表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
308/566

11-07 弟子志願(2)

週2話投稿いけそうです。次話はまた月か火曜にでも。

 確かにそうだ。今になって考えてみればジュリエッタもネレイドも、この事態は容易に予想できたはず。

 だけどエアリスは12歳。自分の生き方を決めてしまうにはまだ早いと思っていたからこそ、今ここでサオの弟子になりたいだなんて言い出すとは考えなかったのだ。


「エアリス!! まままま待ちなさい、この人たちの魔導派閥は特殊なの。戦場魔導士なのよ。魔導学院に進学するって言ってたじゃない。思い直して、ネレイドあなたも何か言ってよ早く!」


 たった今までこの事務所内を包んでいた再会の空気、久しぶりにセカを訪ねてきた親戚を懐かしむような空気を吹き飛ばしたのはむしろジュリエッタのほうだ。まさかの不意を討たれたかのような狼狽、アリエルに断れと言わんばかりの視線を送ったが、ネレイドはまるで達観したかのような表情で言った。


「……。んー、それがさ、ずっと前からこんなこと言い出すんじゃないかとは思ってたんだよね。ジュリエッタも知ってたろう? 剣に拳、魔法に加えて、算術を通り越して数学まで。何かにとり憑かれたかのように見えるぐらい、ものすごく努力してた。まあ、あれは魔導学院に行って何か勉強する目的あっての事だろうと思ってたから今のはちょっと驚いたけどさ。僕が止めたとして 『父さんが反対するなら諦めます』なんて、そんな半端な娘に育てたつもりもないんだろ? ジュリエッタ」


「それはそうだけど、アリエルはバカなの。たった数人で帝国に攻め込もうなんてバカが率いる派閥に大切な娘を預けられますか。ねえアリエル! あなた16年間どこに行ってたの? 今ここで、エアリスの前で言ってみなさい」


「えっと、アルカディアに……」

「ほらみなさい、異世界までぶっ飛ばされてるじゃないの! ねえ、ダメって言ってよ。お願いだから」

 ひどい言われようだ……。だけど言ってることがもっともすぎて反論できない。これは昨夜、パシテーのお母さんに怒られたのとほぼ同じ内容だ。この硬い石の床に正座させられないだけマシ。ここは石のように身をすくめ貝のように口を閉ざすのが得策だ。下手に反論なんかしようものならジュリエッタのマシンガンのような口撃が飛んできて言い負かされるに決まってる。


「なあジュリエッタ抑えて。エアリスもアリエルと同じ血筋なんだけど? ジュリエッタと同じ血が流れてるんだから僕には止められないし、エアリスはしっかりとした考えを持ってる。自分の生き方を決めるのに早いとは思わないよ。僕はね」

 ネレイドさんが必死でジュリエッタを抑えてくれている。もうちょっと強く言ってくれたらいいのに、さすがに相手がジュリエッタだとネレイドさんは無力だけど……説得力あるなあ。同じ血が流れてるんだから言っても無駄なんだ絶対。


「サオ、よく考えて返事をするように。これはお前だけの問題じゃなくて、エアリスの人生にも多大な影響を及ぼす重大なことなんだ。即断即決はダメだよ」


「はい。でもびっくりしました。……私が師匠に弟子にしてくださいって言った時のこと、いろいろ思い出しました……。弟子にしてくださいって言われた師匠の気持ちも、少しだけだけど、初めて分りました」

 そういって少し物思いに耽るサオのネストから魔法陣が起動され、一瞬ぼうっと炎が立ち上がった。イグニスは今まで寝ていたらしい。眠たそうな表情で目をこすりながらサオの身体へ潜り込もうと主の手を取ったとき、いまこの場を囲む面々の中に旧知の顔があることに気が付いた。


「サオの弟子になりたいなんて言うからどんな奴かと思って出てみたら、まさかエアリスだったのね」

「イグニス! なんでイグニスが……」

 そうだ、イグニスは短い間だったけど、セカの転移魔法陣に暮らしていて、その後、セカの教会跡がエルフたちの憩いの場のようになっているという話だけは聞いていたので、二人が顔見知りだというのもおかしな話じゃない。


「エアリスを知ってたの?」

「うん、よく遊びに来てたよ。ワタシがマローニに行ってからは会えなくなっちゃったけど」


「あっ、ちょっとまってアリエル。マローニはどうなったの? うちの出張所があったはずなんだけど」

「ん。マローニはは今朝のうちに開放しといたから。コルシカさんにちょっとした依頼をしたとき、ここにジュリエッタがいるって聞いたんだ。退去勧告されたみたいだから半月ぐらいで戻ってくるかも」


