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十章サイドストーリー 手紙

4-28「郷愁のアルカディア」で日本に行って無事に戻ってこられたら……という条件で交わされた約束を果たします。

 次話はサオがハイペリオンに乗って空を往く話。たぶん11日(金)あたりに投稿できれば。

 十一章のキャラ紹介も鋭意制作中です。


 物語は少し前に戻って、ここはノーデンリヒト要塞にある作戦会議室、今しがたプロスペローが転移魔法を使って、どこへやらか音もなく消え去る形でこの場から退場いただいたところ。


 会議室を出る扉の前には服を着たヒグマっぽいぬいぐるみ野郎が辛うじて通れるぐらいの両開きの扉をガードしている。直立すると天井に頭をぶつけることから、否が応でも前屈みの姿勢を取らざるを得ないようで、クマのくせに猫背ととしか言いようのない不格好な姿勢だ。その横にはいつの間にか厳つい傷だらけのスカーフェイスになってしまったウェルフたち、カルメとテレストが連携技を使って堅いディフェンスを敷いているので、出口のドアは完璧にガードされている。

 そしてニヤニヤしながら近付いてくるのはベルゲルミルとハティという、マローニきってのワルどもだ。

 なんでこんな作戦会議室に居ながら両手に酒ビンを抱えているのかと問い詰めたてやりたいけれど、今はこのワルどもから逃れるほうが先だ。


 ああ、だけどベルゲルミルには用があったんだった。


「あ、そうだベルゲルミル、前に預った手紙のことで話があるんだけど……。えっと、ディオネはどこ行ったんだ? 昼には居たはずなんだけど……」


「ディオネは今、トライトニアの学校でグレアノット教授と一緒に教員やってるよ。戦況が厳しい時だけ、スケートですっ飛んできてくれっから助かってんだけど、夜には帰っちまう」


 ディオネに加え、カリストさんもこの場に居ないけれど、ベルゲルミルにことづけておけばすぐにでも両氏にも伝わることだろう。


「えーっと、俺たちが日本に行って戻ってこれたら、その方法を教える約束だったな」

「ゲハハハ……、楽しみにしてたぜ嵯峨野さがのセンパイ」


「俺たちは16年前、帝国との国境地帯、バラライカ付近で帝国軍と戦闘になって、さっき聞いただろ? プロスペローに後ろから刺されて死んだんだ、3人ともな。そして次に目が覚めた時……」


「まさか日本だったってぇオチじゃあねえだろうな?」

「ピンポーン! ベルゲルミル正解。死んだはずの俺たちは日本に生まれたんだ。アリエル・ベルセリウスとして生まれる前の嵯峨野深月さがのみつきとしてね。ちなみに生まれた年は20xx年だ」


「まてまて、待った! 俺まだ生まれてねえぞソレ」

「落ち着け。話はまだ終わらないんだ……。12歳になってジュノーと合流した俺たちは、教えてもらってた住所に訪ねて行ったんだ。そしたら、いっコ下の藤堂慎吾も、うちの前の道を挟んで斜め向かいの小岩井さんトコの麗美ちゃんも、日本には存在すらしなかった」


「ちょ、ちょっと待ってくれ、頭の悪い俺にもわかるように説明してくれ」

「結論から言うと、この世界に召喚された者は、日本じゃ生まれてこなかったんだ」


「……さっぱり分からねえ……」

「ああ、これについては俺たちもまだ把握できてないんだ。ただ、ベルゲルミルも、ディオネも生まれてこなかった。藤堂の家に行って兄さんと妹さんに会って話したけど2人兄弟だから慎吾なんて知らないと言われたよ。ディオネんちも俺の記憶じゃ息子さんが結婚して俺たちが中学に上がるぐらいの頃に女の子が生まれるはずだったのが、15になっても子どもが生まれなかった。カリストさんからは妹さんへの手紙を預ったけど、妹さんを見つけ出すことすらできなかったんだ」


「よくわかんねえけど、アレか、俺たちの知ってる日本じゃなかったってことか」

「ありきたりに言うと並行世界ってやつかもな。そして日本からこっちに戻ってくる方法は……」

「勇者召喚……。か。どこにゲート開いたんだ?」

「学校の教室だ。1年1組のクラス全員が転移してきてて、今みんな帝国で勇者になるための訓練してるよ。野球部の瀬戸口もきてるぜ?」


「はあ? なんで瀬戸口さんがまたお前と同い年なんだ? 俺よりいっこ上だから50代半ばだろうが……俺もうマジでワケわからん。手紙の件は、ありがとな。爺さんとディオネには次会った時にでも伝えておくよ」

