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02-04 学校に行こう!★

2021 0726 手直し



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 ふかふかの柔らかいベッドが馴染めず、ちょっと首を寝違えてしまったけれどよく眠ったので清々しく朝を迎えた。


 ノーデンリヒトに住んでいた頃は朝5時にはもう庭に出て体操がてら剣の素振りをしていたのに、今朝目が覚めたのは6時頃だった。ここ数日、剣の鍛錬が疎かになっているので、怠けようとする身体に鞭打って、いつもよりしっかり目に剣を振ることにした。


 いつもはちょっと手を抜いてたかもしれない……。

 よくよく考えてみると、トリトンもガラテアさんもノーデンリヒト境の峠の関所にいるから、手合わせしてもらうのに500キロも離れたノーデンリヒトまで行く必要がある。


 考えるだけで遠い。新幹線が欲しい……。

 屋敷にある工房で剣を打ったりするついでにガルグ狩りをして、そのついでぐらいじゃないと行く用事思いつかない。


 軽くひと汗かいたころクレシダが呼びに来てくれて、汗拭きの手ぬぐいを手渡してくれた。

 ノーデンリヒトで暮らしていたころと同じ生活サイクルで暮らしてゆけるのはありがたい。何も変える子必要なんてない、ただアリエルはちょっと寝坊する癖が付いただけだ。


 今日は寝坊したうえにちょっと考え事をしながら剣を振っていたせいか、時間を忘れるぐらい鍛錬してたようだ。会食場に行くと、シャルナクおじさんもプロスもビアンカも席についてた。


「あ、おはようございます。遅くなってすみません」

「いや、構わんよ。ちょっと見ていたが、熱心だね」


「いえ、ここのところサボっていたものですから」

「私には結構な腕前に見えたがね。ところで、プロスから聞いているとは思うが、今日から学校に通うこと。知識は様々な場面でキミを助けるだろう、それが旅人でも冒険者でもね」


「はい、お世話になります」


 給仕のメイドさんが朝食が配膳してくれた。パンとスープと……ベーコンだこれ。

 ガルグのベーコンがすっげえうまい。ノーデンリヒト人の好みをよく知ってるコックさんだ。


「ついでに、飛び級試験も申し込んでおいたからな。試験は必修科目のみ。剣と魔法だ。私が知る限りでは飛び級試験に合格した者は居ないから、ちょっと楽しみにしているよ。プロスお前もちょっとは焦ってみろ。お前も本気を出したらそこそこやれるはずなんだがな」


「ああ親父、俺は……来年から本気出すよ」

「またこれだ……」

 またオチをひとつ付けてみんなの笑いを誘う。ここは微笑みの絶えない、いい家庭だ。

 でもシャルナクさんの奥さん、つまりプロスのお母さんは移る病気だから外に出ることもできないし挨拶に行っても会うことができない。一度挨拶に伺いたいのだけど、まずは病気を治すのに専念するのだそうだ。


「ああ、そうだ、私たち親子と使用人は今日中に荷物を纏めて本宅に戻るから、ビアンカさんとアリエルくんは各自客間を一つずつ使ってくれ。ポーシャとクレシダは使用人室を自由に。あと、書斎はアリエルくんの勉強になる本がたくさんあるから自由に使ってくれて構わんが、それ以外の部屋は使わないでくれ。特に執務室にはいろいろ書類が残っているから、またそのうち誰かをよこして回収するよ」


 まさかシャルナクさんとプロスを追い出すことになるとは思わなかったので後頭部から変な汗が流れて恐縮してしまう。200人以上いる避難民を全員受け入れていただいた件でも多大な費用が掛かってるはずだし、この家に滞在する費用もそうだし……。


「いや、避難民の受け入れに対する費用は王国から出るし、この別宅はもともとベルセリウス家の物だからね。トリトンは子供の頃ここに住んでたこともあるんだ。キミたち家族が滞在するのに必要なお金は王国騎士団からトリトンの給金がビアンカさんに届くはずだから、こちらも問題ない。子どもはお金の心配なんかしなくていいんだよ。大人になったらイヤというほど頭を悩ませないといけないんだし。今だけ今だけ。何も考えなくていいからな」


