11-05 センジュ商会の悪夢
次話は月曜か火曜には。医者に行くのと台風のかげんでどうなるかわかりませんが。
内容ですが、セカ編このままやってしまうか、それとも、ちょうどこの時、騎士勇者イカロスが飛行船に乗って逃げ帰ったところなので、そっちの話も挟む予定なので、どっちが先になるか未定です。
占領地では占領軍も市民も、だいたいが爆弾のようなストレスを抱えていて、ちょっとした事で喧嘩になったり、刃傷沙汰になる。たとえば今目の前で起こっているように、王国軍対帝国軍という構図で喧嘩していると、取り巻くギャラリーも贔屓の陣営について日頃溜まりに溜まった鬱憤を晴らすべく声援なり応援なり、ヤジを飛ばすなりしつつ、帯剣を許されていないので見えない角度から投石などして加勢し、こっそり『ざまあみやがれ』なんて留飲を下げるのが一般的なストレス解消法だ。そりゃあ当然だけど帝国軍を応援しているような市民は一人もいない。
情報収集というよりは考えていることが正しいかということを確かめるため、すぐ横で王国軍兵士を応援してる年配のおっちゃんに話を聞いてみた。
「なあおっちゃん、シェダール王国は帝国軍に勝てると思うかい?」
「勝つさ。セカにいる王国軍は8万、それに比べ帝国軍は5万だからな。王国軍が圧勝するよ。帝国軍なんか早く追い出されちまえばいいのにな」
「そうだよね、俺もそう思う。帝国軍なんて女を攫うことしか頭にないからな」
「当たり前だ、外国人に支配されてたまるか。負けたとはいえ、わしらはボトランジュ人だ」
「おっちゃん、ボトランジュは負けてないよ。俺たちには立ち上がる足もあるし、拳を握れば帝国軍なんかブッ飛ばせるじゃないか。帝国なんかに負けないよ!」
「あはは、ボウズいいこと言うな。そうだ、まだ負けてない! ボトランジュは帝国などに屈しないぞ!」
―― オオオォォォォ!!
おっちゃん、腕まくりしたと思ったら目の色変えて飛び込んでいってしまった。年甲斐もないったらありゃしない。ベルセリウス家の男が喧嘩っ早いんじゃなくて、喧嘩っ早いのはボトランジュ人の特徴なんだこれは。ってか、おっちゃんが飛び込んで帝国兵に殴りかかったのを皮切りに次々と……。住民を巻き込んで大乱闘になってしまった。昭和のヤクザ映画を超えるスケールだ。
「あなた、人を煽るの本当に上手よね」
「誤解だよロザリンド。だけどこの状況に乗らない理由はないな、倒れてる帝国兵を介抱するフリをして徽章を集めよう。ちょっと手伝って」
「徽章? なに? また悪だくみ?」
「おいおいアリエル、お前それは……」
「しーっ! 帝国軍は軍服と徽章で敵味方を判断するんだ。今すぐは使わなくても、何かと便利なんだよこれが。それに俺はもう悪魔だの大罪人だの言われてるから今更これぐらい何ともないよ。先生も小悪人になってくれるっていったじゃん! ……あと、パシテーには見つかっちゃダメだからね、こっそりだからね」
ロザリンドとジュノーは悪だくみに寛容。むしろロザリンドは喜んで悪だくみに乗ってくる人。だけどパシテーとゾフィーは曲がったことが嫌いなんだ。ヘタするとお説教タイムが待ってる。
俺は先生とロザリンドの協力を得て、帝国兵たちの身分証である徽章を奪った。合計5つ。これだけあれば足りるだろう。
「なあアリエル、よくよく考えてみたら徽章なんてパクらなくてもお前ら持ってんじゃないのか? 帝国軍に居たんだからさ」
「俺たちが持ってるのは勇者の徽章。千人隊長と同格なんだってさ、こんなの付けてたら一発で特定されてしまうよ。俺が欲しかったのはこれ、いちばん下っ端の徽章」
キラリと奪った徽章を手のひらに出して、そしてすぐにポケットにしまう。徽章ってのはどこの軍のどの隊に所属する序列までしっかりと分かる身分証明書だ。ボトランジュ軍なら首から下げているからどさくさに紛れて奪うなんてこと出来ないけど、帝国軍の徽章はバッヂタイプだから、だいたい襟についてる。付けてない場合は胸の内ポケットか尻のどちらかのポケットに入っていることが普通だ。
「それを何に使うのかだいたいは想像つくが……ヘマすんなよ? 失敗したら恥ずかしいからな」
「俺はこういうのは得意なんだ」
おっと、そろそろここから立ち去ったほうがよさそうだ。両陣営から隊列を組んで近付いてくる気配がある。たぶんケンカ両成敗せず←でお互いになんのお咎めもなく手打ちになるのだろう。
まあ、この辺りの情勢もなんとなくわかったし、占領軍たちが住民から憎まれていることも分かった。あとは各陣営の勢力地図を描いてくれる人がいれば助かる。
