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10-08 アッシュの目的 ルシーダの願い



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 名を変え、姿を変え、スヴェアベルムに戻ったアリエルは死んでしまった日から今までのことをサオに話し、サオにはアリエルたちが旅に出た日から何があって、いまどういう理由でこの要塞にいるのかを聞いた。


 サオの話では、マローニを明け渡した際、流血なしでノーデンリヒトに逃れられたのもプロスペローが帝国と交渉してくれた結果だという。完全に四方を敵に包囲された状態で兵糧攻めにあっていたというから、セカから流れてきた難民の食い扶持まで維持できるわけもない。


 プロスペローは帝国軍と辛抱強く交渉し、マローニを明け渡す条件に、マローニ住民だけじゃなく難民がノーデンリヒトに到着するまでの停戦と、移動にかかる食料をもらったのだそうだ。

 今考えるとその交渉そのものが胡散臭くもあるが、決して少なくない数のエルフまで停戦によって守りながらノーデンリヒトまで無事に送り届けたのだと言う。言われてみるとプロスペローは確かにマローニの民を絶体絶命の窮地から助けたのだ。


「師匠たち3人を倒せるような者が居るとは思えません。いったい誰が?」

「んー。それもちょっと確かめたいことがあってさ」


 プロスペローは確かにマローニの民を助けた。だがグリモア詠唱法の技術を流出させた疑いが濃いし、なによりも、アリエルたち3人が帝国に入る情報を流し、アルトロンド領内で襲撃するなどという二面性を持っている。


 サオはプロスペローを信頼しているようだ、プロスペローのことを話す言葉のトーンや表情を窺ってみても、欠片も疑いを持っていない。今ここで事実を言っても混乱するだけだろうからプロスペローの件、今は内密にしておいた方がよさそうだ。



「兄さま? 積もる話は後にして、そろそろ準備しないとなの」

「おっと、もうそんな時間か。じゃあ手筈通りにな」


 アリエルは てくてくとの約束の時間、スムーズに作戦を実行できるよう警備の兵士の位置を把握するため、気配を探ってみることにした。


「ちょっとまて、気配が4つ要塞に向かってる。アッシュとルシーダは?」


 アッシュとルシーダが居なくなっていると知らされたタイセーは慌てて刀を手に立ち上がった。

「ちぃ、あのバカが……先走りやがって」


「俺とロザリンドとタイセーで追う。ゾフィー、ジュノー、俺たちが時間に戻らなくても計画通りにな。パシテーは女の子たちの先導を頼む。サオはもうちょっとそこを動くなよ」


 アリエルは見張りの帝国兵の裏をかき、邪魔な奴は後ろからぶん殴って倒し、可能な限り誰にも気付かれないよう[スケイト]を起動して無音滑行でアッシュたちの気配を追跡し、なんとか要塞に着く前に追いつくことができた。



「おい、アホども……」

 背後から声をかけると、足を止めて向き合うアッシュ。


「くっ……やっぱり見つかったか……、トーカ、手筈通りにプランBだ」

「う、うん」


 アッシュがスラッと剣を抜いて構えたのを見て、柄に手をかけるロザリンド。

「まて、待てって。ロザリンド、お前は抜くなよ」


「俺じゃ時間稼ぎにもならんことは承知の上だ……サガノ、後生だ。見なかったことにしてくれ」

「お願い……見逃してよ。私たちは誰とも戦いたくないの。戦争なんて嫌なの」

 両手に側女の手を引いて、ノーデンリヒト要塞門まで、あと僅かな道のりを急ごうとするルシーダは、そのまま走り去ろうとする。こんなものがプランBなのだという……。


「なあアッシュおまえ何をそんなに気張ってんだ、あとたった2時間で全てうまくいくんだぞ?」


「お前らのことは好きだった。剣を向けることを許してく……ぐぁっ」


 重厚な殺気が辺りを包み込んだ瞬間、アッシュたち4人に闇が襲い掛かった。

 瘴気だ。触手のようになった瘴気に捕らえられ、一歩たりとも動くことができなくなっているその向こう側、要塞の防護壁の月光の影になっている最も暗い部分から、呆れたような声で闇は語り掛ける。


「夜ここを攻めようなどとはアホのすることなのよ。勇者」


 闇に溶ける瘴気の霧から少しずつ実体化してくるいびつな存在……暗闇に立っていたのは てくてくだった。

 20歳に2時間足りない大人バージョンで不機嫌そうな目をした てくてくがそこに立って、妖艶な眼差しを向けている。


 アッシュもルシーダも触手に口を塞がれていて、もう何も話せない状態に追い込まれている。

 てくてくは話し合う気がないということだ。つまり、このまま放っておけば、アッシュたち4人は問答無用で殺されてしまう。


「おいまて、殺すなよ。そいつらはノーデンリヒトに亡命しようとしてるんだ、剣も俺たちに向けられていた。こいつらに敵意はない」



「………………」


 てくてくは聞く耳を持たず、瘴気の触手をギリギリと締め上げる。

 アッシュの手からカランと音を立てて剣が落ちた。


「そいつらは、亡命者なんだ。おまえの敵じゃない」


「…………アタシはオマエじゃないのよ。アタシの名前を呼ぶのよ」

「ああ、すまん てくてく。今帰った。だが……」


 ザーッと音を立てて闇に溶ける瘴気。アッシュはルシーダの無事を確かめに駆け寄り、そして抱き合ってる。


「なんだこいつら、もしかして付き合ってんのか?」


「マスター!」


 アリエルの胸にてくてくが飛び込んできた。さっきサオのときはロザリンドのせいで空振りになってしまったが、てくてくはマスターであるアリエルにしか眼中にない。


「おおっと、さあ、俺の胸に飛び込んでおいで。てくてく」



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「ギブ! ギブだってば」

 アリエルはいま、てくてくの腕ひしぎ十字固めを受けてる。ちなみに今の時刻は22時ごろ。てくてくは18歳のピチピチギャル(の死体)だ、この年齢のてくてくに責められるのも悪くないが、やっぱりサブミッションを仕掛けて来るなら8歳てくてくのほうが好みだ。


