表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
265/566

10-05 倒錯する想い


 負けることはないと思っていた一騎打ちに敗れたノーデンリヒト陣営は、サナトスの抜けた穴を埋められるものが居ないことで重大な決断を迫られていた。

 一騎打ちは練習場での立会とは訳が違う、戦いに敗れたサナトスが命あるまま治癒師に預けられたのは相手の気まぐれなのか、それとも一騎打ちを受けた際の取り決めに行き違いがあったのかもしれないが、命を奪われることなく戻ってこられたのは幸運だった。いったん引いてサナトスの回復を待てば戦力は立て直せる。


 サオの高い声が要塞内部で響き渡る。


「サナトスを中に引っ込めて早く治療を。ダフニス、全員撤退! はやくして。てくてくに助けを求めるのよ。迅速にこの砦を離れて全員トライトニアまで後退して。私ができるだけ時間を稼ぎます。いいですね」


「いんや、俺も一緒に時間を稼いでやるよ。……カルメ、テレスト、聞いた通りだ。頼んだぞ。できることならサオ、お前が先導して逃げてくれりゃ俺としてもここを守るのにモチベーションが違うんだがなあ。がはは」


 要塞を放棄してトライトニアまで後退すると聞いたてくてくがサオにその真意を問うた。

「ここを放棄して後退する? 正気なの? サオ」


「てくてく……サナトスが大変な時にあなた何をしていたの?」


「そんなことしなくて大丈夫。あの人たちはここを攻める気がないのよ」

「え? てくてく? なに? ……あなた何か知ってるのね?」


「さあ、何のことやら。アタシは何も知らないのよ」


 てくてくを見るサオの視線が疑惑の眼差しに変わる。

 てくてくは嘘を言ってる。でもその理由が分からない。


 てくてくを越した向こう側、いまひっこめたサナトスがもう立ち上がってレダに泣き付かれている?

 あのサナトスが意識を失うような瀕死の重傷に見えたけど軽傷だったらしい。ブライの治癒を受けたとしてもそう簡単に全回復するようには見えなかったのだが……。


「てくてく、もう一度聞くわ。皆は逃げなくてもいいのね?」

「ええ、もう逃げなくていいのよ。誰も。この戦いはアタシたちの勝ち、よくがんばったのよサオ」


 サオは てくてくがなぜ薄ら笑いを浮かべているのか理解できなかった。

 たったいまサナトスが一騎打ちで倒され、命を落とすところだったにも拘らず、てくてくは神妙な表情ひとつせず、その唇には微笑みをたたえている。これを不審に思わないわけがない。


「てくてく……、話して。何を知っているの?」

「アタシ何もシラナイのよ」


「ふうん……そう……。わかりました。ダフニス、前言を撤回するわ。みんな砦の中で守って」


「サオはどーすんだ?」

「私は……外にいるあの人にどうしても聞きたいことがあるのでここに残ります」



 そう言って てくてくを一瞥し、サオは皆を門の中に戻した。


 門外では黒髪の少年が中央に進み出て見物人に何かを訴えていた。サオを助け、自らを勇者だと名乗った少年だ。


「みんな引っ込んでしまったじゃないか。俺の相手がいないよね。せっかくの余興なんだからここは騎士勇者さまに出てもらって、百戦錬磨の騎士さまとルーキーの力の差をみせてほしいよね」


 煽る言葉に見物人たちも拳を振り上げる中、ノーデンリヒト要塞の者たちは全員撤収し、門は大きな音を立てて閉じられた。


 そして門を守るは、防人のサオ。ゆっくりと正面を向く。


「ここから先、一歩たりとも帝国軍の侵攻を許しません」


 鎮守の盾と彫られた文字がかすれて消えた鋼鉄製の、もう傷だらけで、ボロボロになってしまった盾を膝の前に立てて、毅然とした態度で宣言するサオ。凛とした冷たい風が頬を切るかのような気を放っている。