酒場のあった通りからちょっと西に行って左に折れ、人々の喧騒から少し離れたところに、倉庫の建物と一緒になったセンジュ商会の建物があった。壁のひび割れも補修されていない。看板も色褪せたままだ。昔から変わったことと言えば、馬車も入れる引き戸が取り外され、他からするとやけに新しい壁になっていて、少し大きめの扉がついているぐらいだ。
「ここだ、センジュ商会。ちょっと寄って行くよ」
「ジュリエッタいるの?」
「さあどうだろ。でも中に3人いる」
カランカラーンとチャイムを鳴らし、おもむろに扉を開けて中に入ると以前きた時は馬車まるごと入れられる倉庫兼ねた土間だったのが、いまは机が並べられていて事務室のような佇まいになっていた。商談用と思しきソファと、ダッシュボードには白い陶器の水盤があって美しい生花がいけられている……と思ったらこの花は街道沿いでよく見られる野草だ。戦時特需ってやつで儲けまくってんじゃないのか……。
ドアが開けて入室する俺たちに気付いたのだろう、山積した書類の山の向こう側からすっくと立ち上がった男がにこやかな表情を作って、まずは丁寧な挨拶で迎えてくれた。
「いらっしゃいませ」
んー、少し太ったか、全体的に丸くなってはいるがネレイドさんだ。
もともと童顔で実年齢よりも若く見えたネレイドさんも寄る年波には勝てないのか、顔のしわが増えて、年相応といったところか。だけどこの人懐っこい笑顔は健在。ネレイドさんなんてファーストネームで呼ぶのがちょっと照れくさく感じるほどいいオッサンになっている。
「あ、どうも。ネレイドさん久しぶり。えっと、ジュリエッタさんいる?」
「えっと、すみません。以前お会いしましたでしょうか」
ネレイドさんも見た目オッサンになってしまったけど俺はもっと劇的かつ感動的なほど変わってしまったからなあ。分かるわけがないのだけど、ちょっと強引に思い出してもらおう。
「ああ、一度だけね。覚えてないかな、ネレイドさんがジュリエッタさんに求婚した夜なんだけど」
「はい? あの夜は私とジュリエッタと、あと……」
「いやあ、あの声はカマクラの外までよく聞こえたよ、うん。パシテー、なんて言ってたっけ?」
「おれジュリエッダおー、守れないと思っだぁ……」
「わ――っ、わ――っ! なんで? パシテー先生? なんで? ……ちょっと、ジュリエッタ呼んでくるから、それ以上はホント勘弁して」
パシテー迫真の演技が効いたらしい。慌ててお茶も出さずに隣の部屋に行ってしまったネレイドを見て、くすくすと笑うパシテー。あまり訳の分かっていないジュノーとロザリンドにネレイドさんとの出会いを説明する間もなく奥の部屋に繋がるドアが開いた。
―― ガチャッ
奥に入ったネレイドさんの慌てぶりに掛けて加えたような大慌てで転びそうになりながらドアを潜り抜けてきたジュリエッタ。年はえっと、俺の記憶と計算が正しければ確か46ぐらいになってるはず……。
「てか、ジュリエッタさん? あの軍人顔負けの鋭い眼光はどうしたの? えらく優そうな目になったね」
「はあ? アリエル? 変装じゃなくて別人だよね?」
「ご無沙汰ですジュリエッタさん、その説明はあとでするとして……えっと、ゾフィー、てくてく、サオ、出ておいで」
足もとから魔法陣が立ち上がってゾフィーとサオがスッと現れた。だいたい初めての人にこれを見せたらドン引きするか開いた口が塞がらないほど驚かれるんだけど、ジュリエッタは腕組みしたまま値踏みするような視線を外さない。
「あれ? てくてくは?」
「てくてくはこの時間いつも寝てますよ」
「そっか、まあいいや、えっとジュリエッタさん、俺の妻たちです。ゾフィー、ジュノー、ロザリンド、そしてパシテーとサオ。このオッサンはもちろん嫁じゃくて、かの有名な熱血教師」
「熱血教師? どちらの?」
ダメだ、あれほど人気のあった公演なのに飛行術を使うパシテー先生だけが超有名で超人気。熱血教師ポリデウケスなんてもうセカの人たちの記憶からはサッパリ消えてしまったようだ。
「ジュリエッタ久しぶりなの」
「パシテー? パシテーなの? え? って、ちょっと待ってサオって言った? サオってアリエルの弟子の? マローニの鋼鉄の防人、エルフ族最強の魔拳闘士? ウソでしょ? まさか本当にこんな可愛い子だったの?」
俺の可愛い弟子の評判が酷い……。
「師匠、どうしましょう、私、妻って言われました! 私も師匠じゃなくて、あ・な・た って呼ぶ練習をしなきゃですねっ」
「サオ、そっちか? そっちなのか?」
「ちょっと待つの、私のほうが先なの」
