02-03 ソードスミス
20170725 改訂 20180524改訂
2021 0725 手直し
アリエルがDランクの冒険者登録証を手にし、ギルドのウェスタンドアを押して外に出ると、プロスもさっきのハゲマッチョ冒険者について聞きたいことがあったようでいろいろと質問された。ぶっちゃけ難民たちの誰も怪我しなかったんだから大した問題でもないのだけれど、実はそんなに簡単な話でもなかったらしい。
とにかく盗賊行為を行った時点で縛り首にもなる重罪だということ。盗賊なんてのが野放しになっていると、真面目に働いて生きていく人がバカバカしくなるからというのがその理由らしい。
ちなみに盗賊行為というのは、恐喝、強盗、誘拐などを指す。ボトランジュの法では強盗ぐらいでは死刑にならないが、強盗行為を働く相手によっては簡単に首が飛ぶ。つまり商人の馬車を襲っても、ひとさえ傷つけなければ捕まっても死刑にまではならないが、相手を傷つけてしまうと重罪に加点されてしまう。麻雀に数え役満があるし、免許の違反点数で取り消しになったりするのと同様に、一定のラインを超えると死刑もありうる、この国で盗賊というのは重罪なのだ。
そして盗賊というのはとにかく難しい。取り逃がすと必ずや次の被害者が出るんだから、自分たちに被害がなかったからと言って、捨て置いていい理由にはならないのだ。
まあ、難民たちのいるエリアを襲ったりしたら躊躇なく殺すと警告しておいたし、いくら盗賊でも降参して命乞いしているようなやつは殺せない。
「ノーデンリヒトではどうだったか知らないけど、ボトランジュでは真面目に働いて納税している人がいちばん偉いんだ、貴族は領民を守るため剣をとって戦う。これは当たり前のことなんだ……あ、アリエル、納品所はこっちだよ」
「あ、そっちか」
プロスは盗賊を殺さなかったアリエルに、盗賊を殺すことの意義を滾々(こんこん)と説明しながらギルド隣の納品所へやってきた。
納品所は確かに冒険者ギルドの隣の建物だったが、出入り口は一つ角を曲がった横についているので、ぐるっと回り込む必要があった。納品所は馬車もそのまま入れるサイズの大きな引き戸が付いていて、その引き戸を少しだけ開けて中に入ると、中はバスケットコート半分ぐらいの広間になっていた。ここにガルグ三頭を並べて、鑑定してもらうという流れらしい。
納品カウンターに依頼カードを渡し、鑑定士が出てくる前にガルグ三頭を並べておいた。
「こんにちは。ガルグ三頭の鑑定お願いします」
カウンターの小さな受付窓を覗き込むように声をかけると右のドアからファイルボードを持った女性が出てきた。身長はスラリと高く、スタイルのいいダークブロンドの女性。スリムなズボンが下半身のラインを美しく演出している。
年の頃はビアンカよりちょっと上ぐらいか。30前後とみた。
切れ長の目は勝気にも見える。
「おっ? 初めましてだな。私が鑑定士のスコルだ。よろしくな」
「アリエル・ベルセリウスです。よろしく」
「ベルセリウス? ……まあいいか、それでは鑑定を……ん? このガルグは……」
スコルさんの眼力が厳しくなって、あらゆる角度から執拗な鑑定を続けている。何かおかしなところでも発見したかのように。
「……やっぱりだ、こいつはガルグネージュじゃないか」
「え? ダメなの? 美味しいよこれ」
「そりゃ美味しいさ。依頼にあったものよりも上等なんだ。ガルグネージュはノーデンリヒト特産のガルグで、通常のガルグと比べて二回りも大きく、皮も分厚いので防寒具や防具の素材にも最適だし、爪も牙も大きく鋭いので素材として使えるからな、いろいろ重宝されているんだよ。もちろん寒い地域の魔獣なので肉に絶妙な脂が乗っていて美味しいのと、もうひとつ、ノーデンリヒトからマローニまで荷馬車に積んで急いで運んできても1週間以上かかるのに、これほど新鮮な状態でここに並んでいる。私が驚いている理由が分かったかい? この季節、食肉にとって1週間は絶望的な時間なんだ。それがどういうわけか、いままで生きていたかのような完璧な保存状態でここにある。聞いてもいいかな? こんなものをどこで?」
「どこで?っていわれても、ノーデンリヒトでとしか言いようがありませんけど」
