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02-02 限定解除

旅の路銀を稼ぐ手段という設定なので、あまり冒険者としての仕事シーンは出てきません。

20170725 改定

2021 0725 手直し




 アリエルはシャルナクさんに書いてもらった冒険者ギルドへの紹介状を受け取ると、プロスペローについて屋敷を出た。シャルナク・ベルセリウスは父であるトリトンの兄で、この街、マローニを取り仕切る施政者であり、政治的には市長よりも上の立場にいる。つまるところこの街ではいちばんの権力者でもある。


 アリエルは実家のコネという最強の武器を持って、憧れの冒険者ギルドへと向かう。

 ベルセリウス家の別宅は街の中心部にあるので、冒険者ギルドもすぐそばにあった。時間にして徒歩5分ぐらいと言えばその距離を想像できるだろうか。これぐらいの距離にコンビニがあると便利なんだけどな? という距離感だ。


 通りに出て周囲を見渡すとすぐ道の向かい側に白地に鷹がデザインされた旗が立っている建物が見えた。


 鷹の旗と出入り口のウェスタンドアは冒険者ギルドのトレードマークなんだそうだ。およそどこの国のどこの街に行っても白地にたかの旗を目印にすればいいという。外国に行っても冒険者ギルドはあるし、マローニよりも規模の小さな町にもあるので、とりあえず人の集まるところには厄介ごとが生じ、それらを効率よく解決するために『何でも屋』のような職業が必要なのだ。


 マローニの街の冒険者ギルドは一等地とは言えないが大きな通りに面していて、3階建てになっている。想像してたよりもだいぶ大く立派な建物なので、なんだか不正に儲けてるんじゃないかと疑ってしまうほどだ。


 アリエルは自由を象徴する旗のもと、冒険者ギルドの前に立った。扉は悪天候でもなければ24時間ずっと常に、誰に対しても開かれている。たとえ敵対する外国の人間であろうと、獣人やエルフという魔族であろうと、誰にでも門戸を開く。それが冒険者ギルドの矜持きょうじだという。それゆえのウェスタンドアなのだろう。


 そういう考え方は好きだけど、そのせいで冒険者という職業には少なくない割合で流れ者が居て、その中には犯罪者や荒くれ者が多いのは仕方がないことだ。北風が厳しく、冬がめちゃくちゃに厳しいこの土地でウェスタンドアを採用しなくても……なんてことを考えながら、唇にこみあげる笑いをこらえる。


 アリエルが両手でウェスタンドアに手をかけると、まだ身長が足りなくて、ぶら下がるようになってしまって不格好なことこの上なかったが、グイっと押し込むと軽く開き、アリエルをすんなり中へと通した。


 ウェスタンドアを通過するとバネの反動で勢いよくバタンバタンと閉じた。

 通路は薄暗いがそこかしこに魔導照明があり、安全な光が灯っている。ギルド内を見渡すと前に三つの受付カウンター。左側には依頼のメモが貼ってあるコルクボードがある。右側は間仕切りが立てられていて衝立により見渡すことはできないが冒険者パーティの待ち合わせ場所に使われるギルド酒場になっていて、通りがかりにちょっと覗いてみたら、バーカウンターが6席、コの字型ボックス席が周りを囲む形に配置されている。奥の方のボックス席では、この朝っぱらから酒を飲んでいるのだろう、ほのかなアルコールの匂いがして男たちの話し声が聞こえてくる。


 ギルド酒場からギルドカウンターのほうに視線を戻すとなんだか見覚えのある雰囲気……ああ、思い出した。これは前世で大成たいせいのバイト探すのにハロワ付き合わされた時に感じた雰囲気だ。テーブルにパソコンがあればハロワそのものじゃないか。


 アリエルは少しワクワクしていた。いつの間にか表情をほころばせていて、ニヤニヤが止まらない。この『おれの冒険はたった今はじまった』ともいえるこの感覚がたまらない。


 きっと隣の部屋にある、あのギルド酒場のカウンターに行って、ミルクを注文したらお決まりのイベントがあるはずだ。あとで注文してみよう。


「アリエル、こっち。ここが受付カウンターだから、ここで登録してもらおう」


 同伴で道案内役のプロスペローが冒険者登録するカウンターを教えてくれた、アリエルも小走りで向かおうとしたところ、衝立の向こう側から声が聞こえた。


 ギルドカンターと酒場が同じエリアにあり、ただパーテーションとしてラタンの衝立が立てられているだけなので、こちらの会話もあちら側に筒抜け。当然向こう側の会話もこちらによく聞こえる仕様になっているので、声を絞った会話でも小耳にはさむ程度に聞こえてくる。


