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10-12 ジュノーのフィールド

フィールド魔法は一定の範囲に効果のある魔法です。設定では、ジュノーのフィールドは半径15メートルぐらいのイメージで、ゾフィーのフィールドは半径30メートルぐらいを想定しています。



 その刃は正確に心臓を貫いていた。プロスペローの座っていた椅子から、サオの立ち位置まで二列の椅子が並べられていたが、蹴飛ばされた形跡もなく、剣撃の交差もなかった。


 気配も音もなかった。ただ、短剣で斬りかかろうとしたサオの背後から剣が胸を貫いている。

 そう、これがスヴェアベルムの長い歴史の中でも数えるほどしか使い手がいなかったと言われる時空を操る魔導のうち転移魔法を使った最も基本的な戦術。セオリー通りの初撃だった。


「か……ぐふっ……」


 返せ……そう言いたかったのだろう。

 サオの最期の言葉は吐血によってかき消された。


「致命傷だが優秀な治癒師なら生かせる。急いだ方がいい」


 サオを救えなかったサガノは悔しさを滲ませつつも振り返り、ジュノーに縋るような視線を送る。

 転移魔法使いの剣は防げない。自分に向けられた攻撃ならばいかようにでもしてみせるが、仲間に向けられた攻撃ともなると今のアリエルの力をもってしても、まるで防ぐ手立てがないのだ。


「大丈夫よ。私の目の前であなたの大切な人が死ぬようなことはないわ」


 サオの背から剣を抜いて鞘に戻すプロスペロー。

 どちらの陣営にも高位の治癒魔法を操る治癒師が控えてると知ってサオを貫いたのだ。

 転移魔法を見せつけてこの場にいる者を動けなくしたのだろうが……。


 一瞬の間も置かずブライが立ち上がり、グリモアを開いて高位の治癒魔法を唱えようとするが、この薄暗がりでグリモア詠唱を速読で完了させるには困難を究め、焦りが焦りを呼ぶ……


 だがサオは胸を貫いた凶刃が引き抜かれても倒れることはなく、出血どころか傷跡すら見えなかった。

 まるで最初から傷などなかったかのように……。

 サオ自身も自らを包む柔らかな光のもつほのかな温かさを感じ、何が起こったのか、少し混乱しているようにも見える。


 そして冷徹な、まるで汚物でも見るような視線がプロスペローに向けられた。


「か弱い女の背に剣を突き立てるなどと、そのような非道、このジュノーが許しません。何人なんぴとたりとも」


 ジュノーの身体は服を通してぼんやり発光していて、風もないのに真っ赤な髪が柔らかく吹き上がってて、頭上にうっすらと光輪が視認できるほど光の魔力を放出しているのが窺える。ジュノーが過去に十二柱の神々として第三位につけることを決定づけたのが、肉体がバラバラになるような致命的ダメージですら無かったことにする、圧倒的な治癒の力であった。


 その権能がいま作戦会議室という狭い室内でフィールド化されているのだ。

 プロスペローが殺し損ねたサオに対し、今さら狂ったように剣を突き刺そうが激しく斬りつけようが、ジュノーのフィールド内では誰も傷つけることはできなくなった。


 この場で傷を受けて血が流れるのは術者であるジュノー本人と、そして術者であるジュノーに敵と認識され、治癒対象から外れているプロスペローだけだ。


 これこそ、クロノス、つまりプロスペローが治癒師であるジュノーを真っ先に狙わねばならない理由だった。ジュノーがひとたび治癒フィールドを展開させると、フィールド内にいる者は殺せなくなる。言い方を変えれば、ジュノーは自らの周囲に不死のフィールドを作り出す。厄介なことこの上ないのだ。


 なので治癒フィールドを展開される前、一番最初にジュノーを背後から倒さねば、他の者は首をはねようが心臓を貫こうが殺すことはできない。パーティー戦闘に勝つためには治癒師から殺せ。これは子どもでも知っているセオリーだ。


「ジュノーだと!……まさか……」


 そういったあと、誰にも聞こえないような小さな声で「そうか……帰ってきたのか……」とつぶやいた。


 呆然となったプロスペローからこぼれた言葉がこれだった。

 プロスペローとしてはアリエルよりジュノーのほうがより脅威だった。いや、アリエルとジュノーがすでに合流していることこそ、脅威そのものであった。


 しかしジュノーは歯牙にも掛けない。

「こんなヒト知らないんだけど? えーっと、どちらさまでしたっけ?」


「クロノスだよクロノス」

「あー、いつも後ろから来るから顔を知らないの」


 ジュノーの侮蔑を含んだ挑発がプロスペローの迂闊な攻撃を誘発する。


 音もなく目の前からプロスペローが消えた。

 次の瞬間……


―― ガキッ!


