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11-11 デンプシーロール亭の密談(1)ネレイドの決意

ちょい長め。分割せず流しました。気弱で嫁の言いなりという印象のネレイドですが、王国騎士だった頃の熱い情熱をそのままに思いの丈をぶつけてくれます。次話は金曜予定。


 タイミングが悪かったとはいえ、まる一か月をタダ働きさせられたようで、とても気分が悪い。

 そう言えばこの世界で暮らしていくための収入を得る方法をまだ決めてなかった。ガルグやディーアを獲って食べる分にはお金かからないけど、服や日用品もタダじゃない。当面の生活費は王国金貨の貯えがあるからやってけるけど、このままだと相当まずいことになる。ミッドガルドの肉を売って、日本の100円ショップで買ってきた物を売るか……。とりあえず鏡とビー玉、老眼鏡や拡大鏡、ペラペラのアルミ鍋や向こうが歪んで見えるけどスヴェアベルムより精度の出てるガラス容器、LEDランプあたり売り捌きたいのだけど、セカはまだ復興してないからカネにならん。やっぱ復興を急いでもらえるようにしないと。

 いざとなったら困ったときの冒険者ギルド……と言いたいところだけど、マローニじゃギルドが機能してなかったし……。


「ネレイドさん、冒険者ギルドってセカでは営業してる?」

「いや、占領された時点で抵抗組織になりうる冒険者ギルドは真っ先に制圧されたからね。ここ中央のギルドはまだ建物残ってるけど、他は抵抗したせいで籠城してる冒険者もろとも建物に火を放たれてしまってね、王都やアルト、そしてダリルみたいに勝ってる所に行けば健在だろうけど、占領地じゃお金を稼ぐなんて難しいよ。アリエルくんもしかしてお金に困っているのかい?」


「蓄えがあるから当面は大丈夫なんだけどさ。そうだ……ネレイドさん、物は相談なんだが……龍の肉、龍の骨、龍の爪、龍の鱗ってか、後ろ足一本食っただけの新鮮なドラゴンがほぼまるごと一体あるんだけど、どれぐらいで売れるかな? 龍の血もまだ残ってる」


「ド……ドラゴン? キミが飼ってるという噂の? 売る気かい?」

「ハイペリオンは売りものじゃありません! 師匠が言ってるのはミッドガルドです」


「ミッドガ……それが本当なら大変だ。世界的にも有名だし子どもの頃に絵本で何度も読んだよ。うまく小出しにして高値で売り抜けることができればセカの半分を買える国家予算並みのお金になる」


「ちなみに銀龍の鱗ってどれぐらいの価値あるの?」

「数年前、王都のオークションでは金貨200枚の値が付いたっけか。アルトロンドの貴族が買っていったはず。出所でどころは800年前、ミッドガルドがフェイスロンドのグランネルジュ襲った時の物で、何千もの兵士が命を懸けて戦ったときに落とした1枚だと言われてる」

「え? 龍の鱗1枚の話をしてるんだけど」

「1枚で金貨200枚だよ」


「コルシカさんが喜ぶはずだった」

「ええっ、なんでコルシカが出てくるの!」

 コルシカと聞いて少し動揺を隠せないネレイドにかくかくしかじかと事の顛末を話すと、拳でテーブルを叩きながら、コルシカがどれだけ仕事のできる男で、ジュリエッタの信頼が厚くて、たまに比べられてはどれほど肩身の狭い思いをしているかということを、酒の一滴も入っていないというこの素面シラフのうちから、いったいどうやれば涙目で絡むように訴えかけることができるのかってぐらい愚痴を言い始めた。

 ほら、サオの横で話を聞いてるエアリスが小さくなって申し訳なさそうにしているじゃないか。


 残念ながら俺は、これっぽっちも下心が発生しないようなおっさんの愚痴をシラフのまま聞いてやるほど会話に飢えている訳じゃあない。1ラウンドKOの根負けだ。


「じゃあはいこれ。ネレイドさんにもドラゴンの鱗あげるよ。硬くて加工しづらいけど、できることならこれ削り出してさ、ジュリエッタさんのアクセサリーでも作ってやれば喜ぶと思うよ」


