01-02 プロローグ 後編 ナトリウムライトの下で 【挿絵】
2021 0717 手直し
2024 0206 手直し
幼馴染の美月の試合を観戦したあと、帰宅すると深月は夕飯のカレーをいつもの1.5倍ぐらいたいらげてしまった。カレーは飲み物だといった人がいたが、今日のカレーはビーフカレーで、ソーセージとチーズをトッピングして、さらにお代わりまでした。
カレールーをスープに見立てると、ご飯も飲み物になってしまうあたり本当にすごい。
人間、満腹になると血液が胃に集まり、脳への血流が少し悪くなる(感じ)ことから、眠くなるのだけど、このタイミングで風呂に入れと言われたので、熱ーいのを入れてスカッと目を覚ました。
深月は噴き出す汗を居間の扇風機で乾かしている。
熱い風呂に入った後はだいたい冷えた牛乳飲むのが日本人の魂ってもんらしいけど、深月はコーラを飲んで炭酸の刺激を楽しんでいた。
「ぐえぇぇーっぷ!」
当然げっぷが出る。
テレビを見ていた妹の真沙希が心底イヤそうな顔で間髪入れずに突っ込んできた。
「うわー、お兄ちゃん最低。それ胃の中で膨張した二酸化炭素なんだからね、部屋の中で吐かないでよ、吸い込んだらキモいから」
深月とは顔のパーツが同じ過ぎる! とごく一部で話題の妹が思春期でご機嫌斜めである。居間にいてキンキンに冷えたコーラも飲ませてもらえないなんて酷すぎる。
深月は自分専用の個室があって本当に良かったと思った、こんな不条理なことで兄のハートを傷つける妹から逃れることができるんだから。
噴き出す汗を扇風機の風で引かせ、部屋に戻ってゾンビもののDVDでも見ようと、残りコーラにポテトを合わせて部屋に持ち込んだ矢先、幼馴染で親友のタイセーからスマホにメッセージが入った。
駅前の本屋でバイトしてる烏丸大成は、深月の数少ない友人で小学生の頃からの腐れ縁の同級生。町の剣道場に通っていた縁で美月軍団の構成員(舎弟)だったが、年上のいじめっ子集団との抗争に明け暮れていた小学高学年あたりで逃げ出したヘタレだ。
いや、ヘタレと言っちゃ悪いかもしれない。大成が居なければ深月は高校でぼっちになってたのだから。その大成からなんの用かと思えば、注文した本が届いてるそうだ。
「まったく。業務連絡なんだから電話使えよ……」
いま8時35分……10時までなら本屋はあいてる。
大成のバイトしてる本屋は駅前にある割には郊外店のようにレンタルコーナーがくっついた、そこそこ規模の大きな店だ。ついでにレンタルコーナーに寄ってシャーク物の新作でも物色しようかな? なんて考えながら愛車ボイジャー(マウンテンバイク)を引っ張り出したところで、スマホ電話の着信音がけたたましく鳴り響いた。
―― ピリリリリ! ピリリリリ!
