番外編 家族 (エピローグ)
エピローグ。短めです。この話は 08-04 【日本】 黄昏の邂逅 へと続きます。
次話は十一章キャラ紹介と合わせて、今週末、遅くとも日曜には投稿する予定です。
これほど重大な結果をもたらす魔導装置だ。恐らく、何年もかければ、ユピテルの設置した魔法陣の在処を見つけることもできると思う。だけどユピテルの側も見つかったことで動かないとも限らない。最悪、魔法陣の動作を止められて、もう二度と深月と合流できなくなるかもしれないという恐れがある以上、迂闊なことはせず、何も気づいてないフリをしながら生活し、少なくとも深月を見つけてゾフィーと合流するまでは、この無限の牢獄に大人しく囚われているのが得策だという事になった。
最愛の娘が生まれて来なくて大変心配しているという事で情報共有を約束すると、常盤さんは駅からの最終バスがなくなると困るとかで歩いて帰って行った。ちなみに駅までは1キロ以上あって、来るときは強化魔法を使っていたからすぐだったけど、まともに歩くと20分以上かかる。バスに間に合うためには走らないといけない。爆走おじさん!みたいな変な噂が立たないといいけど。
玄関先まで常盤右京を見送った芹香は、いい時間になったし、自分もそろそろお暇しようかと佳純にお礼を言うと、真沙希は「ちょっと引き留めて悪いけどさ」と前置きしたうえで、ここのところずっと考えていたのだろう、少し伏し目がちに、目を見ないようにしながら、遠慮がちに、でも考えた末の言葉を並べた。
「ねえジュノー、もう戦わないという選択肢はないの? お兄ちゃんがいて、ジュノーが居て、お父さんとお母さんがいて、ジュノーは気に入らないと思うけど、美月お姉ちゃんもいてさ。私はこの生活がずっと続けばいいなと思ってるんだけどな」
「ありがとね真沙希ちゃん。でも前にも言った通りよ。私たちは多くを奪われたの。こんな不幸話、きっと世界には数多あることでしょうね。私たちよりも不幸な人なんて、それこそゴマンと、星の数ほどもいるでしょうね。私たちの行きつく先にハッピーエンドなんてあり得ないし、地獄の業火に焼かれることになるかもしれない。でも、それもあの人と、ゾフィーと一緒なら私はそれでいいと思ってる」
「芹香さん、私たちも家族なのですから、地獄の業火はちょっと勘弁してほしいですね」
「あはは、母さんならそう言うと思ってた。仕方ないなあ、じゃあ私も一緒に焼かれてあげるよ。地獄の業火とやらにね」
嵯峨野深月が生まれてこなかった世界で、そんな軽口を言い合える仲になった芹香と真沙希は、最初こそ情報共有を約束しただけの人だったが、何年も一緒に探したり、駅で張り込んだりしているうちに、なかなかいいコンビとなった。
この一生のうちに深月を見つけることができなければ、どうなるのだろう? 愛する人が早死にすることを願うなんてことはしたくないけれど、70年も80年も会えないとなると頭が変になりそうだ。
会えない日が続き、ローベッドに腰かけて瞑想にふけっていると、涙が流れるようになった。楽しかった記憶を、幸せだった頃の思い出をスライドショーのように思い出すだけで、涙が出てしまう。芹香は確かに楽しかったことを、幸せだった頃のことを考えているというのに、なぜ涙が出るのか分からなかった。
この涙の源はこんな牢獄のような世界に、ぽつんとひとり、置いて行かれた者の寂しさだろうか。
芹香が20歳、真沙希が17歳になった、とある晩秋の出来事。芹香と真沙希が、手がかりもなく、考えうる『打つ手』は全て試し、それでも手がかりすら掴めなくなってもう何年たつだろうか。
やみくもに探すことも以前と比べて少なくなり、今日のように、芹香と真沙希が2人で、深月が大好きだった海浜公園から防潮堤を超えた向こう側、テトラポッドに座って、高く、スジ雲を引く秋空の夕焼けを眺めながら、思い出話を語り合ったりしていたときのこと。
突然ピタッと風が止み、時間が止まったように海の波も動きを止めた。もちろん船の航跡、白波も、まるでジオラマか写真のように、水しぶきまでも。
空を渡る白い光線が格子状に線を引き、どんどん細かな網目を描き、そして、芹香の身体から、全身からも光の糸が、螺旋を描いて立ち登ろうとしているのを見て、真沙希は驚いてテトラポッドを飛び渡り、ジュノーに寄り添って異変を気遣う。
「ジュノー? どうしたの? いったい何が?」
「あの人が……死んだわ」
