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10-26 戦う理由

次話は 7月31日 月曜日の予定です。

 ゾフィーとサオがパチン!で消える前にハデスを預ったロザリンドは目尻タレタレになりつつパシテーに奪われないよう必死でガードしているところだ。パシテーの動きがけっこう素早くて、ロザリンドが防戦一方なのは珍しい。だけどハデスがキャッキャ言いながら喜んでいるので、これはこれで良かったのだろう。

「てかロザリンド、高い高いしちゃダメ。天井に頭ぶつけるから禁止!」

「えー、喜んでるよ」

 ハデスを抱いてキャッキャ喜ばせるロザリンドだけど、ハデスは胸に抱いてやるのが一番喜ぶと思う。


「じゃあ、イシターくるまで俺もチビどもと遊んで……」


「はい、連れて来ましたよ」

「はええよー」

 消えてから30秒ぐらいしか経ってないのにもうゾフィーが戻ってきた。

 サオと、イシターと……、シャルナクさんも同伴だ。


「は? はあぁぁ? ……なぜトリトンが? ここは?」

 何も言わずにシャルナクさんまで強制的に拉致してきたってことか……。

 シャルナクさんはこれでボトランジュの要人なんだけど。そんな人をあっさりと強制連行なんかしちゃって、拉致監禁なんて洒落にならんと思うのだけど……。


「あ、シャルナクさん、突然お呼び立てして申し訳ない。実はイシターに話を聞きたくて」


 エリノメ・ベルセリウスはしゃなりしゃなりと歩いて、ソファー、ビアンカの隣に腰かけた。

 エリノメがソファに座ると、ジュノーのところにいたアイシスがトコトコっと走って、エリノメの胸に飛び込んだ。


 この……逆恨み度数までメラメラと上昇中のジュノー。変な色のオーラが出てる。


「シャルナクさんには聞きたくない話があると思いますが?」

「構わない。ぜひ話を聞かせてほしい」


 俺がシャルナクさんの了解を得たところ、ひとつ、トリトンが問うた。


「聞かせてくれないか。キミが家族を巻き込んで、それほどまでに長く戦うその理由わけを」


 子供をあやしながらキャッキャしていた女たちが沈黙すると、ゾフィーとジュノーは子どもたちを抱いたまま目を伏せた。


 戦う理由。それは大切な動機だ。


 ここにはトリトン、ビアンカ。そしてサナトスにレダもいる。俺が次期ベルセリウス家の当主と敵対する理由はちゃんと話しておくべきだろう。


 一呼吸おいてから目を閉じると色あせた記憶が蘇る。かつて幸せだったころの記憶。

 豊穣の祭りの準備をする黄昏どき、まだ準備してるところだっていうのに、みんな日没が待ちきれなくて、酒を煽り、リュートを弾いて、もう歌と踊りを始めている。

 篝火かがりびに薪をくべてまわる深紅の髪のジェラルディーンと、真っ白なクリームのような肌をして、何者にも染まらない純白の絹のような髪を揺らすキュベレー。


 ……ジェラルディーンが篝火に薪を放り込むごとに舞い上がる火の粉と、東風になびいて翻る白と赤の髪を、俺は籐で編んだ、卵の殻のような椅子に座って、ぼーっと頬杖をつきながら、ただ眺めている。


 どういえばいいのかわからない。

 ただ、幸せだったんだ。


 溢れだす後悔の深さと、その複雑な想いとは裏腹に、紡ぎ出された言葉は簡潔でとても分かりやすく組み立てられた。


「妻と娘を殺し、不死となったヘリオスを滅ぼすためだ。プロスペローと、そこのエリノメはヘリオスの側で俺たちと戦った、まあ、敵です」


「ヘリオス? 実在するのか? 神話の話だろう? それはいったいいつの話なんだ?」

「なに、悲しみが消えてなくなるほどの時間じゃあない」


「発言してもよろしくて?」

「どうぞ」

「そう言われるとこちらが悪いような言い方ですけど……」


「んな事、もうどうだっていいんだよ。なあイシター、お前たちにも言い分があることは分かってるし、どっちが悪くてどっちが正しいなんて話じゃない。数多く殺したほうが悪だと言うなら俺のたちのほうが悪役なのも分かってる。戦いで死んでいった人たち、巻き込まれた人たち、名もなき戦士たち、みんな親もいれば愛する者もいたはずだ。誰も語らない、誰も覚えてなくても、ひとりに一つ、ちゃんと人生があったんだ。そんな人たちの未来を奪ってしまった俺は罪人だ。だけどな、キュベレーの権能を奪って不死となり、いまも生き続けるヘリオスの息の根を止めるまで、俺たちは何度でも生まれてくる業を背負っている。ヘリオスの不死を止めて死なせるまで、俺たちは何度でも生まれるんだ。……そう、お前らもな」