 シャルナクさんはあまりトリトンに似てないと思ったけれど、そういう根っこのところはそっくりだと思った。マローニ市民、子どもは全員学校に通わせる件もそうだけど、なかなかの人物だ。


「はい、お言葉に甘えます」


 ご飯を食べ終わるとプロスと一緒に学校へ行く。実に、日本に住んでた頃からだから、10年ぶりの登校だ。……うーん、気が乗らない。


 学校は屋敷からちょっと北にいったところにある。徒歩で15分ぐらい、距離にして1キロ程度。夏は日が長いから朝9時から。冬は日が短くなるから朝10時からになる。制服は寸法を測ってから支給されるらしい。プロスの時はむちゃくちゃ大きいのが支給されたそうだ。貴族でも制服をケチるらしい。


 思い出した。美月の背を抜いた時の事……。

 あれは、そう、中学2年の時だ。


 アリエルの前世、嵯峨野深月さがのみつきは、中学の入学式、中で泳げるんじゃないかってほど大きな制服を着ていたのを思い出した。正門前で常盤ときわのオジサンが撮ってくれた写真では、まるで子供がお父さんの服を着ているような印象だったのを覚えてる。


 その僅か1年後、朝、学校に行こうと靴を履いて玄関から出ると、ちょうどバッタリ出会った二軒隣の美月みつきに「ズボンがチンチクリンだぞ」と言ってクスクス笑われたのを思い出した。


 そう言って目を細める美月にずいっと詰め寄ると、肩を掴んでまっすぐに向かい合い、更に半歩だけあゆみ寄って数秒……。ほんの少しだけ美月より目線が高くなってるのを確認した。

 距離にして10センチぐらいか。美月は驚いたのか、瞬きを忘れて息もしてないようだった。


「抜いたぜ」

 あれほど強大だと思っていた美月の身長を抜いた。

 美月も身長で負けたのがよほど悔しかったのか真っ赤になって怒り始めたかと思うと「なあっ……なななな……何よ、深月のくせにすっごい生意気、なんでそう簡単に私の懐に入れるわけ? あーダメだー、私修行が足りないわ」

 なんて言いながら手刀で素振りを始めた。本当に剣道バカだった。


 それから学校までは嵯峨野深月さがのみつきが先に歩いて、美月は一言もしゃべらずに、ただ後ろを歩いてた。

 あの時、怒らせてしまったのかもしれない。今でもちょっと反省してる。


 それまで美月が怒ったら恐怖しか感じなかったけど、その日の美月は怒っても怖くないばかりか、可愛らしくて、愛おしいような、そんな印象だった。


 嵯峨野深月さがのみつきはひとつ自慢があった。深月みつきの知る限りではたぶん日本で一番美月を怒らせるのがうまい。

 それだけは誰にも負けない自信があった。これから自分だけが美月のあの可愛らしい表情を見ることができると思うと口元が緩む。特技スキルに気付いた、忘れられない朝の想い出だ。


 おおっと、妄想しながら歩いてたらもう学校だった。

 マローニは田舎街だと言うが、4万以上の人が住んでいるらしい。朝から歩いてる人が多く、大半の人は徒歩で移動しているが、通りでは馬車の往来も少なくない。馬は急に走り出してコントロール不能になることがあるから注意が必要だ。


 学校は二階建て校舎がコの字型に運動場を囲む形状なのかな?それともロの字型なのかな。校門側からは運動場が見えないので分からない。質素ではあるが、外観は綺麗に保たれている。