「ウヒャヒャ、おい聞いたか、ガキが登録にきたと思ったら女の名前じゃねえか」


 酒場のボックス席で飲んでいた男たちだろう、こっちの話に聞き耳を立てていて、さっき覗き込んだ時に顔を見られたらしい。気配では11人いるようだが、うち2人はたぶん店の人だ。


「聞こえないフリして無視だよ。目も合わせちゃダメだ。いいね」

 トラブルを避けるためだろう、プロスが念を押す。しかしアリエルは微笑みの残った唇で返した。


「冒険者になるならこのイベントは避けて通れないよ」

 ギルド酒場に荒くれ者たちが10人近くいて、こんな朝っぱらから酒飲んでクダ巻いてるなんて、理想的な場末ギルドである。もう、イメージしたまんまの、そのまんま。


 プロスが受付に声をかけると、明るい声で答えてくれた。


「はい、どんなご用件? あれ? プロス? こんなところにどんなご用です?」


 受付カウンターには活発そうな、プロスと同世代っぽい女の子が座っていた。

 薄い茶髪を高い位置で合わせたポニーテール。赤いシュシュがワンポイントで目立っている。


 アリエルは涙が出そうなほど感動していた。

 年の近い女の子に声をかけられたのは、この世界に生まれて初めての経験だったからだ。


 この街には女の子がいるんだ……と。

 当たり前のことなんだろうけどこれほど感動したことはない。

 ノーデンリヒトでは友達なんて一人も居なかった。ずっと屋敷に引きこもってばかりいないで、開拓地の子どもたちと少しは遊べばよかったと今更後悔している。それほどに女友達がいるプロスを羨ましいと感じた。


 しかもこの女子はプロスペローのことを、プロス? 確かにプロスと呼んだ。

 いきなり愛称で呼ばれて、この女の子から屈託のない笑顔を引き出して話すこの男、なかなかモテると見た。そしてプロスはこの笑顔のキミにアリエルを紹介した。


「うん、今日は従弟いとこが冒険者になるんで、案内がてら登録についてきただけだよ。ささ、紹介状を」


「はい、アリエル・ベルセリウスです。よろしくお願いします。これ、紹介状です」


 そのとき、衝立の向こう側からアリエルたちの会話に割り込む声が聞こえた。


「なんだなんだ、ここは貴族のお坊ちゃまの託児所じゃないよ? 怖いおじさんたちがいっぱいくるからね、早く帰りな。わははっ」


 アリエルは気配を読んだ。

 一番手前のテーブルに座ってる3人組。すぐその横の3人組、カウンターの向こう側、一番奥のボックス席からも怪しげな雰囲気を醸し出している3人組と思しき集団が居て、たぶんヒマなんだろう、絡む気満々でこちらの話に聞き耳を立てている。


「ギルド支部長宛ての紹介状、確かにお預かりしました。すぐに届けてきますので、そこの椅子にでもかけて少しお待ちください」


 プロスの表情を窺ってみると、ちょっと緊張している面持ちだ。


「なんで俺じゃなくてプロスが緊張してんのさ?」

 アリエルがクスクス笑うと、


「そうだね、まったくだ」プロスも緊張がほぐれたように笑顔になった。


「あの受付の女の子に愛称でで呼ばれてたね?」

「ああ、そ、うん、ちょっと知った子なんだよ。同い年だしさ」


「いいなあ、モテるんだろうなあ」

 そういうとプロスは、この街でベルセリウスの名を持っていれば誰だってある程度はモテるということを教えてくれた。


 そうだった、ノーデンリヒトの田舎者だったんで感覚がマヒしてたけれど、この土地でもベルセリウスは領主だ。プロスは「俺がモテてるわけじゃないよ、モテるのは貴族の称号さ」なんてことを自嘲気味に言った。