この着信音はたとえ死んでいるように熟睡してたとしてもすぐに出ないと怒るような人にしか設定していない。つまりこの音がしたら3秒以内に出ないと不機嫌になってしまう相手ということだ。
ズボンの太ももポケットからスマホを取り出すと、画面に『常盤美月』と表示されていた。ちなみにこの着信音を設定してるのは、美月とあと、妹の真沙希だけだ。
「んー?」
「あー深月? どこか行くの?」
「んー、いまからちょっと駅前の本屋行こうと思って、出ようとしたところ。で、えーっと」
……と、美月の家を見ると、2階の窓からこっちに向かって手を振る影が見えた。
さすがに二軒隣の幼馴染だ、しっかり監視されているように見えて、イヤな気分でもなく、むしろ声をかけてもらえるのが嬉しかったりする。
「私も行く。ちょっと待ってね」ブツッ
相変わらず美月はアクティブだ。
常盤家は築10年ちょっとの新築物件だが、どうやら壁が薄くできているらしく、階段を駆け下りる音が外まで丸聞こえだった。ドタドタと慌てんぼうさんが繰り出す、あの足音がゴロゴロドスーン! と続かないことを祈るばかりだ。
玄関から飛び出してきた美月もいま風呂から上がったばかりの出で立ちで、まだ髪も乾かしてないばかりか肌からうっすらと湯気が出てるんじゃね?ってほど艶めかしく映った。
艶やかに湿った黒髪と、薄暗い街灯の照明効果のせいか、いつもは女と意識していなくとも、今夜は何か違う雰囲気がある。
「ねえ、ちょっと気晴らしにつきあってよ。こんな時間だし、深月といっしょじゃないとお父さん心配するしさ」
気晴らしに付き合えという美月の顔が見えた。薄暗がりの中、よく見ると目が真っ赤だった。
きっと誰も見てないところでいっぱい泣いたんだろう。
「んー、そうか。そうだな、じゃあ本屋は無し。どこでも付き合うよ」
「ありがと。どこにでもって、本当にどこでも付き合ってくれるのかなぁ?」
こんなに目を腫らしていながら、上目遣いで悪戯っぽく話す美月に、深月は軽口で返した。
「いいよ? どこでも。ラブホでも付き合うぜ?」
「あ、ゴメンね、木刀忘れちゃった……ちょっと取りに行っていいかな?」
「木刀いらんよ、自慢じゃないが美月が本気になったら俺素手で殺される自信あるぜ」
「……ホント自慢じゃないよねえ……」
愛車ボイジャーはお役御免。機会があればボイジャーで行った2泊3日遠乗りツーリングの話もしてみたいけれど今日のところは引っ張り出したところに突っ込んで戻し、二人徒歩でその辺をブラブラすることになった。
今日は美月の試合を見に行ったら、案の定いつものように、いつものパターン、つまりデカい相手に負けた。なんか気が晴れたような顔をしていたので、心の中でいろいろと決着がついたものとばかり思っていたのだが……。
誰があっけらかんとしたものか。積み重ねてきた時間、努力だけは誰にも負けないと自負してきた美月の心が悲鳴を上げて軋み、今にも音を立てて折れそうに感じた。
夜の街灯に照らされた鋪道を、目的地も決めず歩き始めた二人。
美月はせっかく応援に来てくれたのに手も足も出ずに負けてしまったバツの悪さもあり、あまり後先考えず、先に切り出した。
「今日はいいとこ見せたかったんだけどさ、かっこ悪かった——」
ほら、やっぱり今日の試合のことだった。
深月は子供のころから美月を見ているけれど、かっこ悪いと思ったことはなかった。
「いや、俺にはかっこよく見えたけどな」
「ありがとうね、でも、負け惜しみだけどさ、あと10センチあればと思うよねー、面が遠い遠い。ありゃ私みたいな凡人には無理だわ。せめてお父さんの身長が私に遺伝してくれたらよかったんだけどね」
「んー、そうか? でもな、10センチじゃどうしようもなかったと思うぜ? 20センチあれば違ったと思うけどな、俺は俺よりデカい女が嫌いなんだ」
「あはは、私も嫌いかも」
「そうさ、デカい女は可愛くない。なんだあのブチカマシは。前世は戦車か何かか?」