 こっちは中等部。通りを挟んで反対側が初等部だということだ。10歳からは中等部だからもうあっちに行く必要はないけど。


 次々と登校してくる生徒たちに混ざって格子門をくぐり、校舎に入る。

 元気な挨拶の声があちこちから聞こえる。朝からみんな溌溂はつらつとしていて、元気がいい。

 ここでプロスが右側の建物を指して言う。


「こっちが教員詰め所だからね、その隣が教育長の部屋だから、まずは教育長に挨拶だね」

 教員の詰め所とは言っても同じ建物の中。正門から右側の一階部分の奥のほう。その一番奥に位置するのが教育長の部屋で、まあ分かりやすく言えば校長室だ。


 教育長の部屋のドアはけっこう重厚なつくりになっていて、獅子のドアノッカーがついている。

 この世界にもライオンがいるのだろうか? 居たとしてももっと南のほうだろうことは何となくわかる。


 アリエルはドアノッカーを使わず、拳で軽くノックすると、中から「入りなさい」と声が聞こえた。


 ドアを開けたのはプロスだった。

 重厚そうな扉を押すと音もなく開いたが、その扉も木の無垢材を使っていてとても重量感がある。

 木の無垢材を使う扉を高価だと思っていたのだが、この世界ではごく一般的なのかもしれないと思い始めているところだ。文明レベルからベニヤ板がまだ発明されてなさそうだし。


 アリエルがドアをくぐり教育長室に入ると綺麗に整頓された応接室の佇まいだった。

 もともとは生徒を招くようなところではないのだろう、毛足の長い絨毯が敷かれていて土足で踏んでいいものかわるいものかもわからない。


 デスクは対面側に化粧板が処理されている木製の社長机なので、これも冒険者ギルドでのギルド長室でみたのと同じ作り、だがこっちのほうがサイドボードまで装備しているので、幅広で高そうにみえる。


「ベルセリウスくん、その人が?」

「はい、こちらが従弟いとこの……」


 教育長室の主はさっきの社長机に座っている、とにかく線が細くて目も細いヒョロノッポみたいなひとで、紺色の正装が良く似合う。でも学校の教員には見えない、どちらかというと市役所にいて机にかじりついて仕事をしている公務員みたいなイメージだ。


「はい、アリエル・ベルセリウスです。よろしくお願いします」

「私が教育長のカリプソです。話は聞いていますよ。試験はアリーナでやるので、そこのソファに掛けて。ベルセリウスくんは、ああ、同姓でしたね。ではプロスペローくんのほうはもう教室に行ってもらって構いませんよ。案内ご苦労様です」


 軽い会釈をしてプロスが部屋を出たのを確認すると、カリプソ教育長が面談? を始めた。

 予想できたはずのイベントをサプライズ的に始められてちょっと焦ってしまった。これも試験だったらどうしよう。

 面談とはいっても話の内容は主にノーデンリヒトの事を聞かれただけ。戦地でもあるし、もともと魔族が暮らしていた土地だということも興味を引いているようだ。


「はい、貧しい土地ですが、とても美しいところですよ。戦争が終わったらぜひ遊びにいらしてください。自然以外に何もありませんけどね」


「そうですか。大変な土地だと聞いてます。戦場でもありますし」

 まるで定型文のような労いの言葉をいただけた。アリエルも同じように返す。

「戦争はいつか必ず終わります」


 それからは教育長のカリプソ先生自ら、教員詰め所(職員室)、学内食堂(学食)、救護室(保健室)音楽室、図書館、トイレなどの学校施設を案内してくれた。

 VIP待遇なのだろうね、貴族の息子ってもしかすると、ものすごく面倒な気がしてきた。

 盗賊の奴らもベルセリウス家だと聞いてカネの匂いしかしないなんて言ってたし、あれって無抵抗だったら攫われて身代金とか要求されてたかもしれない。


 そして案内してもらう最後にさっきプロスと話してる時に聞いたアリーナにきた。


 アリーナというのは体育館のような施設だけど、開放型の競技場で、バスケットボールコート3面程度と、ちょっと狭めの競技場。晴れた日の実技はだいたいここでやるらしい。


 地面は運動場と同じ土質のクレーで、三方を囲む観客席がある。観客席のない、出入口とは逆の、上座に位置する場所には演壇が備えられてあり、いろんな行事で使えるようになってる。


