどというのだから。
俺たちが歩いて向かう先は戦場だというのに、サオを先頭に大通りを行進する俺たちの背後で、セカの男たちはみんな口々に歌を口ずさみ始めた。その歌声は隣の男から後ろへ前へと広がりを見せ、いつの間にか歩調に合わせて歌うデモ行進のような様相を見せ始める。
「歌をうたってる? ……のか?」
その歌はこれから戦おうという男の戦意を高揚させたり、士気を上げたりといったものではなく、美しいボトランジュに思いを馳せるような、ちょっと寂しい旋律のメロディーだった。
きみと春の風、花咲く草原
微かに香るデイジーの 白い花を きみの髪に差してあげた
北へと旅立つぼくの 頬を優しくなでてくれた 手のぬくもりが
いくつになっても想い出の中 冷たくなった頬を あたためてくれる
色あせてしまった思い出の中で ずっとぼくに微笑んでくれる 優しい笑顔の
ああ~ きみはいまもこの空の下で 柔らかな春の日差しのなか 風の吹く草原で
白いヴェールと、花の冠 きっと誰かと 幸せに暮らしている
ふたり手をつなぎ 光る瀬を渡る
雪解け水の冷たさは つないだ手の ぬくもりにかき消されて
ぼくの身を案じて 首にかけてくれた 手作りのアミュレット
何年たっても胸を焦がす 思いも伸ばした手も きみには届かない
色あせてしまった思い出の中で ずっとぼくの手をにぎって あたためてくれる
ああ~ きみも今夜のこの月を 窓から差し込む光でも 見上げてくれていたら
白いカーテン そっと引いて きっと誰かと 幸せに暮らしている
「ネレイドさん、この歌は?」
「エルフの少女に恋をした若い兵士の歌だよ。目に浮かぶような情景はもう見られなくなったからね、みんな懐かしんでるのさ」
なんだろう、胸が熱くなってくる。
ノーデンリヒト戦争でそれこそ10年以上、いや20年近く帰れなかった兵士たちが大勢いたことを知ってる俺にとって、なんとも言えない、言葉にならないような、とても心に刺さる歌だった。
また若い思春期の男たちが、ボトランジュの草原で可憐なエルフの女の子と、素敵な恋ができるような、そんな傍から見ててもポッとなるような、見てるこっちがちょっと恥ずかしくなってくるような風景が見られるようになったらいいなと、心底そう思う。
セカ市民の歌声に後押しされながら大通りを東に向かって進行すると、大通りの終点、突き当りのT字路に差し掛かった。ここはセカ港からまっすぐ下ったところ。北に折れると帝国軍が占領する駐留地で、ここを右に折れると、アルトロンド軍が陣を張っている。どっちに行っても敵兵はすでに展開済みの気配。どうやらお待ちかねらしい。
「師匠? 向こうに見える突き当りを左ですよね?」
「ああ、すんごい気配が密集してる。今度は交渉を任せるからね」
「はいっ、分かりました」
俺たちを先頭に、歌う集団の行進を見て早馬を走らせる斥候の動きが慌ただしい。建物の屋上からも望遠鏡? でこっちを窺ってる奴らがいる。スヴェアベルム産の望遠鏡がどれぐらいの精度でどれぐらい見えるのか知りたいところだ。ちなみにストレージには双眼鏡がいくつか入ってたっけ。トリトンに1つお土産にあげようと思ったけど、トリトンにだけお土産を渡すとビアンカが面倒なことになるから渡せなかった。こんどまたゆっくりトライトニア行った時にでも渡せばいい。
さてと、鉄火場だ。交差点から左右を見ると、左には帝国軍がビッシリと戦闘準備完了していて、大型のタワーシールドを構えた重装歩兵が前衛に並び、こちらに向かって威圧を強めている。右側にも誰に聞いたのか、アルトロンド軍が盾を構えて、俺たちを一歩も駐留地には入れない構えだ。
なんだ、やっぱり帝国軍とアルトロンド軍は、現場レベルでも連携してるんじゃないか。
さっきの王国騎士の伝令役のおっさんどこで見てるんだろ? ちゃんと見てもらって大袈裟に危機感を煽るような報告を、王都に伝えて欲しいのだけど……。どこに居るのかは分からない……か。
通りの突き当たり、ここから左に行けばセカ港、右に行けばサルバトーレ高原に出るという道標があって、もちろんセカ港のほうは帝国軍の占領地であり、俺たちの目的地。建物の上にはバリスタが4基も設置されていて、各砲台とも俺たちの姿を視認するとゆっくりとこちらに向けて狙いを定めた。バリスタを高所に設置するのはパシテー対策かと邪推してしまう。バリスタなんて兵器がこの世界に存在することすら許せない。そして両側に立ち並ぶ2階建て3階建ての建物の屋根の上や屋上にも弓兵と魔導兵がひしめき合う様に配置されている。遠隔攻撃は全て高所から通りを狙うというわけだ。号令があればすぐに攻撃を開始し、その圧倒的な制圧力を発揮させるのに躊躇することはないだろう。