「戦車って……、女の子に言っちゃダメだよ。傷つくんだから。でもさ、じゃあ、小さい女の子は好きなのかな?」
上目遣いで真っすぐ深月の目をみつめる潤んだ瞳。
この小悪魔め、美月の悪い所が顔を出した。深月を困らせる方法を良く知っている。どうすればオタオタするかを知っている。そして答えに詰まって悶絶するさまをみて、勝ち誇ったような顔でニヤニヤするつもりだ。
「嫌いじゃないよ」
これぐらいが恋愛経験のない17歳男子の限界なのか、ちょっと雰囲気に流されそうだと意識している分、まともな受け答えができず、沈黙の時間が流れた。
でも沈黙の間ずっと上目遣いの美月が、瞳孔の開き切った深月の瞳に釘付けで見つめ続けてるわけで……。
「あーっ、視線逸らした。このヘタレ」
視線を逸らしたら負け。だいたいいつもこのパターンになると負け。見事な一本負けだった。
一歩踏み込んで唇を奪ってやろうかとも思うけど、そんなことしたら18連コンボくらって、すぐバイパス道路と並走する隣のドブ川に浮かぶことになるから、ここは話を逸らしておくのが一番だ。
深月は、ポンと手を打ち「そういえば」と、前にも一度聞いたけどはぐらかされて終わった質問をしてみることにした。
「んー、美月さ、なんで上段にこだわるのさ?」
「え? そんなのカッコいいからに決まってんじゃん」
その答えで許すか……とジト目を送り続けると、観念しました、はい喋りますよとでも言いたげな投げやりな表情で「——— はあ」と溜息を一つ吐いたあと視線を自分の手のひらに移し、マメだらけになった手を愛おしく見つめながら、まるで古い記憶をたどるように話し始めた。
「うーん。どうだったかなあ。でも恥ずかしいから誰にも言わないでよ? えっと、むかーしさ、覚えてるかなあ、向かいの筋の端っこの家にさ、すっごい吠えるハスキー犬いたじゃん。青い目ですっごい大きいの」
「いたな。小岩井さんトコの犬な。ゴルバチョフって名前だった」
「うん、そうそう、ゴルバチョフ。あの犬の鎖が外れてうちの庭に入ってきたときのこと覚えてる? あの時、私さ、怖くて泣いちゃって逃げることもできなかったけど、私が落とした竹刀拾ってさ、深月が泣きながら竹刀振り回して、助けてくれたよね」
小岩井さんちのゴルバチョフは大型のシベリアンハスキーで、飼い主があまり散歩させなかったせいか常に気が立っていて、近くを通っただけでひどく吠えられるものだから、近所の子どもたちの間では狂犬と噂されていて、美月とどっちが怖いかというくだらない議論が勃発するほど恐怖の象徴とされていた。そんなもの、どっちが怖いかなんて話の通じない方が怖いに決まっている。
「んー、覚えてるのは怖くて泣いてた事ぐらいかなあ、あんまりよく覚えてないんだ。でもさあの犬、最初から噛みつく気はなかったんだとおもう。なんとなくだけど。すっごい吠えるからすぐに向かいのおじさんが走ってきてくれたし」
「その時さ、私よりちっこい深月がね、泣きながら上段に構えて、あの大型犬を威圧してたんだよ。あの犬、尻尾を巻き込んでたしさ、威圧されてたから吠えるばかりで近寄ってはこれなかったんだと思う」
「んー? 気のせいだろ。上段? 俺、構えたっけ? 泣いて喚きながら竹刀振り回したのは覚えてるけど一発も当たらなかったぜ」
「あはは、それがカッコよかったんだってば。父さんが深月を過大評価するのもそれがあったからだと思うし」
「過大評価は余計だ」
悪戯っぽくニヤニヤしながらカッコいいって言われても、それを真に受けられるわけもない。
美月の悪乗りがエスカレートする前に、きっぱりと静止しておく必要がある。
「黒歴史だそれは。忘れてくれ……」
「えー? 忘れられるわけないじゃん。私いまでも、あのとき恐怖に負けて戦えなかったことを後悔しているよ。深月に助けられたから良かったものの、あのときはどちらかが噛まれて大怪我していたかもしれないからね」