 背後から襲ってくることは分かっていた。転移してから突きが来ることも、その凶刃が防がれることも分かっていた。

 だからジュノーは振り返ることなく、この場にいるすべての人に向けて、この目撃者多数の中で平然と行われた非道を責めた。


「ほうら、後ろからじゃないと丸腰の女も襲えない」


 そしてプロスペローのジュノーへの攻撃を防いだのはロザリンドだった。

 セカからマローニに行く道すがら、マローニからここまでくる間。短い間、わずか1か月そこそこ。それも足を休める夕刻からの時間帯にだけ、ロザリンドは最高の師から紅眼のダークエルフにしかできない戦い方の手ほどきを受けていた。


 サオが襲われたときは動けなかった。だが、その攻撃は一度見た。不意打ちならまだしも目の前に居て警戒している以上、一度見た攻撃は二度と通用しない。


 転移魔法は転移する前に、入り口と出口を作り出す。これをワームホールと言う。一般の者には見えないが、ある程度、時空魔法を理解していさえすればそのワームホールが見えるのだ。


 ワームホールの入り口と出口が見えたのなら、出口に向かって剣を振るえばいいだけだ。

 プロスペローは剣を突き出してジュノーを襲う構えで現れた。だからこそ転移した場所にあらかじめ置かれていたロザリンドの剣と打ち合うこととなった。


 みなの目にはジュノーに向けられた攻撃をロザリンドが防いだように見えただろう。

 だがしかし、プロスペローはロザリンドの攻撃を予見していなかった。出したまま転移した先で、運よく、出していた剣がロザリンドの絶妙のタイミングで置かれていた攻撃を受けた形になっただけ。


 つまり、攻撃したつもりが防御していて、偶然だけど助かったのはプロスペローのほう。

 ジュノーが助かったのではない。


 プロスペローは攻撃が読まれたと思った。だが、ロザリンドは見て、必殺のタイミングで、プロスペローが空間転移して現れる座標に攻撃を置いておいたのだ。


 この刹那の攻防の中、その差は思ったよりも遥かに大きい。


 そしてプロスペローもうひとつの誤算。

 ジュノーを背後から襲ったプロスペローの首、薄皮一枚を切ってピタリと右頸動脈に突きつけられた短剣があった。


 百戦錬磨のクロノスでさえ気が付かなかった、ここに気配を消してずっと潜んでいた23番目の人物が動き、姿を現したのだ。


 気配を察するのに長けたアリエルですら正体わからず、何者か判別は付かずとも気配がひとつ多いぐらいにしかわからなかった。たぶん敵かと思っていたが、まさかジュノーの危機を救うために姿を現すとは……、これはアリエルどころか、ジュノーやロザリンドすら予想だにしていなかったことだ。


 その姿は女。


 ……仮面を付けているから顔までは分からない。

 だが腰まで届きそうな暗い色の髪と、その仮面に見覚えがあった。


 セーラー服を着ていて、アリエルたちアルカディアからの転移組には親しみのある、出身中学校の制服だった。もうその時点でもう仮面をつけて顔を隠す意味がないのだけれど。


 その仮面は、昔、アリエルがパシテーと2人で、フィービーを探しにダリルに行った時、境の町ナルゲンで買った『ゾフィーの仮面』だった。ダリルマンディ襲撃のときパシテーが使っていたもので、これは嵯峨野深月アリエルが[ストレージ]にしまい込んでいたものを、いつか自分たちはスヴェアベルムに帰るのだから、選別にと深月みつきの妹の真紗希まさきにプレゼントしたものだ。