すぐ隣にいるエアリスもさすがに怖いのか、微かに手が震えてるように感じる。その幼い双眸には涙が溢れそうになっていて、ぐっと奥歯を噛みしめるように顎を引いてる。ビビってるようにも見えるが、その割には強化魔法が研ぎ澄まされている。一点の曇りすら見られないほどに。
エアリスのこの震えは、武者震いというやつなのかもしれない。まったく大の男でも腰を抜かして動けなくなるほどの光景を目の前にして、この集中力をよく維持できるなと感心してしまう。だいたい新兵でも初陣は気持ちが先走るか、それとも怯えてしまって自分の力が発揮できないかのどちらかなのに。
帝国軍占領地に展開した5万の兵士、その物々しさは、自由を求めて行進するセカ市民たちの進行をも躊躇わせるほどの殺意のこもった陣形で、背後ではネレイドさんたちが笛を吹いたりしながら、必死で市民たちの行進を止めている。
これ以上近付くと、帝国軍の弓やバリスタ、魔法が容赦なく飛んでくるから、その攻撃範囲に市民たちが入ってしまうと、敵の遠隔攻撃を防ぐ手段がない。
ジュノーが振り返って制止したことも効いたのか、セカ市民たちは三叉路に侵入したところで進むのを止め、横に広がって俺たちの戦いを見守ることを選んだ。
これで前方にだけ集中していれば市民たちへの被害は最小限だろう。
俺たちが前に向き直り、進攻を再開すると帝国の陣からは馬に乗った騎兵が3騎、帝国陸第三軍の旗を立てこれみよがしに見せびらかしながらこちらに向かってきた。面体を上げて顔を見せながら近付いてくるのは、さっきセンジュ商会近くで俺たちにヒネられた百人隊長と、その隣も同じ軽鎧を着てるからたぶん3人とも百人隊長だろう。うーん、もうちょっと偉い人が出てきてくれないと話にならないのだけど。
帰れと言われて『はいすいません、帰ります』なんて言う軍隊があるわけがないのは当然のこと。帰れなんて言ったところで帰らないことは分かってる。要するに俺たちが戦闘する前に『警告はしたよ?』という意味だ。戦わずして占領地を明け渡すなんて選択肢を用意させるには、こっちが数倍の勢力で取り囲むなど、最初から戦ってもどうせ勝ち目はないことを、足し算、引き算という、脳筋の兵士たちでも計算できる分かりやすい算数で理解させてやる必要があるのだけど、さっきの百人隊長も体たらくここに極まれりと言ったところだろうか。せっかく酒場の前で忠告してやったというのに、まったく帰り支度を整えてるような様子がみえない。
もちろん俺も交渉役のサオを信頼してない訳じゃない。むしろ帝国軍の将校と交渉のテーブルに着く資格があるのは、俺たちが留守の間マローニで、ノーデンリヒトでずっと戦ってきたサオであるべきだし、俺なんかよりもずっとサオの名の方が有名だ。俺なんて死人が口を出すよりもサオが一番前に立ってくれた方が交渉の成功率が高いと思うからこそサオに交渉を任せている。残念ながらエルフ族は被差別階級だ甘く見られて交渉の成功率は高くないけど、俺が交渉するよりはナンボもマシ。
すでにノーデンリヒトとマローニで帝国軍が大敗を喫していることがこいつらの耳に入っていれば話にも応じてもらえそうなものだが、この殺伐とした雰囲気を見るに、それはないだろう。
俺たちの強みは、帝国軍の情報伝達よりも進攻の速度が早いって事だから、わざわざ待ってやって対策されるのをただじっと見ているだなんて、そんな選択肢はない。
さっきサオは確かにノーデンリヒトもマローニも帝国軍は既に敗北していると伝えたはずだ。だけどそれをすぐに確かめる手段がない以上は脅しにも使えない。つまり俺たちは最初から帝国軍が交渉によって出て行ってくれるなんてこと、これっぽっちも思っちゃあいない。5万いる帝国軍のうち半分を[爆裂]とハイペリオンのブレスで焼き払っても残りの半分がセカ市街に散って、市街戦とかゲリラ戦になったりするとセカは大混乱に陥り、尋常じゃないほどの被害を被ることになる。そうなるとたとえ何日かかけて帝国軍を追い出せたとしても俺たちの負けだ。