「おおっ、これは……軽いな。初めて手にするから分からないけど、龍鱗の特徴である、うっすらと年輪のような模様も見えるし、光を反射する雲母のような輝きが素晴らしい。大層な値打ちものだね。見せてくれてありがとう。でもこれは受け取れないよ。僕らは商人なんだ。何かドラゴンの鱗に見合ったものと引き換えにするならその対価としていただくけど、今のセンジュ商会にはそれに見合った商品を用意することが出来ないんだ」


「それならマローニを支援してくれたお礼といことでどう? それならば受け取ってもらえるでしょ?」

「ありがとうアリエルくん。そういうことならありがたく頂戴する。でもこれはアクセサリーにせず、このままの状態でジュリエッタに渡すよ。さっきも少し話したけれど、セカでは帝国やアルトロンドに奪われた街区の住民が難民になっててね、支援するのに莫大な費用が掛かるんだ。ジュリエッタに見せたらすぐ次のオークションに出すさ。きっとね」

 そういって喜ぶネレイドさんの服は肩の縫い目がほつれていて、ずいぶんくたびれた服を着ていることに気が付いた。後頭部には白髪が混じってるし、占領地で抵抗組織なんかやってるとなると、やっぱり相当な苦労を強いられているようだ。


「そうなのか。じゃあ、これ。とりあえず俺たちからセカの人に。このあと帝国が居座ってる街区を思う存分フッ飛ばしたり、焼き払ったりするから、帝国軍が出て行ったあとの復興資金に充てて」


 俺はそう言うとミッドガルドの鱗の剥がれた分を纏めて全部テーブルの上にザラっと出してみた。

 1、2、3、4……数を数えると合計27枚。他の鱗はぜんぶ肉と鱗皮にくっついてるからまだ出せないんだけど、とりあえずいま手渡せる分を全部あつめてネレイドさんに手渡した。


「あわわわわ……手が震えてしまって、思考も止まり気味だよ。どうやって持って帰ったらいいかも分からないよ」

「こんなのが一度にたくさん出回ったら段階的に価値は下がるんだからさ、オークションに出品する戦略を立てて、しっかりと管理してね」

 実は俺、日本に居た頃から『異世界を快適に過ごすための物資』を購入する費用を捻り出すため、王国金貨をネットオークションに出品して荒稼ぎしてたんだけど、これがなかなかに難しい。最初の1つは高く売れても、2個3個と出品していくうちに落札価格は確実に下がっていく。そのうち金の重さで取引してるんじゃないかって価格にまで入札が下がってきたので、そうなる前にやめたけど。価値を維持したまま数を出すのは本当に難しいんだ。


 鱗1枚で時価200ゴールド。27枚で5400ゴールド。日本円にして時価5億4000万ってところか。セカの港区をまるごと全部フッ飛ばすことを考えると、ほんと微々たる金額で復興の足しにもならないだろうけど、避難民の食い扶持を支えるための支援と考えれば無いよりはマシだ。それがたとえ焼け石に水でも。


「ねえあなた、王国金貨ってどれぐらいの価値なの? 日本円に換算してくれないと分からないわ」

「えっと、物価に照らし合わせて考えると1ゴールドで10万円ぐらいだから、鱗1枚2000万円だね」

「……そ、それはもしかすると、ごはん食べていくのには心配いらないかもしれないわね」

「王国が滅ばなければな」

「ああ――っ……じゃあ換金してから王国を滅ぼせば!」

「そんなことしたら王国金貨の価値がなくなりそうな気がするけど?」

 ジュノーの落胆した顔がグッサリと胸に刺さる。お金のことでそんな顔をされると無職の夫としては胸が締め付けられる思いだ。


「でもあなたが生活の事まで考えてくれてるのは嬉しいわ」

 ジュノーの言い方が酷い。まるで俺がこれまで何も考えてなかったダメ夫みたいな言われ方だ、今回の俺は違うぞ。日本に居た頃、俺はこの世界に戻ることを想定して、様々な便利グッズを購入してストレージに入れて持ってきてる。醤油やソースなどの調味料を始め、おそらくはトラック数台分に収まりきらないほどの量を入れてる。ストレージの中に入れた物の点数が増えすぎて管理できなくなり、いっぺん中に入ってるものを全部出してからパソコンのエクスプローラーを見習ってフォルダで管理してるぐらいだ。