 俺とベルゲルミルの話が終わるのを待ってましたとばかりに、今度はハティに捕まってしまった。

「というわけでアリエル、中庭に火を焚いてあるからそこで飲むぞ」

 酒ビンを大量に抱えて何をするのかと思ったらやっぱり、ハティのやつ、今から飲む気だ。


「ねえあなた、深酒は控えてね」

「ジュノーさまに "あなた" なんて呼ばれやがってこの野郎、連行だ! ダフニス、焚火の前まで連行しろ! 飲まずには許さん」

「先生、たったいま飲まないって言ったくせに!」

「いつもより酒の量を減らすと言ったんだ。構わないから担いでけ、ほら、あとがつかえてるから」

 このワルどもの強引さは今に始まったことじゃない。仕方ないな……という半ばあきらめの表情で腕組みをしながら小脇に抱えられて要塞中庭まで連れて来られてしまった。


 俺がなぜ無抵抗のままダフニスに抱っこされて外まで出てきたのかというと、ちょっとおかしな事に気が付いたからだ。そう、ダフニスの野郎、異様なほど毛皮のお手入れが行き届いてやがるんだ。

 この、一度シャンプーでもしようものならポンピングタイプのお徳用シャンプーが一度に空になってしまうんじゃないかってほどのモフモフ野郎が、なんでこうもテラテラとした肌触りのいい毛艶を誇ってやがるんだ……。これは毎日ブラッシングしている毛艶だ。しかも何だか桃のように甘い香りがするじゃないか。

 俺の知ってるダフニスという男は、たとえサオに投げられて天と地がひっくり返っても毛皮のお手入れなんぞに手間をかけるような奴じゃあない。ということは、誰か毛皮のお手入れをしてくれる人がほかに居るってことだ。……こいつはひょっとすると、いや俺の直感が間違いないと言ってる。


「ロザリンド! ダフニスから女の匂いがする。吐かせろ!」

「なんだと!? 本当かダフニス!」

「うわっ、なんでバレたんだ! ロザリィちょっと待て、待ってくれええええ」

「ダフニス、おま、離せよ、離せってば! 巻き添えは嫌だああああ」


 振り返ったダフニスにとびかかったロザリンドは、身長3メートルもあろうかという巨躯をものともせず、顔面あたりに乗っかるとそのまま大きくのけぞって地面に落ち……いや落ちない、足を組んでダフニスの首を決めている!!


―― ドサァッ


 ダフニスの巨体が瞬く間に一回転して、真っ逆さまに頭から地面に叩きつけられた。

 小脇に抱えられた俺もいっしょくたに、十把一絡げに投げられてしまった。この技は知っているぞ、テレビのプロレス中継で何度も見たことがある大技……、フランケンシュタイナーだ!


「わあ! ロザリィすごいです。いまのどうやったんですか!」

 ロザリンドの繰り出したフランケンシュタイナーを見て、身を乗り出して拍手するサオ。ドーラの拳闘には合気道のような、自分よりも大きな相手のバランスを崩して投げるという技が巧みに伝えられていて、サオはいまロザリンドが繰り出したプロレスの大技『フランケンシュタイナー』に手放しの讃辞を送っている。サオがロザリンドの悪い影響を受けてしまいそうな、イヤな予感がする。


「さあ吐け! どこの女だ? 私に見せてみろほら、ほら!」

「ててて、ロザリンド、ダフニスは気絶してるよ! 死んでないだろうな……ほんとにもう、俺を降ろしてからにしてくれ。フランケンシュタイナーを決められる熊と一緒に一回転してしまったじゃないか。気絶させてしまっちゃ吐かせることもできないぞ」


 頭にでっかいタンコブが出来てしまって、ほんのりと湯気が出ているダフニスを気の毒に思ったのか、サオが助け舟を出した。

「師匠、ダフニスはね、アリー教授と付き合ってるんですよ」

「はあ? 猫エルフの? たまに語尾が猫語になるアリー教授かニャ?」

「それが師匠、最近はもう無理に語尾を隠すこともしニャいのニャ」

「誰それ? 私しらない。どんな人なの?」

 ロザリンドは、戦いに出たまま帰らなかったエーギルの帰りを待ちながらも、その願いが叶うことなく病に倒れたダフニスの母親から、このバカ熊のことをしっかりとお願いされているらしい。間違った道に進もうとしたら思いっきり殴ってやってくれと言われたって言ってたな……軽く死ねると思うんだが。


 しかしあのアリー教授か……ロザリンドと相性がいいとは到底思えない。いや、ロザリンドとの相性なんてこの際、関係ないんだ。ダフニスとの相性さえよければそれでいいんだが……いや、アリー教授かあ。


「ロザリンドとアリー教授は会わせないほうがいいな」

「私もそう思うの」

「絶対に邪魔なんかしないって! 一度見てみたいだけ」

「じゃあ話すの禁止」

「え――っ、なんでなの? 余計に気になるじゃん」

「話すと殴りたくなるからだよ」

「え? じゃあなに? ダフニスの彼女って、ダフニスと同じで殴ってもいい人なの?」

「違うって、ダフニスとは違って、殴っちゃダメ」

「でも兄さま、前にセカの魔導学院で話したとき、恐妻家だと言って笑われたから、姉さまを呼ぼうか?って言ってたの」

「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン!」

「ロザリンドおま、それ義兄さん向けのギャグだからな」



----

 ダフニスの野郎は目を覚まさないし、アリー教授に会ってみたいと食い下がるロザリンドをなだめすかすのに苦労しているところに、顔がしわだらけになって苦労がにじみ出ているといった印象のハティが、俺の前に酒ビンをドンと置いた。


