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10-06 一番弟子


 サオは一騎打ちに強い。

 拠点防衛に強い。


 加えてサオ独特の爆破魔法は、爆発のあとメラメラと炎がいつまでも残って消えるまでありったけの熱量を放出する。気迫が乗ったせいか、想定していたよりも大きな魔法になる癖はまだ治っていないようだが。


 サオの爆破魔法を避けるでもなく、ただ受けたこの少年。

 2発撃ったサオの[爆裂]は確かに着弾し、避けることができなかった少年にダメージを与えたはずである。だが、この少年は肌を焼く炎を手に取ってまじまじと見ているだけなのだ。


 ごくり……生唾を飲み込むサオ。

 なんという不気味さ。なんという異質さだろう。サオの口の中は急激に渇きを覚える。頭の中では最大限の警戒をせよと警鐘がガンガンと鳴り響く。この少年は危険だと。


 あのサナトスを圧倒した女勇者に後を任される程の男だ……。もしかすると、この瞳にあどけなさが残る少年が同門どうもん、つまりアルカディアに行って帰れなくなった師アリエルの新しい弟子、サオの弟にあたるのではないかという期待もある。ならば尚のこと簡単にいくとは思っていなかった。だがこれほど守りが堅いとは……。


 ただ突っ立って防御の素振りすら見せない勇者サガノに向かって冷静にファイアボール連射で牽制しながら、さっきとは規模からして違う大きな[爆裂]を2つ練り上げた。


 この距離でこの規模の[爆裂]を放つと自らも無事では済まない。

 だが撃たずに勝利の目はない。どうあってもこの少年に勝って情報を聞かなければならない。師匠やロザリィたちの行方はようとして知れず、やっと見つけた手がかりがこの少年なのだから。


 絶対に負けられない。何があっても、捨て身にならなければ勝てないというなら、喜んでこの身を捨てる覚悟でここに立った。


 この少年は師匠を知っている。ロザリィを知っている!


「絶対に勝って、話を聞かせてもらいます!」


 サオは盾の隙間から大規模[爆裂]を放った。



―― ドッグァドォォォォンンン!!


 キラッと光っただけにしか見えなかった。それほどの超高速だった。

 サオ捨て身の爆破魔法がここに起動し、凄まじい高温、高密度の炎に包まれる。爆心地では地面の岩石土砂も赤熱し、表面から融解し始める。


 鎮守の盾を前面に出してその爆風と放射熱から身を守るサオ。直接の爆風を防ぎ幾重にも張り巡らせた耐風、耐火の防壁をしてなお全身に火傷を負い、美しい髪は末端が焼ける。耳がキ――――ンとして、聴覚も役に立たなくなった。


 前面を防御していた鋼鉄の盾が赤熱を帯び、陽炎に揺らぐ眼前の敵を見て愕然とした。


 確かに直撃だったはず。何も防御できなかったはず。それなのにこの少年は耳の穴をかっぽじっているだけで、まるでダメージを受けている様子はないのだ。


「おいおい大丈夫か? おまえ自分もダメージ受けてんじゃね?」


 一次的に聴覚を失ったサオには何を言ってるのか理解できなかった。

 呼吸しただけで肺を焼かれるような高温、高熱の中で……。


 少年が手を右に左に、扇ぐような動作をすると強風が巻き起こり、あたりの空気は急速に入れ替わった。

 やはりそうだ、無詠唱で風の魔法を使った。しかもその出来が素晴らしく、微塵も粗さを見せないのに驚いた。魔導を学んで10年そこらの子供がたどり着ける境地ではない。


 サオは分析する。

 魔法防御力、これはサオの[爆裂]をもってしても抜くことは叶わない。

 確かに直撃だったはずだ、爆破魔法を躱そうともせず、防御姿勢も取らなかった。直撃を受けてもダメージを受けないことを知っていたということだ。この少年の魔法防御を抜くことは容易ではない。


 だけど、少年が不用意に使った風魔法のおかげで空気が入れ替わったのはありがたい。多少残った炎が勢いを増したようだが、それでも体感温度はずいぶん下がった。呼吸しても大丈夫なほどには。


 歩み寄ってくる少年に対し、サオは拳を構えて迎え撃つ。二枚の盾も防御姿勢を解いてコンビネーションに組み込む。サオの正確無比な拳と蹴りに加えて、360度オールレンジから攻撃してくる鋼鉄の盾が少年の相手となった。