食品などの鑑定は、状態が100点で報酬も100%。もし状態が80点なら報酬も80%になるのだそうだ。このガルグネージュはスコルさんの鑑定眼にかけて150点より下げることが出来ないほど良い肉なので、依頼主の肉屋を呼んで+50%の報酬を払うかどうか確かめないといけないらしい。
スコルさんと話してる短い時間に肉屋の主人がエプロンも外さずに走ってきた。
早い。もしかして肉屋は隣なのか。
「がががが、ガルグネージュ? 新鮮な?」
「そうだ。新鮮だし毛皮につけられた傷も最小限だし、ケチのつけようがない。私はこれに150点を付けたんだが、どうだろう?」
肉屋の主人はアリエルが出した肉をいちいち検分しながら感心したように息を吐いた。
「報酬150%か。うむ。これで150%ならいい取引だ。150%で買い取ろう。……これを持ってきてくれたのは? あなたで……おお、ベルセリウスさんトコの?」
「いえ、俺じゃなくこちらの冒険者です」
やっぱり普通プロスだと思うよね。さすがに10歳の子どもがこんなの持ってくると思わない。
プロスが掌でこっちを指すと肉屋の主人は向き直ってこんな子供にちゃんと挨拶してくれた。
「こんな貴重なものをありがとう。また捕ってきてくれたら高値で買うからよろしくな」
「じゃあ決まりだ。納品完了な。じゃあアリエルくんはカウンターで納品証明もらってそこの換金所で報酬を受け取るの忘れないようにな。そのあとギルドに戻ってカウンターに提出するのを忘れちゃダメだぞ」
納品証明には150点と書かれてあり、
換金所に持っていくと1ゴールドと5シルバーをもらえた。おお。ざっと15万円。
ガルグ1頭5万円とは、びっくりする高値だった。アリエルはまだ財布代わりの皮袋をもってなかったので、貰ったお金を無造作にストレージへと放り込んだ。
その時また、プロスペローの表情が冷たく固まったのをアリエルは知らない。
「えっと、ギルドカウンターのカーリに渡せば終わりなのかな?」
「うん、納品クエストは納品して換金して、そのあと報告しないとギルドポイントを得られないって仕組みだね」
プロスに簡単な仕組みを教わり、アリエルは早速スケイトを起動して、急ぎ気味に表通りから回ってギルドに戻ってカーリのいるカウンターに完了証明書を出す。
おっと、冒険者登録証も一緒に出さないとだ。
「はい、おつかれさま。150%ってすごいね。初めて見たよ。うちの鑑定士は厳しいからね。あー、言い忘れてたけど70点以下だと依頼達成にならないことがあるから気を付けるんだよ。その場合も依頼者が引き取ると言えばお金は貰えるけど、鑑定結果で未達成になったらギルドの貢献度は上がらないからね。はい、登録証。またきてね」
カーリに軽く会釈をしてギルドを出ると、プロスが次はどこを案内しようかと頭をひねっていた。
「ギルドの用が済んだなら、そうだね、次は学校でも……」
「そうだ、鍛冶屋さんどこかな?」
アリエルは学校よりも鍛冶屋のほうに興味があるという。
プロスペローは頭の中で知ってる鍛冶屋の中からいくつかチョイスしてアリエルに紹介することにした。
「鍛冶? うーん、剣? 包丁? 防具? それとも農具や蹄鉄?」
アリエルは鍛冶屋が選ぶほどあることに驚いた。
ノーデンリヒトでは砦に軍所属のソードスミスがひとりと、トライトニアの開拓地に馬の蹄鉄と農機具を打つ雑貨鍛治がいた。でも選べるのなら剣と包丁と防具あたりを見てみたいのでプロスに案内を頼んだ。
「ああ、ならこの近くに鍛冶屋の直営店があるよ。こっちに」
武器と防具の店は冒険者ギルドのすぐ裏手にあるらしい。
そりゃそうだ。冒険者ギルドの近くに店だすよね。兵士の使う剣や防具は支給品だから、衛兵の屯所近くに店を出しても誰も買わないんだ。きっと。
プロスは角を曲がって引っ込んだところにある、小さなショーケースのある店を指さした。店内で[ストレージ]使うと面倒だから先に剣を出して背中に背負っておくことにした。
店に入ると、様々な剣や防具が陳列されていて、ショーケースには高価そうな装飾のついたフルプレートな装備品が木人形に着せられて立っている。値段は……10ゴールド。
