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十章サイドストーリー 翼あるもの 前編 【挿絵】

挿絵を挟んでみました。ノーデンリヒト海峡を飛行し向こうに見えるのはサオの故郷ドーラ。ひときわ高く積雪が見られるのはドルメイ山という設定なのです。


 圧縮潰れような現象が酷かったのでPNG→JPGに再圧縮して差し替えます。

 pixiv に縮小してないのを投稿してます。興味のある方はぜひpixiv検索「ダウンフォール」試してみてください。


 アリエルがマローニのワル仲間たちに捕まって、焚火を囲みながら、何時間もの間飽きもせず、昔の思い出話やバカ話で盛り上がり、パシテーの意識がポツポツと途切れ始めたのを見て、そろそろお開きにするかと腰を上げたところ てくてくがアリエルの影から、魔法生物専用の転移魔法陣『ネスト』を引っぺがし、少しの痛みもなく、何の不安もなく、まるで紙袋から取り出したハンバーガーの包みを投げてよこしたかのような手軽さで、え? もう終わったの? と感嘆の声を上げるほど至極容易に、ハイペリオンの『ネスト』はサオの影にぴたりと重なった。これからはハイペリオンが生息するネストの維持費をサオのマナで支払うこととなり、更にはサオのマナで空腹を満たすことになる。つまりこのネストの移植作業により、サオの管理に移行したことで、言い方が良いか悪いかは別として、ハイペリオンは晴れてサオの扶養家族になったのだ。


 ハイペリオンという強大な力を得たサオに寄り添う小さな精霊、イグニスは想いを馳せる。


 母なるゾフィーの幻影が、棲み処にしていたセカの教会に隠された転移魔法陣より現れ「サナトスを助けてあげて」といった。

 ゾフィーの声を聴いてイグニスをはじめ、北の地に居たはずのアプサラスまでもがマローニに集まる中、当のサナトスが水術士だったことから、まるで早い者勝ちとでも言わんばかりにアプサラスが契約を取り付けた。レダにとりついていたアスラはまだしも、エルフの『死体に憑依してるオバケ』みたいなテックにまで、精霊姉妹の中でも誰とも契約してない無職のような目で見られるのが耐えられず、一番好きだったサオに契約を持ちかけたこともあった。


 それを断られてからもイグニスはずっとサオのそばを離れず、共に戦い、何万の敵兵に攻められても、微力ながらサオと、サオの大事な者たちを守ってきた。もちろん、気まぐれな精霊がそこまでするのには理由がある。


 イグニスはサオの凛とした顔が好きだった。

 力が弱く、性格的に争い事を避ける傾向にあるため他種族のいいようにされるばかりのウッドエルフ族にあって、自らが自由であるために努力を惜しまず積み重ねるその姿勢が好きだった。


 勇者サガノとの一騎打ちに完敗してしまったことを引き合いに出すつもりもない。たとえサオが精霊イグニスと契約していたとしてもあれほどの実力差を覆すことなどできなかったのだから。ただ、ハイペリオンがサオのもとに来たことで、イグニスはもう一度、自分と契約することの大切さをサオに説かなければならなくなった。


 まず一つ、イグニスはハイペリオンと話せる。

 ハイペリオンはサオの言葉を解するけれど、声帯を持たない龍族は言葉を発することができない。だからハイペリオンがサオに何か伝えたくとも、恐らくそれは一方通行になってしまうだろう。だけど、イグニスが間に入って通訳することで、サオはハイペリオンと意思の疎通を図ることができる。

 これはサオのみならず、ハイペリオンにしても願ってもないことだろう。


 そして何よりも大切なのが、この二つ目、イグニスと契約することにより、サオはその身を炎に変えられるようになる。万が一、ハイペリオンの飛行中何らかの事故があって、サオが高空から落下してしまったとしても、火の玉が降って落ちるだけだ。サオは涼しい顔で余裕の着地を決め、足の裏がジーンと痛むこともない。


 そしてイグニスその身に宿せば、ただでさえ手に負えないハイペリオンの炎が更に増幅されて高温になり、その燃え盛る煉獄の炎の中にありながら、サオは美しい髪の毛先すら焦がすことがないし、呼吸と共に超高熱の空気を吸い込んだとしても肺を焼かれるといったこともなくなる。


 イグニスはサオに向き合い、右手を差し出して言った。


「サオ、アナタの望みは何? あのヒトの横に立つこと? あのヒトと共に歩むこと? たとえアナタの想い人が破壊神アシュタロスだったとしても、炎と共にあれば肩を並べて戦える。……さあ、ワタシの手を取るのよ。サオ、アナタにはワタシが必要なの」


 イグニスの言葉は、サオの心の、最も深い根っこの部分をえぐった。それはそれは魅力的な提案に、思わず何も考えることなく、イグニスの手を取ってしまいそうになってしまう。

 しかしサオはここでも抵抗してみせた。自分の欲望を達成するためにイグニスを利用するのは、サオのモラルからしても間違ったことだから。今にもイグニスの手を取りそうになっている自分を律し、思いとどまった。