 アリエル自身も真紗希まさきの部屋の壁に飾られていたのを見たことがあるし、パシテーがプレゼントしたものだという事も知っている。


真沙希まさき、おまえあとで説教な」

「イヤだし、違うし」


 パッと消えて少し離れたところに現れたプロスペロー。間合いを取って剣を構えなおす、その表情には余裕がない。うっすらと脂汗がにじみ出てるように見える。


 攻撃を止められたばかりか、首に短剣が突き付けられていた。不意を打つつもりが、逆に不意を狙われた格好だ。相手にその気があったなら、今ごろ頸動脈を裂かれて血飛沫を撒き散らしていたのはプロスペローの方だったということだ。


「まさか不可視ステルスを忍ばせていたとはな……」


 少し遠い間合いに逃れたプロスペローに対し、ロザリンドが半歩前に出て、仮面の女とサオを庇うよう前に立った。ロザリンドにしても真沙希は二軒隣の家に住む幼馴染だ。


「こんなとこまで追っかけて来るなんて、真沙希ちゃん、あなたブラコンだったっけ?」

「違うし」


「真沙希ちゃん、ゾフィーの仮面カッコいいの」

「パシテーまで! 私はそんな人じゃないって言ってんのに」


 今更そんな誤魔化しが通用するわけもなく、幾重にも防衛戦が張られて安全が確保されたとみたジュノーは、まるで勝ち誇ったようにプロスペローを遥か上から目線で指さし、そして吐き捨てた。


「構わないからやっちゃって」


 不意打ちを防ぎ切った勇者サガノたちも防戦だけじゃない。ジュノーのゴーサインを受けたロザリンドが反撃にでる。


 腰を落とし、ゆっくりと居合いの構えに移行しながら小さな声で名乗りを上げた。


「ロザリンド・ルビス……、参る」


 名乗りを上げたあと、ゆっくりと刀を鞘に戻すのが見えた。


 抜いたようには見えなかったが、いまそろりそろりと、刀が鞘に収まり、そして



―― カチン。


 鍔鳴りは一度。加えた斬撃は3閃。プロスペローは後方に2メートル空間転移し、壁際まで下がることでロザリンドの居合いを躱すことに成功した。


 プロスペローは時空魔法の使い手、英雄クロノスの生まれ変わりである。

 ロザリンドにプロスペローの空間転移が見えるのと同様に、プロスペローにもロザリンドの剣の切っ先そのものが空間転移して伸びてくるのが見えていて、あらかじめ転移してくる切っ先の軌道を躱したのだ。


「捕えたと思ったんだけどな……まだまだね」


 鞘に収まった刀を持ち直して居合の構えを解き、自嘲するように薄笑いを浮かべるロザリンド。

 

 受けたほうのプロスペローは頬から耳までをざっくりと切り裂かれ、その表情は戦慄を深く刻む。

 ロザリンドの剣の軌道はプロスペローに見えていた。だからプロスペローは2メートル後方の壁際ぎりぎりまで空間転移して逃れたのだ。だがロザリンドは居合の構えから3閃の斬撃を放っていた。プロスペローは初撃と次撃の、空間転移して現れる切っ先の軌道を見てから安全マージンをとって2メートル飛んだ。


 しかしロザリンドはそれすらも読んでいて、3閃目で2メートル先の空間転移先、ちょうど首をはねるよう距離と角度を調節して斬撃を放っていた。瞬時の判断、空間転移して現れた先で首を狙われたプロスペローは倒れそうなほど大げさなスウェーバックで切っ先をかわしたが、その実、致命傷はさけたが、頬をざっくり切り裂かれるという結果になった。


 だがしかし、だがしかしだ……。

 プロスペローにとって、いま自身の頬を斬った傷、そんなことは些末なことだった。


 この鉄火場に人数が増えている。


 何の前触れもなく、音もなく、気配もなく現れた者がいた。


 そうだ、さっきまでそこにはいなかった者が、たったいま空間転移して現れた、プロスペローはその姿を目の当たりにしてからというもの、その表情に僅かばかりの余裕すら浮かべること叶わなかった。


 恐ろしい……今でも悪夢にうなされるほどの畏怖に肌が粟立あわだつ。

 スヴェアベルムで唯ひと柱、戦神と畏れられた、紅眼のダークエルフの姿がそこにあった。


「そんなことないわ、上出来よロザリン」


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