「はあ? なんですって? 退去勧告ぅ? なんでよ? 私たちは外出制限の厳しいマローニ住民を飢えさせないように大量の食料を運んで配ってたんだけど! 今のマローニの代表は誰? 私が直接行って直談判するわ。私たち商人はいっつも軽く見られるんだから……くーっ、超腹立つ。ネレイド、マローニ行くからすぐに旅の準備を!」


 肩をいからせて馬を引きに行こうとするジュリエッタを引き留めて、とりあえず転移魔法陣の場所と、そしてくれぐれも内密にということを言い含んで、転移魔法の起動式を教えておいた。これでジュリエッタは今夜にでもマローニに行ける。べつに行かなくてもマローニの占領軍追放が滞りなく進めば夕方にはイオたちもセカに来てくれるはずだから、わざわざジュリエッタがマローニに行く必要はない。便宜上エアリスにも起動式を知られてしまったことが悪い方向に影響しなければいいのだけれど。


「実はちょっとお願いなんだけどさ、セカの勢力地図を描いてくんないかな。各陣営が押さえてる占領地の範囲と駐留軍の規模ってか、ぶっちゃけ人数。あと、セカに抵抗勢力があるなら知らせといてほしい」

 抵抗勢力という言葉を出した途端にジュリエッタもネレイドも難しい表情になってしまった。いや、ジュリエッタの険しい顔はいつものことだけど。どうやら抵抗勢力は存在するようだ。


「へぇ、高くつくわよ。報酬は?」


「セカの解放」


 そう言うとジュリエッタさんは無言で机の引き出しから羽ペンとインクを取り出し、壁に貼ってるセカの地図の前に立った。


「それは使いにくいよ。はい、これ使って。アルカディア製だからね。羊皮紙なら大丈夫だけどパピルスには裏写りするから気を付けて」

 ストレージから赤青緑の油性ペンを取り出してジュリエッタに手渡すと、最初は戸惑っていたがすぐに慣れたようでキュッキュッとペン先を鳴らしながら地図に記入し始めた。


「これは魔法か! 魔導器ってやつなんだろ?」

「母さん、ちょっと私にも貸して!」

「違うよ、ただの文具。気に入ったならあげるよ。ペン軸の中にインクが入ってて、カチッと蓋して空気を遮断することでインクが渇くのを防いでる。だから使い終わったら必ず蓋をする必要があるからね」

「うわあぁ、母さんこれ凄い。どこまでも書ける」


「エアリスちょっと静かにして。……なあアリエルくん、ちょっといいかな。セカの解放なんて気軽に言ってくれたけどさ、王国軍8万、帝国軍5万、アルトロンド軍2万。総勢15万の兵がすでに街を占拠してるんだ。どうやっても市街戦になる。サルバトーレ会戦のようにはいかないと思うよ? セカの街が戦火に焼かれて、結局どの陣営も追い出すことができなかったなんてことになったら最悪だからね。そうなるぐらいなら今の睨み合ってる状況のほうがまだマシだ」


 ネレイドさんは今でこそセンジュ商会セカの番頭に収まっちゃいるが、元王国騎士だ。商人として、街を自治する者としての意見とは少し視点が異なる。いまネレイドさんは、敵勢力を追い出すことができるのなら多少セカの街が焼かれても構わないと言った。


「そうか、ってことは、ネレイドさんは抵抗勢力の構成員である可能性が高いか」

「そんなことは誰も言ってないよ。僕は自治会の役員なんだ。それだけだよ」

「そうだね、じゃあ自治会の人たちって、アルトロンド軍ぐらいなら相手して抑えてることできるの? ジュリエッタさん、アルトロンドってどれぐらいの規模?」

「ざっと2万ってとこ」


「キミたちと一緒にしちゃダメだよアリエルくん。2万の正規軍を相手にするなんて到底無理だ。僕はよく知らないけどね、できたとしても治安維持ぐらいで精一杯といったところじゃないかな? ……なーんて思ってるんだけど」


「フェイスロンドに逃れたというボトランジュ軍はどうなってんの?」

「へえ、よく知ってるね。そんな話をどこで聞いたんだい?」

「セカを守るために戦って、帝国の捕虜になった人に聞いた。ここの衛兵だった人が帝国軍の荷車を押してたんだ。いまはノーデンリヒトに逃れてるけど、またきっと戻ってくると思うよ」


