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10-09 自由への門【挿絵】

挿絵入れておきました。ノーデンリヒト要塞です。


 アリエルはいったん逃げ出した韮崎アッシュたちを自陣のテントに連れ戻すと、ストレージから日本茶を出して淹れてやり、ため息を連発している浅井ルシーダはロザリンドが付いてなだめてやった。助けを求めに闇の中を走って行ったのに、まさかその闇に襲われるとは思わなかったのだ、落ち着くまで時間がかかった。


 そろそろパシテーが眠くなるころだ。

 荷車を押してくれていたボトランジュ人のオッサンたちは陣に着くと土魔法でつくられた簡易牢のような不衛生な環境に放り込まれている。もともとこの場に居た者たちも合流したらしく、アリエルにはもう何人いるのかすら分からない。この場に居る者は全員救える。


「今日決行する。指示を待て」

 アリエルは闇に紛れ、簡易牢に近づくと話の通じる者に話し、肩を寄せあうほど密集した隊形をとってもらい、そのまま合図を待つよう指示した。

 男たちは無言で頷き、その鋭い眼光が強く意思を示した。丸腰で脱走するのだ、帝国兵に見つかっただけで命はない。


 アリエルは今のうちに外にいる見張りの兵たちのなかで気付きそうなポイントを守ってる者にはロザリンドパンチで軽く夢を見てもらうことにした。


 そろそろ時間だ。アリエルが帝国軍の陣から少し出たところに立っていると、闇から生えたような影がひとつ、ぽつりと現れた。


 20歳のてくてくだ。


「待たせたかしら?」

「時間通りだ、準備は出来てる」


 アリエルは[スケイト]を起動し、てくてくを伴って無音で陣の奥深くにまで侵入し、一回り大きな騎士勇者のテントを指さした。


「あそこを中心に頼む。あっちのオッサンらは一緒に逃がすから眠らせちゃダメだ」


 作戦の説明を受けながら聞いているのか聞いてないのか、てくてくはただ遂行する。あたりの空間全てを瘴気が包み、音もなく闇の魔法が起動した。


 てくてくが居ないと成しえなかった「朝までグッスリなのよ」作戦である。

 いくらてくてくでも1万以上もの敵を一度に眠らせてしまえないとは思うが、ノーデンリヒトの門まで無傷でたどり着くのに邪魔な戦力だけ眠らせてくれたら十分だ。目的は達成できる。


挿絵(By みてみん)



「どうぞこっちへ、できるだけ音を立てず、見張りの兵士はみんな眠ってるんで! 急いでくださーい」

 タイセーが荷車引きのオッサンらに合図を送り、打ち合わせ通り、息を殺し、足音も殺しながら走る男たち。足を傷めた者は隣の男の肩を借りて、ただのひとりも置いてゆかないよう……。



 キャリキャリキャリ……。


 要塞の物見櫓ものみやぐらでは監視兵が作戦を注視していた。闇魔法が発動したことを合図に砦の門が上がる算段になっている。巻き上げられる鎖の重厚な音が静寂の闇に響き渡り、難民を先頭に門に向かう。


 女の子たちの中には不慣れな旅で足を酷使したせいか足を引きずっている子もいて、体調のほうもギリギリであることが伺える。皆で助け合い、肩を貸し合って門を目指す難民たち。


 あの門をくぐれば自由になれる……。必死で走る。女の子たちも、戦いに敗れ、奴隷同然の扱いを受けていた男たちも。



 ……っ!!


 そこに本陣からものすごいスピードで接近してくる気配が。


「2つ来るぞ! 迎撃!」


 闇の中、チラッと見えたと思ったらもう剣を抜いて間合いに踏み込んできた。筆頭勇者セイクリッドの名は伊達じゃあない。さすがと言ったところだ。


「謀ったな! ルーキーども!」


―― キィン!


