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10-19 ブルネットの魔女

 勇者サガノが離反し、まるで申し合わせたかのように前方の門からは敵のトップまでが現れ、逆に喉元にナイフを突きつけられた感のある帝国軍。矢を射れば倒せる距離に敵の首脳が現れるなど前代未聞だ。騎士勇者イカロスはこの緊急事態にあって落ち着いた状況判断が求められた。


「どう見るオヤッサン」

「んー、儂らには戦わないという選択肢はないな。だが、戦ってもおそらく勝てんだろう。それはお前のその顎が良く知ってんじゃねえか? いったん帝国くにに戻って、態勢を立て直したほうがいいな。だがこの12000もの兵を撤退させるに足る理由がないし、それにセイクリッドたちが居なくなってしまったのも、儂らお日様が高く上がるまでぐっすり眠らされてたのも不確定要素だ。訳のわからないまま戦闘すると負ける危険性がハネ上がるぜ?」


「くっ、俺はエンデュミオンさまから赤髪の女を連れ帰るように命令されてるから手ぶらで帰るなんてできないな。せめて女だけでも手に入れる必要がある」


「そこなんだハルゼル、エンデュミオンさまの密命、優先度はどれぐらいなんだ?」

「最優先だ」

「それは俺たちがあのルーキーを殺してでもということか?」

「ああ、そうだ」


「確かにあいつら実戦を経験して手が付けられないようになる前に殺しておいたほうがいいと思うが……」

「わーったよ、イカロス。付き合ってやるよ。やれやれだぜ、どうせ今取り逃がしても弟王はとんぼ返りで女を奪ってくるように命令するだろうからな……怒られるだけ損ってもんだ」


「お前ら2人も異論はないな? 今からだと無策だ。ぶっつけ本番で各個撃破するしかないが……」

「無茶は承知、いつものことさ」


 ……スラッ


 騎士勇者5人はイカロスを先頭にV字フォーメーションを組んでアリエルたちの前に立ち、そしてそれぞれが得意な剣を構えて言い放った。


「お前たちがノーデンリヒトに向かうことは許さない。剣を抜こうと柄に手を掛けた瞬間にお前たちは命を落とす。命が惜しくば……」


 風に花びらが舞うノーデンリヒト要塞前、騎士勇者たちの口上も聞かず、まず動いたのは勇者サガノだった。まるでバリスタから撃ち出された槍を彷彿とさせるスタートダッシュを見せてイカロスたちの背後に回り込もうと走った。


 その様子を横目に見ながらスムーズに弓を構え、狙いをつけながら弦を引き絞るハルゼル。

「口上は最後まで聞けってば……、おっと速いな。だがっ!」


―― シュピッ!


 熟練の狙い撃ち。放たれた矢は誘導ミサイルのようにカーブして狙った獲物を外さない。ハルゼルの弓は魔法によって放たれたあとも若干の誘導が可能なのだ。


「な、矢が曲がって……」

 加速することでハルゼルの矢を躱せると高をくくっていた勇者サガノは大変な誤算があったことをその身をもって理解した。


―― ドサッ


「甘い。甘すぎるぞ勇者サガノ。どうせ治癒魔法が飛んでくるのだろう? だが確かに力の差は見せたぞ。今後は少し敬意というものを払ってもバチは当たらんからな」

 目にもとまらぬスピードで背後に回ったサガノだったが、弓の名手ハルゼルの技量が上回り、首と側頭部に矢を受け、その場に倒れた。

 さらにハルゼルは恐ろしいほどの戦場勘でサガノを助けに動くトキワとアラシヤマの動きも読んでいた。


「この、チョロチョロと……」


―― ドスドスッ


 トキワとアラシヤマも背中に矢を受けて、その場に倒れた。2人ともその矢は背中から見事に心臓を貫いている。すぐさま矢を抜いて高位の治癒魔法を施さなければ確実に命が失われる致命傷だ。


「口ほどにもないと言うか、あっけないと言うか……。ブルネットの魔女を落とした時と比べたら、おまえらチョロすぎだな」



―― ドッ!


