10-03 ベルゲルミルの機転
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結局、その場でケンカになりそうだったのをセイクリッドとウェルシティに分けられ、アリエルたちは自分のテントに戻れとのお達しに着き、イライラしながら自分たちのテントに戻ってきたところ。
いやあ、ハルゼルの野郎がムカつく。何がムカつくって、治癒魔法禁止の一騎打ちで強いのにぶつけて死なせようとしているのを隠しもしないあたりがムカつく。夫が死んでしまって傷心のジュノーを帝国に連れ帰って弟王なんたらに慰めさせようなんて、今時小学生でも考えないベタベタのラブアタックだ。
「ゾフィーは留守を頼んだよ。とくにエルフの女の子たちを連れていかれないように注意してて、ちょっかいかけてくる奴は殺していいから」
「任せて。私こう見えてそこそこ強いのよ。あなたもケガしないよう、お気をつけて」
「ケガなんかさせないわよ。私も行くんだから」
「そうね、ジュノー、ベルをお願いね。あなたたちも気を付けて」
―― ドンドンドン!
侵攻の開始を知らせる太鼓の音が響く。とは言え今日はもう戦闘はナシ。
一般兵たちは見物なので丸腰の普段着でも許されるが、数は少ない。勇者サガノという男の名を誰も知らなかったことと、魔人サナトスと無名のルーキーが一騎打ちすると聞いて、むざむざ殺されるところを見に行くぐらいなら陣でゆっくりジャーキーでもしゃぶりながら酒をかっくらっていたほうがいいと思ったのだろう。
筆頭勇者のセイクリッドを先頭に、グレイブ、カレと、あと2人は回復魔法担当の日本人だ。さっきのテントに居なかったってことは、勇者と回復担当はテントを分けられているらしい。
「おいサガノ、一騎打ちというのは実戦だ。本物の殺し合いなんだぞ? 相手を舐めるのも大概にしろ」
グレイブがうるさい。俺はもう何度も今日は戦わないって言ってるのに、まだ戦わせる気でいるのか?
グレーのフード付きスウェット上下にサンダル履き。誰がどう見ても完璧な部屋着だ。戦闘をする気がないという意思表示には丁度いいと思って着て来たのだが、それがどういう訳か先輩方には不評だ。
だがしかし普段着で戦場に出てきたのはアリエルだけじゃない。ジュノーもパシテーも普段着だ。
ロザリンドは昼食を食べてから腹ごなしにちょっと体を温めていたまんま黒のジャージ姿。日本刀を肩に担いでいる分まだマシなのだろう。ジュノーとパシテーは白紙のメモ帳をグリモア風に見せかけているだけ。軍のほうからいただいた杖は先端に小さな魔導結晶が付いていたので回収したので持たせてない。
「パシテー、装備品、一応ほら」
「ん」
パシテーの装備品のうち4本の短剣と槍ははすべて2枚の盾の裏側に収納され、パシテー肩にくっつくような形に収まった。
「私盾の扱いが苦手なの、もしかするとぜんぶ短剣の方がいいかもなの」
「ドーラには盾術という盾を修める武道があるから、あとでサオに聞いてみるといい。盾を防御だけじゃなく鈍器のようにも使うんだぜ?」
「うー、分かったの。でも苦手なの」
「ねえベル! 鈍器と言えば……、私のモーニングスターは?」
「ダメ。あんな危険なものは装備しちゃダメ。もう二度とダメ」
なんか黒く乾いた血痕がこびりついてたし。もう未来永劫ストレージの中で眠っといてもらおう。
アーヴァインはいつもの青いジャージ姿だが勇者になったと祝いにプレゼントした北斗を装備している。日本刀を差す帯と太刀緒は自分で作ったらしく日本刀の二本差しが妙に様になっていた。ジャージだろうが日本刀の二本差しはかっこよく見える。ロザリンドみたく肩に担ぐと途端に山賊のように見えてくるから不思議だ。
そしてアリエルたちとは対照的に金属鎧を着込んでいるのはアッシュとルシーダだけだった。
セイクリッド曰く、戦場を舐めていないのはアッシュとルシーダだけということだ。
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アリエルがセイクリッドからいろいろと小言を言われてるうちに要塞の方も準備ができたらしく、キュラキュラとチェーンを巻き取る音が聞こえると重厚な門がゆっくりと持ち上がり、中から人が出てきた。
サナトスが先頭だ!