 また、観客席のみ日除け兼雨避けのシールドが付けられているので小雨ぐらいなら観客も文句を言わずに観戦してくれるだろう。


 教育長先生とアリーナに入ると、剣術の実習をしている生徒が2グループ。

 1年生と2年生っぽい。


 制服を着ていない子どもが教育長に案内されて見学に来ている、これだけで編入生だと気が付いた生徒たちはみんなアリエルに気を取られてザワザワし始めた。


 アリエルも気配を数えてみたところ、だいたい1学年70人ぐらいか。

 4万人超の市で1学年70人というのは少ない、もしかすると他にも学校があるのかもしれない。


 ざっと見渡してみると観客席にも5人ほど上級生がいることに気が付いた。

 よくみると知った顔だった。プロスペロー・ベルセリウス。愛称で呼ぶとプロスだ。プロスと愉快な仲間たちか、それともプロス戦隊か。


 授業サボって見物とは、まさかプロスが不良だとは思わなかった。


 アリエルが観客席に気付いたらプロス以外の四人から歓声が上がった。中には口笛を鳴らすやつまで……。絵に描いたような不良だった。


「ベルセリウスくん、試験の内容は聞いているかい?」

「実技としか聞いていません。詳しく教えていただければ嬉しいです」


 試験は実戦方式で教員と対戦。ただし木剣。

 強化魔法の強度と剣術の技術を総合して評価して採点するらしい。

 降参するか首に剣を突きつけられたら負け。致命傷と見なされる個所に打ち込まれても負け。

 これが一次試験。


 一次試験に合格すると、次は魔法の試験に移る。もし一次試験に不合格だった場合は二次試験をやる意味がないのでそこで自動的に不合格。目の前にいる1年生のクラスに編入されるそうだ。


 そう、目の前に居るのが同い年の生徒だという。


「うっわ……俺ってあんなに小さい子供なのか」

 あらためて驚いた。この世界では鏡は高価だから自室に鏡がない。だからあまり自分の姿を写してみる機会がなくて、実年齢はアラサーのオッサンだから本当すぐ忘れてしまいがちだけど、アリエルはあんなに小さい子供なんだ。

 まだチンコに毛も生えてない。


「質問! 一次試験で魔法を使っても構いませんか?」

「はい。構いません」


「一次試験は強化魔法と剣術が評価対象だと言ってましたが、魔法で決着が付いた場合はどうなりますか?」

 カリプソ教育長はちょっと困惑した。魔法を使うのはいいけれど、お互い開始線に立って強化魔法だけを唱えて、開始の合図で打ち合うというテストに、魔法など唱える時間があるはずもない。そしてもうひとつ、決着をつけることが目的ではなく、飛び級に相応しい実力があるかどうかを見極めたいのだから、別に教員と対戦して勝つ必要もないのだ。


「ほう、この至近距離で魔法を使ってけりを付けられるとは考えていませんでしたが、もしあなたが教員に勝てたなら一次試験はおそらく合格なので問題はないと思います」


 アリエルは思いっきり誤解した。

 なるほど。要するに魔法を使ってもいいし、剣でブッ叩いてもいいから教員に勝ってみろと言われたんだな……と。


「あなたの相手は2年の実技を受け持っているヘルセ先生です。2年前まで領軍の指揮官でしたから思い切り打ち込んで構いません。実戦形式ですから先生の方も当然攻撃してきます。防御技術も見せてほしいですから」


 いま紹介してもらった2年生の実技を受け持つヘルセ先生を見ると……、歳は30後半か40と言ったところで、身長185センチぐらいある大男だ。


 パッと見、ガラテアさんよりも頑丈そうに見える。あの人なら木剣で頭ブッ叩いても平気そうだけど、でも領兵って事は実戦経験がないという事だ。マジで叩いて大丈夫なのだろうか?

 いや、でも、飛び級を認めてもらって早く卒業してしまいたい。


 傘立てのような木剣立てに無造作に入れられてる5本の中から、ちょっと長めの両手持ち木剣を選んで持った。

 実技の授業中だった1年生と2年生はもう上の観客席に座って観戦モードになってる。


 木剣を軽く振りながら重さや重心を確かめつつ柔軟体操をしていると、観客席から、


「アリエル頑張れー、フレー・フレー・ア・リ・エ・ル!」


 不良たちが応援してくれてる。この世界でも応援のときはフレーフレーって言うんだ。

 なんだかとても新鮮だ。


 声援の中に黄色い声が混ざってることに気が付いた。

 アリエルが声の出所を追って観客席を見上げてみると。プロスと愉快な不良集団のトコに女生徒が……3人増えてる……。


 剣を振り上げて声援に応えたりして。ちょっと乗り気になってしまった。

 ホント、女の子がいっぱい……。なんだチクショウ、羨ましいな。ノーデンリヒトは年頃の女のいない本当に寂しい土地だった。優遇と不遇の差を見せつけられた気分だ。こうなると意地でも合格したくなってきた。