「ゲゴッ! ガッフぁ」

 なんてことを考えている余裕もなく、流れるようにチョークスリーパーに移行されて締め落とされようとしているアリエルを見かねてロザリンドが仲裁に入った。


「てくてく、ちょっと手加減してくれないと本当に落ちるから」

「フン、ロザリンドも仲良くアルカディア人なのよ。アタシがどれだけ……このっ。このっ」


「ちょ、マジで泡吹いてるってば」

 タイセーも慌てて止めに入った。


「力も入ろうってものなのよ。……って、アナタ、アーヴァイン? かしら?」


 韮崎アッシュたち4人は触手から解放されたが、みんなその場にへたり込んでしまい、動けなくなってしまったようだ。エルフの女の子2人は震えて泣いてるし、浅井ルシーダは腰を抜かして呆然自失になっていて、視点も定まっていないところを韮崎アッシュが抱きしめながらなだめている。


韮崎アッシュ、動けるか? 亡命の話は俺が責任をもって話つけてやるから、とりあえず今はテントに戻るぞ。てくてくもくるか?」


「マスターたちはみんな揃ってるのかしら? ロザリンドも転生したのよさ?」

「ああ、パシテーも転生したぞ」


「みんないちど死んだのね。……じゃあ、誰に殺されたのよ? 親しい仲間の中に帝国のスパイがいることは分かってるのよ。そいつがアタシたちを追い詰めて、マスターにまで危害を加えたなら、アタシ絶対に許さないの。絶対に殺してやるのよ」


「今教えたらお前はすぐに殺しに行く気なんだろ?」

「当たり前なのよ。1秒だって長く生きさせやしないのよ」


「だったらお前も殺されて、サナトスもレダもみんな殺されるかもしれない。そうさせないために俺は帝国で勇者になってここに来た。てくてく、このことは絶対誰にも話しちゃダメだ。すべてが終わるまではな。……あ、そうだ、ひとつ探って欲しいことがあるんだけど、あと2時間で調べられるかな?」


「事と次第によるのよ」

「エリノメ・ベルセリウスの居場所」


「……マスターたちを殺したのはエリノメなの?」

「違う。違うから早まったことするなよ。てくてくはあとでゾフィーと一緒にエリノメを捜索してほしい」

「ゾフィー? ゾフィーが居るの? なんとなく分かってきたのよマスター。エリノメは捜索もなにも、トライトニアのベルセリウス邸に籠ったっきり一歩も出てこないのよ」


「そか、じゃあその件はまたあとで頼むから。で、受け入れの準備は?」

「急だったのよ。手が足りないの」


「それでも時間は遅らせることできないな。0時かっきりに」


「分かったのよ……、あ、マスター……」

「どうした?」


「サナトスが泣いていたのよ。飛び出そうとして止められなかったから、サオは今夜帰ってくるとだけ伝えたのよ、今は難民受け入れの準備で走り回ってるみたいだけど、……マスター、サオはサナトスの母親代わりなの、サナトスの目の前で、力ずくで奪っていくのは罪なのよ」


「……そうか。それは悪かった。でももうこんな悲しい事は終わりにするから」


「んっ。マスターがそう言うなら、もう何もかも終わるのよ」

 そういうと てくてくは闇に溶けて消えて行った。


 ロザリンドの背中をポンポンと叩いてなだめ、腰を抜かしているルシーダたちの手を引いて立たせてやり、アリエルは韮崎アッシュたちを連れてまた帝国軍陣地にあるテントに戻った。



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「すまなかった……嵯峨野さがの、どう詫びればいいか分からん」

「ああ、お前らがどう考えてここまで着いてきたのかは分かってたはずなんだがな、まさか到着したその夜に出るとは思わなかったからさ、陣を出るときに説明するつもりだったんだ。詫びなんか要らないからな。まあ、とにかくさっき話した通りに。さっきの子、強かっただろ? 夜に出歩くと怖いのが出るからね、俺たちと一緒に行動したほうがいいぞ」


「兄さま? 誰か襲われたの?」


「ああ、てくてくに見つかって襲われてさ。けどまあ、計画に変更なしだ」



「ねえアッシュ、私さ、ここで暮らしていけないかも。……夜が怖い」


「ありゃあ……恐ろしいな。エルフの姿をしてたが別モンだったしヨ。ノーデンリヒトって本当は帝国で聞いたように魔物たちの巣窟なのかもしれねえって……少し思ったけどな、嵯峨野の知り合いだったみてえだし……まあ、敵じゃなさそうだからいいんじゃね?」


「アッシュあなたけっこうポジティブよね?」


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