 仮にも筆頭勇者と名高いセイクリッドがスピードにのせて振りかぶった剣を、いともたやすく受け止めたロザリンド。この暗闇の中でも剣筋はよく見えていて、その実力を値踏みしている。

 いや、そんなことよりも深月アリエルが打ってくれた『北斗』のデキの良さに感嘆し、うっとりとした声を上げた。


「いいわぁ……」


 渾身の力で斬りかかったセイクリッドはロザリンドの表情に戦慄を覚えずにはいられなかった。

 あれほど手強てごわい魔人サナトスを素手で圧倒したウソのような女勇者は、その実力の僅か片鱗を見せつけただけだ。セイクリッドの剣を受けてなお筆頭勇者のことなどまるで気に掛けることもあく、ただ自分のカタナの強度に感心している。屈辱的なことだがセイクリッドはこの女にとって強敵ですらないことを理解した。

 いや、そんな事よりもこのゾワゾワと怖気を誘う殺気。攻撃したはずのセイクリッドの方が自らの身体に違和感を覚える。後頭部の毛が逆立ち、さあっと血の気が引いてゆく。



 ロザリンドに睨まれ、動けなくなったセイクリッドとロザリンドの脇を抜け、次アリエルに向けられたのはグレイブの剣だった。ロザリンドを止めることができたというだけでセイクリッドは上出来だった。おかげで少し遅れてきたグレイブはゆうゆうとアリエルにたどり着くことができた。


「そう簡単にはいかせねえって! コーハイども!」


―― ガッキイィィィン!


「おっ、本当だ。軽い……」


 グレイブの殺意がたっぷり込められた一撃を自前の剣で受けたのはアーヴァインだった。


「失礼な奴だな、コーハイ!」

「いや、違う違う、こっちの剣が軽くてさ……」


 どうやらてくてくの闇魔法をレジストすることに成功したのはこの二人だけだったようだ。お目付け役の騎士勇者を中心に闇魔法を使ったから仕方ない。もちろんアリエルには想定内だ。


「はい、大丈夫だから止まらずにね。順番に、慌てず急いぐんだよ」

 すぐ傍らで凄まじい剣気を吐き出しながら渾身の打ち込みを見せたというのに、それをロザリンドに預けてまったく気にもしないアリエルの姿を見て、セイクリッドは半ば諦めてしまった。

 戦艦サオを圧倒したルーキーはエルフたちの先導にいとまがない。グレイブの方を見ても一筋縄じゃいかないようだ。


 セイクリッドはもはや止めることはできないと理解し、異様な殺気を放つロザリンドを一瞥したあと剣を鞘に納めた。


「ルーキーにやらるとはなぁ……ちくしょう」


「センパイ、もう大勢は決したみたいですよ? もうやめましょうよ」

「アーヴァインおまえ、自分が何をやってるのか分かってんのか?」

「もちろん分かってますよ」


 難民のエルフ88人の次は、帝国の二等国民を中心とした約300人の男たち。帝国を出たときには200人程度だったが、マローニから荷物が増えたときに増員、さらに戦場に到着してからも何十人か増えたのでもう数えるのも面倒くさい。


 ほとんどがセカ陥落の折、帝国と戦い敗れたボトランジュ人である。怒涛のように押し寄せる避難民たちに混じってアーヴァインやアッシュ、ルシーダと、その側女たちも門の中に入った。

 外に誰も取り残されていないことを確認し正確な数が分からない旨を伝えると腕組みをして門のカドに立っていたベルゲルミルと目が合った。


「ゲハハハ、すげえ人数だな。実はシャルナク代表がアンタと会って話したいらしい。まあ寄ってけよ」


 そのすぐ背後にいてサオの無事を確認したサナトスはアリエルたちと話すのを避けて、難民たちの受け入れに走って行った。


「難民受け入れにシャルナクさんまで動員かけたのかよ。ノーデンリヒト大丈夫か?」

 サナトスも難民の受け入れを手伝っているし……。


「人手不足なんだよ、手伝ってくか?」

「イヤだよ……、だけど話だけはしていくか……、ああそうだ、あそこで指くわえてこっち見てる先輩勇者も呼んでいいか?」


「ゲハハハハ、セイクリッドとグレイブな! 武装解除すりゃ大丈夫だろ、俺が話し通しといてやるぜ」


「なあセイクリッドさん、グレイブさん、ここの偉いひとと話す機会を設けてもらったんだけど、どう? 同席しない? 戻ってもどうせみんな朝までグッスリなんだしさ」


 セイクリッドは唖然とした。開いた口が塞がらないとはこういうことを言う。

 勇者サガノ。こいつが何かを企んでいることはなんとなく分かっていたが、もうしてやられた後だ。

 ハルゼルやイカロスを素手でぶっ飛ばされたのは、セイクリッドたちが油断していたわけでも、不意を打たれた訳でもないことは、昼間の一騎打ちを見てよくわかった。こいつらほどの戦闘力があれば、その気になりさえすれば、筆頭勇者であっても、いつでも殺せるのだろう。悔しいがそれが事実だ。