「ぐああっ……」

 ハルゼルの左足を襲う激痛。

 自慢げに過去の栄光を話すハルゼルの白い革のブーツに磨き抜かれた白銀の槍が突き刺さり、地面に縫い付けられたように動けなくなった。


 花びらがザ――ッと音をたてて引き潮のように流れてゆき、予想もしないところから震える声が響く。


「お前……いま何と言った?」


 声の出どころは目の前だった。ハルゼルのすぐ目の前には今倒したはずのサガノが立っていて、まるで押し殺すような殺気を漏らしながら、いま何といったのかを問うている。


「な? いま確かに……」


 振り返ってサガノを倒した場所を見ると……、倒れているのは騎士専属の治癒師が3人。

 全員、完璧なまでの致命傷を受けて、もう動きを止めてしまっている。


「なっ、何が……」

 ハルゼルが足に突き刺さった槍を抜こうと試みたその時、上空、見えない角度から短剣が降り注ぎ、肩に穴をあけた。


 膝を屈した格好になってしまったハルゼル。空からの奇襲を受け、改めて仰ぎ見ると……遥か高空には目を疑うようなシルエットが浮かんでいた。

 あれは16年前、確かに落としたはずの……。


 いや、見間違いかもしれない。

 いま滞空していたように見えた魔女がハルゼルの視界からフッと消失し、空からは花びらがチラチラと降るだけだ。


「ウェルシティ、後ろだ、ハルゼルを守れ」

「分かってる! 獣人が……こいつら……うっとおしい」


 ウェルシティの超速度で斬り込む斬撃で、一閃、また一閃……、性懲りもなく背後から襲い来る獣人たちをバッサバサと斬って捨て、そしてイカロスに背中を預けた。


「後ろは全部片付いた、ハルゼル……」


  ザ――ッ……。


 花びらが音を立てて風に流されてゆく中、騎士勇者たちの目に、真実が映し出される。

 

―― ドササッ


 がくんと膝を屈したあと、前のめりに倒れたアドリアーノとは対照的に豪快に仰向けで大の字を描いて倒れたスカラール。


 いったい何が起こったのかさっぱり分からないまま、地面に足を縫い付けられたハルゼルを庇うように前に回り込むイカロスたち。治癒師の位置を再確認するため振り返ってみたが、5人ともすでに事切れていた。


 ハルゼルの矢が刺さっている者が3人、そして今しがた当のウェルシティに斬り捨てられた者が2人。


「いったい……どうなってるの? 確かに獣人だったのよ!」

「ああ、私もそう見えた……だが今はオヤッサンとアドリアーノを」


「ぐっ……」

 全身から脂汗が噴き出すウェルシティ、倒れた2人に今すぐ駆け寄っていきたいのだろう。だけど気持ちとは裏腹に、半歩ずつ下がってしまう。目の前にロザリンドが立っていて、別に睨みを効かせるわけでもなく、威圧するわけでもく、ただ見られているという、たったそれだけで剣を構えているウェルシティのほうが委縮し、いつの間にか数歩下がってしまっている。目の前には無事を確かめなければならない仲間が倒れているにも関わらずだ。


「その2人はすでに事切れているの、大人しく武器を捨てたほうがいいの」

 いつの間にか背後に立って耳元で囁く魔女の声が怖気おぞけを誘う……。

 ウェルシティは振り向きざまに左手に持った刺突剣を薙いで魔女の囁きを振り払おうとするけれど、魔女の姿は音もなく花びらとなって風に散って舞うだけ。確かに捉えたはずの切っ先からは何の手ごたえも返ってこない。


 ウェルシティは訳の分からない攻撃を受けながらも、眼前に差し迫った脅威に対抗しなくてはならなかった。ギリッと歯を食いしばり、両手に握った剣を改めてロザリンドに構えなおすと、ぐっと腰を落とし闘争の構えを見せた、その僅か一瞬の出来事だった。


 ロザリンドは相手に気付かれない間に、もう抜いたのだろう。刀をゆっくりゆっくりと鞘に戻しているところだった。


「ロザリンド・ルビス……あなたを倒した剣士の名前。小さいのに上手ね。苦労は察するけど、でも強くはなかった。さようなら、名も知らぬ勇者」


―― チン


 鍔鳴りがして刀身の全てが鞘に収まったことを知らせると、まるで糸の切れた操り人形のように膝から崩れ落ち、ウェルシティまでもが倒れた。


 5メートル近い間合いを取っていたにもかかわらず、その間合いなど最初からなかったかのように、まるで見えない斬撃が喉を斬った。治癒師が居なくなった勇者パーティにはもはやウェルシティを救う手段はない。


 このままだとどんな攻撃でやられたのかすら分からないまま嬲り殺しにされてしまう……、まるで悪い夢を見ているとしか表現しようのないほどの戦力差を理解したハルゼルは、勝利を拾うためにひとつの賭けに出た。


「勇者サガノ! おまえに決闘を申し込む。やりたかったんだろう? お望みの一騎打ちだ」


 足に刺さっていた白銀の槍を抜くことすらできないくせに、ハルゼルの目がすわってる。覚悟を決めた男がアリエルを睨みつけて、一騎打ちを叫んだのだ。


「……さっきの問いに答えろ、誰を落としたと聞いている」

「ブルネットの魔女を落としたと言ったがどうかしたか?」


「そうか……いいだろう。その足で一騎打ちを持ちかけたのはお前だ、まさか卑怯だとは言わないよな?」

「クソルーキーには丁度いいハンデだろ。お前を殺して女は連れて帰る。それが俺の任務だ」


 そういってハルゼルは後ろに『下がれ下がれ』のサインを送ると、その意図を察して渋々ながら下がってゆくイカロス。悔しさを滲ませながら、歯を食いしばり、無念さを飲み込んでゆっくりと下がるその足取りは、まるで鉛のように重かった。


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