綺麗な装飾で彩られた剣も5ゴールドとかすごい値段がついてる。
「ひええ、た、高いよこれ……」
「こういうのは儀式などで使う礼装なんだ」
なるほど、よくわかった。無駄な装飾品が付いてる分だけ値段が爆上がりしているという事だ。
要するに装飾用のようなもので、実用品ではない。
「ああ、なるほど。俺には用がない世界でよかったよ」
ドアを開けるとカランコロンとドアチャイムが鳴り、ガラスのショーケースの並ぶカウンターに、腕っぷしの強そうな店主が応対に出てきた。禿げあがった頭に鋲の付いた黒革の眼帯、もみあげからぐるっとアゴを巻くように繋がる顎鬚というだけでアリエルはドン引きだったが、これが意外にも女の子みたいな高い声だったので、そのギャップに笑いをこらえるのが難しく、やはり笑ってしまった。
「おっちゃん、両手持ちの剣みせて」
アリエルが両手持ちの剣を「子供用なんざ扱ってねえ」と邪険にあしらった。
これもイベントだと考えると楽しめないこともない、扱ってないとは言われたけれど、帰れとは言われてない。もしこの店にないなら、自分で打てばいいだけだ。
「ですよねー、じゃあ自分で打つから鋼の鋼材を見せてほしい」
「ん? 鋼材のままで欲しいのか? 誰が? え? ボウズが打つのか? 背負ってる剣は作品かい? 見せてみな。金になるか見てやるよ」
背中に背負ってる剣を取っておっちゃんに渡すと、みるみる目の色が変わってゆき、驚きの表情を浮かべ始める。
「おおっ、おおおおっ? なんだこれ、綺麗だな白鋼か。重心は思ったり手前で軽く振れるな。バランスもいい。本当にボウズが打ったのかこれ?」
アリエルは頷いた。
武器と防具の店の主人はアリエルの打った剣を平に持ってすかすように見ると、木琴の撥のようなのでカチンと叩いた。
キィィィィィイイイイイィィンンンンンと、いつまでも発振し続ける音叉のように高い音が響いた。
「いい音だ。ヤキムラもない。だが硬すぎないか? これほど硬いと折れる心配があるな」
「いえ、念入りに焼きなましをしているので、この硬さでいい粘りです。今のところ大丈夫ですよ。でももうちょっと不純物の少ない鋼が手に入ればと思って。あと、もっと硬いのを研げる砥石は手に入りますか?」
「いい鋼は町外れの工業区にいけばあるかもな。場所はわかるだろ。炉の煙突を目印に行けば迷わないから。あとここに炉はないぜ。こんな街中で朝っぱらから槌は打てないからな。砥石の方は……今ここにあるだけだなあ」
「そうですか。砥石が手に入らないのはちょっと残念です。あ、そうだ。じゃあこれはどう? 金になる?」
懐の内ポケットに手を入れるふりをして、ストレージから自信作の包丁を出し、カウンターの上に出した。
「これもボウズが打ったのか。ああ、そうだろうな。打痕にさっきの剣と同じ癖が見える」
叩くとチィィィィンンンと、薄物独特の高周波がいつまでも鳴りやまない。
これも相当に硬い刃物だ。
「硬い。が、さっきの剣ほど硬くはないか。だが、いい腕だな。これならきっといい金になる。こいつは指名かかるかもしれんな。包丁どうだ? 何本か置いていくか?」
「あ、その包丁はもう使ってるんで、新しいの打ったらいくつかもってくるよ」
「おう、ボウズ待ってるからな。あと、刃物を打つなら銘ぐらい入れて来いよ。それがボウズの看板だからな」
「はい、その時はまたお願いします」
「へーー、すごいね。アリエルは剣を打てるんだ」
プロスは感心したようだけど鍛冶はまだまだ趣味レベルで剣を打てるのかって聞かれると、技術的にまだまだだから打てるとは言いにくい……。包丁のような薄物ならちょっと自信がある程度だ。
プロスに案内されて、そのままマローニの工業区へと向かう。高炉の煙突はマローニ南東の外れに見えてて、ちょっと距離があるけど、急いでるわけでもないし。道中雑談でもしながらのんびりと向かうことにした。
「アリエルって学校とかどうしてるんだ?10歳だろ?」
「ノーデンリヒトに学校なんてないよ。魔法の先生に師事してたから、別に行く必要はないと思うんだけど……」
「え? 親父が手続きしてたと思うけど?」
な? なんて言った? プロスの親父さんって、シャルナクさんだろ? この街の代表が?