「まあもし、万が一、いや、億が一、俺がモテるようなことがあったらその言葉信じるよ」


 紹介状を奥に持って行ってしまって、いまの赤いシュシュがかわいいポニーテールの女の子も居なくなってしまった。視線のやり場がなくなってしまって退屈なので、依頼ボードとやらを眺めてみることにした。


 ここにはAからDまでの依頼があるようだ。Aは何か聞いたことがない名前が書かれていて、それの討伐で報酬は5ゴールド。


 その列の右のほうに視線をやると15ゴールドという高額な依頼もある。

 1ゴールドは10シルバー。

 商店がほとんどないノーデンリヒト開拓地ではお金の値打ちがよく分からないので師匠に聞いてみた街の物価を頭の中で円に換算してみたところ、1シルバー1万円ぐらいの感覚だったと覚えている。


 1ゴールドを日本円に換算すると約10万円、てことは5ゴールドで50万円ということになる。


 では15ゴールドなら150万円ということだから、それだけあれば旅の路銀にするには十分なのかもしれない。Dランク依頼は薬草やキノコの採取が主になっていて、草刈りやドブ掃除なんてのもある。この辺まで下がると街の雑用と大差ない。


 依頼の内容は何でもありだった。食肉の狩猟や植物の採取は狩人の領分だし、隊商の護衛なんてのは傭兵の領分だろう。冒険者なんて言っても『なんでも屋』みたいなもんだというのは本当なんだな、と思ったのが印象深かった。


 AとDの依頼は極端に数が少なくて、BとCは結構たくさん貼られている。依頼が余ってるようだ。


 アリエルはBランク依頼ボードを見ていて、一枚のカードが目に留まった。

 依頼内容はガルグの狩猟だった。


「お、ガルグも売れるのか」

 そういえば今いくつかもってるはずだ。


 『ストレージ』を探ってみると、えっと1、2、3、4……5体ある。早速これを売って現金化しようと考えた。何しろこの街の中にあって、アリエルはいま一文無しなのだから。


 奥の方から小走りで階段を駆け下りてくる音がすると、さっきの受付嬢が戻ってきて名を呼んだ。

「ベルセリウスさん、支部長がお会いになります。どうぞこちらへ」


 プロスは手で『こっちこっち』と促した。呼ばれたのはアリエルだけ。そりゃそうだ、仕事の面接にこの街の有力者である従弟が同伴するなんてカッコ悪いったらありゃしない。


 2階は依頼受付のカウンターが1つあって、他は事務室。右の奥がギルド支部長の部屋らしい。

 受付嬢がノックをすると中から「入れ」と許可を得たのでドアを引くと、一見重厚そうな扉が音もなく、軽くスッと開いた。


 室内はやりかけの書類で溢れ返っているというのが正直な感想で、対面から足もとが見えない社長机だが、まともに仕事ができるスペースがないのではないかと心配していしまうほどの乱雑さだった。ソファーとセットのテーブルはいま片付けられましたとでも言わんばかりに少しだけのスペースが空いており、左側の壁際には書類の山がうず高く積み上げられている。

 ソファーに何も乗ってないことが不自然に思えるほどの混沌ぶりだ。


 その乱雑にうずたかく書類の積み上げられた机の向こう側に座って、アリエルの入室と同時に顔を上げたのは、ぱっと見50歳ぐらいか……。いい意味でエネルギッシュ中年というか、真っ黒に日焼けして、顔には目立つ傷がいくつもある。歴戦というのはこういうことなんだろうなと思わせてくれる、そんなで立ちの男だった。


 挨拶して名を名乗るとソファに座ることを促された。

「ああ、初めまして。冒険者ギルド・マローニ支部を任されている、支部長のスカジ・ダウロスだ。紹介状読ませてもらったよ。いや、これは推薦状だな、そしてキミがあの……トリトン・ベルセリウスの息子か。子供だから経験は足りないだろうが、トリトンをして天才と言わしめた実力を持っているので、それなりの待遇を期待する。……と書かれてある。簡単に言うとだな、子ども扱いせず、大人と同じ扱いをしてやれと書いてあるわけだが……」