ジュノーは急きも慌てもせず、身体から流出し、空に還って行くような糸の螺旋を、まるで他人事のように眺めながら、自分たちが総力を挙げても探せなかった深月の死を告げた。
「え? お兄ちゃんが? なんで? まだ20歳のはずなのに、何があったの?」
またぞろ事故にでも遭ったか、それとも病に倒れたか。真沙希は自分たちが探し出す前に、20歳という若さで逝ってしまった兄の身を憂いた。
「分からない。でもあの人が命を失って、1週間前後で私もこうしてリセットされるの。来世はみんなで一緒に暮らせればいいわね」
「うん、ジュノー絶対だよ。約束だよ」
そしてジュノーは真沙希の腕に抱かれながら、夕陽を見ながら息を引き取った。
真沙希はジュノーを看取った後、芹香の母、柊桜花に連絡したが、夜空に星が輝くまでの短い時間に世界が再構築されてしまったらしく、それ以降の記憶はない。
次に気が付いたときには、揺りかごを揺らしてくれたり、ガラガラ鳴るおもちゃで遊んでくれる兄の姿がそこにあった。まだ歩くこともできない真沙希に向かって、佳純がドヤ顔を決めながら、これ見よがしに指でVサインを作って見せ、それに応じるように、0歳児の真沙希が、小さな、とても小さな手を巧みに折り曲げ、不器用にもVサインで返したことで、深月の行方不明事件は一応、幕を閉じた。
もちろん情報共有の約束は生きているので、芹香が物心ついた頃に、佳純の方からまず、柊の家に電話で連絡するということも忘れなかった。
「すぐ深月を連れて、そちらに行きます」
「いいえ、構いませんよ。遠い昔に、私たちは約束したんです。あそこで再会しようって」
「そうなんですか、分かりました。また会える日を楽しみにしていますね、芹香さん」
「はい、ありがとうございます。また会う日まで、お元気で」
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そして約束の季節は来た。
芹香は少し無理をして膝上10センチという普段は穿かない短めのスカートを選び、髪のセットも自分が納得のいくまで、何度も何度も念入りに繰り返した。緊張と逸る気持ちで髪留めの位置が決まらないことも楽しみつつ、再会の準備を整える。
サンダルを履いて行こうと決めたことから足の爪の手入れも怠らない。自分の姿、身につけるもの、姿見の前ですべてをチェックして、柊芹香がこの日に向けて作り上げたベストコンディションを確認する。
「よし完璧。そろそろ行かないと。でもドキドキする……」
芹香はまだ会えると決まったわけでもないのに早鐘を打つ鼓動を感じながら、ひとつ深呼吸をして、心を落ち着けてから、あの人の待つ海岸へと向かった。
深月と再会する海岸でのイベントは予定調和の中で始まった。ジュノーが防潮堤を上がると、ちょうど、前世でジュノーが命を全うしたテトラポッドに腰かけている、とても懐かしい、今にも背中に飛び込んで抱き締めてしまいたくなるほど愛おしい後姿があって、今生はイレギュラーなく、再会イベントが進行することを確認すると、ひとつホッと胸をなでおろした。
このイベントは深月との約束。まだ、同じ人から生まれて、同じ人生を何度も繰り返すことが分かっていなかった頃に、別人に生まれても、小学6年生の初夏、夕焼け空の綺麗な日にここで会うことを誓い合った、大切な約束だった。深月はたとえ記憶をなくしてしまったとしても、まるでジュノーとの約束だけは忘れなかったかのように、ここで座って夕陽を眺めているのだ。これまで約束を違えたことは、生まれてこなかった前世、ただ一度だけなのだから。
「気持ちのいい風ですね、このまま星が出るまで空を眺めますか?」
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「ねえねえジュノー、お兄ちゃんどこに居たか聞いた?」
「スヴェアベルムに転生してたんだってさ。道理で見つかんないわけだわ。あの美月と結婚して子供までいるって言うしさ、今度は私たち、スヴェアベルムに戻らなきゃいけないんだって」
「ええーっ? マジで? じゃああの子は誰? かわいい子」
「パシテーって子? あの子も婚約者だって。ねえ真沙希ちゃん、泣かなかった私を誉めて……」
「頑張ったねジュノー、ホントお兄ちゃんバカでごめんなさい……って、泣いちゃダメだよ、涙出てるよ、いつか私がお兄ちゃん懲らしめてあげるんだから」
ジュノーはその夜、心配でほっとけなくて泊まりにきた真沙希を巻き込んで、朝まで泣き明かした。