「そ、そんな……、まだ続くというのですか……」


「そうだ。イシターお前もプロスも。またどこか別の時代で会うことになるのだろうな。その時はまた、こうやって落ち着いて話ができることを切に願うよ」


「アリエルくん、その姿勢は男として、同じ子を持つ父として尊敬に値する。だがなぜプロスペローは家族を裏切って帝国にくみしたのか、私には本当に分からないのだ」


「簡単だよシャルナクさん。プロスはたぶんアシュガルド帝国の初代皇帝か何かなんだろ? プロスにしてみればアシュガルドの皇帝も家族なんだ。きっと」


「……その通りです。プロスペローはアシュガルド帝国初代皇帝、シャーロック・アシュガルド。その頃の私はシャーロックの妻、アンリと名乗っていました。二代皇帝を襲名したデッカーは私たちの子です。プロスペローは間違ったことをしたかもしれません。でも、家族を、仲間を裏切るなんてことは絶対にありません。彼は彼なりに全力でマローニを守り、帝国との調停に努めていました」


 この期に及んでプロスペローを正当化するイシターに我慢ならず、サオがイシターに詰め寄った。


「そ、そんな言い分がありますか……」

「サオ、いいんだ。帝国を怒らせてプロスが調停しきれなくなった理由は俺にある……、勇者キャリバンを殺してしまったことで教会の怒りを買い、なし崩し的に帝国の怒りを買ってしまった。それが始まりだったんだ」


「師匠、それは……」

「そうだ。何度も考えたよ。あの日の俺は間違ってなかったと今でもそう思う。誰も間違ったことをしてないのに間違った結果になるなんてことは世界中どこででもあることだ。俺はクロノスを絶対に許さないし、クロノスも俺を許さないのだろうな。……で、イシター、お前なんでクロノスの母親なんかやってんだ? クロノスのアホも重度のマザコンで手遅れなのか?」


「それは兄さまだけなの」

「それはあなたと魔王だけ」

「はいそこ! 黙って聞くように」


「違います。この時代に生まれた私はクロノスを探して何百年も彷徨いました。でも見つかりませんでした。途方に暮れていたある日、ヘリオスの使いの者が現れ、私の腹からクロノスを生むように命じました。生まねばクロノスは永遠に失われると」


 クロノスとイシターは何万年も前からいつもべったりくっついてて、誰であろうと間に割り込む余地などなかった完璧な夫婦だったはず。それが久しぶりに会ってみたらどういう訳か親子になってやがる。


 どんな笑い話が聞けるかと思って期待してたらこれだ。重すぎて笑えない。


「なぜそ……」

「人の子として転生を繰り返すと血が薄くなるのよ。それで権能が弱体化するのです。私にはもうかつての力はありません。プロスペローもそうです。あなたもそうだったのではなくて?。そうでなくては、あのアシュタロスをそう簡単に倒せるわけがありませんから」


 俺の言葉を遮って、あらかじめ用意していた言葉を吐き出すように叩きつけたイシター。

 ひとたび暴れ出したらジュノーといい勝負だったこのクレイジーな武闘派の女が大人しくソファに座っているのはそういうことなのか。


 2万年もの間囚われていたゾフィーは腕がなまっている程度だが、確かに俺は力を失っていた。だが今は俺もジュノーもそこそこ力を取り戻している。鍛錬でどうとでもなると思うが……。


「もう一ついいですか? 今の私はヘリオスの手下ではありませんから」

 それだけ言ってアイシスをジュノーに手渡すと、ぷいっとそっぽを向いてソファーに戻った。

 ……ビアンカの隣に。


「そこ俺の席なんだけど」

「おいアリエル、おまえ生まれ変わってもまだビアンカに執着するのか?」

「わははは、トリトン、ぜったい間違いねえって。こいつぁエル坊に違いねえ!」


 何千年もヘリオスのしもべとして粉骨砕身働いてきたクロノスとイシターですらこの体たらくか。クロノスは想像もつかないような苦しみを抱えて生まれ、そのまま苦悩しながら生き、そして俺たちに刃を向ける気で準備をしている。


 プロスペローはいったいどんな思いでこの地に足をつけて立っているのだろうか。

 …………。


 ……俺の知ったこっちゃないな。


「ゾフィー、ジュノー、俺にもチビたちを……。はよう抱かせてくれ。あと、グレイスは? グレイスどこに居んのよ」


 申し訳なさそうにレダがグレイス不在の理由を告げた。

「グレイスは……アリエルさんが帰ってきたと聞いて部屋に引きこもっちゃって……」


「照れ屋さんなのか?」

「違うと思うけど……」


「仕方がないな、今夜はお兄ちゃんが抱っこして寝てやるとするか」

「部屋に鍵をかけて身を守るのが正解だったの」

「ねえロザリンド? この人いつからシスコンなの? 真沙希ちゃんにはそんな素振りなかったわよね」

「その真沙希ちゃんがひどいブラコンだったわけだけど? ねえジュノーってマザコンとかシスコンは治せないの?」

「愛用のモーニングスターを返してもらえたら今すぐにでも治療を始めるわ。あと弟子に対してイチャイチャラブラブするのも許せない。手遅れになる前に……」

「兄さまはもう手遅れなの」

「大きなお世話です。私と師匠の絆は鋼の盾よりも強いんですから。ねー、師匠」

「なっ、ちょっとサオ離れなさいよ、この人の腕は私のポジションなんですからね」



「なあレダ、サオのキャラ変わったよな……」

「ううん、これが私の知ってるサオ。きっと寂しかったんだと思うよ」

「マジかよ!」


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