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10-17 セイクリッドの決断


 ダフニスたちの絡みがひと段落し、ジュノーもゾフィーも眠そうだし、パシテーに至ってはゾフィーに抱かれてぐっすり寝てる。朝帰りで帝国の陣に戻ろうかという話になった。

 ま、プロスを逃がしてしまったのでもう帝国軍に戻る意味がなくなったんだけど……。


「兄弟、なんで戻る必要があるんだよ、ひっさっしぶりのノーデンリヒトだろう? もうずっとここに住んでいいんだぜ?」


「誰がこんな色気のない要塞に住むか!……ってか、帝国にはまだクラスメイトがいるんだよ。世話になった人もいるから、ちゃんとひとこと離反すると言ってから帝国軍を離れないと裏切り者とか言われたら癪だし」


 いろいろともう手遅れかもしれないけれど、アリエルと帝国のゴタゴタにノーデンリヒトを巻き込みたくはない。


「プロスの野郎もノーデンリヒトを裏切ったじゃねえか! 兄弟が裏切ってトントンだろ」


「だれがトントンだ! パンダ野郎!」


 トントン野郎はいいとしても、プロスとは決別した。

 次会ったときはロザリンドを背中から刺してくれたお礼しないといけない。

 プロスは所詮『ついで』だが……。


「まあ、俺の敵は16年前と同じさ。何ら変わってない。だけどな、俺たちの戦いは極めて個人的な理由からだ。だからノーデンリヒトにつくとか、ボトランジュにつくとか、そういう戦いじゃないんだよ」


「ガハハハハ、なんだかよくわからんがめでたいぜ」


 アリエルもとうとうダフニスには真面目に話したら損だという事を思い出した。

 それでは今日のところはと、そろそろ帰ろうとする俺たちに、レダが上目使いの小悪魔ポーズで迫る。


「帰る前にハデスとアイシスの顔ぐらい見て行ってほしいなあ……」

「誰だそれ?」

 ハデスとアイシス? 知らない。頭の中の記憶をひっくり返しても思い当たるフシがない。



「えっと、俺の息子と娘なんだけど」


 サナトスの子?

 サナトスの子ってことは、孫だ。


 アリエルは15歳にしてお爺ちゃんになってしまったということなのか?


「サナトスの子? 誰が産んだのさ? レダ?」

「はいっ」


「もしかして俺の孫?」

「そうなりますね?」



「「「はよう言わんか!」」どこにいるんだ? どこに?」


「トライトニアですよ」


 トライトニアまで距離にして50キロ。スケイトなら30分かからないし、ゾフィーに送ってもらえばパチンひとつで次の瞬間にはトライトニアなんだろうけど、いまもう3時を過ぎてて、孫たちに会ったところでぐっすり寝てるだろうし、ビアンカがまた髪をとかす暇もないとか言って不機嫌になるのがオチだ。


「んー、明日? いや今日か、朝からまた帝国軍の攻撃があるからな、それが終わってからトライトニアに向かおうか。朝から竜騎兵も来るだろうしな。しまっていけよ?」


「竜騎兵か……面倒だな。なあアリエル、今竜騎兵が地上に居るなら今のうちに叩いておきたいが」

「あのトカゲそんなに手強いのか?」


「トカゲじゃねえよ、飛竜だよ!」

 ハティによると、竜騎兵は矢も届かない高空から魔法攻撃してくるそうで、なかなか手強いらしい。飛んでるパシテーに魔法が当たらないのと同じ理由で魔法も避けられるし、そもそも竜騎兵は地上軍の大規模攻撃に合わせて飛来してくるので、空にばかりかまけていられない戦術で使われる。


「空と地上から挟み撃ちにされて逃げ場がなくなる。どう防げばいいのか」


 ハティの泣き事に応えたのはてくてくだった。

「ハイペリオンが戻ったからには、あんなのはもうただのトカゲなのよ」


「あ――、やっぱり……」


 てくてくの朗報を悲報と受け取ってがっくりと肩を落とすレダの渋い顔……。

 例えるなら、この柿は甘いと信じ込んでかじり付いたら渋柿だった時の顔だ。


 ハイペリオンも初対面の時のちょっとした悪ふざけが原因でここまで嫌われたんじゃ寝覚めが悪かろう。ここは仲直りイベントでも考えておくか。


「んじゃとりあえず今日は戻って、明日の午後にはトライトニアにお邪魔するよ。あ、そうだサオ、とっておきのプレゼントを受け取ってほしいのだけれど?」

「はい、プレゼント? 何でしょう?」


「さっき てくてくが言ったろ? ちっちゃなころからずっとサオが世話をしていた可愛いペット」

「ハイペリオンですね! 成長しましたか?」


「ああ、成長期終わって食欲も落ち着いてるからネストごとサオに任せるよ」

「はいっ! ハイペリオンは私の弟分ですから!」



----


 アリエルがダフニスたちに捕まって大騒ぎしている間、セイクリッドもグレイブも、腰かけた椅子から立ち上がることができずにいた。


 帝国の英雄アザゼルがスパイ行為を働いていたという事実もだが、それよりもジュノーと呼ばれるこの赤髪の少女がアザゼルに言った言葉がセイクリッドの胸にも刺さった。


 『間違った信念のもとに立っている』


 そう、セイクリッドはそれを知りながら戦っていたのだ。


 セイクリッドは側女そばめアイシャに心を寄せていたからこそ帝国軍人として戦い続けることができた。だが、ある日届いた通知書はアイシャが病死したと書かれてあった。紙切れがたった一枚。