「学校? 俺が?」
「そうだよ、マローニでは子どもの教育は義務なんだけど?」
「え――――っ? なんで? 学校って、いまさら?」
ちょとまって、いま10歳だろ、てことは絶賛小学生なうだ。
指折り数えて年齢と学年を合わせると驚愕の事実が発覚する。
1、2、3、えっと、5年生。そう、アリエルは小学5年生だった。
今までずっと大人の中で暮らしてきたから実年齢なんてあんまり意識したことなかったけど、中身アラサーなんだが! その実、ぱっと見というか肉体はまだDS5という事実。いまさら小学生と同じ教室でお勉強なんかできないし、やりたくもない。転移魔法陣を探す旅に出なくちゃいけないし。
「お断りします。絶対無理です」
「分からなくもないけど、でもまあ、その辺は大人の事情が絡むと思うからね、ちょっと行ってから、やっぱりダメでしたみたいな流れの方がいいんじゃないかな」
「え――? 大人の事情?」
「うちの親父はね、子どもは教育を受けるべきだと言って、この街に住む15歳までの子どもは全員学校に通えるよう助成金を出してるんだ。たぶん学校に行かないなんて言うと毎日寝るまで教育の必要性をこんこんと語り続けられるよ? それでもいい?」
「いやだよ、学校に行くのも毎晩寝るまでこんこんもすっげえイヤだ」
プロスによるとマローニの子どもは初等部の5学年と中等部の5学年の合計10年は教育を受けるんだそうだ。貴族の子も農民の子も同じ教室で学ぶから、王都にある貴族や高級官僚の子ばかり集まる学校みたいに校内派閥や序列なんていう、親の出世争いを子が代理戦争するようなこともなく気楽なところらしい。うん、そりゃあプロスは領主の孫なんだし、この街にシャルナクさんの政敵がいるなんて考えられないから、プロスも平和に学園生活を送れているのだと思う。
で、現実にはどうかというと、たとえばプロスも中等部に通ってるけど今日はアリエルをダシにしてサボり。さっき冒険者ギルドにいたカーリもプロスと同学年だとういうし、中等部にもなると仕事持ってる子も珍しくないから仕事半分、学業半分の子が多いという。
もちろん冒険者やりながら学校いっても全く問題ないとは言うけれど……どうにかして回避できないものか。まさか10歳の子と一緒の教室でお勉強を教わるなんて、頭痛がしてきたのと、ちょっと気が遠くなるのを感じた。
だけどこの世界のどこにどんな国があるのかとか、地理や気候、あと魔族や猛獣についての知識とか、旅をするのに知っておいた方がいい知識だ。グレアノット先生からは7歳の子供にでも理解できる程度の簡単な地政学しか教わってない。プロスには「地政学は学んでおきたいなあ」と思って聞いてみたら「そういう授業もあるから、それを取ればいいだけだよ」と教えてくれた。
必修科目は戦闘術と魔法ぐらい。そして空いた日はさっきのカーリみたいに仕事をするのがこの街の子どもの日常なのだそうだ。
仕方がないので、そういう事ならということで渋々了承することにした。
まあ、了承したと言ってもプロス相手じゃどうしようもなくて、要するにシャルナクさんとの交渉になるのだけれど。
はあ、明日から学校か……10歳で中等部1年? で、14~15で卒業して、だいたいは元服式(成人式)も兼ねる。アリエルの年齢では中等部1年から編入して4年半は学校に通わないといけない。卒業するまで学校に居たとするとアリエルの中身は実年齢32歳のオッサンになってしまう。日本じゃ美月も32だと考えると焦ってしまって、しっとり湧き出す変な汗で背中がベトベトになってしまった。
とりあえずは明日までプロスは別邸に居るらしいので、明日の朝は一緒に登校する約束をした。
もちろん、学校に行かなくていいなら行かないのだけど。
アリエルにとって絶望的な学校の話をしながら高炉の煙突を目指して来た工業区は、街の中心部から早足の徒歩で15分ぐらい。マローニの中央大通りを南に下ってから左(東)に折れると市街地とは別世界の景色が広がっていた。
工業区と言われるだけあって、建物は土魔法建築で、建築の精度が低いのか、それとも古くて地盤が沈んだのか……。建物のあちこちに歪みが見られる。それでも魔導建築で築かれた無骨な建物が並んでいるのは壮観で、外壁の塗装が施されていないせいか奇岩の森を歩いてるような錯覚に陥りそうになる。