 並の勇者ならここでサオの攻撃に曝されて間合いの外に逃れる他に取れる手段がないというほど苛烈な連撃だった。サオはここぞとばかりサナトスですら素手で組手を行えばほぼ確実に転がされるのがオチという格闘術を駆使して飛び込んだ。


一方、勇者サガノはというと、サオの浮遊する2枚の盾攻撃も、余裕で対応してみせる。7つの武器が独立して襲い掛かってくるオールレンジ攻撃に加えて高速で飛び回ってはミリ単位の命中精度で爆破魔法を撃ってくるような酷い相手パシテーとの組手で、オールレンジ攻撃のさばき方というものを多少心得ていることが幸いしてか、サオの連続攻撃をすべて受け切ることができた。


 内心では大汗をかきながら今にも一発殴られそうだったのを必死で隠し、涼しい顔を見せる勇者サガノに向かって少し微笑み含みで話かけるサオ。


「爆破魔法で倒すと言った手前どうしようかと思ったのですが、あなたは接近戦が苦手と見ました」

 サオはこの短時間で耳が幾分か回復したらしい。


「ふう、ちょっと性格悪くないか? おまえ……」


「私の性格が悪いとしたら、きっと師匠に似たんです。あなたには師匠のことも洗いざらい話してもらいますからね」


「一騎打ちの条件にそれ無かったよね」

「ありました」


 防御姿勢を解いて攻撃態勢に変わった2枚の盾がサガノに向かってグルグル回転して威圧する。守る気なんて欠片かけらもない。盾をぶつける気満々だ。


そして両の手のひらに1つずつ、またいつもより輝きを増した[爆裂]を浮かべながらサオはグッと腰を落とし、今にも飛び込むぞと威嚇しながら鋭い気を放つ。


「あなたは爆破魔法を撃ってこないのですか?」

「ああ、真空の断熱層を見て感心してるんだ。それ独学で考えたのか?」


 サオは耐魔導複合障壁の更に前面に展開している真空の断熱層を、まさかこうもあっさりと看破されるなんて思わなかった。同じ爆破魔法を使うという勇者を試していたのだ。一発でも爆破魔法を撃ってから違和感に気付けば優秀だぐらいに思っていたものを、ただ気配だけで看破して見せた。恐ろしい観察眼を持っている。


「へぇ……よくぞ見破りましたね。さすがと言っておきましょうか」

「いや、だからさ、声が遠く感じるんだよ。真空は音を通さないからね。バレバレさ」


などと余裕の返答をしてみせたサガノの方も真空の断熱層を張っていると理解したとき、正直驚いた。真空では燃焼しない、衝撃波の元となる『音』も伝わらないし、熱も伝わらない。サオは炎系魔法に対して恐ろしく強固な真空の障壁を張っている。あれだけ大きな[爆裂]を至近距離で炸裂させてほとんどダメージを負ってない理由がわかった。


帝国の魔導勇者などがいくら頑張ったところでサオの守りを抜くことができなかった理由も分かった。

 至近距離で[爆裂]を撃つ必要があったからこそ、この真空の断熱層を考え出したことは明白だ。


本当に大したものだ。よくぞここまで魔導を追求した。


サガノは正直に驚いたし、称賛もしている。だがサオはそれでも気に入らない。


「あなたと話をしているとどんどん私のほうが不利になっていく気がします」

「気のせいだってば」



……ス――ッ


 サオが胸いっぱいに息を吸い込んだのを見た勇者サガノは少し身構える素振りを見せた。

 これは……肺の中の空気を入れ替えて、酸素を胸いっぱいに取り込む動作。つまり、次の瞬間に大きめの爆裂が……。



―― ドゥドオォォォーーン!


 速い! バカの一つ覚えの爆破魔法ではない、今度の爆裂は一味違う。

 すかさず2枚の盾が爆炎に飛び込み、いま明らかに魔法を受けることで精いっぱいだろう少年を襲った。


 [爆裂]ををまたもや避けずにただ受けた少年に、まずは二枚の盾が襲い掛かる。物理的攻撃を加えて複合障壁を強引に引っぺがし、そこに[爆裂]をねじ込んでやるのがサオの作戦だった。



―― ガン!


  ―― ガーン!


