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10-25 懐かしの我が家(2)

 実は俺、塔のある風景が好きだ。塔の見える風景も好きだ。もちろんナントカと煙は高いとこに登るという格言があるように、塔の上に登るのが好きだ。もし俺がこの世界のラスボスだったとするなら、難攻不落のてっぺんが見えないほど高い塔を建てて、その最上階にて冒険者を待ち受けてもいいな……と思えるぐらいには高い塔が好きだ。


 この塔を建てたのは俺だ。しかもガキの頃の俺だ。グレアノット師匠の設計で、指示通りに魔法の腕を振るったただけともいうけど、それでもあれから20年以上たつのに崩れることなくここに堂々と建っているのだから立派だ。


 そんな物見の塔を見ながら、懐かしさと、当時のまま保存されていることに少しホッとしている俺とは対照的に、なんだか寂しそうに工房を見ているロザリンドが目に留まった。


「どうした?」

「うん、あの日のこと思い出してた。私が負けて、あなたに助けられて……ここでもらった指輪……なくしちゃったなって」

 なくした? いや、なくしてなんかいない。死んだときに身に着けていたものは全て蒸発してしまったのだから仕方ないだろうに。……とはいえ、仕方ないでは済まないんだよなぁ。


「大丈夫よロザリンド、この人はそういうことはしっかりしてるの。私なんか死ぬたびに作りなおしてもらったわ。ゾフィーはちゃっかり前の指輪してるけどさ!」


「ふーんふーん、私だけー♪ 指輪してるの私だけー♪」

「ほらアリエルぅー、ゾフィーが自慢する――っ」


 ジュノーが俺の腕にぶら下がっては全体重をかけて不満を表現している。これはちゃんと対処しないと飯に関わる事案だ。


「ここの工房が使えるなら後で作るよ。ミスリルでもゴールドでも全員分な」

 もう何年も使ってないけど、指輪彫金セットは[ストレージ]にあったはず。


「ほら、サナトスとレダが待ってるから」


 ロザリンドの背中に回した手でベルセリウス邸へと案内し、俺たちはようやく帰還を果たした。。

 勝手知ったる我が家なのだけれど、よくよく考えたら俺、10歳でマローニに引っ越してしまったから、25~26年ぐらいここを離れていたことになる。


 サオに案内されてベルセリウス邸の格子門をくぐると、懐かしい、いつぞや師匠に水魔法を習っていた時に壊した花壇のところだけ煉瓦の色が違っている。

ベルセリウス邸のあちこちに思い出がちりばめられていて、いちいち眺めているとなかなか屋敷の扉までたどり着かない。

 門からドアノッカーの付いた玄関扉までのアプローチに散見する高い樹木も、俺がここに住んでいた頃にはまだ小さな庭木だった。


 やはり時の流れを感じる。


―― ガチャリ……ギィィィ……


 俺たちの到着を待たずして扉が開く。立て付けはあまりよくないらしい。蝶番ちょうつがいの油を切らしているような音があたりに響く。


 扉を開いたのは、国家元首 トリトン・ベルセリウス その人だった。

 年を取ったな。年齢は……たしか、58ぐらいだったと思うのだが、65ぐらいに見える。

 美しかった金髪は白髪のほうが多くなり、キリッとつりあがっていたいた眉も太くなったように感じるし、鋭かった眼光も少し衰え気味。すこしタレ目になった印象で、兄であるシャルナクさんのほうが年下に見えてしまうほどだ。

 苦労したんだろうな……まあ、心配かけた俺が言うことでもないけれど。


 すぐ横にはガラテアさんが控えている。ガラテアさんはセカに家族がいたはずなんだが、セカはもうとっくに占領地になっている。こんなとこに居ていいのか?


 トリトンは俺の顔を凝視し、足のつま先から頭のてっぺんまでをまじまじと舐めるように見つめたあと、ロザリンドとパシテーの姿を確認して、俺たちを歓迎してくれた。


「ようこそ。ノーデンリヒトの代表を務めるトリトン・ベルセリウスです。信じがたいことだが、受けた報告が事実だとするならば、こんな他人行儀な挨拶もいらないのではないかな。どうぞ、ここはかつてあなたの家だった」


「遅くなったけどただいま。えっと、こっちがゾフィーで、こっちがジュノー。事情があってここで暮らしてた頃には離れ離れになってた俺の妻なんだ。ロザリンドとパシテーはちょっと種族が変わってしまったけど中身は間違いないから」

