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11-06 弟子志願(1)

次話は 金曜か土曜にでも。

帝国に逃げ帰ったイカロスの話は、セカでの一日が終わった後に。



 思い通りのシチュエーションとはいかなかったけれど、感極まったサオの涙ながらのハグされて、どさくさに紛れて誰かに頭殴られたりしながら、痛い、マジ痛いほど殴られたりしつつ祝福を受けたのはいいけれど、さすがにこれは恥ずかしくも照れくさい、一生ものの黒歴史だ。ジュノーに頼んで全員の記憶を消してもらったあと、もういちど仕切り直させてほしいと思ったのも無理のない話だろう。

 ちなみに俺を祝うフリして頭を殴っていたのはポリデウケス先生としか考えられないから、そのうち仕返しをさせてらうことにする。ネレイドさんだって仕返しするんだ。俺が仕返ししないわけがない。


「だけどさジュリエッタさん、普通こんだけ変わったら疑うでしょ? 説明するのにどれだけ時間かかるかな? とか思ってたのに」


「あのね、ビアンカからあなたたちの消息について調べてくれって言われたのよ。ホントどれだけ親や親戚たちを心配させたと思ってるの? コーディリアたちマローニの魔導学院と協力していろいろ調べたらホント信じられないような情報が出るわ出るわ。アリエル、あなたあのアシュタロスなんだって? 子どもの頃に読んだ神話をまた読み返して笑ったわ。結局、アリエルのお師匠さんが『もし死んでおったとしてもアリエルのことじゃからまた転生してひょっこり帰ってくるからの、心配せんでええ』ってことで話を纏めちゃったんだけど? えっと、こちらのジュノーさんって本物なのよね?」


「待って! 神話って創作だからね。何か笑うような要素あったっけ?」

「面白かったわよ?『妻にあだなすような者が未来を語るか。もはやお前には語る未来などないというのに』とか、アリエルの声で読むとホント噴き出しちゃう」

「そんなセリフ言ってないし」

「え? なんか聞いたことあるわね」

「ジュノーは話を合わせて!」


 少し微笑んでぺこりと会釈したジュノーに深々と頭を下げたジュリエッタさん夫婦。ゾフィーとも挨拶を交わして、初めてダークエルフを見たはずなのにそれも大して驚かなかった。別に脅かして楽しもうなんて考えてないけど、ゾフィーのこともジュノーのことも、そして俺たちの転生も最初から想定内だったなんて、逆にこっちが驚かされてしまった。でもそれ以上に意外だったのは、ジュリエッタがサオと話すときだけかしこまって丁寧語なんて使ってたことだ。ネレイドさんの話によると、兵糧攻めに屈しはしたものの、マローニの門を守って、一歩たりとも街への侵攻を許さなかったサオは、このセカでは相当人気があるらしい。アイドルと言ったものとは少し違う、敬意のようなものを感じるほどに。


「ちょっとまってね、娘を紹介するから。……エアリィ! ちょっと事務所に来なさい。アリエルが来てるわよ。サオさんも来てるからね」

 少しドアを開けた隙間から隣室に向かって声をかけたジュリエッタ。商人にしておくには惜しいぐらい良く通る声だ。劇場で女優やれんじゃないかってほど空気に馴染む張りのある声だった。

 近付いてくる足音はサオと聞いた瞬間に急加速したように、バタバタバタ!とスリッパの音を響かせながら走って事務室に飛び出してきたのは、金髪碧眼の美少女。年の頃は12、13歳ぐらいか。まるで俺の古い記憶の中のビアンカを見ているかのような美少女だった。グレイスにも似た顔立ちだが、よりビアンカに近いと言えば語弊があるだろうか。姉妹なんだから隔世遺伝すると同じ顔になるのも珍しい話じゃない。そのビアンカにもグレイスにも似たエアリスと呼ばれた少女は俺たち全員の顔をぐるりと見まわしたあと、サオの前に立った。


「娘よ。エアリスっていうの、名前聞いたら分かると思うけど、アリエルと同じでそよ風という意味の古い言葉。ネレイドがね、アリエルから名前をもらいたいって言って聞かなくてさ。エアリス、挨拶しなさい。イトコのアリエルよ」