「ふうん、でも結果的に弱くなってね? 美月は上段やりはじめてから勝てなくなったってタイセーも言ってた」
「そうだねえ、上段構えやるようになってから試合じゃあ負け続きだったね。部活でも中段に戻せって散々言われたよ。でもさ、たぶん私、もう怖いのから逃げたくなかったんだと思う。まあ、今の今までやってもまだ怖いんだから向いてなかったのかもね」
「怖い?」
「怖いよ? 上段に構えるってことは、相手の目の前に、どうぞ打ってくださいって無防備に小手を出すし、胴もがら空き。喉も突かれるしさ、怖くないわけないじゃん。ほんと深月さ、よくあんな怖いゴルバチョフ相手に上段で押し返したよね。ほんと尊敬するよ……」
「いや、美月も過大評価してるって。俺ボロボロに泣いてわめき散らしてただけとも言うし。てか、褒めてるフリしてイジり倒すの勘弁してくれない? 恥ずかしくて顔から火が出そうだよ」
国道に出る手前の遊歩道。今更どうだっていい剣道の構えみたいな話題でちょっと盛り上がりながら連続するナトリウム灯の黄色い光が、幼馴染の姿を『女』として美しく照らし出す。
美月の顔が可愛いのは知っていた。でもナトリウム灯の黄色い光は魅了の効果があると昔誰かから聞いたことがある。どうやらそれは間違ってはいないらしい。
心の中でせめぎあう者がいる。魂が二分する戦いを繰り広げている。
確かにこの女は可愛い。顔がいい。だが気を付けろ。お前は知っているだろう? こいつはクリオネだ。パッと見はちっこくて可愛いが、油断させておいてバッカルコーンが出るんだ。
いや、ちょっとまてちょっとまて、これは今日、常盤のオジサンが言ってた『剣道やめて女の子の幸せを探します』的なフラグなんだぞ? 恋愛は早い者勝ちだ。他人より先に『付き合う』という契約を交わすチャンスじゃないか。
今だ! 今しかない! 何を迷うことがあるというのか。
今まで二人には浮いた話もなければ、物心ついた時から二軒隣に住んでるにも関わらず、一緒に寝たとか、一緒にお風呂に入ったという、ありがちな幼馴染イベントをこなした記憶がない。
もしかすると今から何か始まるかもしれないという淡い期待をしてしまう。今までどれだけひどい目に遭っていたとしても、心が求めているのだから脳が考える理屈なんてまるで通用しないんだ。
深月は目を閉じて深く息を吸い込み、まるで走馬灯のように現れては消える美月の思い出に思いを馳せる。
ガキの頃の美月は暴君であり番長でありラスボスだった。
嵯峨野深月はそんな美月の一の子分。四天王にも中ボスにもなれないザコキャラだった。これも言っててあまりカッコいい話じゃないのだけれど。
ひどく暴力的な女だけど、自分にだけは優しかったせいか、深月は昔から美月のことが好きだった。
深月がイジメられて泣かされてたら、いつでも棒っ切れを持って颯爽と登場し、目にも留まらぬ早わざで、千切っては投げ千切っては投げの大立ち回りを演じ上げ、正義が必ず勝つように、涙目の深月を必ずや助けてくれるスーパーヒーロー。それが『常盤美月』の姿だった。
この感情は憧れに近いと思っていたが、いまになって思えばこれは恋愛感情だったんだな……と思う。でも、身近な存在過ぎて、異性として見ることができないだけ。いや、異性として見ていることを認めたくないだけなのかもしれない。
でも今日は美月の雰囲気がどうもおかしい。異性としてビンビンに意識してしまっている。いや、おかしいのはこっちのほうか、グイグイと惹かれてる。まるで魂が吸い込まれるようだ。
「俺は美月の努力を知ってるからね。ずっと見てたし。美月はカッコいいよ。小さいころから、俺のヒーローだからな」
不意に口をついて出てしまった言葉に、驚いた……。という表情で瞬きも出来なくなっている美月。
「へえ、深月がそんな事を言うなんて……私そんなに弱ってるの? そんなに?」
普段からあまり気の利いたことを言わない深月が、こんな時に限って、美月の欲しい言葉を言ってくれる。あの鈍感な深月がなんとかして力づけてやらないといけないと考えるほど、精神的に弱っていたということだ。
