10-24 懐かしのわが家(1)
「パシテーの建築は? 間に合いそうか?」
「さっき見に行ったけど、ものすごいスピードで進んでるわ。あれ図面とかぜんぶ頭の中にあるのよね? 更衣室もつけてもらおうかなあ……あとシャワーだけじゃなくてお風呂も欲しいな」
ジュノーがパシテーの建築技術に驚いていた。そりゃあそうだ、パシテーのどこが凄いかってその手際の良さだ。
迷いなく、その手順に一切のよどみがない。最少の手順で最大の効果を出す匠の技がそこにあった。
土の魔法を使ってここまでの高精度で木造建築を作れることが素晴らしい。
珍しくジュノーが感心していたので見に行ってみると、彫刻などの細工は施す時間がないようだが、それでも暖炉や更衣室、トイレに至るまで精巧に作られていた。
「あ、兄さま、ベッドのサイズと、あと、みんなの衣装ってどれぐらいあるのかな? クローゼットじゃ足りなさそうなので衣裳部屋を作ろうと思うの」
「パシテーの衣装ケースが1人分だとすると、単純に7人分。俺はストレージあるし、あとてくてくは物持ってないから場所取らないけどロザリンドは革のスーツとかあるし、30センチ近いスニーカーとか大量に買い込んでたから嵩張るかな」
「ん。ネストに沈めたらもう出さないらしいからあらかじめ手狭になりそうなところは広めに作っておいたほうがいいの」
「風呂とかは? できる?」
「大浴場は無理だけど、2メートルの姉さまが窮屈じゃないぐらいのお風呂を設計したの」
パシテーの話では土と石で施工するらしいので、今やってる木造建築よりも難易度はグッと下がるという。窓も出入り口もないので最後に天井で蓋をするらしいが、出来のほうは疑いがないし、今日中にも仕上がりそうな施工速度。パシテーは何も心配が要らなかった。
となるとやっぱり心配なのは……。
「じゃあ魔法陣の魔導の源はマナじゃなくて魔気ってことなんですか?」
「ええそう、だから陣が消えてしまったりしなければ半永久的に使えるの」
「セカにある転移魔法陣を使うには魔導結晶が必要だって聞いたけど、魔気でいいならなぜそんな貴重なものが必要になるの?」
「貴重? 何が貴重なの?」
「ああ、アリー教授、昔は魔導結晶って、今ほど貴重じゃなかったんだよ」
「アリエルはタダで転移魔法陣つかえるんだよね?」
その問いにゾフィーは簡単に返す。
「だって馬車屋の主人が馬車を使うのにお金を払う道理はないわよね?」
ゾフィーいわく、要するに魔法陣というのはこの世界の空気の中に混ざって満ち満ちている『魔気』で魔法を使うときの起動式のような物なのだという。
ジュノーはゾフィーの描く魔法陣の神代文字からヒントを得て、人体から湧き出す『マナ』で魔法を使えるよう起動式を考案したのだと聞いことがある。
「じゃあここに転移魔法陣を設置しても魔導結晶がないと転移できないってこと?」
ぬか喜びさせられてがっかりした表情のアリー教授にゾフィーが説明を追加する。
「魔法陣が魔気を使って発動するのは確か。起動するのに魔導結晶が使えないなら、別にマナでもいいのよ? 現にうちのひとはそうやってマナで飛んでるし。最初にマナを使って飛ぶようプログラムしていればマナで起動しますよ」
ゾフィーが言うと簡単に感じる。アリー教授とコーディリアの表情が明るくなったのに、ジュノーが横から割って入った。
「それだけじゃダメよ。魔法陣から要求されるマナの量よりも自分の持つマナのほうが少なかったら大問題よ? 現に日本からこっちに転移してくるとき8人が命を落としたんだからね。それに魔法陣を起動するためのトリガーはどうする気なの? マナ使ってプログラムするってことは起動式をトリガーにして魔法陣を起動する形にするってことよね? でも簡単に起動されちゃ敵にも使えるってことよ? いきなり喉元に敵の大群が現れることになったら命取りになるわ」
「それはジュノーの得意分野だし。任せたわ」
「え――っ、何よ結局また私に投げるの?」
「うん。才能を持って生まれた者には……」
「はいはい、責任があるのよね。ホントもう。燃費のいい魔法陣つくってよ? じゃないと一般兵なんてマナで転移させようとしたら出口でみんなマナ欠になるんだからね」
「平気よ。とうぜん魔気も取り入れるから普通に強化魔法張れるぐらいのマナがあればいけるかなあ。だって距離が近いですからね」
「マナと魔気のハイブリッド? 私に分からないシステムで組まれても起動できないんですけど?」
「平気、ジュノーならできるわ」
「もう! ゾフィーったらいっつもそう!」
ゾフィーがジュノーになにか責任重大な仕事を丸投げしたことは分かった。
その時、要塞門からサオが走り込んできた。
「し、師匠! あの、エイラ教授が白目剥いて泡吹いちゃって……息してないの! どうしよう!」
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エイラ教授がしばらく気を失ってくれていたおかげでアリエルたちの平穏は守られ、ゾフィーの作業も邪魔されることなく、コーディリアとアリー教授は暗くなるまでゾフィーにくっついて魔法陣の仕様を決定。設置が完了した。
この時点でとりあえずセカの転移魔法陣とは繋がったらしい。明日、アリエルたち一行がマローニに行って対になる魔法陣を設置したら、マローニとノーデンリヒトもようやく論理的に繋がることになる。
今日の作業をすべて終え、アリエルたちはトライトニアのベルセリウス邸に招かれることになった。招かれるというのもおかしいか。自宅に帰るだけなんだけど、ちょっと気まずい。
ゾフィーのパチンで飛んだトライトニア……。あのころとは比べ物にならないほど発展していて、家の数もびっくりするほど増えてる。驚いたのはまばらではあるが街灯が灯っていることだ。あれは魔導の明かりだな。
アリー教授たちが避難してきた魔導学院の分校がここにあるそうだから、きっと魔導学院の人たちが夜を明るくしてくれたに違いない。
家の大きさ、建物の立派さ、町の風景なども相当なもの。発展が急すぎやしないだろうかと心配になほどだ。この調子だとあと5年を待たずしてマローニに追いつきそうにも見える。
略奪されていたベルセリウス邸はリフォームと増築工事をしたのだろう、以前の面影を残しながらグレードアップしていた。
個人的には屋敷よりも、屋敷の西側に隣接して作られた魔法の練習場と、鍛冶工房の事が気になるので、ちょっと裏に回って様子をうかがうことにした。
煙突を兼ねた物見塔が昔のままの姿でそこにある。いや、少し色あせたか。
練習場に足を踏み入れると、あの頃のまま、このトライトニアの町の中心部に、こんな無駄なスペースを当時のまま保存してくれているのはありがたい。
放置されていたなら草ぼうぼうで荒れ果てているはずなのに、ここは誰かが手間をかけて整備をし、当時のままの姿で保存してくれているようだ。
「ここには塔があるのね」
立ち止まって塔を見上げながら、ゾフィーは懐かしそうに言った。
「冬は寒いんだけどね」
「あなたは風を浴びてないと死んでしまうからね」
「ええっ、風が凪いだらどうするの?」
ジュノーの冗談を真に受けるパシテー。ずっとカマクラみたいな密閉空間で一緒に旅をしてたのに、それはないでしょ。