 後ろで見守るジュノーがサオを見ながら値踏みを始めた。


「さっきの子ね、あの子でしょ? 弟子って」

「うん。でもちょっと雰囲気かわったの」


 ひとり門の前に仁王立ちになったサオが、まずはぺこりとお辞儀をしたあと、勇者サガノをしっかりと正面に見据えて問うた。


「いまサナトスと戦った女性のことで聞かせてほしいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」

「それはダメでしょ? いま話せることは何もないよ」


「あの女性が使った拳闘と交差法の技術を誰が教えたかを聞きたいのです。あれはドーラ式の拳闘術でした、もしかすると私のよく知る人が教えたのではないでしょうか?」


「知らないとは言わないよ。でも今は話せないと言ったよね」


「そうですか……では。私はサオという、ただのエルフの魔導師です。先ほど助けてもらった事に恩義は感じていますが、申し訳ありません。恩を仇で返す不義理をどうかお許しください」


「ん? ちょっと待てストップだ」

「あなたに一騎打ちを申し込みます」



 ―― オオオオォォォッ!


 ノーデンリヒトの防人サオがひとりで出てきて一騎打ちを申し込んだものだから、周りの見物人たちは大歓声を上げている。アリエルとしては騎士勇者ハルゼルを引っ張り出して帝国まで弾き返してやるつもりだったのだが、最悪のタイミングでサオが出てきた。


「イヤだよ。断る。お前とは戦う気ないし。それに一騎打ちとやらに応じて俺にメリットはあるのか?」


「名誉」

「んなもん要らないよ。興味もないしな。……じゃあ、そうだな、俺が勝ったらお前は俺の戦利品になるか? それなら一騎打ちを受けてやる」


 サオが最も嫌う言葉と知って、あえてそれを使うアリエル。押しの強いサオは言い出したら聞かない。こうでも言わないと諦めないことを知っている。


「お断りします。私を戦利品にしたいのでしたら、殺して死体を持ち帰ってください」

「それこそ断る。お前は情報が欲しいのだろう? なら条件は譲れない」


「私は決してあなた方のモノにはなりません。人のモノになるぐらいなら自害して果てますから。でももし私が勝った暁には、先ほどのあの長身の女勇者のことを洗いざらい話してください。あの人に戦いの技術を教えた人のこともです」


 サオは自分が負けても戦利品にはならないくせに、勝った時は情報だけしっかりよこせと言う。勝っても負けてもアリエルの得になるようなことはひとつもないのに、それを受けろと言って一歩も引かない。


 唖然とするアリエル。開いた口が塞がらない。

 今わかった。サオは交渉ごとが苦手なんだきっと。


「あのなあ、こういう時はそれじゃあダメだろ? 自分の要求に見合った対価を用意して、ウィン―ウィンの関係をだな……」


「私には差し上げられるものなんて、何もありませんから」


 アリエルは言葉を失った。

 サオはロザリンドとともに故郷を捨て、弟子としてだが、アリエルたちと一緒に歩む人生を選択した。だけど、16年前、サオはマローニに残され、そしてアリエルたちはみんなサオを残したまま死んでしまって、もう帰ることはない。


「だったら戦利品になれば……」

「お断りします。私には心に決めた人がおりますので」


 アリエルはサオと押し問答をしているうちに、言葉で説明のできない苛立ちを感じていた。

 後ろで見守る女たちはみんなアリエルの苛立いらだちを察して余る。


「断りきれると思う?」

「無理よ。サオのお願いをあのひとが断れるわけがないわ。いまのも愛の告白だし。気付いてないみたいだけど、相変わらずサオの告白は倒錯してるわね……」


「治癒の準備をしておいたほうがいいかしら」

「どうかな。あの人はサオにとっても甘いのよね。自分が黒コゲにされたとしても、サオにケガをさせるようなことは絶対にないわ。サオに限って自爆することはないと思うけど……」