「あなた本当に物好きな精霊ね。私なんかより適任者がいっぱいいるでしょうに」


 4年前、力が足りないことを理由に契約を断ったサオ。

 けれども火の精霊が炎術者に契約を持ち掛けた理由は『力』を認めたからじゃあない。

 精霊ほど気まぐれで好き嫌いがはっきりした魔法生物はいないのだから。

 力でねじ伏せられて契約を強制されるという例外を除けば、イグニスだって自分の気に入った者と一緒に過ごしたいのは当たり前のこと。


 イグニスは上目遣いで小首をかしげながら、サオの問いを返した。


「サオは友達を選ぶのに適任者を探すの?」


「あはは、そうよね。私たちは友達。それじゃ、よろしくイグニス」


 サオはイグニスの手をとるとその身に炎を纏い、同時に自由の象徴たる翼を得た。

 ハイペリオンに促されるように背に乗ると、まるでジェット機のような急角度で空に吸い込まれて行く。まだ暗い夜明け前、遥か高空から星明りに照らし出された青い世界を目撃したサオは、雲より高い星の世界から、この世界の広さと、空の高さを知った。


 いつだったか、師匠が話してくれた星の世界のお話。

 全天に広がるこの星の世界、数えきれない星々の一つ一つがお日さまなんだと。

 気が遠くなるほど遠いところにニホンという国があるのだと。


 子どものころ、エテルネルファン近くの丘で花冠作りをしながらロザリィが聞かせてくれた不思議な話。あの時、確かにロザリィは『世界は丸いんだ』と言った。


 反対側に居る人は空に落ちてしまうじゃない……。話を聞いた時は世界が丸いだなんて、とても信じられなかったけれど、空から見る地平線は丸く湾曲している。前も後ろも、右も左も。どっちを見ても。


 ロザリィの言った通りだ。この世界はとてつもなく大きく、そして丸いんだ。



挿絵(By みてみん)



「寒いのサオ?」


 夏だと言うのに身を切るように寒い。


 イグニスが温度を調整してくれる。ハイペリオンは耐風障壁を展開してくれる。


 今まで、師匠やロザリィが帰ってくる場所を守るんだと遮二無二しゃにむになって、ただ必死に、それだけを魂に念じて、動かない体に鞭打って頑張ってきた。

 師匠が戻ってきたことをきっかけにサオを取り巻く環境はどんどん改善されていく。


 自らが課した『守らなきゃ』という責務とその重圧からやっと解放されて、自由になれた気がした。


 どこへでも行ける、私は自由だ。自由に自分の生き方を決められる。


 そう……、そして自分の死に方も決められる。


「私は、師匠の傍で死にたい」

「アナタは命を全うすればいいの。ワタシはそれを見届けてあげる」


 東の空が白み始め、地平線から朝日が上がってくると、藍色の空から急速に星が消えていく。

 この色は師匠が好きなグラデーション。夕方から夜になる色、そして夜が明けて朝になる色も、師匠はこの色の変化を見るたび言葉を失って立ち止まり、空を見上げていたのを思い出す。


 師匠が見ていた世界が、ようやく私にも見えたような気がした。なんという美しい世界なのだろう。

 理由もなく涙が溢れて、視界がゆがむのを止められない。なぜこんなにも壮大な絶景を前にして涙が溢れてくるのか分からない。だけど、この遥かな世界の一端を見られたという事実は、胸にドンと来た。

 とてつもなく高い空と広い世界の間で生きる、この塵のようにちっぽけな存在……。


 小さい。こんなにも小さい。

 遠い、これほどまでに遠く、高い世界が広がっているというのに。


「師匠、分かりました。これが『感動する』ってことなんですね!」


―― シャララァァ!

 突然ハイペリオンがいななくと、次の瞬間には力強く羽ばたき、グイグイと加速しはじめた。

「サオが感動したって言うから、ハイペリオンも喜んでるんだよ」


 急上昇、急降下。左右の急旋回など一通り考えうる機動のアクロバット飛行などを、ハイペリオンのしたいようにさせていると、いつの間にか眼下には絶海。そしてその向こうからどんどん近づいてくる陸地の影。……ドーラ大陸だ。


「なんて速さなの……」


 ハイペリオンに備わった耐風障壁のおかげで風圧と呼べるほどの厳しい風を感じないのでどれほどのスピードが出ているのか分からなかったけれど、実際は恐ろしいほどの速度で飛行しているらしい。

 ドーラ大陸が瞬く間に大きくなってゆき、今まで海上を飛行していたというのに、もう眼下には緑の平原が広がっている。そして前方やや左側に薄っすらと大きな町が見えてきた。



 人族が暮らす町よりもここエテルネルファンは朝が早い。夜明けとともに女たちが朝食の準備を始める。そこかしこの民家から湯気が立ち昇っている。この時間帯に町を歩けば、きっと朝食のスープのいい香りが楽しめるだろう。だけどサオは少しだけ違和感と共に、微かな不協和音のようなものを感じていた。ここエテルネルファンではノーデンリヒトが攻められていることなどまるで無関係であるかのような、平和な時間が流れているのだ。


「変わらないなあ、エテルネルファン……」

 サオは上空から何だかホッとしたように呟くと、ハイペリオンの降りられそうな広い場所に向けて進路をとった。もちろんハイペリオンを降ろせるような場所なんて、魔王軍総司令部のある、サオにとって勝手知ったるアルデール家の練兵場を兼ねた中庭ぐらいしかない。


 エテルネルファンの民たちは、こんなにも清々しい朝だというのに、今日もいい天気になるであろうこの東風の中、まさか白銀の翼を翻して、恐ろしい災厄が降りてくるとは思いもしなかった。


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