帝国軍の方々には申し訳ないが、せっかく集まってくれているのだから、ここで速やかに倒しておく必要がある。マローニからの情報がまだ来てない以上は、まだ同じ手が通用するはず。何事もなければ起爆させずにまた[ストレージ]にしまい込めばいいし、号令でもかけられようものなら弓を引かれる前に爆破するのが安全確保につながる。
ここのところパターン化してる戦術だけど、あらかじめ見える範囲にあるバリスタと、そして建物の屋根の上から瞬きもせず緊張しながらにこちらを狙っている弓兵と魔導兵たちの背後に[爆裂]を転移させていつでも起爆できるように配置しておくことにした。すまんな、もうお前たちの生殺与奪権は俺が握ったも同然、つまりは馬に乗っていまこっちに来た3人の隊長格が握っている。
百人隊長のうち一人は馬を降り、面体を上げ、その視線の先にはジュノーの姿があった。
赤髪を見たらまずは敬意を払う。これはアシュガルド帝国にあって、その国土の6割を占めるソスピタ地方に多く住まうソスピタ人の、いまはもう絶えてしまったような、古い習なのだそうだ。実はそんなこと、ジュノー本人ですら知らないようだが。
「ここから先はアシュガルド帝国の支配地と心得よ。すなわち、お前たちは……」
「俺じゃないよ、サオと話せ」
「はいっ師匠。では、隊長さん、ここに師団長いるんですよね。じゃあ師団長に取り次いでください」
未だ馬上にある二人は背後にいる大軍の士気を煽るように、まるで見下したかのような下品な目をサオに向けて、たっぷりと侮蔑を含んだ言葉を浴びせかけた。
「アシュガルド帝国軍の師団長ともあろうお方が、お前のような下賤な魔族と話すなどということはない」
「では、引き上げては頂けないということでしょうか」
「もちろん引き上げるとも。お前たちを捕えて磔刑にかけ、国に凱旋するときは、ぜひ私もご一緒しよう」
「師匠、すみません。決裂しました」
「仕方がない。戦闘開始だ」
「はいっ。ハイペリオン!」
―― ドッドッドドドォォォンンン!!
サオがハイペリオンを呼び出したのと同時に、あらかじめ仕込んでおいた[爆裂]を全て起爆する。
凄まじい爆発音が断続的に鳴り響き、耐風障壁をも抜けてくる。先制の初撃で建物の上から俺たちを狙う弓兵や魔導兵、そして兵器を扱うバリスタ操作兵など、まずはアリエルの見える範囲すべての遠隔攻撃力を根こそぎ奪った。
ハイペリオンも幼体だった頃のように『キューイッ』なんて可愛らしい鳴き声で返事をすることがなくなって久しい、ただ出番を待ちかねていたかのように一瞬のタイムラグすらなく、鳴き声ではなくシャララララァ……という威嚇音で喉を鳴らしながらサオの影から空に向かって勢いよく飛び出した。
サオの号令と同時に周囲から爆破魔法の衝撃波が襲ってくるシチュエーションは今日これで二度目。手慣れた動きで俺たちの前に回り込み、自動展開されている障壁で[爆裂]の衝撃波を減衰させ、ヒュンヒュンと唸りを上げて飛来し降りかかる爆破片のそのすべてを防いで見せた。
爆音、炸裂音と衝撃波、頭の上から降りそそぐ建物の残骸と、弓兵、魔導兵たちですら落下し、通りを埋め尽くす兵士たちを上空から襲う。盾を持って守っていた者たちはその大型のタワーシールドの後ろに隠れるしかなかった。目の前にドラゴンが現れたというのに、次の瞬間には想像を絶する灼熱のブレスが通りをまるごと焼き払うというということまで考えが及んだかどうか、それがこの戦闘で命を拾った者と、分厚い金属製プレートメイルの中でいい感じに蒸し焼きにされてしまった者との分水嶺となった。
この広い大通りに整列していたという陣形、そして通り沿いにびっしりと隙間なく建て込んでいた建物がブレスの通り道を作ってしまって、その地形も不運に働いたようだ。三個師団を誇るアシュガルド帝国軍陸戦隊は、アリエルたちの先制攻撃を受け、ただ矢の一本を撃ち返すこともできずに、最前線を任されていた一個師団の約半数が壊滅的な打撃を受けた。出会いがしらの初撃でこれである。
ハイペリオンの姿に驚いた馬から振り落とされた百人隊長の二人のうち、さっきセカの酒場の前でひと悶着あったほうの隊長は、さすがに今日二度目という事もあり、たぶんロザリンドが倒したのだろう、よそ見している間にもう首から大量の血を流して倒れているし、もう一人の馬から落ちた男は、立ち上がれもせず、すでにロザリンドの剣が喉元に突きつけられていて、へたり込んだまま動くこともままならない。