改めて見るとデカいし体つきもいい。魔王フランシスコに似たシルエットに加えて、顔はアリエル似だ。それは相当モテるということを暗に物語っている。
門から次から次に、ゾロゾロ出てきた面々は、よく知った顔がいくつもあって、敵同士だというのに安心感があった。
「部屋着のまま出てきたのか? このガキども舐めやがって」
「ハティ、お前さっきのを見てなかったのか? サオを助けてくれた恩人じゃねえか。それにやっぱ間違いねえ、アンタ柊先輩ですよね? 何やってんスかこんなトコで」
「柊は母の旧姓ですが、もしかすると人違いでは?」
よくもまあそんな絶妙なウソが0.5秒で出てくるなと感心するところなんだけど、目線を逸らしてヨソ見しながら言ってもそれじゃあ嘘ですと言ってるようなものだ。いくらベルゲルミルでもそれじゃあ騙せない。
その証拠にベルゲルミルの野郎はこっちにガン飛ばして、なにか眉をしかめて訝っている様子だ。
「昔な、柊先輩のことを女神ジュノーだと言ったバカ野郎が居たんだが、……なあ、アンタどこか似てるような気がするぜ」
「知らんよ。他人の空似ってやつじゃないのか? あ、そうだ藤堂、伝言を頼まれてくれないかな?」
「ゲハハハ、なるほどなるほど。こいつぁいい。伝言いいぜ。言ってくれ」
「今夜20歳の てくてくに会いたい。宝物を400ぐらい受け入れてほしいんだけど。これはくれぐれも てくてく以外には他言無用で頼む」
「ああ、わかったよバカ野郎」
「サガノ! そいつとは話すな。そいつは勧誘のプロだ。お前があちら側に取り込まれたらかなわん」
「だとさ。じゃあなハゲ」
セイクリッドに引きずられながらも振り返るともうそこにベルゲルミルは居なかった。
アリエルが引きずられていく先、中央ではサナトスとロザリンドの話がなかなかまとまらないらしい。
どうやらサナトスが代打を快く思っていないようだ。
「どうした? 私が怖いか? サナトス」
「いいや、怖くない……ただ、女が相手となるとやりにくいなと思っただけだ」
決闘の代役を申し込むロザリンドに返事をしようかというそのとき、すぐ背後にいたサオがサナトスの返事に割って入った。
「サナトス! ダメ。その人強いわ。待って! そっちが代打ならこっちもいいでしょう? 私サオが代わりに相手をします」
ロザリンドはサオの言葉を軽くいなすように流しつつ、アリエルに視線を送った。
「ごめんね、いまはサナトスと立ち合いたいの。でもほら、あの人ならあなたと戦うかもよ」
「やらないってば。俺は騎士勇者を引っ張り出すよ」
「ねえサナ……受けちゃダメ」
サオが感じた危機感をレダも察したようで、サナトスの上着の裾を引っ張ってロザリンドとの一騎打ちを止めにはいった。
どうにも腑に落ちないのがサナトスだ。
「レダまで? ……あの女、そこまで強いのか?」
「お願いだからやめて。あの人怖いよ。底が知れないの。ただの勇者じゃないわ」
「それほどなのか……、それほどまでに強いなら、尚更引くことはできないな」
「ダメです! お願いだから話を聞いて!」
戦いを避けなければならないほど強い相手が目の前にいるとして、いま一騎打ちから逃げたらもう戦わなくてもいいのか? 否、そんなわけはない。あれほど強力な騎士勇者なんてのが5人も派遣されてきたうえに、更に増援できた勇者だ。戦わずに済むなんて考えはとっくに捨てた。どうせ戦わなければならないのなら連携ありの乱戦で戦うより、一騎打ちのほうがやりやすい。
なにしろ勇者側には治癒師の人材が豊富なのだ。治癒魔法を禁じられた一騎打ちのほうが勝利の目があるとサナトスは判断した。
「なにしてるのよサナ? 一騎打ち? あの女と?」
舌ったらずな声がサナトスを呼び止めた。てくてくだ。
いつもなら寝ている時間だと言うのに、てくてくが日中に出てきた。まさかてくてくが呼ばれるほど強力な敵なのかと訝った。
しかしサナトスにとって てくてくが出てきてくれたことは願ってもない好都合だった。
「てくてく、レダを中に連れて行って、飛び出さないように頼む。もし俺が負けたら、あとは頼んだからな」
「フン! わかったのよ。アプには注意するよう言っておくのよ」
「イヤです。絶対にイヤです」
てくてくは縋るレダを触手で絡め取り、要塞門から中に、引きずり込むように入っていった。
そして小さな声でこっそり、レダに耳打ちする。
「サナトスは大丈夫なのよ。逆立ちしても勝てないでしょうけど殺されることはないわ」
「てくてくは知っているの? あの人怖い、胸騒ぎがするの……」
「そうなのね、いい気になってるアプにはいい薬かもなのよ。アタシタチは見物モード。今日はもうオシマイ。戦わなくていいのよ」