 頭をバリバリと掻きながら、どうしようかなあ! という仕草を見せ、厄介者を見るような目で一瞥したあと「単刀直入に言うと、困るんだよなあ」と、まるで愚痴のように吐き捨てた。

 

 ギルド支部長冒の話はこうだ。

 冒険者という職業は自由を享受する代償に、身の安全を放棄するような生き方だと。高位の冒険者は町の住民を直接助けているから騎士団よりも名声が高く見られることが多いので、腕に覚えのある貴族が名をあげるのに丁度いいと考えられることも、まあ、往々にしてあるらしい。


 要するに冒険者っていう一見ドロ臭い職業でも、高位の冒険者は民衆に人気が高いから、貴族の人気取りのための売名の手段に使われるって話だ。


「でもな、この仕事は貴族のお坊ちゃんの遊び半分では絶対に務まらないのだよ。過去にも王都の方で何度か似たような案件があったのだが、だいたいが無茶な依頼を受けて行方不明になった貴族の坊ちゃんを捜索するための依頼がボードに貼られることになるんだ」


 遊び半分という言葉に脊髄反射してしまってちょっとだけイラっとしたけれど、まあ、まあ、支部長の言うことはもっともだ。なるほど、と妙に納得してしまった。


 しかし貴族ってあんまりよく思われてないことが分かった。

 『貴族の坊ちゃん』という言葉にとげを感じたが、おそらくギルド長も対応に苦慮しているのだろう。ベルセリウス家からの紹介状をもってきた以上は無碍にもできないってことなんだろうけど。

 それでもアリエルは名声とか売名なんてのには興味が無い。本当に旅の路銀を稼ぐための手段がほしいのだ。


「決して薬草摘みがイヤだという訳ではありませんが、俺は旅の路銀稼ぎに冒険者という職業を選んだのです。さっき依頼ボードをみて報酬も見てみましたが、薬草摘みでは宿屋で食事にもありつけませんから。たとえば、先ほど待ってる時間に依頼Bランクでガルグ三頭の納品というのを見つけましたでもランクが低いとこの依頼が受けられないのですよね?」


「ああ、ガルグの狩猟は常に需要のある依頼だが……ガルグは駆け出しの手に余るからな」


「ガルグ三頭に1ゴールドで、依頼者はたぶん食肉業者ですね。ガルグはノーデンリヒトでは普通にどこにでもいる猛獣で、よく食卓にのぼる食肉です」


「あんな旨い肉をしょっちゅう食えるってだけで贅沢だと思うがな。ははは」

「そうなんですよ。ガルグ三頭程度なら、ノーデンリヒト出身の私には、何か用事に出たついでで狩れます。あれでBランクだというなら、Aランクもそれほど大したことがないんじゃないかと甘く考えてしまうほど、ガルグは簡単な相手なのです」


 ここまで話したところで『簡単な相手』という言葉に説明を求められた。

 つまるところガルグは気が荒く、危険な猛獣だから、練磨された狩人や熟練の冒険者ならソロ討伐可能だが、繁殖期以外は群れを作って行動することも多い。同時に複数が襲ってきた場合の事を考えて、Bランク冒険者でもソロでは許可を出していないという。


「はい、ガルグ三頭ぐらいなら今持ってますよ? 出しましょうか?」

「出す? どういうことだ?」

 支部長が眉根を寄せて少々の混乱を見せる前でパッパッパと[ストレージ]からガルグを三頭出して床に並べて見せた。


「1、2、3、これでいいかな」

「ちょっと、こんなとこに出されても困る。ギルドの隣の建物に納品所があって、鑑定士が常駐してる。そこで納品と換金を行うので、まずは依頼を受けてからそこに持って行くんだ。というか、それは魔法? なんだよな。いや、詮索はご法度だな。分かった。とりあえずそれを片付けて」


 アリエルは素直に「わかりました」とガルグ三体を[ストレージ]に収納した。詮索はご法度と言いながらダウロスさんは鷹の眼のような鋭い目でアリエルのストレージを観察しているのだから油断も隙もあったもんじゃない。


 他人の技術を見て盗むのは当然の向上心。でも、詮索がご法度というのは非常にありがたい習慣だ。助かる。だけどストレージだけは絶対無理だと思う。使ってる自分でさえその理屈はまったくわかってないのだから。