 小物が多すぎて管理するのが難しくなってるから誰か……ああ、そういえば。


「ジュノーはストレージの魔法どう? 使えそう?」

「んーそれがさ、ゾフィーの教え方がヘタクソすぎてわかんないのよ。でもパシテーに教わった飛行術はスヴェアベルムの魔気に当たってからけっこうサマになるようになったけど」

「ジュノーすごいの。もう抜かれそうなの」

「パシテーの教え方がいいのよ。ホント前世で魔法の教員だったって聞いてすっごい納得したわ。このままストレージの魔法マスターして私に教えて欲しいぐらい」

「ああっ、あれ無理なの。訳分かんないの」


「じゃあゾフィーに頼むか。荷物の一部を持って欲しいんだけど? 大丈夫かな?」

「ダメよ。ゾフィーが整理整頓できない人だって知ってるでしょ? 昔ほら、戦闘が始まるとき剣を出そうとしてリュートが出てきたけど間違えたと思われたら恥ずかしいからって楽器に強化魔法かけてさ、ガチガチの岩みたいになったリュートでどつきまわして粉々になるまで壊したじゃん。絶対あなたが持ってたほうがいいわ」


 そう言えばゾフィーにはそういうドジっ子属性がある。そのあとの照れ隠しが隠蔽工作に近くて誰も触れたくない過去だったはずなんだけど……。

「ねえあなた、ジュノーって記憶どうやって消してたの? 道具があるなら私にも貸してよ。ジュノーの記憶を消してやりたいわ……だってジュノーったら要らないことばっかり覚えてるしさ。そんな何万年も前の事いま言うなんてホント酷いわ」

「俺の天才少年剣士という黒歴史を一緒に消してくれるなら道具出すよ。セカ中の人の頭フッ飛ばすことになると思うけど」

「なんで私の頭をフッ飛ばす相談してるのかなこの人たち。もっと分かりやすく転移魔法の方法を教えてくれたらいいだけじゃん」

 転移魔法は自分がやるよりもきっと人に教えるほうが難しい魔法だと思う。

 サオに教えてみようかと思ったけど、サオもノーデンリヒト要塞前でマナ欠になったからきっと無理だ。転移させてみて『ほらどこにある?』なんて言ったところできっとまたマナ欠起こすに決まってるんだから。ってことは、ジュノーと、あと望みはロザリンドだけか。ロザリンドは時空魔法が使えるから案外いけるかもしんない。


「ああ、そうだ。転移魔法と言えば……ネレイドさん、いま転移魔法陣でセカとマローニとノーデンリヒトが繋がってるんだけど、それがどういうことか分かる?」


「うーん、難しい事聞くね。僕には転移魔法陣なんておとぎ話のレベルだから直接なにも理解してなくて勉強不足もいいとこなんだけど、ノーデンリヒトまですぐ行けるってことだろ? しっかりとした旅支度を整えて、隊商を組んだうえで護衛の冒険者にはBランク以上、それも5人以上雇ってさ、莫大な費用をかけて、命がけの覚悟で行って帰ってくるのに2か月かかってたのが、もうそんな心配が要らなくなったのなら素晴らしいなあ……って思ってるところさ」


「それは兵士や市民の感想だよネレイドさん。普段着でちょっと隣の街区に買い物にでも行くぐらいの気軽さでノーデンリヒトに行けるんだ。もっと言うと、セカに住んでいて毎朝ノーデンリヒトまで仕事に行って、夕方帰ってこられる通勤圏内になるし、逆にノーデンリヒトに住んでる女学生がセカの中等部に毎日通ったりもできる。セカからマローニを経由してノーデンリヒトまで約900キロ。それを転移魔法陣で瞬間移動する、この利便性を商人はどう活用するのかな? と思って」


 ネレイドはまさかそこまで人の生活を一変させる可能性を秘めたものだとは思ってなかったので、ゴクリと生唾を飲み込んだ後は言葉を失ってしまった。頭の中にアイデアが次々と浮かび上がって、それを一度には処理しきれないようだ。