「ベルゲルミルと親しそうじゃないか。いつ接触したんだ? まったく。はっ、どうせ俺たちは責任を問われるだろうからな。ブライさんといいお前らといい、頭の痛い話だよ。ここのお偉方とやらの顔も拝んでおきたいからな。同席しよう」


 セイクリッドはその場に剣と盾を投げ捨てて丸腰になり、両手を上げて砦の門を足早にくぐる。グレイブはその場に剣を突き立てて丸腰となった。



―― キャリキャリ……ドシーン!!


 門外にいた全員が砦内に入り、その門扉が重厚な音を立てて落とされると歓声が上がった。



―― うおおおおぉぉぉぉ!


 帝国に捕らえられ二等国民に甘んじていた敗残兵たちの勝鬨だ。


 この深夜に400人もの難民たちが入って来たのだから文官の数が足りず手続きなんて満足にできるはずもない。守備隊どころかサナトスやシャルナクさんまで引っ張り出されているらしい、こんだけ混雑していると朝までかかる。てんやわんやだ。


 セカでいっしょに戦った戦友たちの再会シーン、歓喜の声がいたるところから聞こえ、すすり泣くような嗚咽まであちこちから聞こえてきた。これまで涙は流すまいと我慢してきた男たちがこらえきれなくなって、絞り出すように零れ落ちた。


 エルフの少女たちの難民を怯えさることのないようにと、ノーデンリヒトのエルフ女性たちが担当していて、その中で慌ただしく列を捌いているエマさんを見つけた。


「お、いたいた。アーヴァイン! こっちだ。……あ、ちょっとごめんな、割り込んですまない。先にこの男の手続きをしてやってほしいんだ」


 エマさんが担当している列の子らの了解を得て最前列に割り込んだアリエルはアーヴァインの背中をグイっと押して前に出した。

「門がしまったからもう安心よ、そんなに急がなくても……」


 アーヴァインの顔に、姿に、黒髪に目を奪われているエマさんにお願いをしてみる。


「あの、こいつアーヴァイン。ノーデンリヒトに亡命を希望してるんだけど、手続きをしてもらえますか? なんでも16年前に死んで、日本に転生していたらしいですよ?」


 もう周りの人間はドン引きしてしまうほどに見つめ合って動かない二人。

「あ、ああ、ごめんなさい、この列は難民の受付けなので、あの、亡命希望の方はあちらになります」


「すいません。間違えました。あのっ、アーヴァインって言います。えと、俺、記憶がなくて覚えてないんだけど、前に会ってますよね? どこかで」


 エマはそう言って頭を掻くアーヴァインに答える事もできず、ただ溢れる涙に視界が歪む。今日来たばかりの新しい勇者……、あのサナトスとサオがまるで相手にならないほどの手練れが現れたという報せに、要塞を守る戦士たちはみんなある種の覚悟を決めたところだった。


 エマは零れ落ちる涙をぬぐうこともせず、アーヴァインと一緒にいる3人の容姿を再確認して、おおよその理解ができたようだ。


「あぐっ、あ、あなたはノーデンリヒトに身よりはありますか? もし身寄りがないのでしたら、私が身元をお引き受けしたいのですが……。ご迷惑でなければ」


「は、はい。お願いします。ありがとうございます」


 深々と頭を下げてお辞儀するアーヴァインから後ずさりする格好でそうっと離れるアリエル。

 亡命申請が終わった者たちの中にはアッシュとルシーダがいて、堅く堅く抱擁を交わしていた。


_


 どうやらアリエルは韮崎アッシュのことを誤解していたようだ。てっきりエルフに惚れてしまったアッシュが逃避行の終の地にノーデンリヒトを選んだんだと思ってたが。なかなか愛溢れるナイスガイだった。こんどガルグの肉をご馳走してやろうと思った。


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