せっかくいい雰囲気を出すために言った言葉も、そこまで看破されてしまったんじゃ続く言葉が出なくなる。
「そう言われてしまうと実も蓋もないな」
「ほんとは卑怯だよね。こんな時だけ……、こんな時だけ優しい事言うんだから……」
「ああ、そうだな。俺は美月が弱ってるときだけ優しい卑怯者なんだ」
なんだか話をしながら近所をぐるっとひと回りして家に帰るのが惜しいと思えた。美月と一緒に歩きながら話す、この素晴らしい時間が終わってしまうことに耐えられない。
横断歩道を渡ったら海浜公園。あそこのベンチでちょっと座って、少しでも長く二人だけの時間を楽しみたいと願った。
「なあ、ちょっと座って話そうか。公園のベンチ。ほら小っちゃい頃はさ、公園もベンチも無かった頃、二人ならんでさ、あそこの堤防を越えた向こう側のテトラポッドに座ってずーっと夕焼けを見てたよなあ。日が沈んでも、空に星が出るまでずっと海を見てた。覚えてる?」
「うん……、懐かしいねえ。でも深月にベンチでお話に誘われるとは思わなかったよ」
「おいおい、お前にとってベンチって何だ? そんなに大層なことかよ」
「うん、はじめて深月にベンチ誘われたよ」
「ほかにもあっただろ、駄菓子屋とか、ザリガニ取りとか、セミ取りとか、潮干狩りとか。フナムシ取りとか、トコブシ探しとか、あと、秘密基地で猫を飼ったし」
「あはは、深月はね、そんなだからモテないんだよ」
ベンチに関する訳の分からない強引な会話の展開と、その帰結するところが『深月はモテない』ってことだったので ちょっと納得いかなかったのだけれど、美月の声にちょっと張りが戻ったように感じる。どうやら元気が出てきたようだ。実はさっき冗談めかしてラブホに誘ったのだが、躱すテクニックも相当なものだ。
そのテクニックを駆使して敵の攻撃をヒラリヒラリと躱していればそう簡単に負けないのにな……と思ってしまうほどだった。
結果的にはうやむやにされてしまったが、明日にはケロッとして元気な声を聞かせてくれればそれでいい。ちょっと安心した。
深月は少し歩くスピードを緩めた美月を気にかけながら交差点に入った。横断歩道の向こう側、グリーンのフェンスと、黄色い車止めが見える。薄暗い街灯に羽虫が集まっているのが見える、たいしてロマンチックでもないが夜の海浜公園は艶めかしく雰囲気だけは悪くない。
横断歩道の信号はちょうど青に変わったところだ。この道を渡るとすぐ向かい側にベンチがある。
深月が小走りに道を横断しようとしたところ、後を追う美月のほうはスニーカーの紐を踏んずけてしまった。
「あ、ちょっとまって、靴ひもが……」
深月は二人の幼い頃からの思い出に浸っていて、いや、何と言うか酷い思い出しかないんだけど、なんか美月がいっぺんに元気になるような、魔法の言葉ってないのかなあとか、ガラにもない考え事をしながら、上の空で歩いていたのがいけなかった。
横断歩道を渡るとき、道路を渡るとき、左右を確認しろというのは幼稚園児だったころから口を酸っぱく言われ続けてきた、最も基本的な安全確認なのだが……。
「深月ぃぃl!!!!」
空想の中で美月との思い出に浸っていた深月が危急を告げる叫び声を聞いて現実に引き戻される。
真っ白な光。
眩しい光。
光に飲まれる。
全身を浮遊感が支配して上下の感覚がない。
それでも、誰かが手を握ってくれていて、手に温かみを感じる、でも……、だんだん遠くなってゆく。感覚も、意識も。
なぜかスローモーションで再生される記憶。
眩しい光、、車のヘッドライトっぽい、そんな形だった。
手を握ってくれてたのは、美月だろうか。温かい手だったな……。
そうか、事故に遭ったのか。
真っ白な視界、直視できない光の中で、
とても暖かな、女性のイメージが浮かんだ。
真っ白な、とても優しそうな、全てを包み込んでくれるような、そんな女性だった。
次話からスヴェアベルムへ。