 エアリスはなんだか納得のいかないような表情で眉根を寄せていて、アリエルが握手を求めて手を差し伸べても、なんだか反応が重く、なかなかその手を取ろうとはしなかった。

 そりゃあ40手前のおっさんが来ると思っていたのに、エアリスからすると中等部出たてに見えるか、いや俺は童顔だからもしかすると同い年ぐらいに見えるのかもしれない。

 若すぎるせいか何だか警戒されているようだけど、中身はおっさんなんだからそんなに警戒しなくても……いや、逆か。中身がおっさんだからこそ警戒してるのか? 確かに俺は若い女の子が好きだし、妹に似てるエアリスは確かにグッとくるものがある。だけどジュリエッタが横で見ているのにヘタなことできるわけがない。思いっきりグーで殴られてしまう未来が見える。だからエアリス、キミは俺の手を取っても安全なんだ。


「ああ、アリエルくんは手配書の人相書きとずいぶん違ってしまったからね」

 そんなこともあった! そういえば昔、少女漫画家が描くBL系イラストみたいな手配書を国中に貼られたんだった。おかげ様で王都のほうじゃ俺の人気がちょっぴり上がって、堂々と王都あたりをうろついても賞金首だという事がばれたことがない。


「ああ、聞いてないかな、実は俺、ものすごい額の賞金が懸けられててね、顔を変えたんだ。じゃないとこんなところに顔を出せないだろう? 金額を聞いたら驚くだろうけど俺を教会に突き出さないでくれよ?」


 エアリスは半信半疑といった表情を崩さず、渋々ながら差し出された手を取り、ようやくイトコ初対面の挨拶は交わされた。

 握手するだけで得られる情報は多い。握った手の感触、エアリスぐらいの女の子ならだいたいは柔らかくてしっとりしてると思ったのだが、ロザリンドの手のように手のひらは堅く、ごわごわとした豆だらけだった。握る握力もそれなりにグッと握り返してくる好感触があったのと、あと、やっぱり手が温かいのはビアンカの血筋なのだろう。手を握った瞬間に感じたのは安心感だった。


「こちらゾフィー、ジュノー、ロザリンドにパシテー。そしてサオだ。こっちのオッサンは中等部の先生で、その昔、セカじゃあ有名だった熱血教師なんだけど、もう人々の記憶からは綺麗さっぱり消去されてしまったらしい」

「おいおいアリエル、他に紹介の仕方あるだろう? パシテー先生とのロマンスとか……」

「ないの! そんなの絶対にないの!」


 エアリスは知らなかったようだけど、ここまで言うとさすがにジュリエッタとネレイドは思い出したらしく、ポリデウケス先生と堅く握手を交わしている。なるほど、あの演劇はパシテーが主役だった。俺もポリデウケス先生も、ユミルもナンシーも脇役だったんだな。


 サオの方はというとエアリスの顔がビアンカやグレイス、前世の俺に似てるもんだから親近感があるらしく、すぐに打ち解けて仲良くなってしまった。当のエアリスはとにかくサオと会ってみたかったんだそうだ。サオを見るその眼差しには憧れを強くしたような、羨望といっていいような感情が映し出されていた。


 セカが陥落してもう4年が経つ。エアリスからすると親戚にあたる領主アルビオレックスは捕らえられてどこかに連れていかれてしまい、生まれ育った街が占領地になってしまった。街からは豊かさと同時に笑い声も消えてしまった。みんな疲れた顔をして絶望に押しつぶされたように肩を落とし歩く、こんな灰色の時代に、セカ市民たちが唯一楽しみにしていたのは月に何度か流れてくる王国軍からのニュース。万を超えるほどの軍勢でマローニを攻めても、ことごとく負けて帰ってくるというものだった。


 最初は「ざまあみろ、マローニなどという小さな街すら落とせないとは、王国も大したことない」なんて嘲笑うように話していたけれど、それから何か月が過ぎても、ものすごい大軍がセカ港からノルドセカに送られても一向にマローニが落ちたという話は聞こえてこなかった。


 教会が磔にできなかった賞金首、アリエル・ベルセリウスの行方が知れないというのに、マローニは人材豊富で余程の豪傑が守っているのだなと高をくくりながらも王国がコテンパンに負けるニュースを楽しみにしていたセカの人たちの耳に、そこそこ信頼できる情報がもたらされた。それは王国軍を負傷除隊した者が包み隠さずすべてを暴露した情報だった。


 聞くにマローニはサオという美しいエルフの女が鉄壁の守りで門の前に立ち、右翼には疵面のエルフ、左翼には紅眼の魔人サナトスが防護壁を守り、何万の兵で攻めても門を抜くことが出来ないのだという。マローニでは死体の山が築かれた。ボトランジュ侵攻に出て北上した王国軍が攻略戦で倒れた戦死者を積み上げたら、あのマローニの強固な防護壁を歩いて超えられると揶揄されるほどの犠牲を払っていた。