「いいや、ダフニーは気絶してるから俺たちだけで飲もうか」

「ああ、だらしない野郎はその辺に転がしとけ!」


 その後ダフニスは朝、俺たちが帰る寸前までベロを出してぐっすり眠っていた。とても気持ち良さそうに。

 朝まで帰らないハティを心配して様子を見に来たカッツェ族のちょっとスカした顔の、反抗期真っ盛りといった若い男が、実はハティの長男だったと聞いて驚いたものだ。そりゃあそうだ、あんなに小さかったサナトスが嫁さんもらってるぐらいなんだから、ハティの子も大きくなるのも頷ける。ああ、でもベルゲルミルの娘もグレイスと同い年だから……ん? 今の俺たちと同い年ぐらいだとすると、俺たちはまるまるひと世代分若返ったような感じになるのか。子どもたちの未来をより良くするためになんて言いながら始めた魔族排斥への反抗だったんだけど、もたもたしてるから世代交代が近い。


 子どもたちを戦いに巻き込むどころか、俺がその子どもたち世代になってた。

 そして実際に戦争を戦う世代そのままバトンタッチしてしまう。


 そういえばアーヴァインの娘のカンナちゃんは剣じゃサナトスでも話にならないほどの腕前らしい。カンナに剣を教えているベルゲルミルもとっくに勝てなくなっているらしく、大のオッサンが15そこらの女の子に勝てないことを自慢しているのを見ていると、なんだかもう微笑ましいとしか言いようがないんだ、これが。


 俺たちの居ない間、みんなはどうなったのか、今どこに居るのかをだいたい聞いた。

 ユミルはトライトニアの外れで、獣人たちに負けない腕前の狩人として生計を立てているらしい。冒険者ギルド受付をしていたカーリも、いい相手を見つけて、やっと嫁に行ったらしい。今はトライトニアに住んでいて、小さな酒場を切り盛りしているのだとか。


 あとはマローニから、いや、ボトランジュから帝国軍を追い出せばいいだけの話だ。


「ん、そうか。情勢は大きくうねって変化しているけど、お前らみんなあんまり変わってないから、ちょっとだけ安心したよ。ところでお前たちはどうするんだ? 俺はすぐボトランジュに打って出るけど。まずはマローニ、次がセカだな」


「俺たちは朝になって、帝国軍がどうするのかを見極めないと何とも……まだ返事が出来ないな。でもたぶん、セカまで取り戻すとなると主力はもともとセカに居た兵士たちだろうな。マローニの衛兵だった者たちも、トライトニアに向かった早馬が着き次第、順番に叩き起こされるだろうから、主力が出発するのは二日遅れになりそうだ。先遣隊としてこの要塞を守る者たちにはもう話が行ってるはずだから、明日出られるのはおそらく数百かそれ以上。今日アリエルが連れてきた帝国からの捕虜も、あれほとんどがセカ陥落の時に投降したボトランジュ兵だっていうじゃないか、あの中からもきっと志願者が出てくるだろうな。まったく、急すぎて武器防具が足りないって叫びながら、さっきイオが走り回ってたぞ」


「イオは……プロスとはガキの頃から一緒に走り回ってた幼馴染だからな。今は身体を動かしてないと、どうにかなっちまうんじゃないか。放っておいてやるぐらいしか俺たちにできることはないよ」

 ハティもなんだかんだ言ってイオとは同級生の腐れ縁だし、プロスペローとも親交が深かったはずだ。

 まさかプロスペローが帝国のスパイだったなんて考えたくもなかっただろう。


 なんだか話がブルーな方向に行ってしまいそうなのと、そろそろ明け方も近い、積もる話また今度にして、俺たちは帝国の陣に戻って寝たふりをしておかないといろいろと面倒だ。世話になったイルベルムさんにはちゃんと離反することを伝えたいし、帝国にいるクラスメイトたちにも間違いのない情報を伝えてほしいと思ってる。


 そしてたった今の今まで雑談に参加しておきながら、俺たちが帰ろうかと言った段になって、双子の孫がいることを明かしたレダ。まったく、それを先に言え! こんなむさくるしい男たちと無駄話をしている暇があったら、孫たちを抱きにトライトニアに行った方がナンボも有意義だったのに。


 この後、俺のネストをサオに移植して、門横の小さな通用口からコソコソと隠れるようにして帝国軍の陣に戻ることにした。サオは残って、というか、早速ハイペリオンを出して頬擦りをしながら、マナ欠で倒れてコンディションまだ悪いくせに、今からちょっと背中に乗る練習をするらしい。

 落とされて死ぬなよ……ほんとにもう。


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