「なんかムカつくわね。黒コゲにされたらいいのに」

「そうよね、私たちの時は手加減なんかしてくれないのにね。私もサオを応援するわ」

「でもサオきっと無茶すると思うから、みんなもっと下がっておいたほうがいいと思うの」


 アリエルがチラっと後ろを振り返ると、今さっきまで傍にいた女たちがもうとっくにあっちの方に下がってしまっている。ロザリンドがセイクリッドに事情を説明して皆を下がらせてもらっているようだ。


 やる気なんかサラサラなくて、どうすればうまく断ることができるか考えてるところだったのに、ジュノーもやると思ってる。いや、なんか視線が痛いぞ? 強いて言うなら、負けろ負けろと呪いをかけているような不機嫌なオーラを感じた。

 サオはサオで一歩も引かない構えだし……。


 でも、何と表現すればいいのだろう。つい何時間か前に複数相手とはいえ勇者軍に圧倒されたばかりだ。今さらサオがたった1人で出てきたところでどうしようもないだろうことは誰の目にも明らかだろう。それなのにサオは要塞の門を固く閉ざして自らの退路も断ち、その瞳に決意と覚悟をなみなみと注いで戦うという。


 なぜ出て来たのか。なぜそこに立って戦おうとするのか。

 あれほど自由を求めてドーラを飛び出して来たサオが、なぜそれほどまでに不自由な生き方をしているのか。


 アリエルは一瞬空を仰いでひとつ小さなため息をつき、サオに向かって応えた。


「いいだろう。その一騎打ち、受けて立つよ」


「ありがとうございます。あなたも素手? 名は名乗らないのですか」

「おまえも盾しかもってないだろ? 俺は魔導師なんだ。爆破魔法ってのを使う。名は、勘弁してくれ」


 爆破魔法を使うと聞いてサオは少し頭に血がのぼったのを感じた。

 エラントが爆破魔法を使うと聞いた時も少し苛立ちに似た感情が芽生えたのと同じ感覚だった。


 全身ねずみ色の寝間着のようなファッションに身を包んだ少年は無言で斜に構え、あろうことかポケットに手を入れたまま突っ立っていて、感じ取れるのは強化魔法、防御魔法のマナと、あと多重障壁が数枚……。


 魔法防御には相当な自信があるのだろう。じゃないとサオの前に無防備で立ってなどいるわけがない。

 それに帝国魔導師が必ず装備しているグリモアすら持たず、まったくの丸腰で爆破魔法を使うと言った。


 たったこれだけの薄い根拠だったが、サオは確信していた。

 間違いない。この少年、無詠唱魔導の使い手だ。


「あなたは私の師を知っているのですね?」

「知らないとは言わないよ」


 二枚の鋼鉄の盾が音もなく浮き上がり、サオの身を守るように展開させると、準備が整った。


「…………あなたは爆破魔法で倒します」

「そうか。お前の力を見せてみろ」


 盾の向こう側が発光したかと思うと空気を切り裂く音がして、アリエルが避ける間もなく目の前に着弾していた。それも2発の速射。サオは独自の鍛錬で、2発の[爆裂]を同時に展開し、それを驚異のスピードで射出することができるようになっていた。



―― ドゥォォォ


 ―― ドオオオオォォーーン!


 二枚の盾の隙間を抜けて二発の[爆裂]を撃ち出す砲撃。[スケイト]で移動しながらのほうが効果が高いと思われるが、レダやサナトスと対戦形式で訓練したときもサオは門を守り切った。実戦でも勇者だったブライやエラントであってもサオの防衛する門を抜くことができなかった。

 鉄壁の防御により、サオはマローニにいた頃から、門の最後の守りを任されていた。


 たとえ何万の敵がいても、サオの前にそのすべてが押し寄せたとしても、サオが抜かれることは、背後にいる戦えない多くの人々が未来を奪われることを意味する。だから、サオは一歩も引かず門を防衛する盾となったのだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