「ところでアリエル・ベルセリウスくん、防御魔法は疲れるだろ? そんなに警戒せずともいいよ。下のギルド酒場ではよくいざこざが起こるが、俺は紳士だからな、いきなり襲ったりしないよ」


 アリエルは防御魔法を常時展開していることを指摘され、ひとつ感心した。

 砦の守備隊だった騎士たちにもあんまりバレたことはないんだけど。


「あ、変な気を使わせちゃってすいません、これは魔法の師匠から言われて、寝ているときも常時展開してます。もう2年以上ずっと。鍛錬の一環なので、どうかお気になさらず」


「わはは、弟子に防御魔法を常時展開させるなんて……どこのドSだ……」


「ここの魔導学院のソンフィールド・グレアノット師です」


「ああ、あの変わり者の老人か」


 グレアノット師匠のことは支部長も知ってるらしく、変わり者の弟子扱いされてしまったが、シャルナクさんに書いてもらった推薦状よりも魔法の出来栄えと、師匠の名を出したことによって、やっと支部長は納得してくれたようだ。


「よし、マローニ支部にきた依頼については、推薦のあった通り、私の責任で制限を設けず、キミの好きな難度の依頼を受けられるように取り計らっておこう。ただし、冒険者ランクはギルドに対する貢献度で上がるようになっているから、他の人と同じようにDランクからスタートな。これでいいか? 本当に死んでもギルドは関知しないぞ?」


「はい、それでお願いします」

「じゃあ、下にいこう。ついてこい」


 ギルド長のダウロスさんについて急角度の階段を下りるとギルド酒場でたむろしている冒険者は何人か増えたようで、少し賑やかさを増していた。なぜか酒場ばかりが繁盛していて、依頼ボードのほうは人っ子一人いやしない。


 ギルド長は退屈そうにカウンターを守る赤いシュシュの女の子に指示を出す。


「カーリ、Dランク冒険者で登録。限定解除でな」

「え? 支部長、限定解除ですか? この子に?」

「そうだ」

「はい、わかりました」

 受付嬢は納得いかないといった表情だったが、支部長の命令なので渋々、限定解除で登録手続きを始めてくれた。


「えーっと、お名前から記入してください」

「はい」


 酒場エリアで聞き耳を立てていた者が驚いたように声を上げた。衝立ついたてで仕切られているだけなので、声は筒抜けだ。


「おいおい、さっきのガキがDランクで限定解除だってよ」

「はあ、なんだと?」


 ビアジョッキをテーブルに叩き付けるような音がすると、日の高いうちから飲んだくれている冒険者たちが、衝立の陰からゾロゾロと出てきてギルド長に掴みかからん勢いで絡んだ。