「むーっ、パシテーはずるいです。すっごい年下に若返るなんて女としてチートです。私なんかもう33になっちゃいました。33ですよ。中等部の同級生だったコはもうとっくに結婚して子どもも大きくなってて、こんど孫が生まれるなんて言ってるんですから。私なんかもう師匠の歳の倍以上いっちゃってるんですからね。ダフニスのアホには鋼鉄の処女なんて陰口叩かれて、本当に本当に肩身の狭い思いをしてたのに、師匠がほっとくせいで私、最近は金属みたいな言われ方ばかりです! 早く嫁に行かないと本当に賞味期限切れになっちゃうんですから」
まずい。ジュリエッタの話を蹴飛ばしたまま、こんな所でサオが一歩も引かない構えになってしまった。そのまんまの勢いで俺の襟首をつかんだと思うと賞味期限を持ち出しやがった。てかこの世界で賞味期限なんて表示義務はないはずだが……ロザリンドが要らぬ知識を教えたに違いない。
まさかこんな路地裏に入ったところの寂れた商会の事務所でカツアゲされる高校生みたいな絵面になってしまうとは……。ちょっと誰か、助けを……。
ゾフィーは……、なんかニコニコしてる。
ジュノーは……、いつも通りの不満そうな顔だから真意が読み取れない……。
ロザリンド、ニヤニヤしやがって、顔を見たらわかる。焚き付けたのはロザリンドだ絶対。パシテーはワクワクしたような顔で目キラッキラしてるし……。
「年貢の納め時ね、16年もずっとひとりで、ずっとあなたの帰る家を守りながら待ってるなんて簡単にできることじゃないわよ」
ロザリンドが正論を……、いや、そんなことは分かってるんだ。だけどね、これだけ衆目のある場面で他人に言わされるということがちょっと嫌なんだ。
「そうかサオ、こんどダフニスに会ったら〆てケツの毛を全部抜いてカタキとってやっからな」
話をダフニスのほうに逸らして難を脱してやろうと思った矢先、ひときわ大きな声で恫喝するような声が響いた。
「アリエルくん!!」
声の主はネレイドさんだった。その口元に微笑みを讃えた満足げな表情で、いま目の前で繰り広げられるこの展開を見られて幸せなのだろう、まるで我が子の成長を見守るかのように目を細めて至福の時を味わっている。……だけど俺には性格の悪い男が仕返しに勝ち誇ったような笑顔にしか見えない。
「キミも男だろう。女の子にそこまで言わせちゃ男が廃るってもんだよね。ほら、女の子が待ってるよ、今を逃しちゃダメだよ。ほら、ほーら」
くっ……、ここぞとばかりにネレイドさんの反撃で痛いところを突かれてしまった。まったく、ネレイドさんのくせに、さっきの仕返しを企てるなんて生意気だ。
「サオ、後でいいよな? いまは照れくさいし、ほら、こういうのは言え言えと言われて言うもんでもないだろう、もっとこう、夕焼け空を眺めながら風に吹かれて、こう肩でも抱いてだな……」
「私、今朝師匠から指輪をもらいました。前のは右手の中指に、これは弟子になったときに頂いた魔導師の指輪です。こっちの指輪、ほら見てください、左手の薬指にぴったりはまってます。特別な指輪です。それなのに言葉をもらってないです。師匠、私ずっと待ちました」
「だーっ、わかった。こうなったら破れかぶれだ。胸を張って言ってやる。泣きながら求婚した男に勝ち誇ったような顔をされちゃたまらんからな、サオ、いいかよく聞け!」
…………とは言ったものの次の言葉が出てこない。
俺ここに何しに来たんだっけ? センジュ商会だよね? ジュリエッタに占領軍の勢力地図を描いてもらえないかとお願いに来ただけなのに、俺いったい何やってんだろ。冷静になって考えると照れくさくて頭がぐわんぐわんしてきた。口の中もカラカラだ。いったい何を間違ったらこんな酷いことになるんだろうか。
「えっと、よく聞けよ……」
「はいっ」
……ダメだ、サオの目を直視できない。いや、サオと2人だけの空間ならいくらでも雰囲気つくって言えると思うんだが、こんだけニヤニヤした集団に囲まれてのプロポーズなんて罰ゲーム以外の何物でもないじゃないか。俺は繊細なんだ。俺の弟子であるサオもきっと繊細に違いない。ここはやっぱり……。
「じれったいわね!! 男らしく早く言いなさいよアリエル!」
「はっ、はい、結婚しようか」
「はいっ、ありがとうございます。私お嫁さんになりますっ」
「でもサオ私の次なの!」
まさかこんなところで求婚するハメになるなんて思ってなかったので、無事に終わった今となっては、本当に脳天から魂が抜けて成仏してしまいそうな気分を味わっている。
「ぶわっはははっ……アリエルくん、ひとのことは笑えないな。このネタは一生ものだよ」
「ネレイドさんもな!」
俺的には肩を抱いて夜空でも眺めながら言ったほうが雰囲気よかったんだけど、当のサオは喜んでくれてるんだから、きっと結果オーライなんだろう。