 軍規に違反して早馬を飛ばし、ノルドセカからエルドユーノまで戻ったが、遺骨すら残されてはいなかった。帝国でエルフは人ではない、物なのだ。


 亡くなっても遺体の引き取り手が近くに居なければ傷んでしまう前に遺棄されてしまう。

 エルフは墓を残すことも禁じられているのだから。


 セイクリッドは新しい側女を用意すると言う召喚者管理局の厚意を丁重に断り、着替えなどの遺品をトランクに詰めて戦場に戻った。


 ただ戦うことをだけを目的として。



 だけど……今日、ルーキーたちが側女を連れてノーデンリヒトに逃げ込んだ。

 あの時セイクリッドが選べなかった選択肢をこの若者たちは躊躇することなく選び……、そして自由を勝ち取ったのだ。


 ルーキーたちにはノーデンリヒトを守る理由がある。信念をもって戦うだろう。

 セイクリッドは自問自答する。あの眩しいルーキーたちと戦えるのか? セイクリッドの立つ信念の土台はグラグラと揺らいでいるというのに。


 砦の中に逃げ込んだ少女たちの笑顔と安堵の表情、二等国民たちの再会と歓喜の声が脳裏に映し出され、アイシャの笑顔と重なり、フラッシュバックする。


「ブライさん……、俺、どこで間違ったんだろうな。もう、戦えねえよ……俺」

「セイクリッド……」


 セイクリッドは力なく立ち上がると、ノーデンリヒト軍の幹部、イオの前に立ち、両手を差し出した。


「…………投降する。……条件は、このペンダントと一緒に、この地に葬ってほしい。ひとつ、ペンダントがさげられなくなったら困るから斬首は勘弁してほしい」


「セイクリッド! そんなことはだれも望んでない!」


 大声を上げるブライ。だがイオにとってもセイクリッドは宿敵以外の何者でもない。

 戦場では王国騎士の仲間を何人も殺された。イオ自身も何度か殺されそうになっている。ブライがいなければとっくに命を落としていただろう。だからこそイオはセイクリッドの強さを認めているし、戦うことを放棄して投降などと言い出したことが残念でならない。


 ただでさえ子供のころから一緒に野山を駆け回ったプロスペローの裏切りが発覚して消沈しているというのに、宿敵までもが戦場から去ってしまうとは。


「セイクリッド……残念だ。だが希望は必ず叶えよう」


 セイクリッドはイオとブライに伴われ、自らの意思で囚われの身となり、グレイブはとりあえず帝国の陣に戻って眠っているカレと合流することを選んだ。


「悪かったなルーキー。気を遣わせちまって。てかお前がアリエル? あの?」

「ああ、たぶん『あの』アリエルで間違いないよ。……なかなか話せる奴で驚いた?」

「半信半疑だな、まだ。でも、話せる奴ってのは間違ってないかもな……お前たちがノーデンリヒトに合流してしまうと帝国軍はまた大変だ」


「俺たちはノーデンリヒトには合流しないよ。さっきの話通り、ベルセリウス家とは敵対することになりそうだからね。でもアーヴァインたちと戦うこともない。朝になったらちゃんとイルベルムさんに言ってから離反するつもりだけど、グレイブさん、もしかして止めに来ます?」


「いや、俺も同じ気持ちだ。お前のおかげで嫌なことから逃げ出す決心がついた。……もう会うことはないかもしれんが、達者でな」

「いえ、グレイブさんも」


 達者でな……面倒くさそうに手を上げて別れを言うグレイブが闇に消えていく。

 その背中は勇者というよりも、残業に疲れたサラリーマンのように見えた。



----


 この世界では敵に捕まった将校は、簡単な軍事法廷の後処刑されるか、捕虜交換の人質に出されるのが通例だが、セイクリッドは異世界人な上に戦う意味を失って投降したので人質の価値はなかった。


 のちに開かれた簡易法廷でセイクリッドはノーデンリヒト国内での武器の携行と使用を禁じられた上1年の間、難民キャンプの雑用をせよというとても軽い刑に処せられることが決まった。裁判では帝国時代からずっと同じ釜の飯を食ってきたブライが法廷に立って弁護を行い、セイクリッドの人格、愛の深さなどを説いた。


 また証人には実際に何度も剣を交えてきたノーデンリヒト軍幹部イオが選ばれ、セイクリッドにはこれまで多くの戦士たちが倒されてきたが、今までただの一度も民間人に剣を抜いたことがないこと、軍人であっても武器を持たぬ者、戦う意思や力のない者に対して攻撃を加えたことはなかったことなどを包み隠さず証言したことが裁判の行方を大きく左右したと言われる。


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