「おいおいギルド長さんよ、そりゃねえだろ、俺はいつまでたってもBランク限定じゃねえか。実入りのいいAランクの依頼をこっちに回してくれよ」


 アリエルの特別扱いが気に入らないらしく、後ろではギルド長に3人ほどの冒険者が詰め寄っていて、何も関係のないプロスが巻き込まれそうな雰囲気になりはじめた。


 不穏な空気を察して振り返ると、アリエルも知った顔がそこにあった。


 ノーデンリヒトから避難してきた難民を襲った盗賊団のハゲマッチョと、あと3人その場にいたような気がする。


 一瞬、目が遭った。

 3人はアリエルの顔を見るや否や、ものすごい勢いで青ざめた。


「ひっ、ヒィィィッ!」


 さっきまでギルド長に詰め寄ろうとしていた男たちのうち、一人は情けない声を上げ、腰を抜かして這ったまま建物から出て逃げていった。


 それを一瞥したアリエルは、とりあえずいちばんデカくてえらそうなハゲマッチョを標的に、チンピラばりの絡みをみせた。


「あ? また会ったな」


 ハゲマッチョは冒険者と盗賊を兼任しているらしい。よくバレないものだ。

 こんな奴が先輩だなんて頭痛がする。


「いや、すまん。アンタなら限定解除でも納得だ」

「お前に納得してもらう必要があるのかおい? 第一なんでこんなところにいるんだ? もしかして冒険者なのか?」


「ああ、実は、そうなんだ……」


「そうか、実は今日、俺も冒険者になったところなんだ。よろしくセンパイがた。そうだな、祝いにミルクでも奢ってもらおうか。ツレの分と、2杯な」


「マ、マスター、ミルク2杯をこの人たちに。は、はやくもってこい」

 その豹変ぶりにギルド長の表情が険しくなり、露骨に訝しむ視線を送り始めた。


 カウンターの中から初老の男性が出てきて、ミルクのはいったジョッキを2つアリエルたちからほど近いカウンターに置くと、ハゲマッチョ先輩は代金の小銭を渡した。


「おーありがとう。ご馳走になるよ」


「ああ気にすんな。っと、俺らちょっと急用を思い出したぜ。ゆっくりしてってくんな」

 2人は大急ぎでギルドを出て行った。気配は北の方へ向かったか……。南には難民キャンプがあるから、南をウロチョロしないよう釘刺しておくのを忘れた。


「また奢ってねセンパイ」

 アリエルは遠慮なく受け取ったジョッキをプロスに、グイグイと押し付け、少し強引に握らせた。

 そこに眉をひそめたギルド長が割り込んできた。


「あ、えーと、ベルセリウスくん? ちょっといいか」

「え? 俺の事ならアリエルでいいですよ。ベルセリウスが二人いるんでややこしいでしょ?」


「あ、ああ、じゃあアリエル、実はな、数日前からこのギルドに所属するBランク以下の冒険者たち、まあ大半がCランクの兼業冒険者の話なんだが、家族や友人から行方不明だと問い合わせを受けているんだ。その数、いまのところ20名。まだ増えそうな勢いだ。ギルドとしても無視できない人数なので調査を始めたんだがな。まあ見てもらえばわかると思うが、BランクCランクの依頼を受けてくれる冒険者が突然少なくなったんで、ボードには依頼がたくさん積みあがってる。……そこでだ、先日、ノーデンリヒトからの難民が街に到着したんだが、どうやら難民たちはその道中で盗賊に襲われたらしい。だが、盗賊は逆に荷馬車まで奪われた上に身ぐるみ剥されたと聞いて、その時は、なんだそりゃ? と思ったんだが、何があったのか今突然理解したように思うよ」


 あちゃあ、バレた。盗賊を死なせてしまったことも当然バレてるんだろうなあ。

 まだ冒険者登録証もらってもいないのに取り消しとかだったらシャレにならない。せめて厳重注意か、最悪でも免停で勘弁してほしいところだ。


「アリエル、キミもそこに居たんだろ? ちなみに、盗賊は何人いたんだね?」

「35人」


「ほう、35人もいたのか。立派な盗賊団じゃないか。では話は変わるがもうひとつ、これは個人的にキミの意見を聞きたいのだが……、実はうちの登録冒険者が行方不明なんだ。その20人はどうなったと思う?」


「行方不明は30人だと思います」


 ギルド長は愕然とした表情で肩を落とした。


「ああ、もういい。もう俺は何も聞かなかった事にする」


 アリエルは奢ってもらったミルクを飲み干し、何事もなく盗賊たちが逃げてくれたことでホッと胸をなでおろした。その後、誰にも聞こえないほど小さな声で「よっしゃ、ミルクイベント完了!」とガッツポーズをしてみた。

 ちょっと段取りが違ったようだが。

 ミルクのジョッキをカウンターに返すと、赤いシュシュのポニーテールが特徴的なカウンター嬢に呼び止められた。


「お待たせしました。Dランク冒険者登録証です」

 ペラペラの羊皮紙でできた冒険者登録証を受け取った。前面にデカデカと限定解除のハンコが押されている。限定解除というのは、どんな難しい依頼でも受けさせてもらえるという意味。そういえば聞こえはいいけれど、言い換えれば難易度が高すぎて失敗すると死んでしまうような依頼でも構わないから紹介しろという意味でもある。本来は十分すぎるほど強い戦士や名うての格闘家などが新規で冒険者登録したときに採用される特例らしい。今アリエルがもらったのはDランクの登録証。つまり最低ランクを意味する。