鉄の錆びた雨だれの流れた筋がいくつも見えるような古い建物が多いな。
こちらは材木が整然とうずたかく積まれている製材所で、あちらは? 皮を鞣して整形する皮革工房のようだ。染色工場や大規模な繊維工場の前を通り過ぎ、工業区の外れまでくると、目印の高炉の煙突が近付いてくるに従い、槌を打つ音も近くなってくる。なんだか懐かしい響きだ。日本にあった親父の嵯峨野の工房を思い出してしまった。
ここは鍛冶工房が2軒か……。
鍛冶工房の熱気を避けて、建物のの外で汗を拭いながら涼んでるおっちゃんに声をかけた。
「こんにちは。すいません、ちょっといいですか?」
「ん? なんだいボウズ」
「はい、ちょっといい刃物用の鉄を譲ってほしいんですが」
「ほう、鍛冶志望か。見どころがあるな。どんなのが欲しいんだ?」
「ちょっとこれを」といって背負ってる剣を手渡した。
「これよりももう一段硬くて、不純物の少ない精錬された炭素鋼が欲しいです」
職人のおっちゃんはアリエルが打った剣を手に取ると、いろんな角度から見分し、この騒音の中でも、叩いて音を聞くことも忘れない。
「……いい腕だ。だが無銘か。これは誰が打ったんだ?」
「俺です。いまは離れましたが、ノーデンリヒトに工房をもってます」
「ノーデンリヒトか……。ボウズがこれを打つとは、侮れん技術があるな。これよりも一段硬い鋼材ならここで手に入るが、それは工具などに使用されることが多い。レンチやスパナ用だよ。剣には向かないがそれでも構わんのか?」
「はい、それを試してみたいですね。硬く、折れず、刃こぼれせず、切れ味がいつまでも持続する剣を打ちたいので、その研究ですよ」
「はっはっ、それはソードスミス皆の目指すところだからな。さて、これがうちの炉で魔法精錬した最高品質の炭素鋼で、さっき言った剣には向かない鋼材なんだが、どれだけ必要なんだ? インゴットじゃなくて、最初から剣のサイズの鋼材があるんだが」
剣サイズの鋼材というのは、厚さ15ミリ、幅150ミリ、長さ1500ミリのスリーフィフティーンと呼ばれるとても便利なものだ。1枚25キロ以上になるけどアリエルには[ストレージ]という強い味方があるので、荷物が重いからと言ってへこたれることはない。
「この国にはもうないが、南方諸国にはまだ『たたら』を踏んで鉄を得ている地域があると聞く。そこに行くと、ウーツ鋼や玉鋼が手に入るかもな」
「ウーツ鋼? ダマスカス鋼か! 打ってみたいなそれ」
「騙くらかす鋼? なんだそりゃ? よく知らんが、南方諸国には木目のような班目模様が出る独特の刀剣を生み出す技術があった。人が筋肉だけでで戦っていた頃からある太古の製鉄技術だからな、ウーツ鋼で打たれた刀剣は切れ味を追及し尽くして空気さえも斬り裂く逸品と聞くよ」
「おお、それだ! ありがとうございます。南方諸国ですね。行ってみたくなりました。それじゃ、今日は……最高品質の炭素鋼スリーフィフティーンを2枚お願いしようかな」
「端数はまけて2枚で2シルバーでいいぜ」
炭素鋼2枚50キロを肩にひょいと担ぎ上げておっちゃんに礼を言う。強化魔法をかけていると10歳の肩にも食い込むほどではなく、薄い木の板みたいな感覚で担いでいける。
しかし、ウーツ鋼が手に入るかもしれないなんて素敵な話だ。南方諸国か……。旅のついでで近くに行くことがあったら寄ってみよう。
「なんだか専門的な話になると俺まったくついていけないや」
「あ、ごめん。プロスにはまったく興味のない話だったね。ウーツ鋼ってのは、ソードスミスにはちょっとしたロマンのある鉄なんだよね。それだけの話」
「剣士で魔導師でソードスミスで冒険者か……なんか、カッコいい要素満載じゃないか」
「カッコいい要素満載でもモテるとは誰も言ってませんからねー」
「学校に来ればアリエルもモテるさ。必ずね」
アリエルはプロスペローの案内で、このあと役所と学校、そして魔導学院を案内してもらい、とても満足して別邸に戻った。いや、魔導学院に行ってグレアノット師匠に挨拶するつもりだったのだが、そういうとプロスの顔が露骨にイヤそうになった。挨拶は一人で来たときにしよう。