 謎のエルフ美女、サオの正体はほどなくして白日の下に晒される。とは言え、セカの魔導学院がコネを駆使して、マローニの魔導学院に問い合わせただけだったが、その甲斐があったと言えるだろう。

 なんでもサオは元ドーラ魔族軍の近衛として将軍付きとしてノーデンリヒト攻略に来ていた敵軍の将校だったという来歴はあるものの、勇者軍との戦闘後、エアリスの従兄であるアリエル・ベルセリウスの弟子になって、普通にマローニの中等部へ通っていた、ごくありふれた女子生徒だったという。


 セカの魔導学院は安直に答えを出した。サオというエルフは、魔導を戦闘に特化するという邪道ではあったが、それまで世界最強の名を欲しいままにしていたあのフォーマルハウトを正々堂々の一騎打ちで打ち破ったと言われるアリエル・ベルセリウスの一番弟子であり、究めて戦闘的な魔道派閥であるベルセリウス派の正統な後継者であると。


 サオを始め、サナトスやレダなど魔族たちの目覚ましい活躍に手を焼いた王国軍はベルセリウス派を宿敵とする神聖典教会に打診し、隣国アシュガルド帝国から勇者パーティの派遣を要請。セカでの紛争のどさくさで魔族の侵攻を許してしまったボトランジュ北部とノーデンリヒトを人族の手に取り戻すため、勇者セイクリッドを筆頭として、神聖女神教団の神託を得た勇者たち帝国軍も参戦することとなった。セカ港と、対岸の港町ノルドセカをドサクサ紛れで帝国に支配されてしまったことはシェダール王国としても看過できない痛恨事なのだが、それはさておきシェダール王国とアシュガルド帝国が組んでも、あんな小さな、人口も数万人規模という、吹けば飛ぶような地方都市一つ落とせずに、負けて帰ってくるのだからセカ市民は喜びに沸き上がった。


 サオがマローニの門を守り、帝国軍や王国軍が撤退して戻ってくるごとに、新たな逸話が付け加えられ、物語が語られ、目ざとい吟遊詩人に目を付けられいつの間にか英雄譚を高らかに歌い上げられるようになると、占領下で鬱積した不満が募るセカの街ではサオの名が独り歩きして、アイドルさながらの人気が出るまでそう時間はかからなかった。その人気はベルセリウス家の嫡男でありながら、自ら最前線に出て敵軍を蹴散らす紅眼の魔人ハーフ、サナトス・ベルセリウス以上とも言われるほどであった。


 剣と魔法に精を出し、中等部を卒業したあとは魔導学院に進学すると決めたエアリスも例に漏れず、サオの英雄譚を聞いて憧れるひとりだった。従兄アリエルは幼い頃から天才だったと聞く。その息子サナトスは従兄アリエルを超える天才だという。だけどサオは何の力もなかった、普通のエルフの女の子だったなんて聞いたときには耳を疑ったものだ。ただ毎朝毎夕、たゆまず続けられた努力と鍛錬があってサオは門を守り続けるのだと聞いた。


 十万に一人の確率で生まれてくる天才に対して、その他大勢の凡人のうちのひとり、何の力もないただのエルフの女の子が、あのいくさの申し子ともいわれる戦闘の天才、勇者を向こうに回して負けず劣らず互角以上に戦って見せたと聞いた。一人で百人、いや千人力とまで謳われる勇者たちを退け続けたという事実。それは努力こそが天才にも勝る力だということの証明。それはこの群雄割拠の時代にあって、力を持たないその他大勢の凡人にとって象徴的な英雄だった。


 そのサオが目の前にいるのだからエアリスは、いまジュリエッタの娘として生まれたことを本気で感謝している。父と母がエルフの賞金首に襲われ、殺されかけたことすら幸運に思えてくるほどに。

 エアリスはサオの前に立ち、ビシッと背筋を伸ばし気を付けの姿勢からすっと頭を下げると、ジュリエッタの娘であることが声でわかるかのようなとてもよく通る澄んだ声で、自らの思いの丈を、心からの願いをサオに伝えた。


「サオさん、お願いがあります。私を……私をあなたの弟子にしてください……私、何でもやります」


 唐突だった。いや、話の流れからするとそれほど唐突ではなかったのかもしれない。少なくともエアリスがサオに対して強い憧れを持っていることを知っていたジュリエッタにとっては。


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