「ご無沙汰しています。お義父さん」


「あ、ああ、こんなとこで立ち話もなんだな。早く入れほら……」

「まさか国家元首自らが出迎えてくれるとは思わなかったから驚いたよ。じゃあ今日のところは遠慮なく。ガラテアさん、禿げたなあ」


「他に言い方があるだろ? 老けたとか、くたびれたとか。……しかし、んー、見た目は別人だなエル坊」

「完全に別人だよ、異世界人だし。……んなことはどうでもいいからさ、ほら……、はやく」


 奥から小走りで近づいてくるのは……レダとクレシダ。

 うっわ、クレシダもオバちゃんになってる。結局嫁にも行ってないのか……。


 ロザリンドがソワソワして今にも駆け出しそう。


 トリトンに目配せすると『どうぞ』のジェスチャーをいただけたので、待ってましたとばかりにロザリンドどころか、女どもみんな行ってしまった。

 パシテーが押しのけられてしまって、空中からもドアから入れなくて出遅れたらしい。

 そりゃあ2メートルクラスの人が二人もドアの前に立ってんだから無理ってもんだ。


 待ちに待った孫との対面は俺が一番最後になってしまった。


「はいはい、ドアの前で立ち止まらない。居間に入って」


 ドアをノックしたあとクレシダがドアを開く。こちらの扉は音もなくスッと軽く開いた。

「アリエルさまのお帰りです」

 居間のソファーには腰かけていた女性が立ち上がって、手振りで俺たちを迎え入れてくれた。

 ビアンカだ。


 半ば廃墟と化していたこの屋敷をよくぞここまで元通りに戻したなと感心する。暖炉のある居間も俺が小さかったころと同じだ。カーテンの色が変わったかな。

 ソファーには小さな子供を抱いたビアンカがいて、入室するとき目が合ったが、すぐに女たちに囲まれて子ども2人が引っ張りだこにされていて、俺が割り込めるような余地はない。

 やはりこういう場面ではゾフィーとジュノーが強いらしくロザリンドは抱っこもさせてもらえなくて涙目じゃないか。


 おもむろにゾフィーの胸に顔をうずめてるガキがハデス。

 その流れるように自然な動作で胸を狙う……。俺だ、奴からは俺の匂いがする。こんな若くてピチピチしたお婆ちゃんたちがたくさん抱っこしてくれるんだから、俺だったらヨダレものの大興奮だし。

 あ、ゾフィーだけは2万歳ぐらいイッっちゃってるから若くはないけどね。


 女たちはみんなソファーのほうに行ってしまって、男衆はみんな取り残されてしまった。

 俺は懐かしいこの居間で、ずっとビアンカに抱っこされてたことしか覚えてないけえれど、暖炉の横の火かき棒の横に立ってる木剣が目に留まり、手に取ってみた。


「こんなのまだ残ってたんだ……、いや違うな。これじゃない」

「そうだ。それじゃない……。ここに立てていた木剣は略奪にあったようで、私たちがここに戻ってきたときにはもうなかったんだ。それは思い出を形にしただけのレプリカだよ。試すようなことをして悪かった。……聞かせてもらえないか。この16年、キミがどこで何をしていたのかを」


 思い出を形に……か。帰らぬ息子を待つ親の心境なんて俺には分からない。でも、なんとなく想像はできる。この部屋はビアンカの思い出の部屋なんだ。家具も調度品も、意図的に俺が生まれた頃の姿、そのままの状態を維持しているのだから。


「聞いて面白いような話はないよ。3人とも死んでアルカディアに転生したんだ。そして帝国がやってる5年に一度の勇者を召喚する祭りに乗っかってジュノーも一緒に戻ってきただけ。……てか、そんなことよりも俺さ……プロスと敵対してるんだよね。これは16年前始まったことじゃなくて、もう遥か昔の、神話の時代から続いている俺の個人的な争い事なんだけどさ……」


 プロスペローと敵対するということは、ベルセリウスと敵対するってことだ。

 ベルセリウス家の男は、たとえ大罪人であっても家族は絶対に売らない。


 プロスはプロスで一つも悪いことしてないってな顔してたし、おまけに俺は異世界人で、とっくにアリエル・ベルセリウスは死んでしまったんだし、プロスと争うってことになると、当然ベルセリウス家はプロスの側に付くのだろうし……ああ、くっそ……うまくいかないな。


 トリトンもガラテアもうつむき加減に黙り込んでしまった。まあそれも仕方のないことだ。


「そうだゾフィー、イシターを連れてきてくれない? 峠の要塞にいるはずだと思う」


「え――っ、めんどっちいよー」

 ゾフィーのイヤそうな返事。せっかく孫たちと至福の時を過ごしているというのに、なんであんなクソ女を迎えに行かなくちゃいけないのかと不満たらたらの顔で俺に訴えかけている。

 だけどイシターはノーデンリヒト要塞にいるし、トライトニアからは歩くとまる2日はかかる距離だから、ちょっと話を聞きたいとかその程度のことで呼びつけるためにはゾフィーの力が必要なんだ。


「サオ、ゾフィーの案内おねがい」



 次話の投稿はおそらく7月26日 水曜日 になると思います。

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