 アリエルがぼさーっとプロスの席を見ていると、先生はもう開始線に立っていて、準備ができたようだ。


「よし、名乗って強化魔法をかけなさい」

「はい! アリエル・ベルセリウスです。よろしくお願いします!」

 とはいえ、防御魔法は展開済みだし、強化魔法は必要な時だけ無詠唱で発動させるから特に最初から強化する必要はない。


 ベルセリウスと聞いて観客席がザワザワと騒がしくなった。

 生徒たちの話し声も声援に混ざって聞こえてくる。


「おい、ベルセリウス家か……」

「プロスペローさんが応援してるってことは血縁なんだろ」


 なんだか1年2年がざわついてる。

 ちょっとカッコつけつつ、アリエルはいつものルーティーンを組み立て、くるぶしの関節、膝の関節、手首、肘、肩と、人体のすべての関節を慣らし、温めたあと、ゆっくりと上段に構えた。


「おお、なんかカッコいいぞ!」

 応援団が騒がしい。


「ベルセリウスくん、強化魔法は?」


「あ、はい。既に展開済みですからお気になさらず」


 ヘルセ先生の目にはアリエルの身体に纏った防御魔法が見えないようだ。

 だけど身長185センチぐらいある…うん、確かに大きいはずで、その体格から打ち出される剣はたしかに脅威になるはずなんだけど、さすがに3メートルのベアーグと戦った後じゃあ小さく見える。迫力も全くないし覇気も感じなければ、威圧もない。だけど盗賊ハゲマッチョよりは強いんじゃないか?という尺度でなら実力をはかることができた。


 そして審判役の教員が右手を大きく振り上げると「はじめ!」の号令と同時に振り下ろした。


 号令がかかった。相手の出方を見ようと決めたアリエルだが、開始の号令がかかったというのに、どう見ても相手の方の準備ができていないようだ。


 なんだ、この隙だらけの構えは……。

 中段に構えればいいってもんじゃない。この教員は何を教えようというのか……。


「えっと、あの、隙だらけですけど? 打ち込んでいいのですか?」

「なっ?、いつでも」


 ああ、そうだ。そういえばいまこうやって木剣を向け合って対峙しているのは、試験のためだ。

 ということは、先生はアリエルの剣を受けてくれるということだ。


 ありがたい、アリエルは目の前で剣を構えるヘルセ先生の目をじっと見ながら呼吸を読むことにした


 吸った……吐いた……吸った……吐いた……吸っ



―― グシャァ!


 刹那、思い切って踏み込み、左小手を叩くと鈍い音がして、ヘルセ先生は剣を落とした。

 直後に背後に回り込み、首に剣を突き付ける……と、砦の兵士たちに立ち会ってもらうときは、だいたいこれで勝負ありなんだけど……。


 ざわざわしていた観客はしんと静まり返った。


 審判役の先生も固まってる。

 アリエルはこれでまだ勝負ありじゃないのかな? と思って、審判役の教員の顔を伺ってみた。

「先生?」

「あ、ああ、勝負あり!」


 革の小手を外したヘルセ先生の手首は紫色に腫れ上がっていた。

「あちゃあ、もしかして腕折っちゃったか……。大丈夫ですか……あわわわ」


「……見えなかった……な。動きも、剣筋も……、威圧されたのか……動けなかった。教育長、救護室に行っても構わんでしょうか。骨が折れておるようです」


「先生、ごめんなさい、ホント大丈夫ですか? 折れてます? わあ、どうしようどうしよう」


「ひとつ教えてくれ、キミの剣は誰から?」

「はい? えーと我流ですけど、俺はノーデンリヒトの北の砦で育ったようなものなので」


「ノーデンリ、、最前線じゃないか。そうか……、ちょっとだけ納得したよ」

 そう言うとヘルセ先生は左腕を抱えながら救護室に向かった。


 どおおおおおっと歓声が沸き上がる。

 プロスも何故か大喜びのようだ。


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