「できた、はいこれ。この赤く囲ってるところが帝国軍の陣地。青が王国軍で、緑がアルトなんだけど」

 ジュリエッタに記入してもらったセカの地図を受け取ってざっと見てみると、王国軍は3か所に分かれていて2万、2万、4万っと、なるほど実質的にセカは王国軍が統治してるようなものだ。帝国軍は狭くともセカ港付近一帯を確実に押さえておきたい構えで、その南側、アルトロンドとの領境、サルバトーレ高原と接する街区をアルトロンド軍が押さえてる。


 地図を塗り分けてもらったらホントよく分かる。バラライカからジェミナル河を下ってノルドセカ、セカ港までの航路まで確保することで、将来的にはマローニを含めた北ボトランジュ全域を支配したいアシュガルド帝国の思惑も、どさくさに紛れてサルバトーレ高原も丸ごと奪ってやろうとするアルトロンドの思惑も一目瞭然だ。王国騎士団は豊かな商業圏であるセカ市街の大半と、フェイスロンド方面に帝国の手が及ばないようにするだけで手一杯のような印象すら受ける。シェダール王国はボトランジュ北側を帝国に割譲する覚悟を決めたと見て間違いなさそうだ。


「セカ港、ノルドセカを帝国軍に支配されるとマローニとセカは事実上分断されてしまうから、やっぱりここは帝国軍にお帰り頂かないといけないな」


「その通りだ。じゃあ参考までに聞いてもいいかな。この情勢でアリエルくんならどう攻める?」

「帝国の支配地域を更地にしてもいいなら戦力的には30分もあれば終わるかな。でもセカの人たちを巻き込みたくないから、あらかじめこの赤ペンで囲ってもらった範囲の中に、帝国軍がみんな集まっていてくれると有難い」


「30分? ちょっと何言ってるのか分からない。更地にするってどういう意味かな?」

「文字通りフッ飛ばすか焼き払うという意味だよ。帝国軍の占領地にセカ住民がひとりもいないことが望ましい。港の従業員も船乗りも含めて、魚市場の関係者もみんな退避してほしい」


「帝国の支配地域でずーっと住んでるとか、そんなバカな人が居るわけないでしょ? あの地域に行くのは魚を買いに行ったりする人だけかな。今はみんな西のはずれの難民キャンプに逃れてきてる。港に働く市民の退避は1時間は待って欲しいかな、自治会で必ず何とかする」


「え? マジで? 更地にしてもいいの?」

「セカの市民は結束力が自慢なんだ。更地になっても帝国軍がいなくなるなら安いもんだ。復興はセンジュ商会が責任をもって支援するからね。で、決行はいつになるんだい?」


「今からだよ」

「はい、わかりました。どこに飛べばいいのかな?」


「いや、地図を見ると歩いて行ける距離だ。堂々と通りのど真ん中を歩いて行こう」

「また見つかっちゃったら面倒ですよね。私はネストに入ってればいいですか?」

「何言ってんだ。セカじゃあサオが主役だからね。ああ、そういえばパシテーも人気があったな。俺たちは露払い」

「兄さまも天才少年剣士なの」

「だ――っ! その話はもう忘れてくれ……とっくに時効だろもう」

「アリエルの時効が成立しているなら私の熱血教師もとっくに時効のはずなんだが?」

「え? 何なのそれ? あとで教えてねパシテー」


「聞かないほうがいいよジュノー。みんなの記憶を消す必要性が出てくるからね。……んじゃ俺たちはちょっと行ってくる。距離は5キロぐらいだから歩いたら小一時間かかるだろうし、港で働く住民の退去も間に合うだろう?、事がうまく運ばなかった場合、ここにはしばらく立ち寄れないだろうから後はよろしく。ポリデウケス先生はネレイドさんとセカ市民に扮してついてきてね。ネレイドさんは人を集めて結束力を見せてくれたらありがたい」


「エアリス、母さんは父さんといっしょに出かけてくるからあなたは留守番してなさい」

「イヤ。私が行かない訳ないじゃん。いつまでも子ども扱いしないで」

「あーもうアリエルお願いエアリスに一言ダメって言ってよ、この子言い出したら聞かない……」

「あはは、母さんは13で父さんのトコに嫁いだんだよ? センジュ商会の本家筋とは相当すったもんだしたって言うじゃん? こういうのは血筋だと思うよ。俺が言ってどうこうできるようなもんじゃないしね」

「もう! ホント男衆は役に立たないんだから!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