 この質量の鋼の盾を、これほどの速度で人にぶつけて跳ね返される音を初めて耳にしたサオ。

 一瞬何にぶつかってこの衝突音がしたのか理解できなかった。何か硬いものが邪魔をして攻撃が届かない。無防備に[爆裂]を受け、障壁に割り込む盾の攻撃を受けて微動だにしないこの少年の防御力の秘密を垣間見たような気がする。


 これは防御魔法。ただの防御魔法だった。


 戦士たちの物理防御を気持ちだけ上げる魔法、つまり防御の強い者でも全治1週間のケガを1日2日のケガに軽減する程度の効果しかないはずの基本的な魔法。戦士の使う強化魔法の起動式には身体強化と防御障壁の魔法がセットになっている。基本の基本である。それがまさかこれほどまでの強度を持っているとは考えられない。


 いま2枚の盾が弾かれた爆炎の中に飛び込むサオの前から音もなく炎が引いて、瞬間的に炎は勢いを削がれ、鎮火してゆく。炎の向こう側から姿を見せた黒髪の少年。


 サオはこの現象に理解が追い付かなかった。自らが放った爆炎の中で戦闘する作戦だった。だがしかし炎は急激に消えていった。何が起こったかは分からない。だけど飛び込んでしまったからには握った拳を相手の顔面に叩き込むだけだ。


 飛び込みざまに渾身の右拳を繰り出すサオに対し、半歩引いて間合いを外す勇者サガノ。

 更に二撃、三撃に加えるがその全てを踊るように躱す。サオは少年の死角から盾の攻撃を狙いすましても少年を守る球体のような防御魔法を抜くことができなかった。


 激しい激突音がするだけで、少年はダメージを負うどころか、盾の攻撃が体まで届いてないこともハッキリと確認できた。


 防御力がケタ違いだ。

 サオの最高の攻撃を、避けるでなく防御するでなくただ無防備に受けきった。持てる全てをもってしてもこの少年に有効なダメージを与えることすらできない。



 一歩、また一歩と少年が近づいてくる。


 まだ戦う意思があるのに、身体が動かない。

 この少年は強すぎる。どうせもう何をやってもこの少年の髪の毛一本、焦がすこともできないと思い始めている。まだ立っているのに、身体はもう敗北を認めようとしている。



 ……だけど!


 半歩ずつ後ろに下がる足を意志の力で押し止めたサオ。


「私は……ノーデンリヒトを守る盾。……断じてここは通しません」


 その強い言葉は、力なく、戦う意思もない、泣いた女の言葉のように弱く発せられた。

 しかしその瞳には決意が込められていた。これ以上びた1ミリたりとも下がるまいとした強情なまでの決意が、この少年に負けることを否定する。


 サオは胸の前で両の掌を開くと、頭上にマナを集めて巨大な炎が渦巻く、まるで太陽のようなファイアボールを完成させた。目を閉じるとそれは徐々に圧縮され、白い光は直視できないほど激しく輝きを放ち、やがてうっすらと青みを帯びはじめた。


「予告した通り、あなたを爆破魔法で倒します」


 それはいつだったか、サオがアリエルの弟子になってすぐ、ノーデンリヒト北の砦から離れて針葉樹の森をなぎ倒した魔法実験のそれと同じ規模の[爆裂]だった。こんなものがここで爆発したら半径400メートルの物が跡形もなく吹き飛び、小規模なクレーターができる。地形を変えるほどの破壊力を秘めたものだ。


「なあ、お前それで勝ったとして、どうやって俺に尋問する気だよまったく!」


 サガノは呆れたように吐き捨てると青白く輝くサオの魂とも言える最期の爆破魔法を落ち着いて[カプセル]に捉え、



―― フッ


 次元の彼方へと消し去ってしまった。

というと聞こえはいいが、サオの[爆裂]を自分のストレージに収納しただけだ。


 サオは一瞬何が起こったのか状況が掴めなくなったが、一瞬の制止のあと突然崩れるように意識を失い、勇者サガノの腕に抱きとめられた。


いったい何が起きてサオが倒れたのか分からない者ばかりで現場は騒然としたが、ただひとりだけ身をもって知っている者が居た。パシテーだ。


「あーあ、サオ根こそぎマナなくなったの。あれしんどいの」


「自爆まで師に似るなんてね。アホなとこまで見習わなくていいのに」

 憎まれ口を叩くジュノーの顔は何故か嬉しそうに微笑んでいる。



 勇者サガノは約束通りサオを戦利品とし、自陣に連れ帰った。



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サオが倒れた理由が分かりにくい方がいらっしゃいましたら、

02-23 転移魔法の距離 をご一読ください。

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