 冒険者ランクはギルドの貢献度によって上がる。要は、難しい依頼をたくさんこなしさえすればランクが上がるので、およそ個人の実力を示す指標ともなるわけだ。

 悪名高い盗賊団を討伐して棟梁を捕らえたり、突然変異の魔獣を退治したりなど、自分の実力以上の依頼を受けてしまうと達成するのに危険が伴うのは当然。ヤバいなってときは複数人でパーティを組むことが推奨されている。


「パーティは組まないよ。おれはソロでいい」

 なんてカッコつけて言っておくことにした。どうせパーティ募集しても、さっきのハゲマッチョみたいなのに来られたら面倒だし、メインはガルグの狩猟が楽で良さそうだから、これならソロで普通に簡単だ、アリエルは自分に向いた依頼があることを幸運だと思った。


「あ、そうそう。依頼書に達成日時制限が書かれているものもあります。依頼達成の日時は、このギルドの隣に納品所がありまして、その納品所に受付られた時刻が達成となりますからね」


「依頼の優先順位は? 早い者勝ち?」

「基本的に依頼の達成は早い者勝ちです。稀に倒した獲物を横取りするなど冒険者同士で闘争になることもありますから、いろいろ気を付けてくださいね。冒険者登録証は身分証明はもとより、実力を証明する物となりますから、絶対に無くさないようにしてください。もし無くした場合、再発行するのにものすごく時間がかかるかもしれないので注意すること。冒険者登録証がないと依頼を受けることも達成することもできませんから本当にこれだけは本当に大切にしてください。ここまでで何か分からないことありますか?」


 横取りもアリの早い者勝ちということだ。すさんだ業界だが当然ともいえる。

「分かりました。分からないことがあったらまたその都度聞きに来るよ」


「はい。いつでもいらしてください。遅くなりましたが、私はカーリ。ここの受付嬢やってます。よろしくね」


「よろしく、カーリ。俺のことはアリエルと呼んでね」

「よろしく、アリエル」

 冒険者登録証を受け取ったことで晴れてアリエルは冒険者になった。転移魔法陣を探す旅に何センチか近付いた気がするのと、あと未だ見ぬ世界を冒険することに対する期待感に胸が躍るようだ。

 今日この日から始まる冒険者ライフに、まずは最初から達成できる依頼があるので、依頼ボードから一枚、依頼票を取ってカーリに手渡した。


「早速だけど、このBランクのガルグ三頭の納品を受けます」

「ソロでやる気ですか? いえ、限定解除でしたね……でも、初めての依頼でそれは……」


 壁にもたれて腕組みをしているダウロスギルド長は、依頼受付を渋るカーリに事実を教えてやることにした。

「カーリ、大丈夫だ。アリエルはもうガルグ三頭を達成している」


「あ、そうだったんですね。それなら手続きをしますね。……はい、納品はここを出て隣の建物の納品カウンターに行って、鑑定が済んだら納品証明がもらえます。納品証明をもらったらまたここに持ってきてくださいね」


 冒険者になった。依頼も受けた。ミルクイベントも済ませた。ちょっとキツそうだけど可愛い受付嬢とも知り合えた……。街の生活初日としては大満足だ。

 アリエルとプロスはニコニコしながらギルドを出て隣の納品所に向かうと、ギルドの受付カウンターでは、支部長のダウロスが昔を懐かしむような遠い目をしながら思い出話を始めた。


「あれがトリトン・ベルセリウスの息子か…………」

「アリエルくんのお父さんの事ですか? 有名人なんですね」

「ああ、ちょっと手に負えなかった悪ガキだよ。領都でなにかしでかしたらしく、追い出されてこの街に来たんだが、ここでもやらかしてくれてね。ここにカチ込んで来て、ごろつきどもと大立ち回りさ。素手のケンカに剣を抜くバカが現れたんで、俺も往生したぜ。元服してすぐ王国騎士団に放り込まれたって聞いたが……」


「アリエルくん可愛いから、私はお父さんの事なんてどうでもいいかな」

「ははは、可愛いなんてもんじゃなさそうだがな……アレは」


 冒険者ギルド支部長、スカジ・ダウロスの受けた印象が、かのベアーグ族長エーギル・クライゾルの見立てと、まるで申し合わせたかのように同じだったことを知るものはいない……。


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