「もしそれが本当なら、素晴らしい流通革命だよアリエルくん。だけどデメリットも大きい。今のように戦時だと諸刃の剣になりかねないんじゃないの?」


「もちろんさ。衛兵はもちろんだけど、ちゃんと帳簿つけて、人の出入りや物の流通管理、そしてメンテナンスも含めて総合的に転移魔法陣を管理する組織が必要なんだ」


「アリエルくん! それぜひセンジュ商会に任せてくれないかな!」


「ん。そう来ると思った。でも残念ながら俺にそれを決める権力はないんだよなあ。なんせ俺ら異世界人だし、身分は住所不定で無職のホームレスだからね。だけど設置されてるノーデンリヒトは国家元首がトリトンだよ? ネレイドさんは義弟にあたるわけだから話は早いと思うけど、もし話がまとまらなかったら転移魔法陣のメンテナンスを絡めて俺がセンジュ商会を推薦するからたぶん大丈夫だ」


 きっとマローニもセンジュ商会がこれまでどれだけ市民の生活を守るのに貢献してきたかをシャルナクさんに訴えたら転移魔法陣の管理ぐらい任せてもらえるだろう。今は特に人員が足りなくて猫の手も借りたいはずだから。それに転移魔法陣のメンテナンスとか任せられるならゾフィーも面倒がなくて助かる。こういう事務方の仕事を衛兵なんぞに任せると手を抜いてグダグダになるか不正の温床になるのがオチなんだ。信頼できる商人のほうが絶対に向いてる。


「異世界人で住所不定無職のホームレスとか言われちゃ怖いよアリエルくん。大切な娘を預けようって決心が揺らいできた。だけどそこまでしてくれるってことは見返りに何を要求されるのか怖いな。先に用件を聞いておきたいところなんだけど?」


「んー、見返りねえ。このいくさは俺たちが勝ち続けると奴隷売買どれいばいばいで莫大な利益を出している奴らは金のなる木も、金の卵を産むアヒルも、何もかも失うから、そうだなあ、この国の経済は根幹から揺らぐことになると思うんだけど、ネレイドさんはどう見る?」


「そうだね、アリエルくんの言う通りだと思う。ダリルもアルトロンドも、そしてセンジュ商会プロテウス本店も、奴隷売買どれいばいばいのおかげでものすごい好景気だ。きっとアルトロンドもダリルももう、奴隷制が始まる前の貧しい生活に戻るなんて出来ないと思う。だってそこに住む領民が豊かな暮らしを手放したくないんだから、軍隊を倒せば済むって話でもないよ」

「え? 単に景気がいいってだけの話じゃなくて? そんなに豊かになってんの?」


 詳しく話を聞いてみたところ、ネレイドさんはこちら、ゾフィーとサオが居ることで、ちょっと話しづらい事だと前置きした上で『もし気分を害したらごめんなさい』と言いつつ、言葉を選んで話してくれた。


 この戦争に勝ってるアルトロンドやダリル、そして王都プロテウスでは、エルフの奴隷はハーフやクォーターが生まれるようになってから取引される価格も一時と比べると落ち着き、そこそこの暮らしをしている家庭ともなるとエルフ奴隷の所有率は60%を超えているのだそうだ。これは日本で言うと家族単位でのクルマの所有率のような感覚じゃないかと思える。当初は女エルフが愛玩奴隷で男エルフは農奴や建築現場に駆り出されると相場は決まっていたけれど、最近は主に代わって様々な労働することで所有者に利益をもたらすシステムが確立しているらしい。労働奴隷を2人所有していれば所有者はもう直接働かなくてもいいぐらいの収入を得られるそうだ。

 むしろ自らが命を懸けて戦う兵士などは経済的に労働させる奴隷を所有することができない貧者ひんじゃであることが多く、奴隷を買うカネを稼ぐため戦いに出ているというのが現状らしい。


 家族に魔族がいるノーデンリヒトの男としてはいろいろとムカッ腹の立つ話で、もちろん看過できるようなことじゃない。

 俺が勇者やめてから無職で何してお金を稼ごうかと思ってるところにそんなヒモ男のような羨ましい話を聞いてしまったからじゃ……断じてないのだけど、ダリルやアルトロンドが戦争吹っ掛けてきて、おなじ人族同士で殺し合ってまで奪いたかったものは、要するに働かずに搾取することで暮らしてゆけるという豊かさだったんだ。


 ネレイドさんの言う『軍隊を倒せば済むって話でもない』というのはそういう意味だ。

 俺たちがこれから侵攻し、打倒しようとしているダリルもアルトロンドも、そして王都プロテウスも、圧政に苦しめられている住民などいない。みんな豊かで平和な暮らしを享受しているんだ。誰の目にも正しく見えて皆が称賛してくれるような英雄的な行いはセカ解放で終わる。


 ここから先は住民たちの豊かな生活を奪うことになる侵略戦争。

 俺はまた大悪魔に逆戻りだ。



 そう思うと、なんだかまた、やりきれない気持ちになってしまった。

 ボトランジュの男たちは、家族を、よき隣人エルフたちを守るために戦い、そして敗れた。この街の雰囲気は鬱憤うっぷんが溜まって、あちこちで小さく火の手が上がってはくすぶる、今にも大爆発を起こしそうな火薬庫のようだ。

 俺はこのいきどおる気持ちのやり場に困って、ひどく残念な気持ちになっていたせいか、ネレイドさんに対して言うべき言葉を間違えてしまった。


「ネレイドさん、そんなに大切なものを奪われたのに、よくセカの人たちは我慢しているね」

 本当にこれほどの屈辱を抑えきれるなんてすごい精神力と団結力だと言ったつもりだった。しかしその言葉はアリエルの意志とは裏腹に、セカの男たちを臆病者とでも言うかのような、微妙なニュアンスで発せられた。


「アリエルくん、我慢できるわけがないだろう? セカ陥落からも何人もの男たちが剣を持って戦って、そして街中に吊るされたよ。数えきれないほどね。自治会は抵抗勢力なんかじゃない。怒れる男たちをきたるべき時まで抑えておくために存在するんだ。セカ市民は平和な暮らしを失っただけじゃない、女を、家族を奪われた男たちの怒りがまるで消し炭のようにくすぶってる。なあアリエルくん、そんな抑圧された日々も今日で終わるんだろ? 見なよ店の外を。みんなアリエルくんたちが出てくるのを待ってる。今日勝っても次は奪われた人たちを取り戻すための戦いだ。僕たちにはやらなきゃいけないことがたくさんあるからね、まだまだ死ぬわけにはいかないから、剣を研いで待ってるんだ。我慢なんか誰もしちゃいないよ。やがて来る反攻の戦いで勝利して、奪われた人たちを取り戻すことを考えればこそ、屈辱に耐えることができる。ただそれだけのことさ」


 ネレイドさんの覚悟は後半になるにつれ涙目になりながらも強い言葉で語られたせいか、俺の心にマッハで届いて魂を震わせた。その言葉の端々から溢れんばかりの騎士の熱情が見て取れた。戦う意思を、決意を語って見せたネレイドさんの眼差しは紛れもなく騎士のものだった。ボトランジュは本当にまだ負けちゃいない。ジュリエッタがセンジュ商会本店の方針に反発して奴隷なんか一切扱わないって言うのもきっと信念あってのことだろう。


「ネレイドさん、すまなかった。セカの男はボトランジュの男だという事を忘れてたよ」

「ひどいなアリエルくんは、マローニばかりがボトランジュじゃないからね。なんて、かく言う僕もジュリエッタも王都出身なんだけどさ、今じゃ立派なボトランジュ人だよ」


 今までセカ市民が受けた略奪の話など、酷い話を聞かされているあいだ、ただ目を伏せるばかりだったエアリスが少しだけ微笑んでアリエルに打ち明けた。


「父さん家族に内緒でこっそり剣を振ってるのよ。倉庫で」

「知ってたのかエアリス。心配させたくないからジュリエッタには言わないでおくれよ」

「ほら母さんにバレてないと思ってる……。ホント隠し事できないのよね、きっとバレてるわよ」

「…… えーっ、まさか」


「あははは、ネレイドさんには剣を研ぐ時間もないよ。これからセカの復興と経済の再生で寝る暇もなくなるんだからさ」

「いいねそれ。そんなことなら睡眠不足でも人手不足でも、センジュ商会が喜んで引き受けるよ」

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